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3 美少女との出会いはハーレムの始まり……のはず

フタを開ければ一面筋肉でした

 異世界に転生したかと思ったらいきなり美少女に拘束された。

 字面だけだと興奮するのに現実はちっとも嬉しくない。フシギ。


 そんなこんなで俺は今、体を縄で縛られて、地面に敷かれた茣蓙みたいなものの上に座らされている。

 周囲には民族衣装を身に纏い、槍を手にしたいかめしい集団がいる状況だ。


 あれ? 美少女ドコー?

 見渡す限りの筋肉包囲網なんだけども。

 なにこれ、コワイ。


 んでもって、場所はすでに森の中から移っていた。

 深い森の奥にある、小さな村。

 高さ二十メートル近い丸太の壁に囲まれた、集落のような場所だった。

 藁ぶき屋根の簡素な建物がポツポツと並んでいる。


「あの。これから俺はどうなるのでしょうか?」

「それをこれから決める。大人しく沙汰を待て」


 ビビりながら尋ねると、男の一人が厳格な声で答えた。

 身長が二メートル近くある筋肉ムキムキのマッチョマンだ。

 男たちは全員が筋骨隆々とした体つきだが、彼の場合はそれがいっそうに目立っていた。

 体つきこそ厳ついが、年齢としては十七~八くらいだろうか?

 顔立ちも周囲の奴らと比べてかなり若い。イケメンの部類だ。

 強そうなイケメンとか、元ヒッキーの俺としては存在だけで苦手意識を抱いてしまう。


 つーか、なんなんだこの状況は。

 俺はただ、アイクシュドのことが知りたかっただけなのに……。


(とにかく切り抜ける方法を考えてみるか……)


 周囲は完全筋肉包囲網だが、座して危機を待つつもりもない。

 とりあえず目をつむり、心を落ち着けて状況の打開策を考えてみる。


(おっ)


 すると、脳裏に簡易地図的なものが浮かんだ。

 ここに飛ばされた直後、見えたやつである。

 どうやらこの地図は俺が集中すると連動して発動する仕組みになっているらしい。

 特殊能力? もしくは異世界に転生した特典みたいなもんだろうか。

 なんにせよ、この危機的状況では役立たずな能力である。


(アルシーつか、アルシーの主人か? 俺をこんな場所に飛ばすんだったら、もっと派手で役立つ能力をよこせよな)


 不満を垂れていると、脳内の地図に変化があった。

 これは、なんだ?

 地図の一部分に、小さな点のようなものが打ってある。

 脳内地図は俺のいる地点を中心とするように展開されているので、現在位置というわけではなさそうだ。

 どうやら、先ほどの瀑布付近を示しているようだった。

 注視していると、その点は地図の上をススッと滑るように動いた。


「お前は、何者だ?」


 集中していたところに、いきなり声がかかった。

 俺はハッとして顔を上げる。

 集中力が途切れて脳内地図が消えてしまった。

 見ると、先ほどのイケメンマッチョがこちらを睨みつけている。


「え?」

「お前は何者だ、と。そう訊いたのだ」


 マッチョの声が、明らかな警戒を帯びた。


「オレたちは、森の中からお前の動きを見ていた。害獣に取り囲まれながら、ただのナイフ一本で奴らを斬り捨てていく、お前の姿を。

 害獣は、たった一匹でも野に下れば村一つを壊滅に追いやりかねない危険な存在だ。表皮は鋼のように固く、刃の一切を通さない。それをお前は、なぜあんな真似ができたというのだ?」


 彼の言葉で、周囲の男たちも浮き足立つように身をゆする。

 一斉に浴びせられる視線は、俺がこれまでに経験したことのないものだった。


「そうだ! あんなのは普通じゃない!」

「我々の間では、害獣一匹に戦士十人がかりで挑む。それだけ素早く、強靭で獰猛なのだ」

「しかも、この男はあろうことか『魔獣』とさえも同等にやり合っていた。我々が束になってもひたすら蹂躙されるだけだった、あの化け物と。これではまるで、この男も人ではなく、常軌を逸した化け物ではないか」


 動揺、ざわめき、混乱。

 その反応に集約される感情は、恐怖だ。

 見下されたり嘲られたりは数えきれないくらいされてきた俺だが、ビビられる経験なんてこれが初めてだった。

 なんか妙な気分になる。


「答えろ。お前は何者で、どうしてあんな真似ができたのかを」

「どうしてって言われても」


 害獣? あのラプターたちのことだろうか?

