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泣き虫な私が勇者になる話  作者: グリゴリグリグリ
第1章:冒険者の私
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1-12

 魔法による攻撃であれば魔力をぶつけることで相殺できる。

 しかしダムネシアに魔力をまとわせていても完全に雷を打ち消すことはできず、頭の先からつま先までを電撃が通り抜けて行った。

 それでもまだ立ってダムネシアを握ることができる。戦闘不能ではない。


「二度も耐えるか!」

「効くわけないでしょ!」


 嬉しそうに叫ぶ男に向かってこちらも叫び返す。一緒に振り抜いたダムネシアも易々と躱されてしまう。

 今の雷撃もさっきの両手の一撃も男にとっては決め技だったのだろう。防いだものの、決め技に恥じないダメージを私は負っていた。

 ダムネシアの力を借りて誤魔化してはいるものの、私自身の動きが固くなっている。


『長引くと不味いな……』


 深刻そうなダムネシアの呟きに返す余裕はない。

 縦に横に斜めにダムネシアを振るう。

 その一つも掠りはしないが、攻撃は最大の防御とばかりに男からの攻撃も封じていた。

 しかしそれも長続きしない。


「くっ――」


 不意に襲って来た足の痛み。

 その一瞬で私の攻撃は一拍遅れ、その一拍で攻守は逆転した。


「今度はこちらの番だ!」


 雪崩のように放たれる打撃と蹴り。そのどれもに魔力をまとわせてあり、まともに食らえないのは先ほどと同じ。

 何とか避け、時にはダムネシアで防ぎ、時には魔力をまとわせた手で弾く。

 しかし避けることのできなかった攻撃で徐々に体力を削られていた。

 この男の戦い方を見るに武器を使わず、その身一つだけで戦うのだろう。それなのにニスルから剣を奪った。使う必要もないのに。

 それが妙に腹立たしくて、そんな男にも一矢報いられない自分が悔しかった。


『今は泣くなよ』

「大丈夫。もう泣かないから」


 感情の動きを読まれるのは恥ずかしい。

 ダムネシアに言われた通り泣くのは今じゃない。所構わず泣いていた昔とは違うのだ。

 今はこの男から無事に逃げ切ることだけを考えて、それが終わってからニスルの弔いをしよう。そもそもニスルのために流す涙なんてない。


『強情な奴だ』

「うるさい!」

「誰と話しているのですか?」

「あんたには関係ないことよ!」


 声量にまで気を遣っている余裕もなくてついつい大声で叫ぶようになってしまう。

 リツの準備はまだか。まだ魔法の詠唱は終わらないのか。

 この男は、私達が何か企んでいるとわかった上でリツを見逃している。そうでなければリツを攻撃するチャンスなんていくらでもあった。

 それでもリツの魔法を待つために手加減をする、なんてことはしないだろう。


「もう!」


 隙を突いて男の体を蹴りつける。

 少しだけ体勢を崩したその隙に後ろへ下がって距離を取る。

 ドスン、と誰かに背中を押された。いや、いつの間にか私が壁際にまで追い詰められていたのだ。

 この男ほどの力量があれば、僅かに開いた距離は僅かな隙で詰め寄られる。

 とにかく逃げなければ。

 そう考えた私の左右を雷撃が塞ぐ。

 地面から壁にまで一直線に焦げ跡がつき、そこを一歩でも出れば瞬時に私が雷に打たれてしまうだろう。

 男の表情に暗い笑みが浮かぶ。


「いよいよですね。少しですが楽しめましたよ。ついつい素が出てしまうくらいには」

「楽しんでいる風には見えないけど?」


 せめてダムネシアを構える。

 その刃の分だけ、男が近付いて来るのを牽制できた。


「そう……。あなた方が何をしてくれるのか楽しみにしていたのですが、拍子抜けです。あなたを殺して彼女も殺して、それで終わりですね」


 サラリと言い切ってしまうのが恐ろしかった。しかしそれが無理とも言えない。

 これほどまでに自分の力不足を感じたこともない。

 グリズリーを相手にした時もそうだったが、それ以上に今の自分が惨めでならない。これほどあっさりと終わってしまうのか。


「おや? 泣いているのですか?」

「泣きたくもなるわよ……」


 自分では生きるのを諦めたつもりはない。

 すぐそこに死が立っていたとしても、寸でのところでリツが間に合うかもしれない。それまで少しでも時間を稼いで。

 しかし心のどこかでは諦めているのだろう。

 視界は滲み、必要以上の力でダムネシアを握り締める。

 こんな時だというのにダムネシアは一言も発さなかった。


「大丈夫ですよ。死んだ先にはお友達も居ますし、あなたの大切な人も居ますから。一人じゃないです」


 一瞬、それも良いかな、と思ってしまった。

 完全に弱気になり、折れかけていた私の心を再び奮い立たせたのは、


「ハーニーさん!」


 リツの声だった。

 その声にハッとし、涙を拭う。

 ハッキリとした視界で捉えたのは、リツの方へ顔を向けている男だった。

 自然と体が動き、構えたままのダムネシアを突き出す。私の心を読んでいたかのように、ダムネシアもそれに合わせて力を貸してくれた。


「――!」


 だからだろうか。ダムネシアと一緒に戦ったこれまでで一番自然に、一番の力が出ていた。

 躱されたものの、私との距離は開き、服にも傷を付けられた。それだけでも今の私には大戦果だ。


「ルゥルゥ ララン!」


 聞き覚えのない単語がリツの口から発せられ、それと同時に私にもわかるほどの魔力が放たれた。

 リツの体を支点に、床、壁、天井にまで魔力は広がり、部屋の至る所からピシピシと音が響いて来ていた。

 地面が崩れる。

 今更ながらにリツの言葉の恐ろしさが身に染みた。どことなく男の顔も引き攣っているように見えた。


「リツさん!」


 大量の魔力を消費したからだろうか、ぐったりした様子のリツを支える。

 すでに天井からはパラパラと土くずが落ちて来ていて、男も私の行動を止める様子はなかった。そんなことをしている暇がないのだろう。

 地面が一度大きく揺れ、いよいよこの部屋も限界かもしれない。

 盗賊達が騒いでいるのだろうか。ワーワーギャーギャーと慌てる声がどこかから聞こえて来る。


「大丈夫ですか!?」


 リツはグッタリとして全体重を私に預けていたが、薄らと目を開けてうなずいた。

 これだけの魔法を使ったのだ。体中の魔力を使い果たしていたとしても不思議ではない。

 魔力欠乏は最悪の場合、命にも関わる。急いで病院に連れて行かなければ。


『崩れるぞ!』


 ダムネシアの声に上を見上げると、天井に大きな亀裂が走る。それは他の小さな亀裂と一緒になりながらついには端から端まで繋がり、部屋全体が揺れているかのような轟音を立てながら落下して来た。

 小さな塊でも押し潰されては一環の終わりである。

 急いでダムネシアを右手で持ち直し、リツを左手で抱え上げる。

 部屋の中に男の姿はすでになかった。


「手伝ってよ、ダムネシア」

『もちろんだ』


 岩塊は私を押し潰そうと今か今かと迫って来ている。

 こういう時にこそ焦ってはいけない。気持ちを落ち着け、深呼吸を一つする毎に魔力を練り上げていく。次第に、私とダムネシアの魔力が混ざっていくのがわかる。

 今までにないほどの力が出せそうな予感だ。今なら何だって切れそうな気がする。

 そしていよいよ岩塊は目前に迫る。

 一閃。

 私の体の何倍もの大きさの岩は両断され、左右に分かれて私の側に落ちる。


「やった……」

『次が来るぞ』


 まさか本当に切れるとは。

 左右に落ちた岩塊はそれこそ壁のようにそそり立っている。

 しかし感慨に浸っている暇はない。

 ダムネシアの言う通り、次から次へと土や岩が降ってくる。この部屋は相当な地下に作られていたようだ。しかしその先に、キラリと光るのを見た。

 地上の光に違いない。

 岩を両断するほどの力が出ている今なら、巨大な岩の上に一跳びで乗ることも可能だった。それを繰り返して降って来る岩を登っていく。

 途中、避けられないような岩は再びダムネシアで両断。

 無我夢中になって上を目指しようやく地上に出ることができた。

 その頃にはダムネシアを振るっていた右腕は疲労で小刻みに震え、リツを抱えていた左腕はガッチリ固まっていた。

 辺りはそれこそ地盤沈下が起きたかのようにクレーター状に陥没しており、その中心でへたり込んでいる私がその犯人みたいだった。

 半分くらいはそれで合っているのだが。

 身体強化の魔法は普段出せないような力を魔法で引き出している。しかしそれによっていつも以上に疲れる、なんてことはそう起こらないのだが、この時ばかりは全身が強張ってすぐには動けそうになかった。


「良か……った……」


 肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きい。

 やっている最中は興奮していたので気にならなかったが、今思うとずいぶん危険な綱渡りをしたものだ。

 今更ながらに体が震えて来るが、それが恐怖による物か疲労による物か判断がつかない。


「リツさんは大丈夫ですか?」


 一刻も早く病院に連れて行かなければならない。気づいていないだけで瓦礫にぶつけたりしたかもしれない。

 しかし当のリツはそんな私の心配はどこ吹く風とばかりに寝息を立てていた。

 若干、呼吸が荒いものの、それほど深刻な事態には見えなかった。

 今は何時くらいだろうか。太陽の位置からして一日経って明け方くらいか。このまま何もしないで眠ってしまいたくなる気分だ。

 しかしそんなことをしている暇はない。


「帰らなきゃ……」


 今は静かだが、直に地面の崩壊から逃げ出した魔物達が戻って来るだろう。そうなったらリツを守りながら戦える自信はない。


『動くなら急いだ方が良い』

「どういうこと?」


 すでに帰るための準備は初めている。

 と言っても、さっきの反動とばかりに痛む体を労りながらゆっくりと立ち上がっただけだが。

 命の恩人とは言え、ダムネシアとリツの二人を抱えて帰るのは文字通り骨が折れそうだ。


『魔力が乱れている。何も起きない内に離れた方が良いだろう』


 この世のあらゆる物には魔力が流れている。それを操るのが魔法であり、魔力が乱れると最終的には地形や環境が魔法を扱うような現象が起こるのだ。

 常に暴風が吹き荒れる山や、大雨で先の見通せない海。

 あれだけ巨大な魔法を使った後なので何かしらの影響が出てもおかしくないだろう。


「リツさん……動けますか?」


 一応、呼びかけてみる。

 反応がないとは思っていたが、案の定、リツから返って来るのは寝息だけだった。

 筋肉痛にも似た全身の痛みは、この少しの時間で多少はマシになっていた。何事もなければ街に帰ることくらいはできるだろう。


「ダムネシアも手伝ってよね……」


 小さく地面が揺れた。リツの魔法の影響が出始めているのかもしれない。

 盗賊団と手を組んでいた謎の男から命からがら逃げ出したと言うのに、爽快感だとかそんな感情とは無縁の帰宅になってしまった。

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