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プロット書いたは良いが最初は盛り上がりに欠けるかもしれぬ
「ギィァァァァァ!」
不愉快な叫び声を上げて最後のゴブリンが倒れる。
今倒れたゴブリンを含めて私の周りには全部で五体のゴブリンが血を流して動かない。
「……今日はこんなものかな」
油断なく周囲を見回し、動く物が他にないことを確認してようやく私は剣を下ろした。
私の身長ほどもある巨大な剣は持っているだけでも疲れる。身体強化の魔法を使わなければ攻撃することも難しく、その重さに慣れた今でも時々嫌になるのだ。
装飾は綺麗で切れ味も申し分ない。だが使い勝手で言えば他に良い武器はいくらでもあるのだが、私はこの剣を使っていた。
刀身についたゴブリンの血を落として地面に差しておく。それから私は腰元のナイフを使ってゴブリンを倒した証を取る作業を始める。
「あんまやりたくないんだけどな……」
無言だと気が滅入ってしまうので、わざと独り言を言いながら作業を続ける。
ゴブリン討伐の証は鼻。他の魔物ならそうでもないが、ゴブリンは人型をしているだけにやりづらいことこの上ない。
五つの鼻を取り終えて袋の中に入れる。十数個のゴブリンの鼻が入っていて、見た目の気持ち悪さにすぐ口を閉じる。
やり馴れている人が羨ましい限りだ。
「本当はやりたくなかったのに……今日はちょっと高いお酒でも飲もうかな」
今回私がゴブリン討伐の依頼を引き受けたのはお金が目的ではない。そうであったなら例え最悪な気分でも帰ってお酒を飲もうなんて思わない。ただでさえゴブリンは金にならないのに、酒でも飲んだら赤字になってしまうからだ。
しかしのっぴきならない事情があって引き受けざるを得なかったのだ。
せめて早く帰ろうと思ったその瞬間、木の陰から何かが一直線に、私へ向かって来た。
「ギギャギャ! ギャア!」
「何? 仇討ちのつもり?」
飛び出して来たのは一体のゴブリン。
ゴブリンは何体かでチームを組んで狩りをする魔物なので、私がさっき倒したゴブリン達のチームメイトだったのかもしれない。
しかし一体だけのゴブリンは脅威じゃあない。手元にある小さなナイフでも倒せるだろう。
そう余裕綽々の私だったが、そのゴブリンの後ろから現れた十体近いゴブリンを前にして表情が固まった。
ゴブリンは最大で五十体程度の群れを作る魔物だ。そのテリトリーは基本的に被らないので、袋の中にある鼻の数と合わせると一つの群れが作れる。
つまり一族総出で私を狩りに来たということ。
流石に十体のゴブリンを前にして余裕で居られるはずがない。
幸いなのは全員が一塊になっていること。目の前に居るゴブリン達が群れの生き残りであれば、普段狩りをしない個体であろう。武器は太い木の枝のみで、それも半分ほどしか手にしていない。であればまだ勝機はある。
「ギーア!」
先頭のゴブリンが雄叫びを上げながらこちらに迫って来る。ただの木の枝でも殴られれば痛い。
剣の元へ走り、勢いそのままに柄を掴んで反対側に下りる。
「ギャ!」
頭の悪いゴブリンは前も見ずに走っていたのか、それとも勢いをつけすぎていたのか。
剣を抜いて見るとそこには、目を回して倒れているゴブリンが居た。
「たんこぶまでできてるよ」
どれだけのスピードを出していたのか。流石は魔物の身体能力だが、それを使う頭がダメでは話にならない。
さらにその身体能力も、私が魔法を使えば上回る。
ろくに連携も取れていないゴブリン達は、仲間が気絶しているにも関わらずオロオロするばかりだ。目の前で気絶しているゴブリンにトドメを刺してからそちらに向かって走る。
「ギギァ!?」
「ギョギャイ!」
「ガァーーーーーー!」
「えぇ……」
慌てふためきながらそれぞれが背中を向けて一目散に逃げ始める。それを見ると追う気もなくなってしまう。
冒険者としては人に害を為しかねないゴブリンは討伐するべきなのだろうが、依頼に必要な分はすでに倒しており、わざわざ一体ずつ追って行くのも面倒だった。
何となく釈然としない気持ちを抱えながら、私は今倒したゴブリンの鼻を取るためにナイフを抜いた。
「あはははは! きっとゴブリンからしたらあんたがオーガにでも見えたんじゃないの?」
目の前で大口を開けて笑い、大口を開けて酒を飲んでいるのは友人であり同僚でもあるジリ。たまたま報告のタイミングが重なって一緒に飲むことになった。
赤い髪が綺麗で同性の私から見ても魅力的な女の子だが、如何せん仕草が男勝りで誰も寄りつかない。
オーガとは簡単に言えば巨大なゴブリンで、私よりもジリの方がオーガに似ている。
「まぁその話は置いといて。ハーニー、今度の試験はどうなの? いけそう?」
「うーん……。言われた依頼は終わらせたけどさ、ゴブリンだからこれで終わりとも思えないよね」
「子供のおつかいじゃあるまいしね」
ジリの言う子供のお使いは流石に言い過ぎであるが、ゴブリンの討伐は初心者がよく受ける依頼である。
そんなものを冒険者になって二年が経つ私がわざわざ受けたのも、元冒険者の父親に言いつけられてのことだった。
独り立ちするのであれば指定した魔物を一人で倒して来い。
育ての父親だというのにずいぶんと愛されているものである。
「で、これまでは何を倒してきたの?」
