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「やばいやばいやばいやばい!」
地面を撃ち抜いていく水の弾丸に急き立てられるように逃げていく。
水が着弾したとは思えないほどの鈍い音に、石畳が崩されていく音。そしてその破片がウチの背中にぶつかって来る。
突如目の前に魔法陣が浮かび上がり、急いでそこの角を曲がる。その瞬間、さっきまで走っていた通りを突風が吹き通る気配を感じる。
口の中は乾き、呼吸も苦しい。冷や汗すら出て来ないほどに水分が不足している。
「どうしてウチばかり狙うんだよ!?」
申し訳ないが、これだけ逃げているんだからウチのことは諦めて他の人を探しに行って欲しい。
その間に少しでも休めれば。せめてコップ一杯の水でも飲めれば。
「ごめんなさい。町の人は誰一人逃がすな、って命令なので」
角を二回曲がるが、水の弾丸も後を追って来る。
「ライラもいるんだぞ!?」
魔剣の持ち主であるライラ・トルストイ。
ライラも人間なので無敵だとは思っていないが、こんな訳のわからない相手に負けるとも思えなかった。
もしもライラがここにいることを知らないとしたら、このことを知って諦めてもらえないだろうか。
しかし、
「対策はしてますのでご心配なく。サイガル、前へ」
その時、ウチの進路を塞ぐように大きな影が道に降り立った。サイガルと呼ばれた獣人である。
女の声が聞こえていたので現れる心構えはできていた。
ナイフを投げつけ、身体強化の魔法を発動する。
投げつけられたナイフをサイガルが素手で弾いたその隙に、すべての力を込めてタックルして押し倒す。
一瞬たりとも足を止めてはいけないだろう。
地面に倒れたサイガルを越えて逃げる。
「もう!」
女のイラついた声が届き、一矢報いたようで少し嬉しくなる。
しかし突進したくらいでサイガルが戦闘不能になるわけもなく、その証拠に再び、魔法によって作り出された水がウチを襲う。
町中を駆け回って逃げているが、誰一人としてすれ違わなかったことが恐ろしい。
女の言っていた「誰一人逃がすな」との命令が忠実に遂行されているのだ。
ギルドにいた冒険者はサイガルに揃って殺された。一般人は揃いの衣装を着ていた兵士に殺されたのだろう。
この町に唯一ウチだけが生き残っているような気がして、深い穴に落ちたかのような気分になる。
「落ち着け……落ち着け……」
言い聞かせないと足を止めてしまいそうだった。
「厄介ですね……」
冒険者一人にこれだけ手こずるとは思いませんでした。
面倒な相手だけをコールに押しつければ後は楽な仕事、と思っていましたがそうはいかないようです。
屋根の上を飛び移りながら女を追います。
少しでも目を離したら闇に紛れて逃げられそうで、もしそうなってはコールになにを言われるかわかったものではありません。
こうして手こずっていること自体がすでに、小言の対象だと言うのに。
「道を塞いでください」
「わかった」
隣にいたサイガルが足を止め、女の進む先の地面に魔法陣が浮かぶ。サイガル自身も突破され、同じことを繰り返すわけがない。
道いっぱいに広がった魔法陣は、相当な魔力を練り込まれているのがわかる。
直前に曲がり角はない。建物を跳び越えようとするならジャンプした隙を狙う。
腕に魔力を集中させていつでも発動できるようにします。
「……やりますね」
女は魔法陣に怯むどころか、更にスピードを上げて魔法陣の上を突っ切って行きました。
身体強化の魔法に比べてサイガルの魔法もタイミングを外された。それでも、巨大な水柱に飛び込んで無傷でいられるはずはありません。
足を刈り取る風ではなく、タイミングを狂わせて足をもつれさせるための風を起こします。
見事に足を絡ませて転んだ女の下にすかさずサイガルが飛んで行きました。
一度足を止めたにもかかわらず私を追い抜いて行ったスピードにも、迷うことなく瞬時に抑えに行ったその判断の早さにも脱帽です。
「流石ですね。サイガル」
「ありがとう」
褒めたのですからもっと喜べばいいのに、彼はいつも最低限の言葉しか返してくれません。出会った時からそうなのですから、今更直してもらおうとも思いませんが。
最近ではそれが魅力だと認識を変えたのです。
「……手間をかけさせてくれましたね」
サイガルが取り押さえている女は私のことを睨むばかりでなにも答えてくれません。
「ロベリア」
「わかっています」
早く殺して次の仕事に移るとしましょう。
まだまだこの町には生き残っている人がいるでしょうし、コールがライラ・トルストイと戦っていたら、加勢をしなければいけませんから。
さっきまでウチのことを追いかけていた二人は、地面に伸びて時折、体をピクピクと動かしていた。
もう大丈夫、と言われてもすぐに安心することはできないが、一度足を止めてしまうと再び動かすことはしばらく無理だ。
肩で息をしてもまだ整わない
「ライラ……ありがとう……」
「気にしなくていいぜ。とりあえずこれでも飲んで落ち着けよ」
手渡された水筒の半分ほどを一気に飲み干す。これで少しは楽になった。
「なにを……」
したのか聞きかけて、止める。
ライラが魔剣アルソンを持っているのは周知の事実で、その能力を使ったことは間違いない。普段からその能力を秘密にしているライラのことだ。聞いたところではぐらかされるのがオチである。
代わりに、
「あいつら、なんなの?」
もっと基本的な質問に立ち返る。
女の言うことが正しければ、町の全員が殺される予定になっているはず。そうまでして狙われる理由がこの町にあるとは思えない。
ライラは少しだけ考えると、
「わからない。私はとりあえず、助けられる人を助けているだけ」
「そっか……」
今も町のどこかから戦闘音らしきものが聞こえて来ている。冒険者の誰かが抵抗しているのだろうか。あるいは、住民を一人一人殺していくのが面倒で家ごと押し潰している音なのかもしれない。
会話は途切れ途切れになっていたが、お陰で息もある程度は整えることができた。
立ち上がり、手足を動かして無事を確かめる。
「ウチも手伝うよ」
「じゃあ戦えない人達を避難させて。そうだなぁ……町の外ならここよりは安全かもな」
「確かに」
明らかに殺意を持っている人間と魔物。流石に魔物も町の近くまではそうそう現れないはずだ。
城壁一枚挟んだだけだが、それでも中にいるよりは精神的にも楽に思える。
「ライラはどうするの?」
「私は敵を捕まえる。なにが起きているかも確かめたいしな」
「気をつけてね」
「任せとけ」
魔剣使いが簡単に後れを取るとも思えない。事実、ウチが苦戦していた二人を一瞬で倒してしまったのだ。
地面に伸びている二人をロープで縛り――心許ないがライラはこれで十分と言った――ウチとライラは二手に別れる。
ヒョイヒョイと屋根の上を跳んで行くライラは、ずいぶんと頼もしかった。
更新止まってて申し訳ないです!
異世界ポイント生活が佳境に入っているので、そっちを終わらせるまではしばらく更新止めます。申し訳ございませぬ。




