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泣き虫な私が勇者になる話  作者: グリゴリグリグリ
第1章:冒険者の私
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1-3

「そんな……まさか……」


 思わず笑ってしまう。話が出来すぎである。ここで残りのグリズリーが登場、なんて展開は在り来たりすぎて物語として失敗だろう。だから聞こえて来る唸り声も空耳だ。

 頭の片方でそんな風に思いつつも、もう片方は冷静に、今背負ったばかりの剣の柄へ手を伸ばす。

 そして剣を掴むと同時に正面へ走り出す。


「フグルゥゥゥゥ……」


 後ろから聞こえるのは不機嫌そうな声。

 川を飛び越え、剣を抜きつつ対峙する。追って来るような気配はなかった。


「嘘……でしょ……?」


 嫌な予感が的中した。

 振り返った私の目に映ったのはグリズリーの姿だ。死んだ片割れのことを心配するように鼻を近づけている。

 しかし驚くべきはその大きさ。

 今さっき倒したグリズリーよりも二回り大きい。こっちがオスか。では今まで私がオスだと思っていた奴がメスだったのか。

 苦労してようやく倒し、力まで出し切ってヘロヘロに近いのにその上もっと強い敵が現れるだなんて。

 女房が死んだのを察したのか最後にチロリと一舐めし、グリズリーはこちらを向いたその目に怨嗟の色が見えたのは私の気のせいだろうか。


「ゴオオオオオオオオオオオ!」


 まるで突風でも吹いたかのような感覚だ。木々がざわめき、私の体は吹っ飛ばされそうになった。

 それは私の錯覚だったが、それだけの勢いがあった。

 どこかから鳥が飛び立つ音がいくつも届く。

 握り直した剣を構える。手汗がにじみ、何度も握り直す。

 大きくて重たく、扱いにくい剣。それでも何度も旧知を救われ、頼りがいのある剣だった。それが今この瞬間は小枝にでもなってしまったように頼りない。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」


 聞こえて来る鼻息は私の物かグリズリーの物かわからない。

 グリズリーは怒りに体を震わせ、私は恐怖に縮み上がっていた。

 こういう時こそ落ち着いてお父さんの教えを思い出さなければ。


「ゴラァ!」

「ああああああっ!」


 一瞬で川を飛び越え、こちらへ向かって来るグリズリー。その動きはついさっき戦ったグリズリーとは段違いであった。

 それに対して剣を振りかぶった私も一歩踏み出す。

 相手が強い時ほど一歩踏み出せ。

 心構えについての教えだったかもしれないが、お父さんからそう教わった私は律儀に一歩踏み出した。どうせ逃げても追われるだけだ。なら戦った方がまだ勝機もあるかもしれない。

 私の剣に噛みついたグリズリー。両手もかけ、私から武器を奪うつもりか。

 鍔迫り合いは続いたが、身体強化の魔法を使ってようやく力比べができる私に対して、グリズリーは素の力だ。いずれ私に限界が来る。

 ジリジリと押し込まれる。

 長く生きた魔物は知性を付け始める、なんて話を聞いたが、本当なのかもしれない。こうして鍔迫り合いになって間近で見たグリズリーの目は、獲物としてよりも仇として私を見ているようだった。


「くっ……そぉ!」


 全力で振り下ろす。切っ先は地面にガツンとぶつかった。

 見ると、グリズリーの鼻先が浅く切れている。グリズリーはまったく気にした様子がない。


「……大したことないってわけね」


 一拍置いてから剣を持ち直す。ただ武器を構えるだけでも一苦労だ。

 わかっていたことだが、体が大きい分、力も増している。今押し返すことができたのも奇跡みたいだ。それに加えて素早いときた。

 正直、泣きたい気分だ。実際、少し視界が滲んできた。

 しかし涙を流したからといってどうなる問題でもなく、それ以上は必死にこら――


「ぐはっ……!」


 ほんの一瞬でグリズリーの巨体が私を突き飛ばした。

 ほとんど直角に曲げられた私の体は地面を何度もバウンドしながら転がり、ようやく止まって真っ直ぐに戻る。

 剣を手放さなかった自分を褒めてやりたい。しかし手元にあってもほとんど無意味だ。

 柄を握っている右手は何とか開閉できるが、左手は動かすだけで激痛が走る。両足も似たようなもので、胸に至っては呼吸する度に痛む。


「死にたく、ないなぁ……」


 グリズリーが近付く足音がする。私が動けないのをわかっているのか、その歩みは不遜で、ゆっくりとした物だった。

 額が切れていたのか視界の左側が真っ赤に染まる。

 堪えていた涙が一気に溢れる。

 悔しい。せっかく独り立ちできたのに。これからようやくお父さんに恩返しが、親孝行ができると思っていたのに。


「ごめんなさい……お父さん……」


 自然とそんな言葉が溢れていた。

 鼻をすする力もなく、涙は溢れて止まらない。今の私はずいぶんと情けない顔をしているだろう。これを見てグリズリーが食欲を失くしてくれたら良いのだが、それは無理だろう。

