2-8
自分の武器が砕けたというのに、オーガに動揺した様子はない。肩で息をしながらこちらを睨みつけるだけだ。
その立ち姿には歴戦の戦士のような雰囲気があった。
『呑まれるな』
「うん。ありがとう」
『向こうは手負いだ。油断せずにやれば勝てる相手だ』
「わかってる。ありがとう」
軽く汗を拭う。
互いに出方を窺っている間に手の若干の痺れは取れている。
激しい動きをしたせいでオーガの傷も開いたのか、出血量も増えているように見える。まずはオーガの体力が削れるまで待つ。
「ゴァァァァァァァ!」
突如、オーガが叫び声を上げ、突進して来た。その声は洞窟の中で声が反響して足下がふわっとするような感覚に襲われる。
油断していたわけではないが予想外の攻撃だった。
足下の感覚がどうであれ、実際に浮き上がったなんてことはないはずだ。
腰を落としてしっかり地面を踏みしめる。そしてダムネシアを引き、オーガの突進に合わせて突き出す。
「ごふっ!」
腹部に強い衝撃。体の中の空気がすべて口に逆流し、吐き出すよりも早く背中にも強い衝撃。そして口の中には血の味が広がった。
視界がチカチカし、頭の中もグルグルしている。
突撃して来るオーガの顔を狙った突きは躱された。しかし寸前でダムネシアの角度を変え、その肩口に大きな傷を与えることはできた。
しかしそれでもオーガは止まらず、強烈な拳が私を襲った。
『伏せろ!』
朦朧とした頭でもダムネシアの言葉は鮮明に聞き取れた。
頭を下げると、そこを何かが通り過ぎ、巨大な地響きが鳴る。
洞窟の壁がオーガのパンチによって悲鳴を上げたのだと遅れて理解する。
大きなダメージのせいで状況を理解するのに頭は追いついていないが、一つわかるのはすぐそこにオーガが居るということ。
体を沈めたままダムネシアを上に向ける。
「らぁぁぁぁぁぁ!」
そして渾身の力を持って突き上げる。
確かな手応え。
それも束の間、ぞくりと背筋が冷え、急に意識がハッキリする。
その目で見たのは、敵意を通り越して殺意にまでなったオーガの目。それが私を射貫くように睨んでいた。
ダムネシアはオーガの左肩口に食い込んでいる。決して小さなダメージではない。
「負けるかぁぁぁぁぁ!」
ここまで来てまた死にかける。そんなことはゴメンだ。
ライラにはボコボコにされて、何度も死にかけた。
これで成長していなかったらそれこそ冒険者なんて向いていない。そう思うと、自然にダムネシアを握る手にも力が戻った。
そのまま思いっきり振り下ろす。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
ボトリとオーガの腕が地面に落ちる。
しかしこのオーガがそれで止まるはずがない。
壁に叩きつけたままの拳をそのまま振り下ろして来る。それほど力が込められていないとは言え、充分な威力を持っている。
体を転がして横に避ける。
空を切った拳の次に訪れたのは足だった。しかしそれも予想済み。
「いくよダムネシア!」
『トドメだ!』
ダムネシアの力を借りて転がった状態から無理矢理体を起こす。
それによって体の節々が嫌に軋んだ気がするが、このオーガに腹を殴られた時に比べれば全然耐えられる。
歯を食いしばり、ダムネシアで踏み出された足を切り払う。
バランスを崩したオーガが声を上げるよりも早く、振り抜いた状態からダムネシアで切りつける。
それほど深く刃が入ったわけではない。それでも、右の肩口から反対の脇腹までを切り裂かれたオーガは、力を失って倒れた。
小さく唸り声を上げるその首に刃を突き立て、息の根を止める。
「はぁ……はぁ……」
これで完全にオーガは死んだはずだ。
依頼達成。
「やった……」
『無事で良かったよ』
「ダムネシアのお陰だよ。ありがとう」
実際、私一人だけでは勝てたかどうかわからない。
身体強化の魔法も、ダムネシアが居たからこそこれだけの力が出せ、ダムネシアの忠告がなければ避けられなかった攻撃も多い。
『ハーニーのために力を貸す。そう誓ったからな』
「それって……」
『誓おう。ハーニーのために私のこの力を貸す』
なぜだか涙が流れて来た。
その理由もわからない。ただ、これは嬉し涙ではない。
依頼を達成して嬉しいはずなのに、心はなぜか悲しい気持ちで満たされていた。
「ダムネシア……私、まだ忘れていることがあるよね?」
『ああ』
忘れていたままの方が幸せだったかもしれない。
いやもう……間が空きすぎたのは本当に申し訳ない次第でございます。




