1 裏切り、かーらーのー異世界転生
いつ死んだって誰にも構われないような、そんな人生だった。
まさか本当に死ぬことになるとは、夢にも思ってなかった。
なぜ死んだのだのか、どういうふうに死んだのか、正直よくわからない。
ただ一つ、確かなことがある。
俺は、裏切られた。
社会から弾き出され、ゲームの中へ逃げ込んで。
そこで見つけた安住の地。
仲間と一緒に戦って、ついに頂点まで上り詰めたのに。
最期は、その信頼できる仲間に裏切られて死んだ。
(あの世界にいる自分だけは、現実と違うと思ってたんだけどな)
なんてことはない。
カスは所詮、カスだった。
俺という人間は誰かに追い詰められ、欺かれ、無様に死ぬのが運命と、あの世界の神に定められていたのだろう。
それならそれでいいさ。
死んだ今になって文句を言おうとは思わない。
だけど、せめて生まれ変わることがあるとするなら。
本当の仲間に囲まれて、誰かを信頼し信頼される、そんな人間になりたい。
『ふむふむ。それがお前の願いかニャ?』
急激に意識が覚醒した。
俺はガバリと上半身を起こす。
真っ黒な場所だった。
どこを見渡しても、完全なる闇。
しかし不思議と、自分の手や体は視認できる。
ゆえに『真っ暗』ではなく『真っ黒』な場所。
壁や障害物の類もなく、どのくらいの広さがあるのかさえもわからない。
「ここは、どこだ? 俺は死んだんじゃないのか?」
「んニャ。お前は死んだニャ。その事実に間違いはニャい」
「ぬおっ!?」
突然、背後からの声。
思わず飛び退いた。
「あれ?」
しかし、振り返っても声の主の姿はどこにもない。
不思議に思っていると、足元のほうでパタパタと音がした。
「こっちニャこっち! おまいは目線が高いニャ! もっと下げるのニャ!」
「……あ」
視線を下げると……いた。
なんと表現すればいいのやら。
一番わかりやすく言うなら「豆タンクみたいな生物」だろうか。
身丈四十センチほどの二等身。
パッと見は人間に近いが、全体的に丸っこく、頭には猫耳が生えている。
小人? 妖精? とにかくそんな感じの生き物だ。
そいつの姿もまた、真っ黒な空間の中にくっきりと見て取れた。
「な、なんだ、お前!?」
「ニャ? ボクはアルシー。メメコット族の誇り高き戦士なのニャ」
チンプンカンプンな答えが返ってきた。
現実では見たことのない不思議生物。しかも日本語をしゃべっている。
驚かないほうがどうかしている。
だが、混乱する一方で、俺はこのみょうちくりんな生物に対して妙な既視感あった。
「メ、メメコット族? それって【ゲイルギガオン】の?」
生前、俺がプレイしていたオンラインゲーム。
そいつは、そのゲームに出てくるとある生物と酷似していた。
メメコット族。
凶暴なモンスターを倒すために、戦闘面などで色々とサポートしてくれるNPCである。
その愛くるしい見た目と、ちょっと生意気な言動で、プレイヤーたちから絶大な人気を得ていた。殺伐とした戦闘でコミカルな動きをしてくれる彼らに、俺も幾度となく心を癒されたものだ。
「んニャ。【ゲイルギガオン】の大地はボクの生まれ故郷だが、それがどした?」
「は?」
さらに訳の分からない答えが返ってきた。
こいつはメメコット族? マジで? 本物の?
いやいや、おかしい。
「お、落ち着け。死ぬ寸前に膨れ上がった俺の願望や妄想が具現化したとか……? いや、じゃあここはどこだよ? 天国? 地獄?」
「混乱してるようだニャあ。まあ好きなだけ慌てふためくがよい。どんなに足掻こうと、おまいは死んだ。その事実に代わりはニャいのだから」
俺はピタリと動きを止める。
呑気な態度のくせに、辛辣な物言い。地味にイラっとしたが、まあそこはいい。
「やっぱり。俺は死んだのか?」
「うむ。さっきからそう言ってるニャ」
「じゃあ、ここは死後の世界?」
「半分アタリで、半分ハズレ。ここは『生と死の狭間』。おまいはあっちの世界で死んだが、まだ完全には死んでニャい。宙ぶらりんの状態ニャ」
「どういう意味だよ」
「ボクのご主人が、おまいの『死』の過程に干渉した。本当はそのままあの世送りのところを、無理やり引き止めて保留としたのニャ」
アルシーは「どうだすごいだろう?」と鼻を鳴らしてみせる。
細かいことはよくわからないが、要するにアレか。
俺は今、この世からあの世に行く途中?
