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6 森に潜む恐怖

 ひたすらに走る。

 俺たちが向かったのは村の出入り口。

 村を囲うように建てられた丸太の柵に一つだけある、巨大な正面門口だ。


 前を先行するクーは驚くべき俊足だった。

 彼女はまるで、忍者みたいに姿勢を低くして地面を這うように駆ける。

 あの細脚のどこにそんな力が隠されているのか。

 俺は彼女の背中を見失わないよう後ろについていくだけでやっとだった。

 やがて、門口の前へとたどり着く。

 柵の門は固く閉ざされ、大きな閂がかけられていた。

 その手前に、数人の男が集まっている。


「村長さま!」

「クーか。シェイバも一緒だね」


 駆け寄ったクーに、村長のガラクはいつもと変わらない穏やかな声で答えた。

 後から息を切らしながら走ってきた俺も、ようやく追いつく。


「状況はッ?」

「落ち着きなさい。今、偵察に出ている戦士団の伝令役を待っているところだ」


 ガラクの周囲には、武装した男たちが仏頂面をしていた。

 村の守衛任務についている戦士だろう。

 誰もが厳格な姿勢で黙しているが、どこか浮き足立っているようにも思えた。

 俺は呼吸を整えつつ、ガラクの前に歩み寄る。


「魔獣が接近しているというのは本当ですか?」

「確かなことはまだわからないよ。ただ、偵察隊から鏑矢があがった。あれは緊急の事態を知らせるものだ」


 となると、見張り台に立っていた戦士の報告は早とちりだったってわけか。

 無駄に混乱を煽るような行動は褒められたことじゃないが、それだけ焦っていた証拠だろう。

 事態が楽観視できそうにないのも事実だ。


「村長さま、到着したようです」


 そのとき、戦士の一人がピクリと反応を示した。

 柵のほうを見ると、門の横にある小さな勝手口みたいなものが開いていた。

 柵の外側から、軽装の青年が足早に入ってくる。


「ほ、報告しますっ! 西方で魔獣の動きあり! 急速にこちらへ接近しています!」


 集まった戦士たちがザワめいた。

 ガラクは聞こえるように咳払いをし、彼らを黙らせる。


「リオンはどうしている?」

「戦士団長は残った者たちと共に、魔獣の足止めに徹しています! ですが、戦況は絶望的! 自分が確認できただけでもすでに部隊の半数以上があの化け物一匹にッ」


 報告する青年は今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。

 彼が報告をするたびに、戦士たちの顔から血の気が引いていく。

 クーの顔も真っ青だった。


「副団長」

「はッ」

「村の者に呼びかけ、避難させなさい。万が一のこともありうる」

「村を捨てるということですかっ!?」

「聞いていなかったのか? 万が一を考慮してのことだよ」


 ガラクは疲れたように目がしらをつまみ、


「最悪の場合、夜が明けるのを待ってから森を抜けなさい。近隣の村々に助けを求め、女子供を受け入れてもらうんだ。彼らも日ごろから我々に守ってもらっている身だ、無碍には断らないだろう」

