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前よりもずいぶんと長くなった気がしますね

「ハーニー、入っても大丈夫か?」


 扉の向こうからノックと共にお父様の声が届く。

 丁度、メイドにドレスを着付けてもらったばかりで入っても大丈夫なのだが、またお父様に何か言われるのかと思うと「後にして」と言いたくなる。

 本当にそうしてもらおうか逡巡した私だったが結局、メイドが扉を開けてしまった。

 メイドが一礼をして部屋を去り、正装のお父様が入れ替わりで入ってくる。


「良く似合っているじゃないか」

「この日のために仕立てましたからね」


 鏡の前でクルリと一回転する。しかし裾がフワリと浮かぶようなドレスではない。

 今まで持っていたドレスは子供用のフリルがたくさんついたかわいらしいドレスばかりで、成人した私が着るには子供っぽかった。

 過度な装飾は抑え、シンプルに良い生地を使ったドレスはずいぶん大人っぽくて、鏡の中の私は実際の私よりも大人に見えた。

 お父様もうなずいている。


「それで、用事は何でしょう?」

「そうだったな。会場の準備も整っている。マデイン達も揃っているから向かうとしよう」

「わかりました」


 お辞儀をして伏せた顔は、苦虫を噛み潰したような顔だろう。

 私がパーティを嫌いなのは単に人見知りなのもあるが、全員が全員、互いの腹を探り合うようなあの空間が苦手なのだ。貴族としてはいずれそういう世界に飛び込むのだとして、それでもできる限り遅い方が良かった。

 お父様の出て行った部屋で一人、大きくため息を吐いてしまった。




 主賓の挨拶を終えると会場は賑わい始める。


「流石はフィプルース家の一人娘」


 なんて言葉を何度も聞かされた。

 それが終わると皆、お父様の所へ向かうのだ。

 公には言っていないがこのパーティの目的が私の婚約者捜しというのは、暗黙の了解として誰もがわかっている。しかし自慢の息子を紹介するのは私ではなくお父様なのだ。

 私には通り一辺倒の挨拶しかしていなかったのに、お父様の前では流暢に喋っている貴族方を見てため息を吐く。

 仕方のないことと諦めてはいても、やはり政略結婚は気が重くなる、


「流石はフィプルース家の一人娘。見事なスピーチだったよ、ハーニー」

「マレーナまでそういうことを言うのね」


 ジュースのグラスを私に手渡しながら言うのはマレーナ・ピープル。お父様の友人の貴族の息子で私の遊び相手の一人である。


「あなたはおじ様と一緒じゃなくて大丈夫なの?」

「必要な所は回ったからね。後はお父様だけで問題ないよ」


 マレーナは次男というだけあってあまり貴族としての役割に真面目ではない。私としては羨ましい限りである。

 さりげなく人の少ない隅の方に二人で向かう。

 一つ年上のマレーナと成人した私。これだけなら懇ろな関係になっているようだが、マレーナとはもう幼い頃からの付き合いで、今更そういう関係にはなれない。

 どうやらお父様達は互いの婚約者に、と考えているようだが、二人してそんな気はなかった。

 マレーナと共に人の少ない方へ動いたのも、周囲に気を遣って話をしたくないからだ。


「はい、プレゼント。誕生日おめでとう」

「ありがとう。マレーナ」


 他の貴族のように家に直接送りつければ良いのに、わざわざ手渡しをするところがマレーナらしい。とはいえ年頃の男女がプレゼントの贈り合いをしているのは、余計な誤解を招きかねない。ちょうど近くを通ったメイドに渡して、私の部屋に置いておくように言う。

 普段のパーティならずっと隠れていても構わないのだろうが、今日は私が主役である。いつまでも隠れているわけにはいかない。

 いくらか世間話を交わして、マレーナとは別れた。

 大して話せたわけではないが、それでも気を遣わずに会話をできて多少は緊張も解れた。

 挨拶のスピーチも終え、私の役割は終わったと言っても良い。私の婚約者を探す話も、それを進めるのは私ではなくお父様だ。わざわざ私が出張る必要もない。


「お母様の所にでも行こうかしら……? 無理していないと良いのだけれど」


 パーティ会場にお母様の姿はない。体の弱いお母様はパーティ等の社交場にはあまり顔を出さないようにしているのだ。

 それでも今日は私の成人のお祝い。

 他の何てことはないパーティなら出席しなくても問題ないが、今日ばかりは参加する、とお母様自らが申し出ていた。それをお父様が身内のパーティだからこそ無理をして出る必要はない、と大人しくさせていた。

