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前編

 私の膝の上には、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる男がいる。

隣の席に座り、頭だけを私の膝上に乗せている。膝枕というやつだ。平均身長は軽く超えている体を折りたたみ、窮屈だと思う。家のベッドで眠った方が寝心地もいいはずだ。それでも、彼は私を傍に置き眠る。

 生徒会室には私達しかいない。会議に使う大きい机の上には書類が置いてある。私が来るまで目を通していたのだろうか。書類に目を通しながら、彼が目覚めるのを待った。





 お昼休み、私――槙木まき 杏歌ももかは生徒会室に行った。

生徒会の書類がまとまったので提出するためだ。私は副会長という立場だけど、お昼休みに頻繁に顔を出すほど忙しくはない。急ぎの書類ではないので、放課後に提出してもよかった。それでも、書類を預かったままなのは気になる。忘れないうちに、とお昼休みに足を運んだ。

 生徒会室の前で立ち止まってノックをする。返答はない。少し間を空けて私はドアを開けた。

 ガチャリと音を立ててドアを閉める。室内に足を踏み入れて気付く。


 生徒会長、守谷もりや 汐月しづきがいた。

椅子から立ち上がろうとしていたようでカタリ、と音を立てる。

私が会長に挨拶をしようと口を開いたところで、彼の体がぐらついた。

「わっ。大丈夫ですか、会長」

 駆け寄って手を伸ばす。

 会長は私の方に視線を上げることもなく呟く。

「大丈夫じゃない。眠い」

「え」

 倒れてくる体を支えようとしたが、そのまま重力に引っ張られるようにずるりと下に落ちる。

視線を上げないんじゃなくて、瞼が重いのかもしれない。声も小さい。

と、考えたところで彼の吐息が耳に届く。

「太陽の匂いがする」

 とろけてしまいそうな甘い声で言われ、私は固まる。

 私を求めるように頭を摺り寄せてくる。会長の柔らかな髪が首元をくすぐる。

「眠い。いまなら眠れそう」

 うわ言のように彼が繰り返す。

 床にお尻が付いても会長の体重が乗りかかってくる。押しつぶされないように体勢を変えて、会長の頭を私の膝に乗せた。床の上に置くのが、なんとなく躊躇われたので仕方なくだ。

床よりたぶんマシだろう。


 枕ができた会長はそのまま眠ってしまった。すやすやと。余程疲れていたのだろう。ぐっすり眠った会長は予鈴が鳴ってやっと目を覚ました。私はそこで漸く文句をぶつける。

私を押しつぶす気ですか。支える力なんてないんですから死にますよ。つぶれますよ。

というか、せめて座らせてください。床痛い。


 一気に吐き出して少し落ち着く。会長がじっと私を見ていたことに気付いた。反論されるのかと思わず身構えると、会長が笑った。

「槙木ちゃん、すごいね」

「へ?」

 言葉のキャッチボールなんてものは最初からなかったけど、どうして会長が笑ってるのか全然分からなかった。


 聞けば会長は、ここのところ不眠続きで寝不足だったらしい。不眠グッズを試してみても効果はなく、ぎりぎりの睡眠時間で体を引きずっていた。お昼休みは少しでも仮眠できればと生徒会室にいたらしい。もう、ぐっすり眠るとこはできないのではないか、と考えていたところ私が来た。あれだけ眠れなかったのに私を枕にしたら眠れたのだ。ぐっすりと。

