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泣き虫な私が勇者になる話  作者: グリゴリグリグリ
第2章:泣き虫な私とダムネシア
17/54

2-1

「ナリブのミックスジュースのお客様」

「私です」


 リツの前にドロッとしたジュースが置かれる。そして私の前にはクラケッセのスカッシュが置かれる。

 シュワシュワと泡が弾けていて、見ているだけで喉の渇きが癒やされていくようだ。一口飲むと、口から喉に薄らとした甘味と柔らかな炭酸が流れていく。

 リツは結構な甘さがあるであろうナリブの実のジュースを一気に半分近くまで飲み干していた。


「甘いの好きなんですか?」

「そうなんです。食べ過ぎないように気をつけているんですけど、たまに食べる時はすごく食べちゃうんですよね」


 と、はにかみながら答えてくれた。

 盗賊団のアジトから何とか逃げ出したあの日から一週間が経った。

 予定の日時にウロンは到着せず、護衛の冒険者も誰一人戻って来なくて、その日はもうてんやわんやだったみたいだ。

 私とリツが戻って事情を知るや、リツはそのまま入院。すでに領主様から捜索の依頼は出ていたようで、ウロンの死体共々大量の盗賊達の死体が掘り返された。きっとあの男の死体のそこにあっただろう。

 そして今日は魔力欠乏の治療のために入院していたリツが退院した日である。

 この間が初対面だったと言うのに、むしろ初対面なのに共に死線を越えたからか、そのままさようならでは気が済まなかった。

 なので私からお茶をしよう、と誘ったのだ。

 セットのケーキも揃い、リツは私の目から見てもわかりやすく喜んでいた。


「体調は大丈夫ですか?」

「はい。むしろ体を動かしてないんでウズウズしてるくらいです。あの時はありがとうございました」

「こちらこそ。リツさんの魔法がなければ助かりませんでしたよ」


 私達が脱出してから数時間後、あそこの地域の山々が少しだけ低くなったらしい。原因を知っているのは私とリツだけ。


「あの魔法って何だったの?」


 戦い方や武器について尋ねるのはあまりマナーが良くない。他にも冒険者になった理由とかもタブー視される。

 誰しも触れて欲しくない部分はあり、私もダムネシアについて聞かれるのは勘弁だ。

 それでもあれだけの規模の魔法。気になって思わず尋ねてしまい、少しだけ考えてリツも答えてくれた。


「ハーニーさんは古代魔法って知っていますか?」

「……名前くらいは」


 身体強化の魔法や、火を出したり雷を放ったりと言った魔法をまとめて現代魔法と呼ぶとして、古代魔法は昔の昔に封印された魔法と言って良い。

 いくつか種類があると言われているがそのどれもが強力で、封印されているせいで知っている人は居ない、と言われている。

 正直、魔剣と同じで眉唾物の話だ。

 何なら七本は存在が確認されている分、魔剣の方がマシである。


「私が使ったのはそれです。家にあった古い本の一つだけ覚えていたんです」

「古代魔法って本当にあったんだ……」


 魔剣ダムネシアを持っている私が言うのも何だが、古代魔法は噂でしかないと思っていた。

 しかしあの威力を思い出すと納得もできて、一回使っただけで倒れるのだから古代魔法の名に恥じない。

 ただ一つ引っかかったのが、


「リツさんって……良い所のお嬢様だったりする?」

「……わかりますか?」

「今の話を聞いたらね」


 古代魔法が載っているような本――いわゆる魔法書――が一般家庭にあるとも思えないし、そもそも古代魔法を読み取るだけの知識を身につけるには専門の教育を受けなければいけないだろう。それも庶民には無理な話だ。

