のおしごと
とある学園では、史上最も優秀と評される世代の卒業式が行われ、今年も堅苦しい式の後の楽しみとして、卒業生のために立食形式のパーティーが開かれている。
しかし現在、会場中央で睨み会う生徒達によって、史上最も不穏な空気のパーティーとなっていた。
「先程、わたくし達全員が婚約破棄されるなどと、くだらない噂を耳にしましたわ。全く不愉快な事です。これもあなた方がその女性といつまでも遊んでいらっしゃるからですわ。」
気の強そうな女を先頭に、女生徒が五人並んでいる。
彼女達の先には、今年の卒業生が史上最も優秀と言われる事となった男子生徒が五人と、平凡な容姿の少女が一人。丸いテーブルを囲んで立っていた。
男達の冷ややかな視線が見えているのかいないのか、気の強そうな女生徒は男達の中に居る少女に鋭い視線を向ける。
「そこはあなたみたいな何処の誰とも分からない女がいる場所ではなくてよ。早く消えてちょうだい。」
そう言われた少女は男子生徒の輪から微笑む。
「あら、今日はまだ私達は学園の生徒の筈です。学園で学友と語らうのに何か問題が?」
怒る名家の令嬢達と、冷ややかな空気の男子生徒達と、その中にいる途中入学してきた平凡な容姿の少女。
学生最後の日最大の修羅場に、他の生徒達は息を飲んで見守る。
そこへテーブルにいる一人の男子生徒が口を開く。
「噂の件は後日改めて場を設けるつもりだ。今は学生として卒業を皆で祝おう。」
穏やかな声だが、目の笑っていない彼は、この国の第二王子である。
が、少し前に元々体の弱かった兄の第一王子が自身の体調が思わしくない事を理由に王位の継承を辞退したので、白羽の矢が立つこととなった人物である。
興奮した女生徒達は、王子の本心など気付くことはない。
「まあ、殿下。改めてなどと、今この場で仰れば済むことですわ。婚約破棄などあるはずがないと。」
気の強そうな女生徒続き、そうだそうだと他も頷く。
「…本当だ。君達にはそれぞれ明日にでも報告がされるはずだったんだけどな。」
柔らかな物腰で人気の王子が諦めたように告げた。
「御冗談を!その様な話、わたくし達は全く聞いておりませんわ!」
「冗談ではない。知らせないように進めたからね。」
「まさか、皆様その平凡な女に本気でうつつを抜かしているとでも仰るのですか?!」
声を荒げる女生徒は平凡な少女を指差すと、対象の少女は臆することなく微笑んだままだ。
「貴女達こそ気付いた方がいいですよ。せっかく殿下が大事にせぬようにと、情けをかけてくれたのに。」
「なっ?!」
「時と場も選べない程焦っておられるのでしょうけど、皆さま婚約破棄に至った理由に心当たりがあるでしょう?」
ため息混じりで言う少女に、彼女達は咄嗟に言い返すとこが出来ない。
「まずあなた。」
と、少女は正面に並ぶ女生徒達の先頭になって乗り込んできた、気の強そうな生徒と視線を会わす。
男達の一人、今国内外で最も有名な芸術家とされる男子生徒の婚約者に。
「あなたの彼に対する態度をみれば、私には到底婚約者とは思えません。日々場所も問わず繰り返される彼への罵詈雑言は聞くに耐えぬものばかり。最近は学園内で居心地の悪さを感じていらっしゃったのでは?」
事実を突きつけられ気の強そうな女生徒は歯切れ悪く答える。
「別に、私は悪くないわ…だって、彼のお義父様がいつも…。」
「確かにあの方の叱るばかりの教育はやりすぎでした、ですがあなたが彼を罵って言い理由にはなりません。」
――始まりは、幼い彼が父親に日々課される膨大な課題に頭を悩ませていた時に、彼の父を真似て彼を叱ってからだ。
何も言わず、うつむき小さくなる彼にかける言葉は徐々にきつくなり、気にくわない言動にも嫌みを言うようになっていった。
ところが、学園で彼の傍に平凡な容姿の女が現れるようになると、彼が芸術家として知れわたり始める。
これまで芸術など無縁だったはずなのに、信じられなかった。
少しずつ、背筋が延びて、顔を上げるようになっていき、それまでうつむき前髪で隠れていた顔が美しいと分かり、さらに注目の的となった。
それを彼の婚約者は気に入らなかった。
顔を会わせれば変わらず彼を否定すると、これまで見て見ぬふりをして来た周囲が彼を庇うのも気にくわない。
そして知った婚約破棄。彼女はその怒りを、きっかけであろう平凡な容姿の少女へと向ける。
「偉そうに言わないで!そいつが生意気な事を言うようになったのも婚約破棄もどうせあんたが唆したんでしょ!?この弱虫にそんな事出来るはず無いもの!」
「私は、彼が芸術に興味があると聞いて、少し背中を押しただけです。あとは、彼の努力と才能によるもの。彼はあなたよりよほど強い人間ですよ。」
ゆったりと言う少女から、女生徒はぎろりと婚約者に標的をかえる。
「あんた騙されてるのよ!大人しくあたしの言うこと聞いていればいいのに!婚約破棄なんて何様のつもり?!」
少年は少し怯んだが真っ直ぐ婚約者を見た。
「僕の妻は僕が決める。それは君じゃない。」
「そんなのお義父様が許すはず無い!」
「君はいつも、"お義父様に言いつける"と僕に言うけど、これは僕と父が話し合って決めたことだよ。僕は、もう、父にも君の言いなりにもなる気は無い。」
はっきりと言い切る少年は、彼女の知る人物とは別人に見えて。
「…っ!!」
彼女はシワになりそうな程スカートを握り締め、潤む瞳を隠すようにうつむくと、さらりとたれた髪に隠れ、もう表情は見えなくなった。
一時の静寂を、平凡な容姿の少女が終わりを告げる。
「じゃあ、次はあなた。」
「何よ、私はあんたと話すことはないわ。」
すらりと伸びる手足の長い髪の女生徒は強めの語気で返す。
「ずっと睨み会っているお二人には、当人同士の冷静な話し合いは難しいと思われますので、彼の代わりに私がお話します。」
会場で向かい会ってから険しい顔をしていた男子生徒に、いいよね?と聞くと、ため息と共に男は少し力を抜いた。
「…そうだな、悪い、頼む。」
それを面白く無さそうに、髪の長い女生徒はふんっと小さく鼻をならした。
少し確認させて頂きますが。と少女は前置きして。
「まず貴女は、この国で一番大きな商会の次男と恋人になりました。彼に無理を言って商品を安く融通してもらったり、優先的に購入出来るようにしていましたね。また、彼自身が商会で働いて収入があるため、プレゼントをよくねだっていたと聞いています。お気に入りと言って、同じものをいくつもお願いする事は珍しく無かったようですね。」
…さて、ここまでに何か間違いはありますか?と、少女は一つ区切る。沈黙が流れて、少女は反論なしとみて続ける。
「私は学園に入ってから、知ってしまいました。ですから、彼に相談しました。恋人が商品を横流ししていますと。彼は貴女を信じていましたから、私は一つ提案しました。独立して新しい事業を手掛けるふりをして恋人の反応を見ませんかって。」
静かに聞いていた女生徒は、はっとして苦い顔をする。
――女は思い返す。
あの時、彼に独立すると聞いて自分は猛反対した。
それでは男経由で商会から安く手にいれた物や新商品を売ることが出来なくなる。
美しい自分が、わざわざ、好きでもない、この軽そうな男の恋人になってまで作り上げた環境が壊れてしまう。
ただ。男は卒業後に結婚を約束させるほど、私の事を愛している。
私を求める男は幾らでもいると分からせれば、間違っていたと、慌てて頭を下げて来るに違いない。
そう考えた――。
「思い出しましたか?貴女が他の男性と仲睦まじくされているのを見て、彼は目が覚めたみたいです。商品の件も調べると、証言はあっさりとれたみたいですよ。」
くすりと笑う少女が憎らしくて女生徒は唇を噛み締めた。
「言っておきますが、最初から商会は気付いていたんですよ。痛い目を見るのも勉強だと、彼には黙っていただけです。」
その通り、現実を見た彼は損を取り戻すべく、真面目に取り組むようになった。
最近では気軽に買える安価な物に目をつけ、見事学生達の心を掴んだ。彼は流行の発信地として一目おかれている。
さらには、卒業後には実際独立する話も出てきていた。
「商会から訴えられたくなければ、大人しくしていた方が身のためですよ。」
最後にそう言われて、女生徒は形の良い唇に血が滲むほど噛み締め黙りこんだ。
ようやく、ある女生徒は気がついた。
彼女達が勢いに任せて飛び込んだ先は、公開処刑場だった事に。