「ちょっと整理させろ。俺は前の世界で死んだ。それは間違いないな?」
「間違いニャい」
「んで、お前のご主人様とやらが、その死にストップをかけた。だから俺は、まだ死んでいない……?」
「完全にはニャ。だけど、勘違いするな。死は一方通行。おまいが前の世界で死んだ以上、戻ることはできニャい」
言われなくとも、あの世界で生き返りたいとは思っていない。
だが、問題はそこじゃなかった。
俺は不可解な死を遂げた。
ゲームの中の仲間に殺されるという、普通ではありえない現象を通して。
そして今、死んだ後にも、こうしてありえない出来事に遭遇している。
「お前の主人って、アイクシュドって名前じゃないだろうな?」
「アイクシュドぉ? ふん、あんな雌をボクのご主人と同系列に置くニャ! 考えるだけでも忌々しいのニャ」
アルシーは不機嫌そうに答えた。
だが、俺はそれどころじゃない。
さらに身を乗り出して、小さな生物に詰め寄る。
「お前はアイクシュドを知っているんだな!?」
「お、おおう」
詰め寄る俺に、アルシーは少し身を引いた。
構うものか。
俺は小さな頭をガシッと掴み、激しく前後に揺らす。
「教えてくれ! 俺を殺したのはやっぱりあいつなんだよな!? どうしてあいつはゲームの中から俺を殺せたんだ!? 今こんな状態になっているのと関係があるのか!? あいつは一体何者なんだッッッ!!!」
「お、おおおおおお落ち着け! 耳がとれちゃうのニャ~~~~っ!!」
腕をパタパタするアルシーを見て、俺は我に返る。
いかん、混乱しすぎて自分を見失っていた。
「す、すまん」
「ぐにゅうぅぅぅ。人間は何匹も見てきたが、おまいのように乱暴で短絡的な奴は初めてなのニャ」
ジト目で睨まれて、俺はひたすら謝るしかなかった。
少なくとも、現状で接触できるのはこのアルシーだけだ。
状況を把握するためにも、下手に気分を損ねるのはマズいだろう。
「本当に悪かったよ。ほら、今度マタタビあげるからさ? メメコット族の好物だろ?」
「ニャ!? バッ、ババババカにするニャ! 誇り高いメメコットのボクは物に釣られたりなんか……でも、あくまでおまいが納めたいと言うなら無理に止めはしないニャ?」
意外にチョロかった。
しかし、どうやらこのアルシー、マジでゲームのメメコットと同じらしい。
マタタビで釣れば大抵のことは許してくれるところとかな。
「もう取り乱したりしないから。事情を説明してくれ」
「む。ニャんだ、おまい。いきなり殊勝じゃニャいか」
「まあ、さっきのは突然のことで混乱してたって言うか。よく考えれば、俺はもう死んでるわけだし。ギャーギャー騒いでも何も変わらないかなと」
「ふん。まあいい。こっちとしても面倒なことは早く済ませたいからニャ」
アルシーはそう言うと、腕を組んで俺のことをまじまじと眺めた。
「まず、ボクのことだが。ボクはお前が生きていた世界とは、違う世界の住人ニャ。その場所は、【ゲイルギガオン】という」
「【ゲイルギガオン】。やっぱり、それってゲームの?」
「げーむ? よくわからニャいが、れっきとした一つの世界だニャ。創った神がいて、それらが統治している。お前らの世界と原理はだいたい同じだニャ」
アルシーの口ぶりからするに、ゲームの【ゲイルギガオン】とは違うらしい。
じゃあ、アイクシュドは? 関係ないのか?
疑問は募る。
「しかしだニャ。ボクらの世界では今、ちょっと困ったことが起きている。それを解決するため、ボクのご主人は別世界で死んだ者の魂をこちら側に召喚し、利用しようと考えてるのニャ。今のおまいのように」
「それは。つまり?」
「おまいにチャンスをやるニャ。ボクらの世界に、ボクらの世界の人間として生まれ変わり、問題の解決に協力しろ。そうすれば死ぬことはニャい」
俺は狐につままれたような顔をした。
生まれ変わり。つまり異世界転生?