 魔法書を読み取るだけの知識があるなら魔法をメインに戦えば良いものを、なぜ剣を使っているのか。

 そこも気になるが流石に堪えた。

 しかし私の表情から察したのだろうか。


「私、勉強の才能はあっても魔法の才能はなかったんです」

「古代魔法を使っておきながら才能がないって言われても……」

「才能がなくても使えるから恐ろしいんですよ。多分、ハーニーさんも頑張れば使えると思いますよ?」


 ゾッとした。

 これまで古代魔法が封印されていた理由なんて物は、強力過ぎて使われたら危ないから、としか考えてこなかった。

 しかし改めて考えると、強力な魔法を誰でも使える、その事実が恐ろしいのだ。

 誰しもが地形を変えるほどの威力の魔法を使えたら。想像するだけで恐ろしい世界である。


「なので古代魔法を使う気はなかったんですけどね……。この前のは特別です。誰にも言わないでくださいよ?」


 勢い良くうなずく。

 リツが封印された古代魔法を使えると知れば、それを利用しようとする人達は絶対に現れるだろう。

 どの組織にも属さないただの冒険者だから。そして本人に悪用する気がないからこそ平和なのだ。


「ちなみに、その魔法書は今どうなってるんですか?」

「元々厳重に封印されていたんですけど、私が見つけた時はたまたま緩んでいたそうです。ちゃんと封印し直したので大丈夫だと思いますよ」

「そりゃそうか……。でも驚きました」

「ふふっ、ごめんなさい」


 このまま真面目に古代魔法のことを考えていたら心がパンクしてしまいそうなので、何とか話を切り替える。

 噂でしかなかった古代魔法の使い手が居る、なんて話は私の心では受け入れきれない。


「とにかく、リツさんも元気そうで良かったです」

「お互い様に、ですね」


 リツは残っていたジュースを飲み干す。


「では、これから人に会わなきゃいけないのでここで失礼しますね」

「うん。また依頼で一緒になったらよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 予定の時間より遅れているのか、少し急ぎ足でリツは店から出て行った。

 一人店に残った私は、炭酸が抜け始めているスカッシュを飲む。

 都市伝説だと思っていた物が実在していたとは。そういう話に興味を持っていたわけではないが、とんでもない事実を知ってしまった。それがなんだか不思議な気持ちだった。

 そんな気持ちと一緒に、言い様のない焦燥感が心を支配していた。

 その原因はわかっている。この間の男との戦いだ。

 私はもっと強くならなければならない。魔剣と自称するダムネシアを持っているのだから、あんな奴に遅れを取っていてはいけないのだ。

 ダムネシアの声は聞こえない。

 今はテーブルに立てかけてあり、どこかで私と触れていないと声は聞こえないらしかった。そして声が聞こえない時は、私の心が読まれることもない。

 強くならなければいけないのに、何をしたら良いのかがわからない。それが焦りとなって、余計に思考がまとまらないのだ。

 そんな私の前――さっきまでリツが座っていた席に誰かが座った。


「強くなりたい。そんな顔だねハーニー」

「ライラ……」


 私の唯一知る魔剣使い、ライラ・トルストイがそこに居た。

 どこかうさんくさそうな表情を浮かべながらこちらを見ている。


「その通りですけど……」

「ニスルちゃんのことならハーニーが気にする必要はないと思うぜ。彼女も覚悟はしていただろうし、ハーニーもそうだろ?」


 いつかは死ぬ。こんな稼業をしているのだから依頼をしていれば明日にも。

 もちろん、そんな覚悟はしている。

 ライラは私の気持ちを読み取れても、その真意までは読み取れていなかったようだ。


「別に私が弱かったからニスルを守れなかった、なんて思ってませんよ」


 意外そうな表情を浮かべた。

 そんなに私はニスルのことを想っているように見えるのか。


「そもそも、ただの同業者の私がそんな心配をするなんて、それこそニスルに失礼じゃないですか。そういうのはあの子、嫌がりますよ」


 ライラはポカンとしたまま数秒動きを止め、やがて恥ずかしそうに頬を掻いた。


「なるほど……確かにハーニーの言う通りだな。私はどっかでみんなのことをそんな風に思ってたかもしれない」

「私含めてみんな、ライラに守ってもらおう、なんて思ってませんよ」

「これは失礼。ただ……フフッ」

「何を笑っているんですか?」


 あまり良い理由で笑われている気はしない。

「ゴメンゴメン」と適当に謝られるのもそう思う理由だった。


「ただね、ハーニーはやっぱりニスルちゃんのことを想っているんだなってさ」

「失礼なこと言わないでください!」


 私とニスルは自他共に認める犬猿の仲。

 そんな私がニスルのことを想っているだなんて、そんなことはあり得ない。

 強く否定したことがライラの手の平の上で踊らされているようで、にやけ顔が腹立たしかった。


「それで、何でこんな所に居るんですか?」

「……放っておけなかったんだよ」


 ライラは目を合わせてくれなかった。

 ただ窓の外を眺めながら寂しそうにそう言ったきり、しばらくの間、口を利かなかった。


「なぁ……強くなりたい?」


 沈黙。


「はい」


 私の魔剣。リツの古代魔法。

 規格外のそれらを持ってしてもあの男から逃げるのが精一杯だった。

 必要以上の力はいらない。ただ、勝ちたい勝負で勝てるくらいの力は欲しい。 


「じゃあ付いて来いよ。ハーニーを鍛えてあげる」

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