数日もしないうちに面白おかしく噂されるのが目に浮かぶ。
――その女は後悔し、考えた。
自分は婚約破棄を聞いて、むしろほっとしたのに、初めから自分と彼女達には決定的な温度差があったのに、嫌と言えずに着いてきてしまった自分はなんと愚かなことか。
このままでは彼女達と同じだと周囲に思われてしまう、ならば。
「わ、私は、婚約破棄慎んでおうけします。あの、お騒がせして申し訳ございませんでした。」
残った三人の女生徒の内、一人が頭を深く下げた。
「えー、残念。」
「え?」
残念だとは思えない軽い台詞でがっくりと肩を落とす自分の婚約者に女生徒は困惑した。
「僕も皆みたいにやりたかったのになぁ。偶々、僕の才能欲しさに君の家が迫ってきた結婚があったから、使ったのに。つまらない。」
「…は?」
女生徒は少しイラっとして思った。
あぁ、この人そういう人だったな、と。
彼はごく平凡な家庭に産まれた天才だった。
見た目も申し分ない。ただ、変わった性格のため、学園での人気はあまり無い。
「良かったですね、こんな変態と結婚せずにすんで。あ、安心して下さい。あなたが責められることはありませんよ。御実家には、どうせこの変態がちゃんと話をつけてますから。」
「え、あ、はあ。」
平凡な容姿の少女が優しく声をかけると、気の抜けた返事が帰って来た。
変態呼びされた男子生徒は一転、真面目な顔で平凡な容姿の少女の手を両手で包む。
「もし君が相手だったら僕は絶対、婚約破棄なんてしないよ。」
ぴしっとテーブル回りの空気が少し張り詰めたが、彼は気にしない。それどころか、更に少女をうっとり見つめる。
「あぁ、そうしたら。心置きなく君をばらばらにして調べられるのに。」
…会場全体が引いた。
少女だけがにっこりと笑って、手をほどく。
「ですから、それはいつもお断りしてますよね。」
「一度くらいいいじゃないか。」
「人間は何度も解体出来ないんですよ。」
「だから、やってみなければわからないだろ?君なら出来る気がするんだ。」
「お断りします。ご自分の体で試してからにして下さい。」
「ええぇ、君は僕という国の宝が駄目になってもいいのかい。」
うふふあははと二人は笑い会う。
「おい。」
割り込んだのは、テーブルを囲む一人。
短く髪を切り揃えた、背が高い男子生徒だ。
「お前ら、ふざけるのも程々にしろ、時間が勿体ない。」
やり取りは日常なのか、男達は、やれやれといった感じだ。
「悪いが次は俺に時間をくれ。」
そして、背の高い男はひとりの女生徒の前へと立った。
「このような報告になって申し訳ない。君との婚約は正式に破棄される事になっている、だから、君は君を慕う者と幸せになってくれ。」
頭を下げる男を見下ろす形の女生徒は戸惑った。
「…どういう事でしょうか?」
「先日、君がよく会っている男に決闘を申し込まれたんだ、俺に勝てたら君を貰うと言っていた。」
女生徒の顔から血の気がさっと引く。
「俺は、いくら決闘の真似事だろうが、手を抜くのは彼の覚悟に失礼だと、全力で相手になった。」
結果は明白だ。この男はとにかく強い。
おそらく、この国で彼に勝てる男はいないだろう。
「だが、倒れた彼を見て思ったんだ。君の為だけに全力で立ち向かう彼こそ、君の隣にいるべきだと。」
婚約者の事は守るべき対象として見ているが、特に好いている訳ではない自分と、彼女をそこまで必要とする彼、どちらが彼女を大切に出来るか…。
そうと決まれば、この男は直ぐ行動する。
彼女の親は慰謝料を請求したが、男の親が彼女の派手な男遊びの実態を突きつけると、とたんに静かになった。という話は親同士だけで行われたので彼等は知らない。
「ただ、彼は強くない。だから君は今後、自分の身は自分で守る努力をすべきだ。仮装パーティーの時のような暴漢がいつまた現れるとも限らん。」
「何でそれを知って…!?まさか、助けてくれた騎士様は…。」
思わず女子生徒が声を上げる。
「ん?ああ、こいつらの悪ふざけで、やたら本格的な鎧を着ていたな。兜をしていたから気がつかなかったのか、ならば尚更君はしっかりした方がいい、誰かも分からずに着いて行くのは危険だ。」
