表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

2 雑魚の次は中ボスだって相場は決まっている

しかし、そんなこともなかった

 目の前に、森があった。

 木漏れ日さえもロクに通さない深い深い森。

 意識を取り戻した俺は、草花に埋もれるようにして、大の字で寝転がっていた。


 とりあえず上半身を起こし、頭の中で状況を整理する。

 頭上に広がるのは鮮やかなスカイブルー。

 つまり、外だ。

 ここ数年はスカイブルーじゃなくてPCのブルーライトとしかお付き合いのなかった俺には恐ろしい事実だが、不思議と体は拒絶反応を示さなかった。

 うーん、なんで? 

 

 んでもって、今いる場所。

 ジャングルみたいな森林だ。

 人の手が加えられていない原生林といったところだろうか。

 ギャーギャーと野鳥の声が響き渡り、ここが日本でないことを物語っている。

 この森、この地形には、うっすらと見覚えがある気がした。


「【ゲイルギガオン】の大森林……に似てなくもないな」


 俺がやっていたゲーム。その中にあった森林フィールド。

 この場所は、そのフィールドに酷似していた。


「ここが、アルシーの言っていた異世界なのか?」


 実感はわかないが、そう考えるのが妥当だろう。

 さて、俺はこれからどうすればいいものやら。

 とりあえず、ここに来る前にアルシーから言われたことを思い出してみる。

 確か……アイクシュドのことを知りたいなら、この世界の古い神を狩れとかなんとか。


「くそッ、なんだよそれ。訳わかんねーっつの」


 混乱している。

 どうすればいいのかも明確に教えてもらえず、よくわからない場所に飛ばされて。

 それに、俺はただでさえ引きこもりだった。

 見知らぬ土地に放り出されて、冷静でいられるほど心は強くない。

 むしろ超恐いんですけど。

 誰かぁ! 助けてぇ!


「って落ち着け……。とにかく進むしかない」


 どのみち、いつまでも座り込んでいるわけにはいかない。

 本当にここが異世界なら、寝床を探すのが先決だろう。

 それにはまず、人里を見つけなければ。

 目をつむり、心を落ち着かせながらそう考えていると。

 不意に、脳の奥で閃くものがあった。


「っ!」


 フラッシュバックとでもいうのだろうか。

 数秒の間、俺の脳裏に地図のようなものが浮かんだ。

 地図とはいってもごちゃごちゃしたものではなく、おおまかな自分の位置と、この森林をざっくりエリア分けして記した、非常に簡易的なやつだ。

 それはゲーム【ゲイルギガオン】の簡易マップに近い見た目をしていた。

 訝しむ気持ちはあったが、今はこれに頼るしかない。

 俺は立ち上がり、地図に従って進むことにした。


 頭の地図通りに進んでいくと、途中で開けた空間に出た。

 目の前にそびえる切り立った崖。

 そこから大量の水がゴウゴウと流れている。

 瀑布だ。

 瀑布の下に溜まった水を覗き込んで見ると、そこにはよく見知った、しかし俺ではない人物の顔が映り込んだ。


「う、嘘だろ!?」


 水に映ったのは、五年間の引きこもり生活でブクブクに太った俺の顔じゃなかった。

 精悍な顔立ちをした、十代半ばくらいの黒髪の少年。

 目鼻立ちは整っているが、派手な感じはなく、あくまで真面目で誠実そうな印象を受ける。

 ゲーム内で俺が自分の分身として操作していたアバター、『シェイバ』そのものだった。


「どうなってるんだ……!?」


 よく見れば、体のほうも激変している。

 着ている物は、黒を基調としたレザーのシャツとズボン。

 そして急所や関節を守るためにつけられた最低限のプロテクター。

 見た目は非常に動きやすそうだが「紙装甲」という言葉がしっくりくるような軽装である。

 俺が採取クエストで愛用していた「マラソン用装備一式」だった。


 服の下にある肉体は細身ながらも鍛え抜かれている。

 もちろん、無駄な脂肪だらけだった以前の体とは別物だ。

 なんで今まで気づかなかったのか、それだけ混乱している証拠だろう。


「生まれ変わるって、こういう意味だったのか? でも、なんで狙ったかのように『シェイバ』になるんだ?」


 自分でありながら自分ではない顔をペタペタ触っていると。

 急に、胸騒ぎみたいなものを感じた。

 ハッとして身構える。


「なんだ?」


 周囲は岩場になっている瀑布。

 特に怪しいものは見られない。

 だが、瀑布を囲むように鬱蒼と生い茂る木々の奥から、なにかが蠢く気配を感じた。


 ギャアアアアアアアアアアアアアス!


 次の瞬間、鼓膜をつんざくような金切り声。

 同時に、二足歩行のトカゲのような生物が飛び出してきた。

 数は三匹。

 全高は一メートルほどで、発達した後ろ脚をバネに岩の上へ跳び移る。

 それから俺を包囲するように前方、右斜め後ろ、左斜め後ろに移動した。


「ッ! ラプターか!?」


 そいつらは【ゲイルギガオン】の雑魚代表モンスター、ラプターと呼ばれる種族に酷似していた。

 個々の力は強くないが悪賢く凶暴なやつらだ。群れを成してプレイヤーを追い詰める。

 

 急いで自分の体をまさぐる。

 武器になりそうなものは……あった。

 腰元のベルトにささった一本のナイフ。

 戦うには心もとないが、ないよりはマシと考えるべきか。


 フシャアアアアアアアアア!!

 ギャアアアアアアアアアス!!


 前方の一匹と、右斜め後ろの一匹が、一斉に飛びかかってくる。

 だが、予備動作からその動きは簡単に読めた。

 むしろ、わかりやすすぎる。

 ゲームの中で延々と理不尽極まりない強さのモンスターと戦ってきた経験のある俺には、誇張表現でもなんでもなく『止まって』見えるほどだった。


「……遅いんだよ」


 俺は身を屈めて地面を転がるように回避する。

 二匹のラプターは空中で激突し、苦しげにのたうちまわる。

 そのうちの一匹に、俺はすかさずナイフを一閃。

 狙ったのは首筋の皮。ラプターの肉質が一番薄い部分だ。

 紙のように切れて、その一匹は血しぶきをまき散らしながら絶命した。

 残り二匹が警戒するように吼える。


「…………」


 一方、先ほどまでの混乱が嘘だったように、俺は落ち着いていた。

 見知らぬフィールドで、モンスターに襲われたのにもかかわらず。

 展開がゲームの【ゲイルギガオン】に似ていたからだろうか?

 それとも、今の肉体が、自分でも驚くほど速く動けたからか。

 体が羽のように軽い。

 頭の中でイメージした動きを、瞬時に再現できる。

 感覚としてはそう、アバターを操作する感じに似ていた。


(いける、これなら)


 二匹が攻めあぐねているところへ、俺は果敢に切り込む。

 ナイフが一匹の喉元を裂いた。最初に倒したやつの返り血で刃の滑りは若干鈍かったが、殺すには充分だった。

 残り一匹。

 最後のラプターは警戒を露わにして後方に跳び退る。

 そして……背後にそびえ立つ巨木が、いきなり薙ぎ倒された。



 アアアアァァァァァアアギャオオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォオオーーーーーーーーーーーーーーっ!



 大気を震わせるほどの咆哮がビリビリと響く。

 俺は耳を塞いでその場にうずくまった。

 森の奥から、巨大な影が姿を現す。


 外見はラプターに似ていた。

 ただし、全高は五メートル以上。

 全長に至っては、長い尾も加味すると、十メートル近くはある。

 裂けた口からは鋭い牙が覗き見えた。

 さらに、頭部が二つあった。

 肩の辺りから二股に別れ、まったく同じ顔がグルルッと低く呻りながら俺を見下ろしている。

 頭が二つある、巨大なトカゲ型モンスターだ。

 いや、デカさから言えばトカゲよりもティラノサウルスに近いか。

 

 あれ? おかしくね?

 俺の予想だと、次に登場するのはせいぜい中ボスクラスなはず。

 ちょいとデカすぎやしませんかね、ボス?


「勘弁してくれよッ!」


 俺は真横に思いっきりダイブする。

 ガリガリッと地面を削るイヤな音がして、化け物の顔が通過していった。

 すぐに起き上がり、ナイフを構える。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!


 獲物に逃げられたことで、化け物は苛立ったように吼えた。

 グッと身を縮めたかと思うと、その場で円を描くように回転。

 恐ろしい勢いで全身が薙ぎ払われ、周囲のあらゆる物が粉々に吹き飛んだ。

 俺は辛うじてバックステップを踏む。回転攻撃を回避。

 くそッ、まったく付け入る隙がない。

 おまけに装備が最悪。

 武器はナイフが一本、防具は紙装甲。

 いやもうさ。

 これなんて無理ゲー?


