この後、瓶に詰められた人工雪を買った。
「彼氏欲しい…。」
行きつけのカフェで課題のプリントを適当に埋めながら、アカネが唐突に呟いた。
「そうだね、人肌が恋しい季節だもんね。」
私も行き詰まった課題から目を反らし、アカネに同意する。
もう十二月も終わりが近づき、街はカップルやらアベックやら、独り身の私たちにとって不愉快なもので溢れ始めている。
「まずは、いい男見つけなきゃなあ。イケメンで、スポーツ得意で、優しい男…。」
「ちょっと理想高くない?」
「えー?いいじゃん。私たちまだ若いんだし、いい男と出会えるチャンスあるじゃん。たくさん出会ったらたくさんふるい落とす必要あるじゃん。」
そして、アカネは参考書に顔をうずめながら「どこかにいい男いないかなー、もっとオシャレ頑張らないとだめかなー。」とぶつぶつ言いだした。
「男なんかもういいじゃん。予定ないなら、私とどこかパーッと遊びに行こうよ。スキーとかどう?」
珍しくうじうじしているアカネを見るに見かねて提案したその瞬間、アカネはガバッと顔をあげ、
「それだ!スキー場でいい男捕まえるわよ!」
と、話していたのが一週間前。アカネはものすごい勢いでホテルを予約し荷造りを済ませて、すっかりスキー旅行の準備を終わらせた。
「絶対にいい男の連絡先を手に入れるわよ!」
午前十時、遠くのほうに見える山に向かってアカネは叫んだ。
「その前に、スキー場なんだから滑らなきゃね。」
私もアカネも、スキーは久しぶりなのでスキー板をつけることにすら四苦八苦している。その隣を大学生くらいの雰囲気のスノボ集団が笑いながら滑っていく。
「くそっ…手伝ってくれたっていいじゃないの…よっ!!」
怒りに任せて足を振り下ろすと、ガチッと音が鳴って私のスキー板がはまった。
「リンナー!私のも手伝って!」
まだ滑ってもいないのにアカネは汗だくだ。今行くよ、と言いながらアカネの方へ向かおうとすると、前につんのめった。スキー板の重さで足がうまく動かない。しかも、じりじりと後ろに滑ってしまう。
そうこうしているうちに、ついに足を滑らせ後ろの茂みにつっこんだ。枝がスキーウェアの上から私の腕をひっかく。足を地面におろそうとしても、ゲレンデの踏み固められた雪とは違う、やわらかい雪に足が沈んでいく。
「リンナ大丈夫!?」
アカネの声が聞こえる。
「大丈夫じゃない…助けて…。」
口の中に入った雪と土を吐き出しながらやっと言う。アカネが手をこちらへ伸ばすが、届かない。じわじわと冷えていく体に死を覚悟していると、
「あのー、もしよろしければ手伝いましょうか?」
唐突に知らない男の人の声が聞こえてきた。
「お願いします…。」
「はーい。そっちのお嬢さんは危ないから離れていてください。」
男の人はアカネが離れたことを確認すると、
「じゃあ、一旦スキー板外しましょうか。外したらこっちに渡してください。」
「外し方分からないです。」
「ストックでかかとのスイッチ押して。」
言われた通りにやると、どうにかスキー板が外れた。スキー板を男の人に渡すと、無造作に地面にスキー板をさし、ゆっくりと茂みの中に足を踏み入れた。
「危ないですよ!落ちちゃいますよ!」
「大丈夫。雪山は慣れてるから。」
そう言いながら、不意に私の手をつかむ。
「ひっぱりあげるから、俺が踏んだところと同じところを歩いてください。」
ぐいっと細身に似合わない力でひっぱりあげられる。ふらつく足をさっき男の人のいたところに置く。一歩、また一歩と歩みを進めるとゲレンデに戻ることができた。
「よいしょっ…。」
そこでやっと男の人を見る。武骨な黒のスキー靴、悪趣味なほど派手な柄の赤いスキーウェア、大きなグラスが覆う顔をよく見ようとすると、そっぽを向いてしまった。意外とシャイなのかもしれない。
「気を付けて滑ってくださいね。」
そう言い残して、さっと滑り降りて行ってしまった。
「今の人超かっこよくない?」
助けてくれた男の人が行ってしまった後、アカネが興奮気味に言う。
「確かに。優しかったね。」
「追いかけるよ。」
「えっ?」
アカネの顔は、おいしそうな限定スイーツを見た時のようにぎらぎら輝いていた。
「捕まえて、何としてでも連絡先をゲットしてやる!」
ストックを地面から引き抜いて、スキー板を素早くはめるとあっという間に滑り出した。
あ。アカネのやつスキー板もはめられないか弱い女子のふりしてたな。
私もこっそり芽生えた「こっちは本当にできないんだよ!」という怒りをかかとにこめて、スキー板をはめる。アカネは方向音痴なので、一人にしておくと森の方へ行って迷子になってしまうかもしれない。いそいでアカネを追った。
「このリフト乗っていったよ!っていうか、列進むの遅い…見失っちゃうじゃん…。」
さっきの男の人は家族でスキー旅行で来たと思われるグループの向こうに見える。さすがに小さい子供を押しのけては進めないので、おとなしく向こうに着いてから声をかけることにする。
係員さんにリフト券を見せてリフトに乗り込むと、さっきの男の人からリフト五つ分離れてしまった。私たちの間に入った家族連れの奥にあの派手なスキーウェアがちらちらと見える。
「あのスキーウェア派手すぎてダサいけど、ほかの人の中に紛れ込まないから便利だね。」