またドえらく非現実的な単語が飛び出してきたもんだ。
「一つだけ、聞かせろ」
「ニャ?」
「アイクシュド。現実世界で、俺の死んだ原因になったのは間違いなくあいつだ。あいつは、お前たちと関係しているのか?」
ゲームの世界で、アイクシュドは突然に俺を殺した。
ゲームの事象が現実に反映したことは意味不明だが、この見るからに非現実の不思議生物と関係しているというならば、説明がつかないこともない。
ならどうして、あいつはそんなことをしたのか。
知りたい。それがどうしても。
お互いの素性をよく知らず、ただのネットの繋がりでしかなかったけど。
あいつは間違いなく、俺の大切な『仲間』だった。
あいつの思惑を知ることで、裏切られたのではないと確かめたい。
ただの願望だが。
「関係しているかどうかと訊かれれば、まあ関係はしているニャ」
「っ! なら!」
「おっと。それ以上のことを訊かれても困るニャ。答えてやる義理もニャい」
「……テメェ」
ここまで焦らしておいて、しらばっくれるのか?
思わず腰を浮かせる俺に、アルシーは慌てて両手を振った。
「わ、わかった、わかったのニャ! イジメるのはなしなのニャ!」
「じゃあ、教えてくれよ」
「まあそうしたいのは山々ニャんだが。ボクらの間にも、個人情報の守秘義務と言うのがあってだニャ? 無断で教えてやれるものでもニャい」
アルシーはやれやれと息を吐いて、
「だがまあ。お前がボクらに協力すると言うなら、ご主人に掛け合ってやらないこともないぞ。ご主人なら、あいつに対する権限も自由にできるはずだしニャ」
「……つまり?」
「真実を知りたいなら、ボクらに協力しろ。どのみち断れば、おまいは普通に死ぬだけニャ」
なるほど、そうきたか。
「本当に。お前らに協力すれば、アイクシュドのことを教えてくれるんだな?」
「ニャ。約束する」
「わかった。その条件、呑んでやる」
俺が頷くと、アルシーは顔面一杯に笑みを広げてニシシと笑った。
なにやら悪魔と契約を交わしてしまった気分だが、後悔はない。
どうせ断れば、俺は仲間に裏切られた惨めな人間のまま死ぬのだ。
「これにて取引成立。ちょっと待つニャ、すぐに準備をする」
言うと、アルシーは眼前の虚空を指でちぃちょいと動かした。
すると、足元に白く光る円状の幾何学模様が浮かび上がる。
魔法陣。
生前のゲームで何度も同じようなものを目にしていた俺は、その幾何学模様の正体をすぐさま悟る。
真っ黒な空間に、白い光を放つ魔法陣は映えて見えた。
「我が祖の前にひれ伏せ、円環の理。
捩じれ、縊れ、千切れ、霧散し、新たなる息吹となりて。
吹き抜けよ、再臨の審判【カルマ・エディット】!」
いかにもそれっぽい詠唱のあと。
突然、俺の足元にも同じような魔法陣が展開された。
驚くのも束の間、俺の体はズブズブと地面に沈んでいく。
「お、おい!? なんだこれ!?」
「これからおまいは、ボクたちの世界でまったく別の人間として生まれ変わる。真実を知りたいというニャら、ご主人を満足させるためにしっかり働くのニャ」
「待て! 俺はまだ、なにをすればいいのか聞いてないぞ!?」
「あン? 随分とおかしなことを訊くのニャあ。おまいが選ばれた理由、ニャんだと思っている?」
俺が選ばれた理由?
なんだそれは、意味がわからない、
わからないまま、肩の辺りまで地面に沈んだ。
慌てふためく俺を見て、アルシーは出来の悪い物を見るようにやれやれと肩を竦める。
「聞いていたのとだいぶ違うニャあ。おまいはあらゆるモンスターを狩り尽した最強のハンターという話だったが?」
「はぁ!? ハンターって! それはゲームの……!」
「まあどっちでもいいニャ。とにかく、生前にお前がやっていたことを、ボクらの世界でもやれ。ご主人がおまいに望むのはそれだけニャ」
すでに顔の下半分が地面に沈んだ。
その場の景色が見えなくなっていく中、アルシーの意地悪そうな笑みが映る。
「いいか? 再びアイクシュドに会いたくば、ボクらの世界に存在する数多の古き神々を狩り尽くせ」
それから何も見えなくなって。
再び意識が覚醒したとき。
俺は以前とはまったく別の世界にいた。