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紅豊の月、二十四日。暦の上では明日から冬である。
気温に関係してくるのは火属性と氷属性の魔力だが、ジーン大陸はどちらも低めであるため、比較的季節の影響を受けやすい。夏は暑く、冬は寒く。
故に秋の終わりである今日の冷え込みも一段だった。
すでに夜も更けていて、町中には出歩いている人の姿は少ない。その数少ない人もほとんどが俺と同じように家路を急いでいる人達だ。
客足も望めないからか、まだ早い時間なのに店じまいをしている所も多い。
これは早く家に帰るのが吉だろう。
ギルドで飲んだホットワインの熱が逃げない内に、と駆け足で自宅へ急ぐ。
ハーニーがいた頃はこんな寒い日には暖炉に火を入れてくれたのだが、今はもう一人。家に帰ったらベッドへ直行だ。
ギュッと外套の前を合わせ、風を受けないようにうつむいていたせいで前から歩いて来る人に気づかなかった。
「すまないな……」
尻餅をついてしまったその人物に手を貸し、立たせてやる。
夜なのに輝くような純白の衣装だ。どうしてぶつかるまで気づかなかったのか。うっかりにもほどがある。
「こちらこそすいません」
「互いに前方不注意だったな。それじゃあ俺はこれで……」
「ちょっと待ってください!」
寒さに身を置くのを一分一秒でも短くしたかったのだが、呼び止められてしまった。
無視でもしたかったがぶつかった負い目もある。大人しく話に付き合う他あるまい。
「あなたは……冒険者の方ですか?」
「そうだ」
しかし反応が無愛想になるくらいは許してもらえるだろう。
獣人種故に毛皮を持っているとは言え寒いものは寒い。長々と口を開いていられるほど寒さに強くはないのだ。
俺がそんな態度にも関わらず、目の前の男はわかりやすく胸を撫で下ろし「良かった……」と呟いていた。
「困ったことがあればギルドを通してくれ。見ず知らずを助けるほど暇じゃないんでな」
「いえ、そういうことではありません」
「ならなにが良かったんだ? 冒険者に用があるみたいだったが……」
「兵士じゃなくて良かったってことです。生き残りでもいたら大変ですから」
それが言葉通りの意味であれば、この男を大人しく行かせる理由はない。
そして、今の言葉を境に雰囲気の変わった男。決して嘘だとか、こちらを煙に巻こうとしている雰囲気ではなかった。
冒険者の多いこの町では地味だが、ちゃんと治安維持のために駐在している兵士はいるのだ。しかしこの男の口ぶりだと……。
外套の下でバレないように剣を握る。
「王国軍に見つかったら困るようなことでもするつもりか? オススメはしないがな」
「それはこちらの台詞です。武器を抜くのは止めた方が良いでしょう」
「……お前次第だ」
何十年と冒険者をやっていれば相手の強さはなんとなく感じられるようになる。
その勘に加え、ぶつかった時。立たせるために手を貸した時。どちらでも男の肉体の力強さは感じられた。最初にぶつかった時は、恐らくわざと尻餅をついたのだろう。
昔から勝てない戦いはするな、とハーニーやライラには教えていたのだが、俺にもまだ少しだけ正義感が残っていたようだ。
踏み込むキッカケを探りつつ、いつでも身体強化の魔法を使えるようにする。
それに対して男は興味なさげにこちらを見ている。
向き合う俺達を見て、通行人もただ事ではないと感じて散って行く。流石は冒険者の多い町に暮らす住人だ。荒事に対する対処も心得ている。
「お前……なにが目的だ?」
「時間稼ぎは望むところですよ」
「良いから答えろ!」
呆れたように両手を上げた男が口を開きかけた瞬間、巨大な爆発音が鳴り響いた。一つだけではなく、間を開けて二つ三つ。それでも終わらないようだ。
その二つ目の爆発音と同時に踏み込んでいた。
踏み込む足と剣を握る腕に力を込め、外套が裂けるのも気にせず剣を振り抜く。
彼我の距離は互いに手を伸ばせば届くような距離。胴体を狙った横薙ぎの一撃。それを男は避けるでもなく、剣を握る俺の手を更に握って止めた。
瞬間、ゾワリとした悪寒が背中を走り、男を蹴り飛ばす。
手応えは十分であったが、男は効いていないかのように服の土を払う。
「良いんですか? 私の目的を聞かなくて」
「それよりも優先することがある!」
再び踏み込み、剣を薙ぐ。
しかし俺の渾身の一撃でもこの男にとっては受け止められるくらいの攻撃でしかない。ならばやり方を変えるだけである。
これまでも、勝てるかどうかわからない魔物とはいくらでも戦った。
この男にも、単純な実力で負けているからと言って勝負を諦めるようなことはしない。
今度の攻撃もまた受け止められる。が、そこで更に身体強化の出力を上げて無理矢理剣を振り抜く。
そんな攻撃を受ける男でないのはわかっている。
一歩引いただけで剣をやり過ごし、反対に空いている手がこちらへ迫って来ていた。そこに向けて全力の拳を叩き込む。
ぐしゃり、という音が耳に届いたかのようだ。
「……やりますね」
「ただで終わるわけにはいかないからな」
男の右手はあらぬ方向へ曲がり、ダランと垂れ下がっている。
対する俺は、全身を痺れに襲われ、直接攻撃を受けた左手は小刻みに震えていた。
雷属性の魔法だろう。
こちらは身体強化の魔法で魔力をまとわせていた拳なのに、それを通してもなお痺れさせるほどの威力を持った魔法。
相手の男が身体能力だけでなく、魔力も相当だとわかって戦慄する思いだ。
「中々どうして……。思わぬ拾い物もあったものですね」
手を折られたというのに男は笑っていた。
不気味という言葉以外にこの男を表す言葉があるのだろうか。
「我々は時間稼ぎのためにこの町へ来ました。退屈だと思っていましたが望外ですよ」
「時間稼ぎ? ライラがいるのに無茶を言う……」
「えぇ、えぇ! 敵はライラ・トルストイだけだと思っていましたが……。もう少しだけ楽しませてくださいね?」
依頼が終わって寒いからとホットワインを飲まず、さっさと家に帰れば良かった。
後悔してももう遅い。この男を今止められるのは俺だけで、ライラはライラでどうにかしてくれるだろう。
町を爆発させる音は、まだ続いていた。
新章開始です!
ちょいと短めの話数になる予定ですがバトル全開でいくつもりですのでお楽しみに!