彼女は衝撃を受けた。
実は彼女、年に一度開催される学園恒例の仮装パーティーで、仮面をつけた何者かに人気の無い場所へ連れ込まれそうになった事がある。
そこへ颯爽と現れたのが全身鎧の彼だった。不審者を一撃で仕留めると、腰が抜けた彼女を横抱きにして医務室まで運び、その場を後にした。
彼女は恋におちた。
心の中で騎士様と呼び、わかっている強いということだけを頼りに、これ迄野蛮だと見向きもしなかった部類の学生達を中心に、探し始めた。
ちなみに、その中の一人が決闘を申し込んだ生徒である。
残念な事に、手も触れてこない婚約者は考えもしなかった。
「っと、すまない。君の名誉の為にこの話は控えるよう助言されていたんだった。」
もはや、少ししゅんとする姿すら彼女には愛しく見える。
しかし遅すぎた。
「きっと俺に挑む度胸がある彼なら大丈夫だろう、君の幸せを祈っている。では失礼する。」
すっと男達の輪に戻る背中に彼女は何も言えなかった。
暫く静観していた王子が声を張る。
「今日は別れを悲しむ日ではない、新しい門出を祝う日だ。君達も思うところもあるだろうが、僕達はまだ若い、失敗や苦難を乗り越え皆で成長していこう。」
どこからか拍手が始まり、全体に広まる。
どこか暖かい雰囲気に包まれ出し、鳴りやむ頃、変態の、いや天才の婚約者であった女生徒がおずおずと切り出した。
「…あの…。…もう一人、います…よね?」
そう、乗り込んできた女生徒は五人…。
男子との数で見るなら、王子の婚約者と考えられるのだが…。
…最後の女は不気味に笑い出した。
「うふふ。私と王子は貴女方と違って相思相愛、愛し合ってますから。婚約破棄なんて絶対にあり得ないこと。…ねぇ?」
にたりと笑う女の、ただならぬ雰囲気に、一緒に来た女生徒達は後ずさり、王子達は眉間にシワを寄せ警戒の色をにじませた。
平凡な容姿の少女は女生徒を見据え、それに答えた。
「…あなたは、何度言ったら理解してくれるのかしら。王子に婚約者はいない。あなたは恋人でもないのよ。」
やや恐怖した王子は不安げに呟く。
「そうだ、私には婚約者はいない。兄の事があったから、進退が決まるまで私はどう転んでもいいように何も決めないようになっていた。私自身も行動を慎んできた、恋人などもっての他だ。…顔は知っているが、しかし…君は、なんだ?」
「やっぱり彼女達に着いてきて正解だったわ、貴女はそうやって平気で嘘をつくのね。ふふ、いいんですよ王子、隠さなくたって。私が他の女に妬まれないように守ってくれるのは嬉しいですけど、私、そのクソ女が調子に乗って王子を困らせているのがもう我慢できないんです。心配かけたくなくて黙っていましたが、そのクソ女に私酷いことされてたんです、王子と話せないように邪魔したり、王子に近寄れないように道を塞がれたり、迷惑だから付きまとうなって、言い掛かりつけてきたり。でも、王子と私の想いは通じあってるから、どんな困難も私は乗り越えられます。私達の未来は邪魔させません。」
つらつらと続く内容に慌てて王子が止める。
「待ってくれ、私にはなんの事か理解出来ないのだが。君と恋人になったつもりもなければ、想いが通じあったことなど無い。それどころか今、初めて会話したと思うのだが…。」
「もー、恥ずかしいからって私に言わせる気ですか。入学式の挨拶で壇上から熱く私を見つめて告白してくれたじゃないですか。」
「入学式の挨拶…?」
「君には言葉だけではなく態度で示したいって言ってくれましたよね。」
「…君には…?…全生徒の前で挨拶はしたが…。」
うっとりと頬を染め言う彼女に、王子は完全に恐怖を感じている。
王子の言葉が続く前に、ぱっと彼女が顔を輝かす。
「あ、もしかして、わざと嫉妬させたんですか?王になって、いろんな方と交流した時、いちいち怒っていられないですよね。私ったら、まんまと騙されちゃいました。でも、そこまでするくらい私の事考えてくれてるんですね、これからは安心して下さい、妻としてちゃんとあなたを支えていきますから。ね?」
ここまでくると生徒の大半は彼女の狂気に気付き、戦慄する。
ちょうどその時、パーティーの終了の合図でもあり夕刻を告げる鐘の音が外から聞こえてきた。