 視界に黒い影が差す。

 いよいよグリズリーが近くまでやって来た。


『相変わらず泣き虫は治っていないみたいだな』


 瞬間、私の体が勝手に動き出した。

 跳ねるように体が起き、眼前にまで迫っていたグリズリーの鼻先を蹴り飛ばし、その勢いで距離を取る。

 一挙手一投足の度に骨が、体の節々が痛んだが、止まろうにも止めることはできなかった。

 痛みに顔をしかめると、一秒経つごとに体から痛みが抜けていく。

 身体強化の魔法の亜種である治癒魔法だ。しかし私は使えないはずである。

 それよりも、急に頭の中に響いた声は何だったのか。

 その声を思い出そうとすると、体の痛みとはまた違った頭痛がした。


『痛みは取り除いたが感じなくなっただけだ。すぐに目の前のあの熊を倒すぞ』


 再び聞こえる声。

 体は自然といつものように武器を構えていた。

 無理矢理に、というよりは促されるような感覚だった。


「……幻聴かしら」


 実際に痛みは取り除かれている。しかし周囲を見渡しても声の主は見つからず、治癒魔法の主も見つからない。

 いよいよ死にかけて頭がおかしくなったのか。

 それでも体だけは死にたくないと抵抗しているようだった。


『幻聴か……まぁ、直に思い出していくだろう。来るぞ!』

「うん!」


 思わず返事をしていた。

 そのことに驚きつつ、頭は冷静に向かって来るグリズリーを見ていた。

 振り下ろされる右の豪腕。太い爪に切り裂かれたら私の胴体もボロボロにされるだろう。それを剣で打ち払い、その脇を抜ける。そして抜けると同時に振り返り、更に同時に切り払う。

 これまでの苦労が嘘のように簡単に、グリズリーの肉は裂かれた。

 大きなダメージではない。それでもこれまでで一番のダメージを与えた。


「ゴアアアアアア!」

『蓄えを使っているが気を抜くな。あいつは強敵だからな』

「わかってる!」


 こちらへ向かって来ようとするグリズリーが踏み出したその足を切りつける。こちらを引っ掻こうとするその手を足場にして後ろへ跳ぶ。

 冷静になればグリズリーの攻撃は左右の爪による引っ掻きと噛みつきしかない。

 対する私は万全、むしろそれ以上の状態とも言えた。どこからか魔力が溢れているのだ。身体強化の魔法の出力はどんどん増していた。

 そして今の私にはダムネシアがついている。


「ダムネシア……?」

『ハーニー! 危ない!』


 眼前に迫るグリズリー。その動きが妙にスローに見えていた。周囲の音もなくなる。

 剣を引き、今まさにこちらを食いちぎろうと大きく開いたグリズリーの口へ向かって突き出す。

 ズブリ、という音と感触で現実に引き戻される。

 苦しいのか、剣を外そうともがくグリズリー。その手が、爪が何度も私の手に当たるが、既にそこに力はこもっていなかった。

 力尽きるのも時間の問題である。そしてその時はすぐに訪れる。


「クルゥ……ァ……」


 最後に私を睨みつけ、その瞳から光が消えた。

 倒れるグリズリーを支えきれずに剣を抜くと、しばし血が溢れ、周囲はグリズリーの血で真っ赤に染まっていた。

 そこにへたり込む。もう立っていられないほどギリギリの体力だった。


「やった――つぅ!」


 歓喜の声を上げる間もなく訪れた頭痛。私は全部思い出した。


「ダムネシア……。久しぶりだね」

『そうだな。出来ればもう会いたくなかったが……』

「後で色々教えてもらうからね」


 会いたくない、なんて理由もなしに言うような性格でないのは知っている――思い出した。

 ダムネシアが感じなくしていた痛覚が戻って来た。お陰で朦朧としかけていた意識が無理矢理に覚醒させられる。

 一先ず討伐の証を取らなければ。

 でもとりあえず、少しだけ休憩しよう。

ちと短いですがキリが良いところで。

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