アカネが笑いをこらえながらささやいてくる。
「ちょっと、やってること完全にストーカーなんだから、あんまり変なこと言わないの!」
「はいはい~気を付けます~。でも、雰囲気はわりと地味そうな感じだったよね。ああいう原石みたいな人を磨き上げたい感あるかも!」
「なにそれ~?」
「地味だけど優しいし、地味だから人にとられづらいじゃん?服なんか私が選んであげれば、私好みのいい男完成!」
「そんなにうまくいくかな…。」
「うまくいくよ!あ、もしかしてリンナ、あの人狙ってる?私、手伝おうか?」
狙ってはいないけど、少し興味がある。もう、二度と会えないのかと思うと惜しい気がする。
「ん、あの人助けてくれたからね…もっとちゃんとお礼したいと思ってるよ。」
「おー!普段男の話をあまりしないクールなリンナが珍しい!私、一肌脱いじゃおうかな!!」
その時、さっきの男の人が動いた。リフトが終着点についたようだ。私たちもスキー板の先端を持ち上げ、「ここでおりてください」と書かれた赤い線に勢いよく振り下ろす。
周囲を見回すと、絵の中でしか見たことのない、まさに雄大な山々という言葉がふさわしい景色が見えた。空気が澄んでいて、さっきまで滑っていたところよりもずっと見晴らしがいい。ひょっとしたら車より速いんじゃないかってスピードで、スキーを履いた人が滑り下りて行った。
地図を見ると、今いるところはかなり高いところということが分かった。ここから滑って左に行くと初心者コース、右に行くと食堂に着く。
「あれ…ここってもしかすると、結構上級者コースだったりするのかな…?」
あまりに場違いすぎる空間に思わず震え上がる。
さっきの男の人を探すと、すいすいと急な坂をものともせずに滑っている。
「…追いかけるしかない!」
アカネはそう言って勢いよく滑り出した。
「あっ待って!」
そう言っても、アカネはもうスピードを緩めずさっきの男の人を追いかける。
それどころかスピードをどんどん上げていく。
いや、なんかふらふらしてるし、あれ止め方がわからないだけだ。
しりもちをつき、ついにアカネは転んだ。
「アカネ、今行くからね!」
私は転ばないように気を付けながらゆっくりアカネの方へ近づき、立ち上がるのを助けてやる。
「リンナありがとう…。」
「アカネ、さっきの男の人追うよ!あの人、あそこの曲がり角右に曲がったから、今から食堂でお昼ご飯食べるつもりだ!そこで声かけよう!!」
「なるほど!じゃあ転んだりしてる場合じゃないね!ゆっくり確実に行こう!!」
大きく左右に行ったり来たりして、勢いを殺しながら進む。はじめてスキーをした時に教えられたことを思い出しながら、急がず進む。
しばらくすると、大きな建物が見えた。煙突から白い煙をモクモクと出して、おいしそうなにおいを漂わせている。
「あれ、食堂じゃない!?あの中にあの人がいるんだね…!」
アカネは嬉しそうにほほ笑んだ。もうすぐまた、あの助けてくれた男の人に会えるんだ。そう思うと、ちょっと髪をてぐしで整えたりしてしまう。
「リンナ、鏡貸そうか?」
「ありがとう、アカネは本当に女子力高いなあ…。」
「そう?リンナもかわいいって!」
「もう!お世辞もうまいなあ!」
二人で笑いあいながら食堂の中に入る。
食堂の中を見回すと、たくさんの人がいた。ご飯を食べる大学生の集団、バイキングにはしゃぐ小学生くらいの男の子、そして悪趣味なほど派手な柄の赤いスキーウェアを着た男の人…さっき助けてくれた人だ!
いそいで声をかけようとした瞬間、あの男の人が振り向いた。
「…あれ?」
何かが違う、何かがおかしい。
…そうだ、グラスだ。あの顔を覆っていた大きなグラスがないから変なんだ、ああそうか…。
小学生が書いた書初めの線みたいに太くて曲がった眉、シジミみたいな目、鼻としての用を足せるのか疑問に思うほどひしゃげた鼻は、私の抱きかけた恋心をそっと忘れさせるには十分すぎる破壊力だった。
「一応声かけておく?」
「え…。」
「あれはちょっと、ねえ…。」
「ね…。」
「帰ろっか!」
「アカネー、いい男と出会いたいねえ。」
「同意ー。」
桜の舞うころ、行きつけのカフェでそんな会話をしていた。
初投稿です。ルミ子と申します。これからよろしくお願いいたします。
このサイトは、作品を投稿する時、キーワードとかいっぱい入力するのが楽しいですね。1番面白かったのは、異世界ものの区分が「転生」と「転移」に厳密に分かれていたことです。なろう系には異世界ものが多いと聞いたことがあったけど、そこまでしっかり区別してあるんだなってびっくりしました。今回の話に関係ないところなんですけどね。いつか異世界ものの作品を書いてみたいですね。魔王とか勇者とか「くっ…殺せ…!」とか出したいです。
あと、今書いてる後書きを書くのも楽しいです。部活でも、小説の後に後書きを書く人がいました。でも、私は知り合いに小説を読まれるのも恥ずかしいのに、自分の思いを赤裸々に書いた後書きなんて書いたら顔から火が出るくらい恥ずかしいので書かなかったです。あの時、ちょっと書いてたら今全世界の人々に向けて書く後書きをもうちょっとお見苦しくない感じにできたのではと悔やんでおります。
それじゃあこの辺で!お粗末様でした!!