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プロローグ

 俺は22歳の自宅警備員。

 今年で、勤務歴五年目になる。


 引きこもったキッカケは高校のイジメだった。

 全国の引きこもりの大半の原因がこれであろうという、クソつまらない理由だ。


 ごく当たり前のヒキニートである俺が生きる場所は、明かりの落ちた暗くて狭い自室。

 唯一の光源はパソコンのスクリーンから放たれる液晶の光のみ。

 糧と言えば、母親がビクビクと運んでくる三食の飯と、夜食用に常備してあるカップメンとコーラ、あとはお気に入りのエロサイト(二次元専門)くらいか。


 まあ一言で言えばカスだ。

 ンなことは他人から指摘されなくてもわかってる。

 カスだからこそのヒキニートなんだ。

 悪いか。


 だが、そんな俺にも。

 そんな俺にだって……たった一つだけ。

 身の置ける居場所というやつがあった。



  ×  ×  ×  ×  ×



『シェイバ、破獣槍を起動させるわ! 誘導お願い!』

『りょーかい』


 城壁に囲まれた闘技場。

 壁の上から飛んできた少女の声に、俺は軽い返事をして駆けだした。

 背に手を回し、そこにあった硬い感触を握りしめる。

 すかさずホルダーからパージ。

 ブォンと唸りを上げて振り抜いたのは、身丈をゆうに超える幅広の大剣だった。


 ウオオオオオオオオオオオオンーーーーーーーーーーーーッ!!


 前方からの激しい咆哮。

 闘技場に吹き荒れる砂嵐の奥で、巨大なシルエットが揺らめいた。

 俺は身を低くし、目を細めながら、砂嵐の中へと突撃していく。

 瞬間、シルエットも反応して素早く動く。


『しッ!』


 動きを合わせるようにして、俺は真横にローリング。

 起き上がると同時、シルエットに向けて大剣の切っ先を振り下ろした。

 確かな手ごたえが柄まで伝わり、前方に血飛沫のエフェクトが飛ぶ。


 ガアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!


 その直後、舞い上がる砂の中から巨大なドラゴンの頭が飛び出してきた。

 振り下ろされる強靭な咢。

 俺は大剣を背に納刀しつつ、バックステップでかわす。

 ギリギリのところをドラゴンの牙が擦過していった。


『ったく。ようやく顔出したか。砂嵐に紛れ込まれるとロク動けねえっつーの』

『そのために対風圧スキル積んできたんでしょ。文句言わずさっさと誘導』

『へいへい』


 城壁の上から振ってくる少女の声に辟易しながら、俺は踵を返した。

 頭は冷静だ。心も落ち着いている。

 それでも、手のひらにはイヤな汗がジットリとこびりついていた。


 これまで誰一人としてクリアできていないという、超難関クエスト。

 アイテムの持ち込み禁止、装備も限定された物しか身に着けられないというギルド側の無茶な注文の中、たった三十分で天候を操る古き竜を討てという内容のクエストだ。

 これを達成できれば名実ともに『最強』の名を手にできるだろう。


 死闘が始まってからすでに二十分が経過していた。

 常に最高まで研ぎ澄ませている集中力も限界に達しつつあり、クエストで定められたタイムアップまでもあまり時間はない。

 俺は、城壁に向かって素早く駆けだした。

 俺を追うように、砂嵐の中から巨大なドラゴンの首が抜け出てきた。

 

 大きい。

 全長にして四十メートルはあるだろうか。

 体躯、気迫共に、圧倒的だ。

 そんな規格外の化け物が怒りに咆えて、一直線に追撃してくる。

 しかし、不思議と恐怖の感情は湧かなかった。

 むしろ好都合。ヘイトが自分に向けられていると確信し、俺は迷いなく走り続けた。


『今っ!』


 俺が壁際まできたところで、少女の声が叫んだ。

 カラカラと歯車がかみ合わさる音がしたかと思うと、壁に内蔵されていた巨大な杭が勢いよく飛び出してくる。

 そして、ドラゴンの顔面に直撃した。


 ギャオオオオオオオオオオオン!!


『っ! まだ倒れない!』

『焦んな。ダメージ蓄積で怯んではいる』


 狼狽を孕んだ少女の声を聞きながら、俺は壁から突き出た杭を足場に、高く跳躍した。

 空中で身を捻り、眼下に超大型ドラゴンを捉える。

 加速度に任せて落下して、一閃。

 今まで以上に派手な血飛沫が飛び散る。

 クリティカルヒット。手ごたえを感じつつも、ドラゴンはまだ倒れない。

 反撃とばかりにその場で旋回し、強靭な尾を振り回してきた。


『チッ。暴れんなっつーの』


 冷静に挙動を見極めてから、ローリング。

 薙ぎ払われる尾をすり抜けるように、ジャストで回避に成功した。

 そのまま起き上がりざまに抜刀攻撃。

 空ぶったドラゴンの尾にぶち当たり、ベキッと鱗が砕ける音がする。

 ドラゴンが大きく怯み、地響きを立てて地面に転がった。


『コケたぞ、アイクシュド!』

『ちