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その戦いは静かに繰り広げられていた。
俺の斬撃を相手の男は紙一重で躱していく。捉えられないわけではなく、刃が届こうとした時もある。しかしそういう時は腕や足で横から剣の軌道を変えられてしまうのだ。
人間と戦うことは長い冒険者生活の中で何度もあった。その長い冒険者生活を思い返してみても、これほどの実力を持った相手は初めてだった。
再び剣を躱され、後ろに下がった男から雷撃が放たれる。それを魔力をまとわせた剣で防ぐ。
魔法は、こちらの魔力を高めて受けきるか、同等以上の魔法をぶつけて相殺するしかない。魔力をまとわせた剣で雷撃の魔力を乱してやれば、消滅して防ぐことも可能となる。それも簡単なことではないが。
肉を切らせる覚悟で攻撃を受けてもいいのだが、最初に受けた雷撃の痺れがようやくなくなってきた頃。再び受けて痺れることもあるまい。
「いやはや……厄介な相手ですよ、あなたは」
「それはこちらの台詞だ!」
瞬間的に身体強化の魔法の出力を上げ、加速した剣を横薙ぎに払う。
それは、男の服を僅かに裂いた程度で終わる。
驚いたような表情で服を見下ろす男。その表情から、男がどれだけの修羅場を潜って来たのかがわかるようだ。
「名前を聞いてもよろしいですか?」
「ずいぶんと余裕じゃないか」
わざわざ悪党に名乗る必要もないだろう。
男の右腕はぐしゃぐしゃに折れて使い物にならない。痛みがないはずはないのだが、男は表情にまったく出さない。我慢している様子もない。
対するこちらは、最初に雷撃を受けて体を痺れさせはしたものの今はその痺れも取れつつある。一見、こちらが優位にも見えるが寄る年波には勝てなかった。
「……サボったツケが回って来たか」
相手に聞き取られないように小声で愚痴る。思わず声に出してしまうほど今の自分に呆れていたのだ。
ハーニーが独り立ちしたからと最近は、自分一人が生活できる程度の仕事しかしていなかった。魔物と戦ってもそのほとんどが、本気の半分も出さないで勝てる程度の相手。腕が鈍ってもおかしくなかった。
そうでなくとも体力が落ちているのだ。それを維持しようと努めていなかったのは完全に俺の怠慢だ。
しかしそれを言ったところで今更、無体な話で、こんな強い相手に襲撃されるだなんて誰が想像できただろうか。
せめて時間を稼ぐ。
男の目的も同じようだが、俺以外の盤面でこちら側の人間が勝っていれば援軍もいずれ来るだろう。それを待つ。逆になってしまったら潔く諦めるしかないが、こちらにはライラがいるのだ。そう簡単に負けるとは思えない。
「そういえばお前ら、ライラの対策をしているとか言ってたな。どんな対策をしてたんだ?」「それをむざむざ話すと思いますか?」
「時間稼ぎが目的なんだろ。話せよ」
少しでも情報を引き出す。あわよくば息を整えるくらいの間は欲しい。
「まぁ、いいでしょう。単純な話ですし、隠すようなことではありません。私の他に戦える者を何人か連れて来ています。どれだけ強大な人間でも数で押せば一撃は加えられます」
「その一撃で十分、ということか……」
「まったく以てその通り」
年寄り相手に圧勝できない奴が何人集まったところでライラに勝てるとは思えないが、それも数があれば別だろう。
ただ、魔剣アルソンの効果を思えばそれで十分かもわからない。
「……話はこれくらいにしましょう。いくら時間稼ぎが目的とは言え、いつまでも無駄にするわけにはいきません」
「それもそうだな」
幸い、呼吸はある程度整っている。
離れた位置にいる男はいつでも雷を放てる。それに備えて剣に魔力をまとわせておく。
不意に風が吹き、それが止まった瞬間、男がこちらに向かって突っ込んで来た。遠距離攻撃で様子を見るとばかり思っていたので面食らったが、それで動揺するほど弱くはない。
男の頭の少し上。ちょっと屈めば避けられる位置を狙って剣を横に振るう。案の定、少し屈んで避けた男の顔が来た位置を狙っていた左の拳を放つ。
「ぐああああっ!」
悲鳴は俺の物。顔面を殴り飛ばそうとした拳は男に受け止められ、そのまま直接電気を流されたのだ。全身に痛みが走り、剣を手放しそうになる。
これだから雷属性の魔力は厄介である。魔法が得意でない分、余計にそう思う。
しかし無い物ねだりをしていては冒険者はやっていけない。
全身を使って無理矢理男を蹴り上げる。
不格好な蹴りだが、全身全霊の身体強化の魔法を加えた一撃で、体が上手く動かずとも威力はある。
男が吹っ飛ぶと同時に俺も地面に転がる。
「くそ……」
上手く立ち上がることもできない。男のぶつかった家が崩れて瓦礫に埋もれたのが幸いだ。
内側から爆発したように瓦礫が吹っ飛んだのと、俺がなんとか立ち上がったのは同じタイミングだった。
瓦礫の中から現れた男は、額から血を流しながらも健在だ。いくつもの傷を受けているはずなのにまだ立てるとは。敵ながら天晴れである。
しかしそれが限界なのか、不意に力が抜けたように男は前のめりに倒れた。
一瞬、なにが起きたのかわからなかったが、背後に誰かが着地した気配を感じてなんとなく事情を察する。
「ライラか……」
「はい。ガイアさん、無事ですか?」
「無事とは言えないな」
立っている必要がなくなったので倒れ込むように地面に大の字になる。
その様子を見ても、
「大丈夫そうですね」
「師匠を思いやるってことをしないのか」
「思いやりって、ガイアさんが恰好よくアイツを倒すのを待つってことですか?」
「……状況は?」
このままライラと話していてもろくなことにならない気がする。
実力だけじゃなくて口も達者になったものだ。
「大体の戦闘員は倒しました。残っているのも冒険者でどうにかなるでしょう」
「そうか。敵に心当たりは?」
「クーアクーララ」
「ライラ、お前……!」
「わかっています。でも、他にやれる人がいないんですから私が調べるしかないじゃないですか」
命の危険があるとしても、やらずにはいられない。理解した上で覚悟を決めた目だ。
ライラはいつでも誰かの為に自分が犠牲になることを厭わない子だった。今もそうなのだろう。
師匠として、今更止められるような立場にない。せめて、
「俺にできることはあるか」
「ガイアさんはしばらく休んでいてください。回復したら残党の処理をお願いします。町の外でジリが一般人を避難させてますからできるだけ急いで」
「わかった。お前は?」
「他の町を見てきます」
言うが早いか、すぐにでも発ちそうライラを呼び止める。
「気をつけろよ」
「ありがとうございます。師匠」




