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7 強者の蹂躙

 真面目展開がもう少し続きます

「リオンッ!?」


 倒れる青年の姿を見つけた瞬間、クーが悲鳴に近い叫びを上げた。

 リオンは全身が血に塗れ、生きているのか死んでいるのかもわからない状態だった。


「リオン!」

「待て、クー!」


 叫ぶ俺の声を背に、クーがリオンのところへ飛び出していく。

 いくらなんでも不用意すぎる。

 急いで引き止めようとして、俺の手はピタリと止まった。


 視界の右上。

 集中力が切れたためほとんど消えかけているが、まだうっすらと簡易地図が見えていた。

 そして、そこに先日見た謎の点が打たれている。

 

 いつ現れたのか、気づけなかった。

 ただその点は、俺たちの目の前にある瀑布のすぐ近くを示している。

 場所は俺たちの対面。鬱蒼とする深い森の中。

 大樹の隙間から、鈍色に輝く獣の瞳孔を見た。


「ダメだッ! クー!!」


 叫ぶと同時、森が激しくざわめいた。

 バキバキと大樹を薙ぎ倒し、恐ろしい速度で巨大な影が飛び出してくる。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!


 大きく開かれた咢。

 砕いた樹木や岩石をまき散らし、真っ黒な巨体が倒れ込むように喰らいついてくる。

 クーは。

 ちょうどリオンのところにたどり着き、突然の異変に呆然とする彼女は。

 地面ごと刮ぎ取られるように、バクリッと呑み込まれた。


「うあ……うああああああああああああああッ!」


 気づけば俺は、半狂乱になって叫んでいた。

 頭の中は真っ白だ。

 しかし、体は逃げるでも立ちすくむでもなく、自然と背にあった長弓を構えていた。

 矢筒から矢を抜いてつがえる。弓の使い方なんて知らない。

 ただ荒れる感情が赴くまま、引いて、放った。


 ヒュン!


 矢を放つ瞬間。

 矢羽根を掴む指が俄かに熱を持った気がした。

 クーを喰らい、地面に倒れる姿勢の二つ首に向かって、矢は一直線に飛ぶ。

 鎧のような分厚い表皮に当たり、そして爆ぜた。


「っ!?」


 当たった矢が小爆発。

 そこを中心として、突風が巻き起こる。

 さながら風を凝縮した小型の爆弾だった。

 放った俺自身がその余波に煽られて、尻餅をついてしまった。


 二つ首の魔獣は、ビクともしていない。

 矢が爆ぜた瞬間にクーを食った首がビクンと跳ねたが、それだけだった。

 表皮には傷一つついていない。

 唖然とする俺を、ビロード玉のような眼球がギョロリと睨んだ。

 倒れていた巨大が轟音と砂埃を上げて立ち上がる。

 悲鳴さえでなかった。

 胸にあるのは衝撃。

 人はショックを受けすぎると何も考えられなくなる。


 アアアイイイイイイイイガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 右の首が、甲高い咆哮を上げる。

 強烈なバインドボイスに衝撃波が発生し、俺は吹き飛ばされて地面を転がる。

 左の首は閉じられた顎をゆっくりと動かしている。

 ……食ったクーを咀嚼している。

 そう思うと、激しい吐き気に襲われた。

 クーは死んだ。

 リオンも一緒に食われて死んだ。


 魔獣はおそらく、罠を張っていた。

 傷ついたリオンをあえて放置し、仲間である俺たちがノコノコと近づいてくるのを待ち構えていたのだ。

 前の現実世界にも、そういう罠を駆使して狩りを行う肉食生物はいた。

 だが、あれほどの巨体と防御力。

 そのくせ僅かながらにも知恵があるとするならば。

 大砲や戦車でもない限りは、人間の手に負えない。


 逃げるべきか?

