5-1
「ハーニー、入るよ」
ノックがされてすぐ、こちらが返事をするよりも早くマレーナは扉を開けて部屋に入って来た。
見られて困るようなことをしていたわけでもないのだが、せっかく宿を取っているのだから私のプライベートは尊重して欲しい。それを伝えても変わらないのだからもう諦めているが。
マレーナの中ではいつまで経っても私は幼い子供のままなのだろう。
「メイル王国の話、聞いた?」
「……なにかあったの?」
「それが――」
マレーナから聞いた話はそれこそ信じがたい話であった。しかしそれを当事者であるライラから聞いたとなれば、信じる他はない。
かつて私の故郷で起こったことが今度は私の育った場所で起こるとは。
偶然とは思えない。噂の域は出ていないが、ハルメニア王国のこともクーアクーララが関わっているのだろう。マレーナの表情を見るに、同じことを考えているようだ。
もし本当なら、マレーナ達レジスタンスはとんでもない組織に喧嘩を売ったことになる。
「……心配なら、帰ってもいいんだよ?」
「大丈夫。お父さんも冒険者だしなにより、今私が抜けるわけにはいかないでしょ?」
町の襲撃はすでに終わったことで、私がレジスタンスにいると知っているライラがお父さんについてなにも言わないのであれば、心配するようなことは起きていないのだろう。
そして現在レジスタンスはハルア国政府を倒すために動き出している。
私が村の子供を兵士から庇ってから、事態は驚くほどの速さで進んでいる。これも、これまでのマレーナ達の活動が実を結んだ証拠であり、キッカケとなってしまった私が今抜け出すわけにはいかない。
数日後にはクーデターを起こす計画。もう、後戻りはできない。
「……それに、私にも戦う理由ができたからね」
「おじさん達のこと?」
うなずかない。
噂の通りであればクーアクーララ、そしてその力を借りた現ハルア政府は私の両親の仇とも言える。
しかし、記憶を失っていたからかどうかわからないが、恨みがあるわけではない。もちろん、大切な人を殺されて悲しいのは確かだが、やり返してやろうとは思えないのだ。
気持ちではそのつもりはないが、理屈では私の戦う理由になる。
それを思うと、なんだかモヤモヤとした気持ちになってしまう。
「……戦いが始まったら休めることはないんだから、マレーナも今の内に休んでおきなよ」
「わかったよ。お互いにね」
なにか言いたげにしていたが、マレーナはそれだけ言い残して部屋から出て行った。
最後の詰めがあるのか、ここしばらくマレーナは忙しそうに駆け回っている。
少し無防備に出歩き過ぎでは、と思わなくもないが、レジスタンスのリーダーが出歩いても大丈夫なほど、反政府の機運が高まっているとも言える。
私がこの国に来た時も暗澹していたが、今は妙に殺気立っているように思える。
「ダムネシア」
『どうした?』
「私……昔のこと、もうあまり気にしてないんだけど……それって私が冷たいのかな?」
忘れたわけではない。思い出せば悲しくなるし、胸に穴が開いたような気分になる。しかし恨みを晴らしてやろうだとか、そういうことは一切考えられないのだ。
割り切っていると聞こえはいいが、単純に私が冷たい人間なんじゃないかと思えてくる。
ダムネシアはしばらくなにも言わなかった。
『人間……生きていれば大切な物は変化していく。かつては大切だった物が今はどうでもよくなっていたり、逆もまた然り、だ』
「ダムネシア……」
『まぁ、人間ではない私が言っても説得力はないか』
「台無しだよ」
別にダムネシアのことを人間じゃないから、とかただの武器だから、なんてことで区別も差別もしたことはない。
見た目は違っていても昔からの友人で、私が記憶を失くしていた時は文字通りなにも言わずにずっとそばで支えてくれた。
私にとってはマレーナと同じくらい大切な人だ。
『ありがとう』
「こちらこそ。ずっと私に付き合わせちゃって……。ありがとう。ダムネシア」
少しの沈黙。
しかしそれは気まずい物ではなく、どこか心地良い沈黙であった。
ダムネシアの言葉を反芻しながら、クーデターのための気持ちを整える。
『もしまだ、気持ちが落ち着かないなら、村で少女を助けた時のことを思い出せ。その時の気持ちがハーニーの原動力だと思うぞ?』
「本当にダムネシアはなんでもお見通しだね」
思い返してみると、私はどうしてあの場面で飛び出したのだろうか。
花をくれた女の子。気持ちは嬉しいが言ってしまうともらった花はそこら辺に生えていた物で価値らしい価値はない。そして女の子と私の関係もそれだけで、わざわざ身を挺して庇うようなこともない。
昔の私なら、かわいそうと思っても見ない振りをしていたかもしれない。
でも、
「よくわかんないなぁ……。あの状況なら助けるのが当然じゃない?」
小さな女の子が兵士に言いがかりで殺されそうになったのだ。それを防ぐ力が私にあって、守れる立場にあって助けない道理はない。
『しかし他の人は全員、動かなかったぞ?』
「それはそうだけどさぁ……」
あの場にいた全員の事情も理解できないわけではない。
それぞれにしがらみがあって、私だけがそれを無視して行動できたわけで、だからと言って助けなかった人――マレーナを含めて――を非難できるはずがない。
『話は変わるが……この国に来てなにを感じた?』
「なにをって……なんか嫌な空気だなって……」
すれ違う人すれ違う人、みんな揃って暗い顔をしていた。それだけでなく、町全体が暗い雰囲気に呑まれていて、観光をする気もなくなってしまった。
今でこそ慣れたが、やはり町に活気がないとこちらまで滅入ってくる。
ここで、ダムネシアの意図を察する。
『その原因を作っているのがこの国の政府、ハーニーの故郷を襲った奴らだとしたら?』
「村の時みたいに私が助けろってことね」
『大丈夫。ハーニーにはその力がある』
「……簡単に言ってくれるよ」
ダムネシアに上手く乗せられた形だろうか。
それでも、大切な人の仇だとか、マレーナのためだとか、後はここに来てから知り合ったレジスタンスのみんなのことだとか。色々なことが削ぎ落とされて、自分の戦う理由が単純になったのを感じる。
この前、ライラと対峙した時のことを思い出す。
「私は大切な人を失いたくない。守れるなら、守らなくちゃ」
今回は一先ず、マレーナを守るためで、名も知らぬこの国の人達の表情を明るくするために剣を取ろう。
新章、そして最終章に突入です!
更新が不定期になってしまいましたがそれでも完結はさせる心積もりなのでご安心ください。気を長くしてお待ちいただけますと幸いです。