 その折衷案として途中で退席。

 さっきは姿を見つけたが今はどうしているだろうか。私としてもお母様には無理をして欲しくない。

 そう思って広間を探すと、容易にその姿を見つけることができた。

 ホスト側だということでお母様のドレスも一層気合いが入っている。その豪華さを見つけるのは容易い。


「お母様、そろそろ戻った方が良いと思いますよ?」

「あら、あなたもそういうことを言うのね」


 イタズラっぽく。そして同時にどこか寂しそうにお母様は言う。

 きっとお父様にも言われたのだろう。同じ気持ちなのだから同じ事を言うのは当然であった。


「せっかくの貴方の晴れ舞台なんだから最後まで居させて欲しいわ」

「倒れでもして心配させるよりは今の内に下がった方が……」


 少し意地の悪い言い方だったが、お母様は諦めたように嘆息する。


「必要なことは済ませたし、そうしましょうか。あなたに心配かけたくないですもの」

「う……ごめんなさい」

「良いのよ。貴方は楽しみなさい」


 やり返されて言葉に詰まる私を楽しそうに眺めながら、お母様は近くに居たメイドを伴って部屋に戻る。

 思っていたよりも元気そうだったが、用心するに越したことはない。

 こうやってお母様に我が儘を聞いてもらったのだから、私もやるべき事をやろう、と広間を振り返る。まだ挨拶していない方々が何人か居たはずだ。

 その貴族へ向かって一歩踏み出した時、会場が揺れた。間を空けずにもう一度。地震とかの揺れではなかった。


「お母様!」


 部屋に戻りかけていたお母様へ向かって駆け出す。

 明らかに自然現象でない揺れに会場に居た貴族達が慌てふためく。そんな人達をなだめるのもホストである私の役目なのだろうが、そんなことよりもお母様の方が心配だった。

 悲鳴や叫び声が飛び交い、人々が逃げ惑う喧噪の中でうずくまるお母様を見つける。側のメイドも無事だ。


「この揺れはいったい……」

「ハーニー落ち着きなさい。お父様がきっと……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 私を落ち着けようとしたお母様の声が悲鳴によってかき消された。