 俺はニール村の戦士じゃない。ここで挑んで撃退に徹する義理もない。

 それに、俺にはアイクシュドの真意を知らなきゃいけないという大きな目的がある。この魔獣を倒すことはその目的と繋がっているかもしれないけど、死んでしまえば何もかも終わりだ。

 何も知らないまま無様に死ぬのだけは絶対にイヤだ。


 本当なら、逃げるべきだったんだろう。

 でも、できなかった。

 あいつは、クーを食った。

 この異世界でただ一人、俺に優しくしてくれたあの少女を。

 付き合いこそ短かったけど、叱ってくれて、一緒に笑ってくれて。

 前の世界で誰もしてくれなかったことを、彼女は俺にしてくれた。

 それを簡単に忘れられるほど、腐っちゃいない。


「……!」


 立ち上がり、腰元のナイフを抜き放つ。

 メメコットの紋章が刻まれたナイフ。

 こんなんであのデカブツに敵うとは思えない。

 でも、遠距離がダメなのだから、近距離で挑むしかない。


(たとえ胴体がバカみたいに硬くても、どこかに弱点はあるはずだ!)


 相手が不死身の化け物でないことを、信じるしかない。

 臨戦態勢を取る俺に、魔獣も警戒を露わにした。

 右の首が威嚇するように低く呻り、そして左の首は、


 ギュルゥッ!?


 左の首が、苦しげに喉を鳴らした。

 咀嚼する顎。その隙間から、光が漏れている。

 あふれる光は急速に強くなり、魔獣の閉じられた口を内側からこじ開けた。

 魔獣が大きく仰け反り、左の口から何かを吐き出す。

 それは光の球だった。

 吐き出された光球はゆっくりと空中を浮遊すると、俺の目の前に着地する。

 淡い粒子となって弾け、中から青年を抱きかかえる少女が現れた。


「クー!?」

「シェイバ、さん。すみません、ご心配をかけてしまって」


 見間違いではない。

 答えてくれたのは確かにクーだった。


「お前、どうして? 食われたはずじゃ……」

「このローブ、魔装の魔力障壁のおかげです。ですが、今のでほとんどの魔力を使いはたしてしまいました。おかげでわたしもリオンも無事に済みましたが」


 見ると、クーに抱かれたリオンもわずかながらに息をしていた。

 それでも虫の息だ。早く手当てをしないと手遅れになるだろう。


「魔獣が怯んでいます。今のうちに……」

 ギュアアアガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 クーの言葉が終わらないうちに、地面をのたうち回っていた魔獣が咆哮した。

 ヨロヨロと身を起こしながら、足元の俺たちを忌々しげに睨んでくる。

 しかし、効いているのか?

 風の矢で攻撃したときは痒い程度の反応しか示さなかったくせに。

 さすがに口内からの衝撃には弱いということなのか?

 つまり、あいつは無敵じゃない可能性が出てくる。


「逃げましょう!」

「いや。俺はここに残る。お前はリオンを連れて先に逃げろ」

「えッ!?」


 静かに首を振る俺に、クーは大きく目を剥いた。


「どのみち、その状態のリオンを担いだままじゃ逃げられない。囮が必要だ」

「だったら! わたしが!」

「勘弁してくれ。さっきみたいに心臓に悪いのは一度でたくさんだ」


 俺は肩を竦めて笑ってみせる。

 べつにヒーローを気取りたいわけじゃない。

 ただ、ここでクーを足止め役にしたら、彼女は命を賭してでも俺たちを逃がす時間を稼ごうとするだろう。

 それじゃダメだ。

 彼女に死なれるのは、俺がイヤなんだ。


 俺なら、うまい具合に退き時を考えられる。

 確証はないけど、さっきのダメージで魔獣は少し怯んでいる。

 囮として逃げ回り、振り回してやれば、襲い掛かってこようとする気力を削ぐことができるかもしれない。

 それだって立派な撃退だ。


「……黒い……の……」


 そのとき、クーに抱えられるリオンが掠れた声をあげた。

 傷だらけの体をわずかに起こす。


「リオン! 無理に動いてはダメです!」

「オレの、ことはいい。クーさまを連れて村まで逃げろ。足止めまでとはいかずとも、奴の腹を満たす餌くらいにはなれる……!」


 口の端から血を流しながら立ち上がろうとするリオン。

 それは、もはや執念だった。

 大切な人を守りたい。クーだけは安全に逃がしたい。

 そんな彼の意思が痛いほどに伝わってくる。

 