 だとすれば、普通に動きを読んで、隙を見計らって弱点部位を狙いましたー。としか言いようがない。

 過去に、ゲームの中でも別プレイヤーから同じような質問をされたことはある。

 どうして今の攻撃を避けられるんだ? ……と。

 まあ一言で答えるなら「慣れ」だ。

 相手の攻撃パターン、そしてどこの肉質に刃が通りやすいかを熟知することで、プレイヤースキルは天と地ほどにも変わってくる。

 今回はたまたま、リアルでもその知識と経験が活かされただけの話である。

 俺が答えあぐねていると、マッチョが鬼気迫る形相で近づいてきた。

 急に胸倉を掴まれる。


「うおっ!?」

「クーさまは。お前の処遇を保留にすると決めた。しかし、オレはお前のような得体の知れない存在を信用するつもりはない」


 声を低くし、脅しつけるように凄んでくるマッチョ。

 クーさまというのは、あの白ローブの美少女のことか?

 俺は反射的に眉をひそめる。

 いかにも強そうな相手に脅されても、不思議と恐いとは感じなかった。

 たぶん、胸倉を掴んでくる男の手が、少し震えていたことが理由だと思う。


「なんかよくわからないけど。一方的に悪者扱いするのはやめてくれないか?」

「なに?」

「俺が得体の知れない人間だってのは認めるよ。でも、本当にうまく答えようがないんだ。そんな相手を大勢で取り囲んで、恫喝して、あんたは恥ずかしくないのか?」

「なんだとッ」


 むしろ、無性に腹が立った。

 イヤな思い出がよみがえる。

 俺をイジメた奴ら。数に物を言わせて、こっちを悪者扱いし、自分勝手な優越感に浸っていたあのくだらない連中。

 彼らをあの連中と同系列に置くのは少し違う気もするが、俺はこういう集団による弱い者叩きみたいな雰囲気が大嫌いだった。

 むろん正義感に燃えているとかではなく、ごくごく個人的な感情である。


「言いたいことがあるなら正々堂々、一対一で言えよ」

「貴様!」

「それとも、一人じゃ恐くて何も言えないのか?」

「くっ。この……!」


 殴られるだろうか?

 殴られるのはイヤだなぁ。あの筋肉から繰り出されるパンチはさぞ痛いだろう。

 俺が不安に思う一方で、マッチョが暴行を加えてくることはなかった。


「……わかった。集団でやり玉にあげるような真似をしたのは謝る。それは誇り高き戦士として恥ずべき行為だ」


 マッチョは胸倉を掴む手を緩めると、バツが悪そうに言った。

 俺は思わず拍子抜けしてしまう。

 なんだこいつ。意外と悪い奴じゃないのか?


