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「おら! とっとと歩け!」
でっぷりと太った小男に背中を押されて、私は躓きそうになりながらも何とか堪えて足を進める。
地面をただ掘り進めただけのような地下洞窟は最近噂の盗賊団のアジトになっているようで、さっきから何人もの身なりの悪い男達とすれ違っている。
ライラの忠告をもっとちゃんと聞いておくんだった。
足下が悪いせいで、歩いているだけでも足が痛くなってくる。前を行くリツも歩き難そうだ。
「ねぇ、これからどこに向かうの?」
「黙って歩け!」
背中を棒のような物で叩かれる。
身体強化の魔法を使っているのでそこまで痛くもないのだが、それがわかっているからこの男も遠慮がない。
移動させられる理由として思いつくのは奴隷商に引き渡されること。
そうだとすればニスルが居ないのが気になるし、身包みを剥がされていないのも不思議な話だ。
しかしダムネシアが手元にあるので、今はその不思議に感謝するしかない。いざとなれば抵抗もできる。
ウロンを誘拐したあの女とこの盗賊団とはどういう繋がりだろうか。
目が覚めた時、私とリツは揃って繋がれていた。
魔法は使えて、どれだけ身体能力を強化しても、流石に金属製の鎖や手枷は壊せない。私達を連れている盗賊二人くらいなら何とか出来そうだが、その後は厳しいだろう。
そして程なくしてこうしてどこかに連れて行かれているのだ。
たまに悪態を吐かれながら歩き、ようやく目的地らしき場所に着いた。
と言っても地上で出たわけではなく、広い部屋だった。部屋と言うよりはホールか何かと言った方が正しいような広さである。
地下にこんな物を作るとは。ただの盗賊団ではなさそうだ。
そしてその中心に一人の男が立っていた。
全身を純白の衣装で包み、輝くような金髪をキザったらしく伸ばしている。近くに寄れば寄るほど、絶対的自信に満ちた表情がハッキリと見えて来る。
「お前達は下がって良いぞ」
「へい、ただいま!」
私とリツをここまで連れて来た二人の盗賊は、私達の拘束を解くと一目散に出て行った。
明らかに盗賊には見えないこの男。こいつが盗賊団よりも偉い立場にあることはすぐにわかった。
『油断するなよ』
拘束が解けた途端にダムネシアが囁いてくる。伝わるかはわからないが無言でうなずく。言われなくとも、油断をするはずがない。
二人の盗賊が居なくなった途端、男はこちらへ殺気を向けて来ているのだ。リツも私も、武器に手をやっていつでも抜けるようにしている。
しかし男にそれを気にした様子はない。むしろ嬉しそうに笑っているくらいだ。
「いやぁ……流石と言うべきですね」
「あなたは何者ですか? 私達を自由にして何をさせる気ですか?」
リツの声は緊張を隠し切れていなかった。
ウロンの誘拐が目的であれば、邪魔になる私達は殺してしまうのが手っ取り早い。奴隷商に売る気であれば、こうして武器を持たせたまま自分の所へ連れて来たりはしないだろう。
相手の目的がわからないだけに、どれだけ警戒してもし足りないということはない。
答えを待つ間、ゴクリと唾を飲み込んだのは私かリツか。
「……目的。ただの暇潰しですよ」
「は?」
「それは、どういうことですか?」
思いもよらなかった答えに私は思わず間抜けな声を出してしまった。
リツも訝しむような表情を浮かべている。
「私は強い者と戦うことが大好きでして……。身代金を受け取るまでの時間は冒険者さん達と手合わせをしようかと思いましてね」
「……バトルマニアか」
冒険者の中にも、魔物との命を懸けたギリギリの戦いを楽しむ輩は居る。私には理解のできない人種なので関わらないようにしていたのだが、厄介な相手である。
「その自覚はないんですけどね。あなた方は二人で戦えるんですからどうか楽しませてください」
言いながら男は腰に差していた剣を抜く。
その剣は妙に見覚えがあって――
「あんたニスルはどうしたの?」
「ニスル……? キャラサ種の女性なら少し前に戦いました。惜しかったですよ。それでも結局は――!」
