2-9
「そういや屋敷に居た貴族連中も上玉ばかりだったよな」
「ああ。なぜだか知らんが貴族は美人が多いから」
「一人くらいは生きて捕まえたら良かったのにな」
その一言を耳にした途端、今まで激情が渦巻いていた私の心が急に何も感じなくなった。男達の下品な会話も、私を心配してくれているダムネシアの声も聞こえない。
一人くらいは生きて捕まえたら良かったのにな?
それはどういう意味だろうか。一人も生きていないのか? お父様は? お母様は? 誰一人として残さず殺してしまったのか? マレーナだってあの場所に居たのに。
もう誰も残っていない。私は一人。
枯れ果てていた涙が流れた。
『ハーニー……』
ダムネシアの声が遠く聞こえる。
「良く見りゃこいつも上玉だ。いつもの所に持ってけば大宴会だな」
一人が笑いながらこちらへ近付いて来る。
他の男達もみんな楽しそうに笑っている。
この後、どうなるかわからない私ではない。
こいつらがなぜ私の家を襲ったのか。集まっている貴族が狙いか。それなら殺す必要はないのではないか。金目の物が目当てなら今日にする理由がない。こいつらの目的はまったくわからない。
ただ一つわかるのは、ここで捕まったらろくなことにならないだろうということ。
もっと早く、もっと真面目に、剣術の勉強をしていれば良かった。
お父様の言っていたことは最悪の事態で、理解はできるが実際にそんなことが起きるわけがないと高を括っていた。
しかし本当に起こるとは。最悪の最悪だ。
でも、お母様やお父様と同じ所に行けるならいっそ――
「……たくない」
「あ? 何だって?」
「死に、たくない……」
私の大切な人はみんな死んだ。その人達と同じ所に行けるのならいっそ死んでも構わない。
そう思うと同時に、やはり死にたくない気持ちが溢れてきた。
「死にたくないの!」
死ぬのはやっぱり怖い。でもそれ以上に死んではいけないのだ。
お父様とお母様はどうして私を逃がしたのか。メアリーはどうして私を逃がしたのか。みんな、みんな私が生きていて欲しいを願っていたから。
そう思うのは私の思い上がりだろうか。
思い上がりだとしても、私はそう信じている。そう信じているなら、何もしないで死んだらみんなに顔向けできない。
「ひゃはは! 大丈夫だぜ嬢ちゃん。お前はこれから奴隷になるんだからよ」
「まっ、雇い主が殺すかもしれないがな!」
涙を拭う。
背中にはずっと私を支えてくれたダムネシアが。
「ダムネシア……私、死にたくない……。こいつらには絶対、殺されたくないの!」
『私もわざわざハーニーを見殺しにする気はない。力を貸すぞ。抜け』
「ごちゃごちゃ言ってないで大人しく――!」
丸腰で近付いて来た男の体が、腰の辺りで両断される。ダムネシアに言われて柄に手をかけた途端の光景だ。
しかし今のは私がやったのだ。自分の体でないように勝手に腕が動いたが、それでも男を切った感触はちゃんと手に残っている。
「うっ――」
『堪えろ!』
「うん」
ダムネシアを握り直す。
普段使っていたのはもっと小さな剣だったが、それでもダムネシアとはずっと一緒だったのだ。使いにくさ以上の信頼があった。
残っていた男達も続々と武器を構える。その表情には明らかな怒気が込められていた。
しかし私も大人しくしているつもりはない。お父様のため。お母様のため。メアリーのため。私を生かしてくれた大切な人のために死ぬわけにはいかない。
「ああああああああああ!」
踏み出した瞬間、いつもの自分とは違うとわかった。
足は速く動き、ダムネシアは見た目以上に軽い。男達の一挙手一投足も目で捉え、魔力の流れまでもが見て取れるようだった。そしてダムネシアは最初から私の体の一部だったかのように感じられる。
一人を切り、その隙に仕掛けて来たもう一人を切る。何か叫びながら切りかかって来た奴も切る。
必死にダムネシアを振るい続けた。
切る。切る。避けてまた切る。
するといつの間にか、周囲に立っている人間の姿はなかった。
「はぁ……ダムネシア……」
『離れよう。ここはいつまでも居るような場所じゃない』
辺りは血の海。
ダムネシアからは血が滴り、私の手足も赤く染まっている。
何も考えないままダムネシアに言われた通りに歩く。しかし歩いても歩いても血の臭いは私にまとわりついて離れなかった。
そして手には未だに人を切った感触が残っている。
「私……もう嫌だ……」
腕にも足にも力が入らない。涙は止めどなく溢れて来る。
ダムネシアを引きずりながら、それでも歩みは止めない。
「大好きな人が居なくなるのはもう嫌だよ……」
思い出されるのは、私を逃がすお父様とお母様の後ろ姿。メアリーの悔しそうな顔。
それが頭にこびりついて、今までの楽しい思い出がすべて塗り潰されていくようだった。
大切な人を失うということはこういうことなのだろうか。その人とのこれまでの思い出がすべて消えてしまことなのか。
それなら――
「……もっと強くなりたい。もう、誰も失いたくないよ」
考えてはいけない。
それよりも私に力があれば。大切な人を守れるだけの力があれば良かったのだ。
『そうか……』
そう呟いてダムネシアは少し間黙った。
『ならば誓おう。ハーニーのために私のこの力を貸す』
「うん。うん……ありがとう」
私にはまだダムネシアが居てくれる。せめてダムネシアだけは失わないように私も強くなろう。
ふと、全身から力が抜けていった。
もう限界だったのかもしれない。
意識が遠のき、眠るのとは違う感覚が私を襲う。
『……ハーニーのためだ。すべてを忘れていた方が幸せで居られる。ハーニーを守るためなら、何だってしよう……』
気がつくと、溢れるように涙を流していた。
私が失っていた記憶をこの前思い出した。その時も、お父様やお母様、メアリーが亡くなった時のことが頭に浮かび涙が流れたが、今回はそれ以上だった。
あの日、あまり涙を流さないで済んだのは大人になって死の事実を冷静に受け止められたからだと思っていた。
しかし違う。
今初めてそのことが実感できた。
これまでもポッカリと穴が空いたような感覚はあったが、そのポッカリ空いた記憶が思い出された。
カチリと、記憶と感情とが噛み合ったような感覚。
途端に、大切な人の死に色が着いて鮮明に思い出された。
「ダムネシアが……忘れさせてくれてたんだよね……?」
『……あぁ』
少しの沈黙の後、ダムネシアは静かに答えてくれた。
「ふぐっ……う、ああああああああああ! あぁ……うぅ……!」