 ったく。

 どいつもこいつも、どうしてそんなに勇敢なんだよ。

 命を賭けてでも、なんてのは一時の熱狂がもたらす間違った行為だ。

 死んだら何もかも終わり。

 死ぬ瞬間はどこまでも冷たくて、寂しい。

 一度死んだ俺が言うのだから間違いない。


「ほら、クー。俺じゃそいつに言うことを聞かせられないから」

「黒いの……!」

「黒いのじゃない。シェイバだ」


 話している間にも、魔獣はジリジリと俺たちとの距離を窺っている。

 先に仕掛けられても面白いことはない。


「行け、クー!」

「シェイバさん! 絶対に死なないでください!」

「当たり前だよ。そいこらへんはお前たちよりずっと心得てる」


 クーがリオンに肩を貸す形で立ちあがった。

 リオンは騒いだが、クーに引きずられて背後の森へと消えていく。

 同時に、魔獣が動いた。

 獲物が行動したことで刺激されたのだろう。

 逃げるクーたちの背中に食らいつこうとする。


 だが、させない。

 俺は即座に長弓を構え、矢を番える。

 再び、矢羽根をつまむ指が熱を持った。

 さっきは咄嗟に放ったが、今は冷静に理解できる。

 ……この感覚が、魔術だ。

 使い方を頭で理解できたわけじゃない。

 本当に感覚的なものだ。

 ルミータも言っていた。「使える奴には使える」と。


 指先の熱をのせるように、矢を放つ。

 狙いは、魔獣の左の頭部だ。

 クーの魔装でダメージを引きずっている部位。畳みかけない理由はない。


「ッ!?」


 次の瞬間、突進してくる魔獣が右半身を押し出すような形で身を捻った。

 左の頭を狙った矢を、右の頭が庇うように阻む。

 右の口がグバリと開かれ、矢を呑み込むように噛み潰した。

 当然、風の矢は右の口内で炸裂。

 血が飛び散り、魔獣が僅かに呻いたが、怯むことはなかった。

 そのまま突進の勢いを殺さず、右半身で俺を押し潰そうとする。


「ヤベぇ!」


 身体ごと投げ出す姿勢で跳んだ。

 間一髪。それまで立っていた場所に、魔獣の巨大がズシンと倒れ込んだ。

 ヘッドスライディングで地面を滑り、息を吐く暇もなく立ち上がる。

 魔獣もまた、すぐに起き上がっていた。

 首と尻尾で激しく風を切りながら、素早く巨体を俺のほうへ旋回させる。

 

(よし、タゲは取った!)


 魔獣の意識は完全にこちらへ向いていた。

 向けられる視線だけでチリチリと肌が焦げ付きそうだ。

 逆に、俺の思惑に嵌ったとも言える。

 奴はクーたちから意識を逸らし、姿を見失った。

 あとは俺が適度に疲れさせつつ、最終的に逃げ切ればいい。


 イイイイイイイイイイイイギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!

「うおおおおおおおおっ!?」


 またもやバインドボイス。

 俺は両手で鼓膜を保護しながら、森の茂みの中に飛び込んだ。

 長弓を背のホルダーに取りつけ、ナイフを構える。

 邪魔になる草木を伐採しつつ、転がるようにひたすら進んだ。 

 バキバキバキバキィッ!!

 すぐ背後から大樹が薙ぎ倒される音。

 振り返ると、すぐそこに魔獣の口が迫ってきていた。


「うわああああああっ!」


 食われる!

 そう思った瞬間、急激な浮遊感に襲われた。



 俺の足元に、地面はなかった。


 ブックマークや評価等をしてくださった方々、本当にありがとうございます。

 ひとまず一章完結までは毎日更新しようと思っているので、よろしくお願いいたします。

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