1-8
「あなたは……!?」
リツの視線を追う。
宿屋でリツと一緒に先に待っていた冒険者が、地面に刺さったナイフを抜くところだった。それを使い慣れたように手で弄び、持ち直す。
明らかにこちらへ敵意を向けていた。しかしそれ以上に不機嫌そうな様子で、ちょっとでもおかしなことをすれば逆鱗に触れてしまいそうな恐ろしさがあった。
「まったく……。あのエロ親父はどうにかならないんですかね……」
最初に発したのは、私達への警告でも弁明でもなく、ウロンに対する愚痴であった。
「誘拐のために潜り込んだのね……」
「そういうことです。エロ親父も冒険者の女も殺していないので安心してくださいね。もしもここで私達を倒せれば無事にあなた方は依頼完了です」
言外に、そんなことはできるはずもない、と挑発していた。
私達。
そう言えば前を歩いていた護衛の私兵達はどうしたのだろうか。明らかな異変が起きているにも関わらず、様子を見に来る気配がない。
チラリと視線を向けると、地面を血が流れているのが見えた。それだけで何が起きたのかを察する。
「じゃあお喋りはこれくらいにして始めましょうか」
『ハーニー来るぞ!」
「……わかってる!」
リツに向かって投げられるナイフ。そのままリツの方へ飛び込んで行くと思いきや、女は武器も持たずにこちらへ向かって来た。ダムネシアに注意されるまでもなく反応はしていた。
女の踏み込みに合わせて力の限りダムネシアを振り下ろす。最小限の動きで躱されると、斬撃を力尽くで中止する。そしてそのまま半ばで止めたダムネシアを女が避けた向かって右側に振り抜く。
ダムネシアが空を切り、同じ場所をリツの剣も通り過ぎる。
女の姿が消えた。
『下だ』
言われて下へ視線を向けると同時に、何かが飛来する。仰け反ってそれを躱した私の前髪をかすったのは女の足だった。
蹴りを外した女はそのまま後ろから迫っていたリツへ向き直る。
ダムネシアを振り抜いた状態の私は、反撃に移るまで遅れると判断してのことだろう。
だがその考えは、
「甘い!」
片手を柄から離してバランスを取りつつ、前蹴りを放つ。それをもろに食らった女はつんのめり、リツとの間合いが崩れる。
向かって来ていたリツとはアイコンタクトで合図をしてある。
攻撃のタイミングを逃した女に迫るリツの剣。それを女は左手で受け止めた。
「……え?」
声が漏れたのは私だろうか。リツだったかもしれない。
これまでの動きを見る限り避けられない攻撃ではない。間に合わなくとも避けようとはするはずで、それに対応するように私も動いていた。
しかし女はそれをしなかった。
左手の半ばまで刃を食い込ませ、ダラダラと血を流す女は傷も気にしないでリツの顔に手を伸ばす。
「危ない!」
目の前の光景に圧倒されていたリツが刃を引くよりも早く、女の手がその顔を覆う。
瞬間、リツは膝から崩れ落ちて地面に倒れた。
「何をしたの……?」
「本当はしたくなかったんです。つまらないですし、外だと近付かないとできないし……」
女は自分の服を適当に破いて左手に巻き付ける。気休めにもならない処置だったが、それすらもどうでも良さそうだった。
そんな姿に薄ら寒い物を覚える。
『気をつけろ。魔法の気配を感じた』
「……目がついてないのに見えるの?」
『魔力を感じられるんだ』
これまで散々見えていたような話をしていたダムネシアだが、今更ながらにその理由がわかった。
魔力を感じられるダムネシアが言うのであれば、リツが倒れたのも本当に魔力による物なのだろう。
とりあえず近付き過ぎなければ良い、というのはわかった。
「誰と話してるんです?」
「今の魔法の仕組みを教えてくれたら、私も教えてあげる」
もちろん、その取引がされるはずない。
何の気なしに女からナイフが放たれた。ダムネシアに当てて軌道を逸らす。
私の注意が逸れたその刹那に女はこちらへと距離を詰め、間合いは既にダムネシアの内側。急いで振り下ろすもののそんな攻撃が当たるはずもなかった。
ダムネシアは諦めて両手を空ける。
顔に向かって伸びる女の手を掴んで必死に投げ飛ばす。
「あら。流石に避けられますか……」
「当たり前で――!」
意識が飛びかける。
もう少し遅かったら完全に飛んでいただろう。もっと警戒しないといけない。
「その感じ、効いてますね」
「うる、さい!」
楽しそうに笑う女。
大きな傷を負っているのは向こうなのに、なぜだかこちらが追い詰められているような気分になってきた。
なおもクラクラする頭を必死に落ち着ける。
冷静に、と自分に言い聞かせてちゃんと拳を握り直す。普通の魔物と違って相手は人間だ。動きは速く、ダムネシアとの相性も悪い。
体術はあまり得意ではないが相手の動きを良く見て――。
トスッと小さな音がした。
見ると、私のお腹に手の平よりも小さい刃が刺さっていた。
「こういう手って本当に使いたくないんですけど。仕事ですし仕方ないですよね」
薄れゆく意識の中、女のつまらなさそうな声が聞こえた。




