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泣き虫な私が勇者になる話  作者: グリゴリグリグリ
第2章:泣き虫な私とダムネシア
26/54

2-10

『落ち着いたか?』

「うん。ありがとうダムネシア」


 ランプに溜めていた魔力が切れ、洞窟の中は闇で満たされていた。

 いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。日の光も差し込まない洞窟の奥深くでは日付どころか時間の感覚も狂っていく。

 泣いて、泣き疲れては眠り、起きたらまた泣く。その繰り返しだった。

 それが収まるまでずっと、ダムネシアは何も言わずに待っていてくれた。


『ハーニーの記憶を封印したのは私だ。そしてそれを思い出させたのだからお礼を言われるのは……』

「それも私のためを思ってのことだったんでしょ? ずっと友達だったんだから良いよ。待たせてゴメンね。待っててくれてありがとう」


 ダムネシアは何も言わない。

 しかし、これ以上ダムネシアが自分のことを責めないでくれるのならそれで良かった。

 私のためを思って記憶を封印してくれていたのである。その結果、記憶喪失として苦労もあり、思い出せない間は不安もあった。しかしそのお陰でお父さんとも出会えたのだから私から責める気にはなれない。

 それに、ダムネシアが側に居たからこそ今の私があるのだ。


「気にするんだったら、これからも私に力を貸してよ?」


 私はこれからも冒険者を続けるだろう。

 冒険者になろうと決めたのはお父さんがそうだったから、なんて理由が強いと思うが、もしも記憶を失ってなかったとして冒険者を選んだ気がする。

 何となくその理由に思い至るのだ。

 頬を叩いて立ち上がる。


「帰ろっか。ずっと泣いてたからお腹空いちゃった」


 真っ暗闇の中ではランプをどこに置いていたのかもわからない。ダムネシアの力を借りてそれを探しだし、灯りを点ける。

 眩しさに目を細めると、そこにあった光景はすでに懐かしいと思える物だった。

 オーガによって崩された壁。飛び散った血。そして右腕を失ったオーガの体に、胴体から離れた頭。

 一瞬だけ、思い出したばかりの光景がフラッシュバックする。


『大丈夫か?』

「うん。大丈夫。ちょっと気持ち悪くなっただけ」


 オーガの血は固まっていて、このまま頭を持ち帰ってしまうのが良いだろう。

 外は夜だった。

 ずっと泣き続け、心身共に疲れ切った今の私に強い日光は辛かったので助かった。

 そして人目も気にすることなく散々泣き続けたからだろうか。妙に気分はスッキリしていた。




「心配してたんですよハーニーさん!」


 ギルドに入って最初、受付にオーガの頭を置いたにも関わらず、キリカの台詞はこれだった。

 死に際の恐ろしい形相をしたオーガの生首を前にしても動じないとは、キリカも冒険者ギルドの受付として肝が据わっている。

 詳しく聞くと、私がオーガの討伐に出かけてから三日ほどが経っていたらしい。これまでの私はあまり野宿をしなかったので心配をかけたのだろう。

 ニスルが死んであまり日も経っていないので尚更だ。

 それよりも、それだけの間泣き続けていた自分が少し恥ずかしい。


「ライラはどこに居るか知ってる?」

「ライラさんなら依頼に出てますよ。予定通りなら今日中には帰って来ると思いますけど」

「じゃあ待とうかな……」


 オーガ討伐の報酬を受け取る。誰も受けたがらなかった依頼だけあって、その金額もそれなりである。袋の中で硬貨がジャラジャラと音を立てている。

 大きいサイズの飲み物とサンドイッチ。そして濃い味付けの肉料理を頼む。

 オーガと戦って三日三晩泣いて、お腹はもうペコペコだ。いつもよりガッツリ食べよう。今日はあまり人が居ないので、ゆっくりライラを待つこともできる。


「ハーニー、心配してたんだぞ。これ食え」

「私もこれあげる。無事で良かったよ」

「オーガを倒すなんてな。流石だぜ」


 ゆっくりできると思っていたのだが、次から次へと冒険者達がやって来る。

 皆口々に私の無事を喜び、腕を賞賛する。

 疲れているのを察してくれているのか一言二言で済まし、ついでに誰もが料理を置いていった。お陰でいつの間にかテーブルの上はずいぶん豪華に変わっていた。


「みんなありがとう。また今度お礼するからね」


 つい最近、ニスルが死んだばかりだ。

 皆の間でも私が死んだんじゃないかと心配してくれていたのだろう。その気持ちは素直に嬉しい。

 しかし、


「これどうしよう……」


 テーブルの上にある料理は明らかに一人前ではない。

 私が最初に買った分もいつもに比べたら多いのに、そこに更に料理が追加されたのだ。それぞれは少なくとも相当な量になっている。

 ライラが早めに来るのを祈りつつ食事を始める。

 せっかくの好意を残すなんてことはできなかった。

 そしてライラが来ないまま七割近くを食べ終える。そこでようやく、ギルドの扉を開けてライラが入って来た。

 そのまま受付に直行したライラはそこで初めて私に気づいたようだ。


「私のこと待ってたんだって? ……苦しそうだけどまた今度にするか?」