 その発生源である入り口の方を見やると、炎や雷――魔法による攻撃が放たれていた。

 それと同時に、


「てめぇら大人しくしろ! 大人しくしても殺すがな!」

「ひゃはははは!」


 と、下品な声が発せられる。

 魔法の放たれる音が一つする度に悲鳴が上がる。明らかに尋常な気配ではない。

 賊。殺される。死。

 嫌な想像をしてしまい視界が涙で霞む。鼻をすすって涙も堪える。今は泣いている場合じゃない。


「ハーニー! ナニ! 無事で良かった……」


 どうしたら良いか戸惑っている私とお母様の下にお父様が肩で息をしながら駆け寄って来た。その表情はいつも落ち着いているお父様からは想像できない焦りが見える。

 それだけでも逼迫した状況だというのがわかり、涙を流すまいと唇を噛みしめる。

 普段からお父様に「貴族がそう簡単に泣くんじゃない」と注意されているお陰で、こんな状況でも涙を流さないように意識がそちらに行く。


「お父様、これはいったい……」

「わからん。だが賊が侵入したことは確かなようだ。警備の者だけでどうにかできれば良いのだが……」

「……そもそも警備の者だけでどうにかできればここまで来られていませんものね」


 歯切れの悪いお父様の言葉をお母様が引き継ぐ。その言葉を苦々しげにお父様もうなずいた。

 お母様の言った通り、警備の人達だけで抑えられる賊であればそもそも侵入も不可能なのだ。それがこんな所まで来られたということは警備を突破したということ。

 その賊を上手く抑えられるわけがないのは自明であった。

 先ほどから入り口付近では警備と貴族対賊で魔法による攻防が繰り広げられている。しかしいつまで保つかわからない。


「ナニはハーニーを連れて逃げてくれ」

「そんな、お父様も一緒に逃げましょう!」


 この場所に残ってどうなるかわからない私ではない。


「ハーニー。わがままを言ってはいけません。お父様ははこのパーティの主催者として、貴族の一人としてお客様を置いて逃げるわけにはいかないのです」

「でも……」


 お母様の言っていることはわかる。お父様も常々、貴族として生まれたからには貴族としての務めが、がと口を酸っぱくして言っている。

 しかしこんな時まで貴族として話さなくても良いではないか。私は貴族としてではなく家族として話しているというのに。


「あなたなら私達が居なくても大丈夫よ。だから行きなさい」

「ナニ……!」

「あなたにだって文句は言わせないわよ。私だって家格は低くとも貴族の娘。嫁いだ時からあなたと一緒に生きると決めたのですから。わざわざ死ぬ気はありません」

「ナニ。ありがとう」

「こんな時なのに二人してイチャつかないで!」


 いつ入り口が突破されるかわからない。そんな時に惚気ている暇なんてないのだ。


「二人がそんなこと言うんなら私だって残ります。貴族の……フィプルース辺境伯の娘ですから」


 私の宣言に対して二人は困ったような表情を浮かべる。それは嬉しいようにも見えて、悲しんでいるようにも見えた。

 だが二人が何と言おうと私は退く気はない。

 痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。これからそんな場所に行くのかと思うと泣きたくなる。それでも自分の知らないところで家族が死ぬのはもっと嫌なのだ。


「でもハーニー……あなた魔法も剣術も嫌だってって言って真面目に勉強してないでしょ」

「それでも……それでも大丈夫だから……!」

「大丈夫なわけないだろう。メアリー!」


 お父様が呼び止めたのは、武器を手にして今まさに敵中へ飛び込まんとしているメイドのメアリーだった。

 体の弱いお母様の身の回りの世話と警護を兼ねた戦えるメイドのメアリーだ。

 私の剣術の先生でもある。


「どうしました旦那様」

「ハーニーを連れて逃げてくれ。頼む」


 メアリーはお父様の言葉を受けて、私。お母様。そして最期にお父様へと視線を巡らす。

 どうするべきか判断を迷っているのだろう。

 私も一緒に戦う、と視線で訴えかける。メアリーには辛い選択を迫っているだろう。私だって逆の立場だったら大好きな人を戦いの場に連れて行きたくない。しかしだからこそ、大好きな人を守るために戦いたい私の気持ちだって伝わるはずだ。

 剣をどれだけ上手く扱えるか。魔法をどれだけたくさん覚えているか。そんなことではないのだ。

 やがて、決心したようにメアリーは息を吐いた。


「わかりました。お嬢様だけは私の命に代えてもお守りします」

「メアリー!?」

「頼んだぞメアリー!」

「お願いね」


 そのまま私に何も言わせる間もなく、お父様とお母様は駆け出した。

 後を追おうとした私をメアリーが抱え上げる。身長差がある私とメアリーでは、こうされると抵抗ができないのだ。


「離して! 離してよメアリー!」

「ごめんなさいお嬢様。旦那様の言いつけですから」


 メアリーは私を抱え上げたまま広間を出て廊下を走る。

 食堂から調理場に抜ければ裏口がある。そこから家の敷地を出ればすぐ近くに森があってそこなら賊からも逃げられるだろう。

 だからこそお父様とお母様も一緒にそこまで行かなければならない。


「お願い……! お願いだから私もお父様と……お母様と……」


 もう涙は堪えられない。しゃくり上げながら懇願してもメアリーは足を止めなかった。

 そして私の抵抗も虚しく、屋敷を出て森に入る所まで来た。森へ入る直前になってメアリーは屋敷を振り返る。

 所々から煙が上がっているのは、魔法による炎の攻撃の余波が屋敷に火を点けたのだろう。このままでは誰も助からない。


「奥様……」

「メアリー。今ならまだ間に合うかもしれない。すぐに戻ろう?」


 メアリーだってお母様のことが心配なはずだ。三年間お母様の側に居て情が湧かないはずがないのだから。

 小さな呟きにメアリーの気持ちのすべてが詰まっていた。

 それでもメアリーは小さく頭を振ると、森へ体を向け直す。

 その時、一際巨大な爆発音が鳴り響いて屋敷の半分が崩れ落ちる。


「良いの? メアリー……」


 見ると、メアリーの目からも涙が流れていた。

 爆発音と屋敷が崩れる音はメアリーも耳にしたはずだ。きっと今すぐ助けに戻りたいだろう。その気持ちを抑えてメアリーは走っている。


「お嬢様のことを守ると誓いましたから」

「そっか……。ありがとう」


 一瞬だけ驚いたようにこちらを見たメアリーだが、すぐに前を向く。

 屋敷が崩れるのを見て、私の中に何かポッカリと穴が空くような感覚があった。

 少し、疲れていた。

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