「ッ。了解……しました」


 表面上は冷静に見えるガラクも、少し焦っているように見えた。

 口調がいつもより早いし、「万が一」と言いながら指示が具体的すぎる。

 まるで最悪な事態になることを確信しているようだ。


「戦える者はここに留まり、魔獣を迎え撃つ。撃退できるならばそれでよし。もしもそれが敵わぬならば。ヤクトの民の誇りにかけて、命に代えても魔獣を討つのだ」

『はッ』


 ガラクの指示で、戦士たちが一斉に動き出した。

 残ったのはガラク、そして俺とクーの三人だけだ。


「クー。お前は接敵中のリオンに合流。援護に回りなさい」

「はい。そのつもりです」


 クーは神妙な顔で頷いた。

 続けて、ガラクが俺と視線を合わせる。


「シェイバ。君も手伝ってくれるね?」

「俺にできる範囲のことなら」

「それで充分。君はただの流れ者、我々とはなんの関係もない人間だ。危ないと思ったら逃げてくれて構わない。しかし叶うのならば、君が我々の救いにならんことを」


 交わす言葉はもうなかった。

 クーはガラクから視線を外すと、凛とした表情で俺を見た。


「わたしは装備を整えに、いったん武器庫のほうへ向かいます。シェイバさんは?」

「俺は……」


 アミからもらった長弓を見下ろす。

 魔術を使えるという魔装。

 これで戦えるのか? あの化け物と。

 いや、深く考えるのはよそう。

 俺はあの魔獣を倒さなきゃいけない。

 アイクシュドのため、そして優しくしてくれたクーのため。

 動くには充分すぎる理由だ。


「付き合うよ。すぐに向かおう」


 怯えて逃げるのは、前の人生だけでたくさんだ。



  ×  ×  ×  ×  ×



 森の中は不気味なほど静かだった。

 普段はどこからでも響く鳥類の声、虫のさざめきの一つすら聞こえてこない。

 足を取られる植物の蔦などをナイフで切り払い、時には地面から突き出た岩肌に身を隠しながら、俺たちは慎重に深い森林を進んだ。


 クーはいつもの白ローブに、長弓と矢筒を背負っていた。

 俺も、アミがくれた長弓と、同じく矢筒を担いでいる。

 この世界では一般的に、害獣を相手にする場合は弓と矢を使うらしかった。

 特にラキュロスなどの小型の肉食獣は、ずる賢く臆病だという。

 遠距離から威嚇射撃をすることで、高確率で逃げてくれるそうだ。

 あの巨大な二つ首の化け物相手に、果たして矢の威嚇が通じるかは不明だが。

 接近戦を挑むよりは賢い戦い方だろう。たぶん。


「静かだな」


 積み重なる岩をおりたところで、俺は辺りを見回しつつ言った。

 すでに日没を迎えた森は暗闇に沈んでいる。

 生い茂る大樹の枝で、月明りさえまともに差し込んでこない。

 視界は最悪だが、下手にたいまつなどを灯すのもはばかられた。

 いつどこから、何が飛び出てくるかもわからない状況だ。

 わざわざ自分たちの位置を積極的に知らせる必要もない。


「おかしいです。リオンたちが戦っているならば、どこかでその音が聞こえるはず。静かすぎます」


 俺に続いて岩から飛び降りたクーが、目を細めながら応じる。

 視界が悪く、足場が安定しない森の中でも、彼女の身のこなしは見事だった。

 森を歩きなれているのか、単に身体能力が高いのか。

 たぶん両方だろうな。

 最初はエスコートが必要かと思った俺も、余計なお世話だとすぐに思い知った。


「あまりこういうことは言いたくないけど。リオンたちがもうやられてるって可能性は?」

「否定はできません。むしろその可能性のほうが高いでしょう」


 クーの返答は冷静だった。

 伝令係の報告を聞いたときはさすがに動揺していたが、今は切り替えができている。

 すごいな。こんなに体が小さくて、女の子なのに。

 逆に俺の心臓はさっきから高鳴りっぱなしだ。

 リオンがやられてるってのも、半分はクーに否定してほしくて言ったことだった。

 あまりに静かで不気味な森を歩いていて、安心を求めたくなる気持ちがあったのだ。

 でも、クーは現実的にそれを肯定した。

 自分もしっかりしなければと思い直す。


「どうする? このまま探索を続けるか?」

「それが賢明でしょう。仮にリオンたちが全滅していたとしても、魔獣の動向を把握しておかなければなりません」


 クーはクッと喉の辺りを引き締めて、


「もし魔獣と鉢合わせてしまった場合。わたしが囮になって引きつけます。シェイバさんは村に戻って、村長さまにリオンたちの全滅を伝えてください」

「おい。それって」

「ここで言い争っている暇はありません。行きましょう」


 一方的に方針を決めて、クーは先に歩き出してしまった。

 納得はいかないが、俺もあとに従う。

 大丈夫だ。リオンたちの全滅も、魔獣との鉢合わせも、最悪の可能性でしかない。

 今はその最悪が現実にならないよう、祈ろう。




 それからお互いに口数が少なくなった。

 森の中に存在する危険。どこにいるかはわからないが、その危険に少しずつ近づいているという実感があった。

 もしかしたらすでに俺たちを感知していて、物陰で隙を窺っているのかもしれない。


(こんなとき、ゲームみたいにモンスターをマーキングできたらな)


 ふとバカな考えが浮かんだ。

 緊張で少し頭が混乱しているのかもしれない。


(あ。でも)


 思いついた俺は、森を歩きながら何かを思い描くように集中してみた。

 そして、うまくいった。

 俺の視界。

 その右上の部分に浮かび上がるように、簡易的な地図がぼんやりと現れる。


(おおっ。視界内に映すこともできるのか)


 この世界に飛ばされたとき、初めから使えた俺の特殊能力である。

 集中することで、自分を中心に周囲の簡易地図を展開させる。

 今までは集中のために目をつむっていたが、どうやら何かを見ている状態でも集中さえすればこういう形で現れてくれるらしい。

 どういう仕組みなのかは未だにわからんけども。


(ん? そういや、数日前には見えてた点みたいなものが消えてるな)


 地図を見て、すぐに気づく。

 リオンたちに捕まり、どうしようかと打開策を練る中で、集中した俺はこの地図を展開させた。そのときに地図上を動く点のようなものが見えていたはずだ。

 今はきれいさっぱりに消えていて、どこにも見当たらない。

 どういうことだ?


「シェイバさん! あれを!」


 っと、前を歩いていたクーが急に鋭い声を発した。

 俺も慌てて彼女の視線の先を見やる。

 前方。

 木々の隙間から、少し開けた空間が見えた。

 ゴウゴウと、岩に水が当たって弾ける音がする。


 瀑布だ。

 最初にラキュロスに襲われた、あの場所である。

 瀑布もやはり不気味なくらい静かだった。

 聞こえるのは流れ落ちる水の音くらいだ。

 そして。


 転がる岩の上に、仰向けで倒れる青年の姿があった。


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