「今日のゴブリンでしょ。アンデッドを何種類かとロウ系もでしょ。後はトレントにアラネグラとかかな?」
どれもゴブリンと同じように初心者が頑張れば倒せる魔物である。油断さえしなければ私にとっては相手ではないのだ。
独り立ちするための課題としてはどれも心許ない。
となれば想像できるのは、
「ハーニーを独り立ちさせる気なんてないんじゃないの?」
「やっぱりそう思う?」
試験と称して簡単な依頼を何度も受けさせる。やがて面倒になった私から、やっぱ止めた、と言わせる気なのだろうか。
しかしお父さんがそんなことをするようには思えなかった。
何かしらの意図があるのかもしれないが、それはどんなに頭をひねってもわからない。
「そうだったとしても流石にこれ以上は私も耐えきれないよ。それにもう住む場所の目星もつけてるしね」
「気が早いわね……」
「それくらいしないとお父さんも許してくれなさそうだもん」
大通りからは離れて小さな部屋だが、ギルドに近くて二階ということもあって眺めも良い。ついでにベッドとクロゼットが備え付けなのも高ポイントだった。私の気持ちはすでに新居に向かっている。そんな気持ちをお父さんに止められるはずもなかった。
そもそもの話、私はもう成人しているのだから、いつまでもお父さんの言うことに従う必要はない。
そう言いながらも試験を受ける私はファザコンと言われても仕方ないのかもしれない。
「と、言うわけで今日はこれくらいにしとくわ」
「えー、まだ一杯しか飲んでないじゃない」
「お父さんを説得しなきゃだからね。じゃ、また今度!」
なおもブーブー文句を垂れていたジリだったが、ギルドを出る直前に振り返るとすでにジョッキを持って他の冒険者に絡んでいた。
早々に立ち去ったのは正解だったかもしれない。
ゴブリンを討伐して町に帰った時にはもう日は沈みかけていたが、ジリと飲んでいる間にすっかり宵闇である。
それでもギルド周りには酒場が集まっていて、賑やかさも明るさも昼間とそう変わりない。
並ぶ家々からもまだ灯りが漏れていて、私の家も灯りが点いていた。
「ただいま」
「お帰り。遅かったな」
「ジリとちょっとだけ飲んでたからね」
お父さんは椅子に座ってお茶をすすりながら愛剣を磨いていた。
前はバリバリの冒険者だったらしいが、私が知る限りでは月に数度、依頼をこなすだけ。ここ半年は一度も依頼を受けていないのではないだろうか。
とりあえず武器を下ろす前に水を一杯だけ飲む。
「その様子だとゴブリンも無事に倒したみたいだな」
「当然でしょ。もう良い加減認めてくれるでしょ? 住む場所だってもう決めてるんだから」
少しだけ目を見開いてこちらを見てくるお父さん。
全盛期に比べて体は衰え、出会った頃に比べても皺が増えたように見える。それでもその鋭い眼光だけは変わらなかった。それに少しだけたじろぐ。
そのまましばし対峙していたが、ふっとお父さんが視線を外した。
「……確かに認めても良さそうだ、な!」
「――――!」
私の耳元を何かが通り過ぎた。カラン、と何かが落ちる音に振り向けば、床にナイフが転がっている。そして何かを投げた体勢のお父さん。
あの一瞬で顔をずらしていなければ、私の頬はサックリいっていただろう。
「……どういうつもり?」
「試しただけだよ。お前とはもう一年以上一緒に戦ってないからな。今のが避けられたなら本当に大丈夫なんだろう」
飄々と言ってのけるお父さん。仕返しとばかりに拾ったナイフを投げ返すも、それすら簡単に受け止められてしまった。
手加減していたとは言え娘に向かってナイフを投げるだろうか。
頭に血が上るが、思い返してみればお父さんはこういう無茶を平気でする人だった。
冒険者になって最初、一体だけとは言えいきなりゴブリンと戦わせられた時も恨んだものである。
「じゃあ明日から引っ越しの準備するからね? 男なんだし二言はないよね?」
念を押して確認するも、私はお父さんの答えも聞かずに自分の部屋がある二階に上がった。
最後の最後で心変わりでもされたら堪ったもんじゃない。
少しだけ寂しそうな表情を浮かべていたお父さんだったが、結局は私を呼び止めることもなかった。
階段の上で足が止まる。
「……いや、夢にまで見た一人暮らしじゃん」
何だかんだで私も寂しかったのかもしれない。お父さんに止められなかったのを少し残念に思ってしまっていた。
でもそんな気持ちを振り切って自室に戻る。ここでようやく、背負っていた剣を下ろす。
あの場でお父さんに話しかけられたから背負ったまま話し続けていたが、やはり家に帰ったらすぐに下ろすべきであった。
素の力でも持てるくらいに鍛えているとは言ってもやはり疲れるのだ。
下ろした剣を眺める。
私の腕より一回りほど広くしたような幅広の刃。それでも長さが私の身長並みにあるのだから、全体としてのシルエットは細長く見えた。
窓から差し込む月光が、黒い刃を怪しく照らす。
「これ……何なんだろう」
武器として使うよりも大事に飾っている方が似合いそうな美しい剣。
私は気づいた時からこの剣と一緒だった。見知らぬ土地で最初に出会ったお父さん――当時はまだ赤の他人だったが――と共に冒険者稼業を始めた時も一緒だ。
しかしこの剣に関する記憶は一切ない。
この剣だけではない。
私には、五年より昔の記憶が一切なかった。