「だが。オレ個人として、お前を信用できないことは変わらん」

「あ、ああ」

「お前を生かすと決めたクーさまのご厚意。裏切るようなことは絶対にするな」


 話はそれで終わりのようだった。

 周囲の男たちも冷や汗を流しながらホッと息を吐く。

 そんなときだ。


「リオン!? なにをしているのですかっ!?」


 慌てたような声が、すぐ横から飛んできた。

 白いローブを着た茶髪の少女が、真っ青な顔をしてこちらを見ている。

 その隣には杖をついた老人が立っており、しわくしゃの顔を困ったように歪ませていた。



  ×  ×  ×  ×  ×



「リオン! 村長さまを呼びに行く前に、あれほど言っておいたではないですかっ。彼の素性は知れませんが、無暗に手荒に扱ってはいい道理はないと!」

「も、申し訳ございません」


 数分後。

 そこには、俺の隣で茣蓙に正座させられ、小柄な少女にクドクドと説教されるイケメンマッチョの姿があった。


「クー。そこらへんにしてあげなさい」


 杖をついた老人が少女の肩を叩き、苦笑いを浮かべる。


「しかし、村長さま!」

「リオンにも悪気はなかったのだろう。むしろこの村を守る戦士団の長として、部外者を警戒するのは当たり前だ。そうだろう、リオン?」

「はい。村長の言うとおりです」

「だがまあ。まだよく知らない相手を縛りあげた状態で脅しつけるのは、褒められた行為ではないけどね」

「そ、その点は深く反省しています」


 少しドヤ顔になっていたマッチョは、すぐにバツが悪そうに目を伏せた。

 どうやらこのマッチョ、リオンと言うらしい。

 若いくせに偉そうで不遜な奴だが、さっきも抱いた印象通り、まあ悪い奴ではなさそうだ。


「さて。そろそろ話を元に戻そうか」


 老人は、ゆっくりと俺の前まで来た。

 痩せ細り、腰は曲がっているが、目の前で見下ろされると中々に威厳がある人物だった。

 俺は縄で縛られた格好ながらも反射的に姿勢を正す。


「さて、若者よ。名はなんという」

「あ、はい。シェイバです」

「シェイバ。私はこのニール村の長を務めるガラクという。クーからおおかたの話は聞いたよ。なんでも記憶喪失であるとか」


 ガラクの澄んだ双眸が、上から降り注いでくる。

 心まで見透かされてしまいそうな錯覚を覚えた。

 嘘をついている俺は反射的に目を逸らす。

 下手にしゃべれば簡単に見抜かれてしまいそうだったので、頷くだけにとどめておいた。


「そうか。それは災難だね」

「あ、あの。この森はあなたたちが所有している場所なんですか? なら、勝手に立ち入ってしまったことは謝ります。すぐにでも出て行くので許してもらえないでしょうか」


 リオンのような偉丈夫には強気にいけたのに、なぜかこの老人に対しては畏まってしまう。不思議な感覚だが、自然とこの人には逆らってはいけない気がした。

 ガラクは顎に手を当てて、思案する素振りを見せる。


「ふむ。ならば我々に対する害意はないと?」

「まったくありません」

「なるほど。ならば、その言葉を信じよう。リオン」


 ガラクがリオンに目配せを送ると、彼は驚いたような顔をした。

 少し渋るような仕草を見せたのち、俺を縛っていた縄を解いてくれる。


「え?」


 あまりにアッサリとした解放に、俺のほうも驚いた。

 こんなに簡単でいいのか? もっと尋問とかされるんじゃないの?


「それと。これもお返ししよう」


 縄の解けた俺に、ガラクが懐から何かを取り出す。

 それは鞘に納まったナイフだった。


「君の物だ。念のために預かっておいたが、もうその必要もない」


 俺は呆然としたままそれを受け取る。

 襲ってきたラプターを捌くのに使ったナイフだった。

 あのときは意匠など特に気にしなかったが、改めて見ると中々に立派な代物である。

 刃渡りは十五センチほど。

 柄頭には青い宝石が埋め込まれており、宝剣というイメージに近いか。

 刀身が納まった鞘には、翼竜を模したような不思議な紋章が刻まれていた。


「それはメメコットの紋章だね。古き神々の眷属だ」


 不意に告げられた言葉で、俺は思わず目を剥いた。

 ガラクを見ると、彼は相変わらずの穏やかな表情でゆっくりと頷いている。


「メ、メメコット族をご存じなんですか?」

「知っているとも。もっとも、若い頃に文献で読んだ程度だがね」


 ガラクは昔を懐かしむように空を見上げ、


「村を飛び出し、世界中を旅して回っていた頃の話だよ。あれはそう、大陸の北東、ノルホース軍国の大図書館で目にしたのだったか。他にはない紋章だったのでよく覚えている。

 霊峰の奥に眠る古き神。それを守護する番人、あるいは神の意思を代弁する御使い。あの国ではそういうものであると捉えられていた。実際に目にした者は、私の知り合った中では一人もいなかったが」

「ちょ。ま、待ってください!」


 メメコット族、そしてガラクが口にした「古き神」という言葉。

 俺の心臓はバクバクと脈打つ。


「あの。その古き神々というのは?」

「ん? その答えは簡単だよ。君もすでに会っているはずだ」

「会っている? 俺が?」

「そうだ。私もクーからの報告は受けている。かつてこの地を支配していた荒ぶる神は、五百年の時を経て再び目覚めた。我々ヤクトの民は神との戦いに臨み、その怒りを鎮めなければならない。でなければ、森に住まう生命は根こそぎ刈り取られてしまうだろう」


 荒ぶる神? 生命を刈り取る? 