「大丈夫。大丈夫だけど残りは食べて良いよ」


 お返しに、とライラが頼んでくれたお茶で人心地着く。その間にも、テーブルの料理はほとんどなくなっていた。


「で、話ってなんだい?」

「私が冒険者をする理由。それがわかったの」

「……へぇ」


 一瞬だけライラの動きが止まる。


「場所を変えようぜ」


 そして私達が向かったのは、この前相対した町の外である。

 今日も誰一人として居ない。

 風だけが音を立てていた。


「ライラと同じだったんです。私も、大切な人が死んでいくのを見たくない。だから皆を守れるくらい私が強くなろう。ここまではライラとも同じだと思うんです」

「そうだね。でもその様子だとちょっと違うみたいだ」

「はい。私はね、私だけの力じゃ大切な人全員を守れるなんて思っていません」


 私が剣術も魔法の授業も真面目に受けていなかったからお父様とお母様を守れなかった。そう思っていた。

 しかしきっと、私がどれだけ強かったとしてもあの時、お父様とお母様は私を逃がしていただろう。そしてあの時の私よりも強いメアリーだって死んだのだ。そこに手助けできたとも思えない。

 私だけの力では限界があると、今では思える。


「確かに、一人の力では限界があるよな」


 ライラは冷静に努めているようだが、落胆しているような雰囲気は隠せていなかった。

 私は一人だけの力に限界があると悟った。そしてライラも同じ事をわかっているはずだ。わかっていないはずがない。

 それでもライラは諦めないのだ。

 だからライラにとって私は諦めた人間に見える。だから落胆したのだろう。

 しかし私は諦めたのではない。開き直ったのである。


「私だけじゃ皆を守れない。わざわざ私に守ってもらおうなんて思わない人も居るかもしれない。だったら大切な人が強かったらどうなの? 私が守る必要がないくらいに、自分の身は自分で守れるくらいに」


 ライラが目を見開いた。

 私の開き直りだって、ニスルのような例がある。より強い敵が現れれば死んでいくだろう。しかしそんな相手に対して私の手が届くとは思えない。それならば多少は諦めもできる。

 後ろ向きなのはわかっている。それでも、私自身のためにはこれくらいの開き直りが必要だった。

 私一人では、手が届く範囲の人しか守れない。

 お父様やお母様、メアリーみたいに自分の身を犠牲にしてまで、と思っている人は守れない。


「他の仕事をやる気はありません。皆も戦える。私が守る必要はない。そう思える人じゃないと大切だって思いたくない」


 私の主張を黙って聞いていてくれるものの、ライラはどこか納得していないような表情だった。

 そんなライラの気持ちもわかる。

 私自身でも私の主張は自分勝手で開き直りだというのは理解できれいる。

 それでも、


「昔、私を守るために大切な人が死にました……」


 私がお父さんと血が繋がっていない。拾われた子供ということはみんな知っている。


「残される方の辛さも思い出しました。当時はこんな辛い思いをするくらいならいっそのこと死んじゃいたいとも思いました」


 当時も同じことを思ったはずだ。それでも今こうして生きているということは、あの時の私はそんなことを考えてはいけない、とすぐに思い直したのだろう。

 その時の私は強かった。

 今の私は思い出したせいで、お父様やお母様達に会いたくなっている。


「だから命を懸けて誰かを守ろうなんて思わない。守りたくない。だから私の周りの人を強い人だけにするために、私は冒険者以外の仕事をする気はありません!」


 これが私が冒険者になる理由。

 誰も守りたくない。誰にも守られたくない。

 だから強くなりたいし、強くなって欲しい。

 そのことに気づいたら何だか気持ちもスッと軽くなった。これまでの私は冒険者という職業にどこか義務感みたいなのを感じてたのかもしれない。

 お父さんが冒険者だったから。困っている人が居るから。

 しかし私が冒険者をする理由は、お父さんが冒険者だったからでも、誰かを助けるためでもなく、ただただ単純のエゴのためだったのだ。

 ダムネシアと何度も何度も話し合ってそれに気づいた。

 何とも言えないような表情で私の言葉をジッと聞いていたライラは、ふと肩の力を抜いて笑った。


「想像以上だったよハーニー。ハーニーがそんな理由で冒険者をしていたなんて想像もしていなかったぜ」

「私も同じ。まさかこんな自分勝手な理由だなんて思ってもいませんでした」

「それでも良いんだよ。誰かの為だとかそういうんじゃなくて安心したよ。じゃあもうハーニーのことを守るだとか、そういうことは言わない方が良いな」

「はい。でも困った時は助けてくださいね?」


 私の言葉にライラは吹き出した後、お腹を抱えてしばらく笑い続けた。

 そしてようやく収まると、腰元の魔剣アルソンを抜いた。

 それに合わせて私もダムネシアを構える。


「強くなりたいんだろ?」

「ええ。だからこの前の続きをお願いします」

「私が守る必要ないくらいに、強くなってくれよ?」

「もちろん」

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