3-1
国境を越えるということでずいぶんと長い道程になる。野宿の回数も増え、二人の御者やもう一人の冒険者とはすっかり仲良しになっていた。
ハルア国に入った時なんかはみんなでハイタッチをしたくらいだ。
それほど過酷な道中ではないが、単純にみんなノリが良いのだ。
「こっちは終わりましたよ!」
それだけ長い旅になれば二日に一度は魔物が襲って来る。今日はゴブリンの群れだった。
ちょうどもう一人の冒険者――ガイザールが最後のゴブリンを真っ二つにした場面だった。流石は力持ちで有名なグラート種で、ただの剣なのにゴブリンが野菜のようだった。
魔物によっては素材も買い取ってくれたりするのだが、ゴブリンはどうにもならない。討伐報酬も大したことはないので道の端に避けて放置することにする。
どこかの宗教や黒魔術の儀式ではゴブリンの腕も使うと聞いたことがあるが眉唾だ。
夕方頃になってようやく地平線に、ハルア国の首都であるメロディヌス、その中心に聳えるメロディヌス城が見えて来た。
昔に一度だけ王宮の晩餐会に呼ばれたことがあるが、その時のハルメニア城はとても輝いて見えた。同じ城であるメロディヌス城は観光地として開放されているらしいので、時間を作って覗いてみるのも悪くはない。
そういえば、私が生まれ育ったハルメニア王国はどうなったのだろうか。
前に思い立って地図を探してもその名前は見つからず、ずっと引っかかっていたのだ。
大切な人が殺された忌まわしい地であると同時に、大切な人が眠る私の故郷である。記憶を取り戻した今、一度は行ってみたい。
「ハーニーさん、どうかしましたか?」
「ううん。何でもないです」
御者に声をかけられて我に返る。
依頼の最中に集中を欠くなんて冒険者として失格だ。
「疲れてるから仕方ねぇな、そろそろ休もうぜ。今日が最後の野宿だ!」
笑いながら提案したガイザールに反対する者は誰も居なかった。
メロディニア城が見えたとは言えまだまだ距離はあり、今日中に辿り着くことは不可能だ。
休むには少し早かったがこれもタイミングだろう。
御者の片方が晩ご飯の準備をし、もう片方が荷車を牽いていた地竜に餌をあげている。私はダムネシアを磨き、ガイザールは自慢の角を丁寧に磨いていた。
そして晩ご飯を食べ終える頃にはすっかり日も沈んで辺りも真っ暗になっていた。御者の二人は早々に寝入り、私とガイザールだけが起きている。
焚き火の光だけが私達を照らしていた。
「明日っからベッドで寝られると思うと、この野宿も惜しく思えるな」
「どうせまた依頼で遠出しますよね? お願いですから早く寝てください」
「ちゃんと起きるから安心しろ」
私が最初に見張りをし、途中でガイザールと交代。その時にまだ眠たい、なんてことは止めて欲しい。
流石にガイザールもそれはわかっているのか、笑いながらも毛布に包まっている。
いつの間にかそのガイザールの方からも寝息が聞こえて来た。
今日のゴブリンとの戦いを思い返す。
あそこは慎重に一端退いた方が良かったのではないか。攻撃の瞬間に少し怯んでしまった。もっと周りを見て対処して。
今回の道中では大きな怪我を負っていない。しかし魔剣であるダムネシアを持っているのだからそれくらいは当たり前だ。
もっと強く。ライラと対等になれるくらいにならなければ。
より集中するために目を閉じて、鮮明にゴブリンをイメージする。
「――!」
草を踏みしめるような音がした。
傍らに置いておいたダムネシアを手に取りながら立つ。
「ダムネシア……。私寝てた?」
『ちょっとだけな』
やってしまった。いつの間にか焚き火も消えていて、相当な時間眠ってしまっていた。
身体強化の魔法を使って視力を強化する。昼間のようにはいかないが、月も出ている中で周囲を見渡すだけならこれで十分だ。
あれから何かが動くような音はしていない。夜行性の魔物だとすれば音を立てないように行動するのも得意だろう。
ミシリ、と後ろで何かが軋んだ。
振り返ると相手も私の方を見ていて、目が合ってしまった。
「キリコ……!」
夜の闇の中でも黄色く光る二つの目。こちらを威嚇するように腕と一緒になっている大きな翼を広げていた。
目を逸らさないようにジリジリと動き、眠っていたガイザールを足で起こす。その最中もキリコはジッと私を見ていた。
その間も大きな耳を立てて周囲の音を拾っている。
「もう時間か……? ゲッ……」
呻きたくなる気持ちもわかる。
音もなく飛ぶことのできるキリコは、夜に出会いたくない魔物の筆頭だ。
普段は他の魔物の死骸を食べているだけに、たまにこうして襲われると不運としか言いようがない。
不幸中の幸いなのは、このキリコがそれほど大きくないことだろう。恐らく巣立ってからまだ一年目か二年目。
「何か私の方ばっか見ているんですけど」
「キリコについてはわからないことも多いからな」
と、囁きながらガイザールは私と反対の方向に少しずつ進んで行く。
キリコもそれには気づいているのだろうが、なおも私から視線を逸らそうとしない。そして攻撃を仕掛ける気配もない。
このままガイザールとで挟み撃ちにできれば最高だ。
地竜も異変を察知したのか、首をもたげて周囲を見渡している。キリコに気づいても驚いて逃げようとしないのは良く訓練されている。
そして互いに大きく動かないまま時間だけが過ぎていく。
ガイザールもキリコの後方近くまで移動している。このまま待っていれば夜も明けそうだった。
何の前触れもなしにガイザールが動いた。暗闇の中では合図の出しようもなく、特に打ち合わせができたわけでもない。
しかしそれがわかっていれば注意もできる。
ガイザールから一拍遅れて私も踏み出す。
その時、
「――! ――――!」
これまで動かなかったキリコが叫び声を上げた。