そんな話を聞かされて、最後に会長は言った。「俺の枕になってくれないかな」と――



 ピピピ、と携帯のアラームが鳴る。膝の上で会長がもぞりと動く。手が机の上にある携帯を探しあてた。画面を確認してアラームを止めると大きく伸びをした。

「おはようございます、会長」

 今日も枕になった。私はお昼休みのたびに生徒会室へ顔を出すようになっていた。

「おはよう。槙木ちゃん」

 半分覚醒していないのか、まどろんでいた。

 眠気を飛ばすように伸びをする会長の背中を見ながら、ぼんやりと考える。

 いつも完璧な生徒会長の、こんな顔を誰も見たことはないだろう。先頭を切って誰よりも頑張って、弱みも見せない。

そんな人だから。

「もう少し寝てても、よかったんじゃないですか?」

 予鈴も鳴っていない。

「ここから教室まで離れているからね。早めに出ないと。槙木ちゃんを遅刻させるわけにはいかないし」

 遅刻しても気にしないのに。私は外見からは真面目に見えるらしい。

だからなのか、副会長へと推薦された。書類の整理などは好きだし自分でも興味があったから受けた。

流されて面白そうなら首を突っ込むし、嫌だったら最初から断っている。

好き嫌いはあるし、皆勤賞を狙っているわけでもないし、成績だって一位を目指しているわけではない。私は真面目ではない。


 要するに、遅刻したところで痛くはない。それよりも、会長の顔色が悪いことの方が気になる。


「初日は遅刻しましたもんね」

「そうそう」

 会長がおかしそうに笑い、立ち上がって入り口に数歩進んだところで振り返る。

「槙木ちゃん?」

 座ったままの私を見て首を傾げた。

「先に行ってください。私は足が痺れてしまったので、暫くしてから行きます」

 苦笑して言う。

 会長は軽く考えるように頭を動かすと、こちらに歩いてきた。

 目の前に来ると、茶目っ気を含んだ笑みを浮かべ手を差し伸べた。

 差し出された手と会長の顔を見て戸惑う。私の手を会長が掴んだ。両手を取られて、掛け声で引き上げられる。ぐい、っと強い力に流されるように抵抗はできなかった。


 会長にもたれ掛かりそうな距離に近付いて心臓が跳ね上がる。両足がじんじんと痺れたままだけれど、私は立ち上がった。

 繋がれた手も、引き寄せられた力も、近付いた距離も、すべてが気恥ずかしくなり私は唇を尖らせる。

「……強引ですね」

「ごめんね」

 会長は口にする言葉とは裏腹に楽しそうに笑っていた。





 次の日、生徒会室に入ったと同時に引きずり込まれた。いつも座っている椅子を素通りして奥の資料室へと腕を引きずられる。資料室は倉庫のように物が置かれているから、必要なとき以外は入らない。

ガチャリとドアノブが回され、室内が見える。私の記憶の中の資料室ではなかった。

 小綺麗に整頓されている。片付けられた場所に机とソファが置いてある。

ぽん、とソファの上に座らされた。膝枕かと思ったが、膝に頭は置かずに会長はソファへと寝転がった。ぴったりと体をひっつけて腕が腰に巻きつかれる。


 私の体勢は変わってない。膝も痺れないからいいのだけど……落ち着かない。

 まわされた腕が、触れられたところが熱を帯びる。頬に熱が集まってきてしまい、醒ますように軽く首を振る。

 意識してしまっては駄目だ。私は枕なんだから。

「槙木ちゃん、おやすみ」

「おやすみなさい。よい夢を」

 目を合わせずに返す。また直ぐに眠るのだろう。どうせなら腑抜けた顔を見てやろう。そしたら少しは落ち着くと、思ったのに彼は私を見ていた。

見上げた瞳は開いたままで、口も僅かに開けられている。

「なんですか?」

「みつけた」

「え」

「首の後ろに黒子ほくろがある」

 彼を見たまま数秒止まり、言われたことを理解した。思わず自分の首元に手をあてる。

 前の時間は体育だったから今日は髪を後ろで結んでいた。

自分から見えない位置から見られるのは、こそばゆい。

「あまり見ないでください。気にしてるんです」

 髪をほどく。さらさらと髪が肩を撫でた。


 残念そうに会長が息を吐く。

「色っぽくてよかったのにな」

「適当なこと言わないでください」


 からかわれている。私が枕になってから会長のイメージがどんどん崩れてゆく。

 会長が楽しそうに笑う。ソファと私の間に収まっている会長が笑うと動いて空気が揺れる。

「新しい発見があって嬉しいんだよ」

 くすぐったいような、むず痒さになる。笑顔を見ただけで心臓がうるさくなる。

「どうでもいいので、早く寝てください」

「はーい。おやすみ」

 笑い声のまま返事がくる。

 静かに息を吐き、呼吸が繰り返される。暫くすると部屋に寝息が聞こえた。

この空間に私の呼吸と彼の呼吸が重なる。眠ると無防備に緩められた表情はあどけなく感じる。

始めの頃より顔色はよくなったけど、目元にうっすらと隈が残っている。

 会長、私は役に立ってますか。家で少しでも眠れてますか。

ぐっすり眠れるようになればいいのに。もっと顔色もよくなればいいのに。

 思わず触れてしまいそうになり、手を止める。


 危ない。触りそうになった。

 音を立てないように、そうっと自分の手を下ろす。

なにをやっているのだろうと、息を吐く。

 手首になにかが触れた。じんわりとあたたかい温もりが伝わってくる。


「槙木ちゃん、なにしようとしたの?」

 熱くならないように必死に下げていたのに、彼に手首を捕まえられただけで跳ね上がる。

 くそぅ。絶対、顔赤い。

「……寝てたんじゃないんですか」

 自分の鼓動がうるさくなって、口が震える。

「寝そうだったんだけど、思い直して」

「なにをですか?」

「このソファ広いでしょ。俺が余裕で寝転がれるぐらい」

「そうですね」

 どこから持って来たのか部屋いっぱいに大きなソファがある。白い布がかけられており手触りはそれ程よくないけど、座り心地はいい。

「槙木ちゃん」

 優しい優しい猫なで声で。悪戯を思いついた顔で、ゆるりと引き寄せられる。

「なんですか、守谷会長」

 抱き枕のように、彼の腕の中に閉じ込められた。

「その、会長って呼び方やめにしない?」

「やめたら離してくれますか?」

「どうしようかな。この方が眠れる気がするんだけど、……嫌?」

 嫌じゃないですよ。なんて言葉は言わない。

「さっさと、寝てください。守谷くん」

 せめてもの抵抗で手を伸ばし、彼の頬を軽くつねった。

'16.4.13加筆修正

'16.6.20加筆修正

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