平凡な容姿の少女の溜め息がもれた。
「はぁ…。たまに出てくるのよね、あなたみたいに妄想と現実の区別がつかなくなる人。」
「はあ?まだ言うの?王子、この頭のおかしい女は即刻捕らえるべきです。こんな女が傍にいるなんて、わたし怖いわ。」
「怖いのはあなたよ、ストーカーさん。」
「…すとー…?」
「どこかの世界ではあなたみたいな人をそう呼ぶんですって。」
「…やっぱりあんた頭おかしいのね。」
「はいはい、もうそれでいいですよ。殿下。この子は私が然るべき場所につれていきます、二度とこの国に戻ることはありませんから御安心を。それでは皆様お先に失礼します。」
王子が答えるより先に、少女は優雅に一礼してから女生徒の腕を掴み、出口に向かって歩き出していた。
「ちょ、やだ、離してよ!助けて!王子!おっ…!?んー!んー!」
「この魔法、少し改良の余地があるわね。喋れないけど煩いわ。」
不自然に口が閉じた女生徒は、呟く少女にぐいぐい引っ張られながら消えていった。
史上最高に混乱したパーティーは、突然な二人の退場をポカンと見送る生徒達を最初に我に返った王子が纏めた事で、なんとか終わりを迎えた。
…………
丸い月が昇る夜。
歴史を感じる調度品に囲まれた王子の私室には、部屋の主と女が一人、座っていた。
王子はいくつかの宝石を柔らかい布に並べて言った。
「残りの報酬だ、受け取ってくれ。」
「んー…。ちゃんと本物ね、契約完了。お疲れ様でした。」
「まったくだ。君が去った後、大変だったんだぞ。あの様な事は事前に通告してほしかったよ。」
「ふふ。秘密裏に済ませて、よからぬ噂が立つくらいなら、事実を広めた方がいいかと思って。」
それは、男性側に同情的な世間を見れば間違ってはいなかったのかもしれない。
済んだ事を蒸し返しても仕方ない。王子は小さな溜め息をはいて、女はクスクス笑った。
「不思議だな、その笑顔を見ると姿が違っても君だとわかる。」
「そう?私の変身魔法もまだまだね。」
「普通は気づかないだろうね。」
…いつも君を見ていた僕じゃなければ。
そう出かけた言葉を王子は呑み込んだ。
女は確かに、あの平凡な容姿の女生徒だった。
しかし今は、誰もが眼を引く美しい女の姿でここに居た。
王子は気持ちを切り変えようと話題を戻す。
「しかし、あのストーカーとか言ったか。あれは何だったんだ?」
「本当に気付いていなかったのね。放っておけば厄介な事になりそうだったから、おまけで片付けさせて貰ったわ。貴方の友人として、ね。」
突然自分と恋仲だと言い出した不気味な女生徒の事よりも、友人と言われた方が王子にとっては気になってしまった。
何か言いたげな様子に女は。
「安心して、死んではいないから。」
死んでは、と平然と笑う女に、自分が知る彼女はその一端でしかなかったのだと、男は思い知った。
だからこそ彼女をもっと知りたいと思ってしまう。
「君はこの国にとどまる気はないか?食事も気候も好きだと言ってくれたよね。あいつらだって君を探して―――。」
「駄目よ。」
王子が言い終わるより前に、女は強い眼差しではっきりと拒絶した。
すぐに目元を緩め、声音も柔らかくなる。
「魔女は気まぐれ、仕事は気に入ったものしかしない、姿を変えるのも何物にも捕らわれないため。今回は学生が愉しくてついつい長居しちゃっただけ。彼等には、私は遠い国に嫁いだとでも言っておいて。」
「…わかった。」
王子の脳裏に、肩を落とす友人達の姿が浮かんだが、彼等の彼女への淡い想いに気付いていながら、こうして彼女に会えて、おまけに友人をだしに彼女を引き留めようとする自分に、同情する資格はないとうなだれた。
「さてと、そろそろ行くわ。」
「…また、逢えるだろうか?」
「そうね…。貴方が王になったとき、また友人の為に私財を投げうる覚悟がある人だったら、願いを聞いてあげるかもね。」
その時は報酬も弾んでもらうけど。そう言って、悪戯っぽく片目を閉じると、魔女はスッと消えた。
どんなに願っても、きっともう会うことは無いだろうと思った、それでも世界の何処かにいる彼女に恥じぬ生き方をしようと、王子は輝く月を見上げて誓った。