 ウウゥゥアアアアアアアアアァァァガアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 咆哮しながら、暴れまわる化け物。

 動くたびに、地形が削れ、あらゆるものが壊れていく。

 俺は相手の挙動を見極めながら、紙一重で攻撃をかわし続ける。

 一発でももらえば終わり。

 たぶん俺は死ぬ。

 容赦なく押し寄せてくるリアルだからこそのプレッシャー。

 そのせいかもしれない。

 元々がリアルの出来事に滅法弱い俺の精神は、この場で一番大事な集中力を欠いた。


(やべッ!)


 水で湿った岩場で、不意に足元が滑った。

 その場で尻餅をついてしまう。

 これがゲームだったら、こんなポカはやらかさなかったのに。

 化け物がここぞとばかりに襲いかかってくる。


 グオオオオオオオオオオオオオオッ!?


 そのとき。

 瀑布の真横にある茂みのあたりから、無数の矢が飛んできた。

 雨のように降り注ぐ矢は、化け物の頭上に降り注ぐ。

 驚いた化け物は足を止め、俺から注意を逸らした。

 その体にダメージらしきダメージはない。

 鎧のように厚い表皮がすべての矢を弾いていた。


「こっちです!」


 呆然としていると、不意に背後から手を引かれた。

 見ると、真っ白なローブに深々とフードをかぶった人物がいた。

 その人物は俺の手をグイグイと引きながら、森林に導こうとしている。


「早く! リオンたちが足止めをしている間に!」

「え、あ、その」


 目を白黒とさせる俺にお構いなしで、白ローブの人物は走り出した。

 手を握られる俺も否応なくついていくことになる。


「こっちにくるぞ、散開しろ!」

「チクショウ、まったく効きやがらねえ! クソクソッ、うわあああああああっ!!」

「クラムがやられた! 散れ! 皆、散れぇ!」


 森の中に入る直前、背後から悲痛な叫びが響き渡った。

 振り返ると、化け物の二つある首の左のほう。

 その口元からぶら下がるように、人の手のようなものが見えた。


 改めて思い知らされる。

 ここは俺の知るゲームの世界とは違うんだ。

 気を抜けばそこで何もかも終わり。


 正真正銘、弱肉強食の世界なのだと。



  ×  ×  ×  ×  ×



 騒動が一段落して、再び森の中。

 地面から突き出た岩に腰かけた俺は、そこで一人の人物と対面していた。


「もう一度、訊きます。あなたは『聖竜騎士団』の者ではないのですか?」


 アーモンドのように大きな碧眼が、警戒するように俺をジッと見つめていた。

 俺を窮地から救ってくれた白ローブの人物。

 取り払われたフードの真下からは、冗談かと思えるほどの端整な美少女の顔が現れた。

 肩口あたりで切りそろえられたセミロングの茶髪。毛並みはフワフワとしていて少しウェーブがかかっている。肌は彼女が着込んでいるローブと同じく真っ白、というか淡雪のように透き通って見えた。

 幼さは残しているものの、逆にそれが可愛らしくていい。

 年齢は十三、四歳くらいだろうか。

 ちょっと子供から抜け出しつつある中学生っぽさがある。


「聞いていますか?」

「あ。わ、悪い」


 ジトっと睨まれて、俺はすぐに我に返った。


「いきなり害獣に襲われ、混乱する気持ちはわかります。ですが、あなたの身元が判然としない以上、わたしは気を許すことができません。あなたが何者で、どうしてこの『ヤクト大森林』に踏み込んだのか。それだけは確認させてください」