 それって、もしや。


「もしかして、あの二つ首の大型モンスターが神だって言うんですか?」

「ふむ。然り。アレもこの地に住まう古き神々の一つだ」


 マジかよ。

 俺をここに飛ばしたアルシーは確かに口にしていた。

 アイクシュドのことを知りたければ、この世界の古い神を狩れ……と。


「君がどうしてその紋章を所持していたのかはわからない。しかし、君は荒ぶる神、魔獣と同等に戦っていたそうだね。それも、たった一人で」

「え? ……ええまあ。必死だったもので」

「ふむ。真実であるならば好都合。シェイバ、ここで一つ、ヤクトの民を代表して、私から君に頼み事を持ち掛けたい」

「頼み事?」

「我々ヤクトの民は君を見逃そう。記憶喪失だと言うのなら深い詮索もしない。その代り、我々に君の力を貸してはもらえないだろうか?」


 それまで黙って話を聞いていた白ローブの少女、そしてリオンが、大きく目を見開いた。


「村長、しかし!」

「詳しい条件を設けようか。我々は君の自由を奪わない。ただし、監視役を一人つける。君が力を貸してくれるならば寝床も食事も用意するし、決して悪いようには……」

「村長! よもや、このような訳のわからぬ者に縋ろうというのですか!?」


 リオンが叫び、少女が息を呑む。

 ガラクは相変わらずの穏やかな表情だ。


「すでに魔獣は目覚めた。私は長として、村を守るためならばなんにだって頼る」

「森を守ることはヤクトの民の誇りです! 助けなど必要ありません!」

「ならば問おう、戦士団長リオンよ。お前はこの者のように、あの魔獣をたった一人で相手どることができるのか?」

「そ、それは」

「どの道、今の我々に初代ヤクトのような力はない。どうせ滅ぶのならば賭けようではないか。古き神の紋章を持つこの男に」


 リオンは黙った。悔しげに拳を握り、目を伏せる。

 なにやら、俺を置いてけぼりの急展開だ。


「どうかなシェイバ? 我々は君を、この村の狩人……化け物退治専門のハンターとして雇いたい」


 その提案に、俺は目を見開く。 

 危険な化け物に出会い、それから一つの集落にハンターとして雇われる。

 ゲームの【ゲイルギガオン】に展開がそっくりだった。


「俺は」


 考える。この世界に来たのは、アイクシュドのことを知るためだ。

 そしてアルシーは、条件として「古い神を狩れ」と言い残した。

 決めつけは早計かもしれないが、むこうの頼みと、俺の目的は一致しているように思う。


「わかりました。役に立てるかは保証できませんが」

「構わない。では、シェイバ。ヤクトの民は正式に君を迎い入れよう」


 ガラクは満足げに頷くと、踵を返して背後に立つ少女を見た。


「クー」

「は、はいっ」

「彼のことはお前に一任する。右も左もわからぬ余所者だ、きちんと世話をしてあげなさい」


 ズダンッと。

 意気消沈していたはずのリオンが、ものすごい形相で地面に拳を打ち付けた。

 すごい気迫だ。

 なんだ? どうした?


「む、むむむむむらおさああああああああっ!?」

「どうしたねリオン? なにか反論でも?」

「ク、クククククーさまにこの得体の知れぬ男の面倒を見させるなど! うらやま……じゃなかった、けしからんです! 監視役ならばオレが!」

「お前は戦士団長として村の防衛に努める義務があるだろう。それとも、お前が村に残り、クーを魔獣の動向の監視にあたらせるかね? 役割配分としてはそれでも問題はないが」

「うぐッ」


 リオンの顔は沸騰寸前のヤカンのように真っ赤だった。

 少女は少女で、怒りとは別の意味で顔を赤くして、恥ずかしそうに俯いている。

 俺と視線が合いそうになると、ビクンと跳びはねてそっぽを向いた。

 いったいなんなのさ。


「あのー。なにか問題でも?」

「大したことじゃない。これからクーが君と衣食住を共にするのに、リオンが反発したんだ」


 おお、なるほど。

 俺が、あの中学生くらいの美少女と一緒に暮らすことになるのか。

 実にけしからん。どこのラブコメ展開だっつーの。


「へあ?」



 大したことのありすぎる展開だった。


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