私の振るったダムネシアが男の目の前の地面を抉る。
「それ以上、喋らないでくれる?」
あのレイピアがニスルの物だということは一目でわかった。宝物だと言って何度も何度も自慢されたから覚えている。
それをこの男が持っている理由なんか、考えなくてもわかる。
「あんたは私が絶対に殺してやる……!」
「その殺気! 良い!」
突き出されたレイピアを寸でのところで躱す。
同じ武器を使っていてもニスルの突きより数段鋭く、数段早かった。
あれがニスルのレイピアであるなら魔力伝導率がものすごく高いはず。この男が何属性の魔力を持っているかはわからないが、触れられたら終わりと考えても良いだろう。
地面に突き刺さったままのダムネシアを無理矢理振り上げる。
刃自体は避けられたものの、一緒に巻き上げられた土の塊や砂埃が男を襲った。
その間に私はリツの所まで下がる。
「あのレイピアは魔力を良く流すから気をつけてね」
「ちょっと待ってください」
伝えるべきことは伝えて男の追撃にかかろうとした私の腕をリツが取る。
「ハーニーさん落ち着いてください。あれは焦って勝てる相手じゃないです」
「そんな私は別に……」
『落ち着け』
リツと一緒にダムネシアにまで注意されてしまった。
と、お陰でようやく頭に血が上っている自分を自覚することができた。
「ごめん、ありがとう。いつの間にか熱くなってたみたい……」
「何かあったんですか?」
「一緒に依頼を受けたキャラサ種の子が居ましたよね? あの男が持ってるレイピアはあの子の物なんです」
「それで……」
まさか自分でもニスルのためにあれだけ怒るとは思ってもいなかった。好意とは思っていないが知らぬ内にニスルの存在が私の中で大きくなっていたのだろう。
とは言え、仇討ちという気持ちは失くす。
ほんの一回刃を躱しただけであの男の実力は痛いほどにわかった。普通に戦って無事で済むとは思えない。申し訳ないがニスルのことを考える余裕はない。
こうして私とリツが話しているのに余裕で眺めているのも、自分の実力に自信を持っているからだろう。それが間違いでないのが辛い所だ。
思わぬ所で世界の広さを知らされる。
「正直に言うとあの男、私達が二人で束になっても勝てないと思います」
「それほどですか?」
「今の状況では戦いたくないです」
あの男はわけもわからぬまま連れて来られ、暇潰しと言われて戦うような相手ではない。
ここは言うなれば敵の本拠地である。いつ敵の増援が現れないとも限らないし、倒した後も脱出のことを考えなくてはならない。
そう考えると、まともに戦うべき相手ではないだろう。
リツもそのことを察したのだろう。
「一応……秘策がないこともないです」
「歯切れが悪いですね」
それほど分の悪い賭けなのか。
さて、ここであの男と戦って勝利を収め、無事に盗賊団のアジトから抜け出すのとどちらが良いか。
「ここは地下ですよね?」
「多分……」
地下でなければ山の中か。しかし護衛ルートの近くに大きな山はなかったので十中八九地下に掘られた巨大なアジトだろう。
「地面を崩します」
「……え?」
「時間を稼いでください。ハーニーさんがそれだけ言うあの男に勝つのと、崩壊する地下から抜け出すのとどっちが良いですか?」
ここがどれだけの深さかわからない。
地上に近い部分であれば何とかなるかもしれないがもしも地下の地下だったら。
すぐにうなずくことはできなかった。
しかし、
「考えはまとまったかな?」
『アレとまともに戦うよりはマシだと思うぞ』
背中を押したのは男とダムネシアだった。
元々暇潰しとして私達をここへ呼んだような男だ。これ以上長くは待ってもらえないだろう。
「わかりました。リツさんの作戦で行きましょう」
「それではお願いします」
言うが早いか、リツは魔法の詠唱に入る。
基本的に魔法の発動はイメージに依る物が多く、詠唱は必要としない。イメージだけでは足りない部分を詠唱で補完する。時間を稼げ、と言うからにはすぐに終わるような物でもないのだろう。
リツはどれだけの規模の魔法を使うつもりなのか。
想像すると背筋が凍るような気持ちになる。