 少女は小さなため息を吐いた。

 まさか「君に見惚れていたんだよ、ハニー?」とかバカ正直には言えない。

 絶対ヒかれるよ。そんなんただの不審者だ。「お嬢ちゃんかわいいね、オジサンの下半身見ない?」とか言って迫る犯罪者と変わらないレベルじゃん。

 いやでも、化け物に襲われたこととか、本当にどうでもよくなるくらい、好みだったのだ。

 俺のストライクゾーンにド真ん中だった。


 思い出すな。高校に入学したてのころ、まだイジメを受ける前の話だ。

 仲間内で「好きな女の子のタイプは?」という話題が出て、俺は迷うことなく「年齢は中学生くらい」と「幼さを残しながらも凛々しい感じ」の二点を挙げたのだ。

 次の日からあだ名がロリコンになったのは言うまでもない。

 思えば、あれがイジメの発端だったのかもしれないな。

 まあ、過ぎた世界のことなんてどうでもいいか。


「えっと。事情がよくわからないんだけど。とりあえず、君は俺を助けてくれたんだよな? ありがとう」


 なにはともあれ、お礼を言っておく。

 あのままいけば、俺はさっきの化け物に頭からバクリといかれていただろう。

 頭を下げる俺に、少女は驚いたように目を丸くしていた。


「あ、いえ、べ、べつに大したことでは……って、そうではなくて! まずはわたしの質問に答えてください! あなたの名前や、あなたが何者なのかを!」


 少女は顔をカーッと赤くする。

 なにやら恥ずかしがっている様子だった。

 俺が素直にお礼を言ったこと、そんなにヘンだったのだろうか?

 彼女のリアクションの意味がよくわからない。


「俺の名前は……シェイバ。シェイバだ」


 一瞬、本名を名乗ろうかとも考えたが、やめた。

 今の俺は見た目そのものから変質してしまっている。

 ならば、本名にこだわる必要もないだろう。


「シェイバさん。あなたは何者ですか?」

「その前に、俺のほうからも訊いていいか? 君は何者だ?」

「わたしの質問が先です」

「さいですか」


 どうやら、この子は俺のことを徹底的に調べないと気が済まないらしい。

 ロリ美少女に徹底的に調べられるとか、お兄ちゃん興奮するねグフフ。

 って、ふざけてる場合じゃないか。


「身元についてだが。すまん、記憶がない」

「記憶がない?」

「ああ。気づいたらこの森にいて、倒れていた。その前の記憶がまったくないんだ。自分の名前以外、なにも」


 我ながらに胡散臭さマックスの嘘をついてしまった。

 だってしょうがないじゃないか。

 この世界のことが何一つわからない以上、「異世界からきたっぽいです」なんてバカ正直に告白するわけにもいくまい。


「記憶喪失。そういうことですか?」

「たぶん、そういうことだと思う」

「本当の本当に? 嘘を言ってもためにはなりませんよ?」

「ほ、本当だ。嘘じゃないぞ?」

「では、本当に『聖竜騎士団』の派遣した騎士ではないのですね」


 なぜか落胆された。

 そんなに露骨に落ち込んだ顔をされるとちょっと罪悪感がある。


「わかりました。あなたの処遇はおって決めます」

「処遇?」

「仮に。あなたが害のない人間であったとしても『ヤクト大森林』に無断で踏み込んだ部外者であるには違いありません。ヤクトの民として、我々は己の責務に則ります」


 そういうと、少女は小さく手をあげた。

 周囲の茂みがガサガサと動き、民族衣装のようなものを着た屈強な体つきの男たちが現れる。俺はいつの間にか包囲されており、一斉に槍の矛先を向けられた。

 ひたすら唖然としていると、少女が強い眼差しを向けてくる。


「わたしはヤクトの民の戦巫女、クシャマリ=ヤクト=ハルフィリア。この森の守護を任された巫女の権限の下、あなたを拘束します」


 知らない世界に来て早々。

 なぜか俺は、いきなり美少女に捕まってしまった。


◆モンスター簡易図鑑


 名前:ラプター(仮)

 全高:一メートル前後

 全長:一メートル半~二メートル

 主な生息地:ヤクト大森林

 生態:小型の肉食獣。強靭な後ろ脚をバネのように使い身軽に跳ね回る。狩りの際は三~十匹ほどの群れを成し、計画的に獲物を追い詰めることが多い。強靭すぎる脚力がゆえに小回りが利かず、挙動は直線的。

 対処法:非常にすばしっこいが、襲い掛かろうと跳ねる際の隙も大きいので、躱してからの隣接攻撃が有効。また臆病な性格でもあり、不利と覚ればすぐに逃げ出す。

 弱点部位:頭部、首筋、腹


モンスター簡易図鑑、後書きのほうへ移してみました。

見やすさ的にはいかがでしょうか?

以降も情報系はひとまず後書きへ移してみます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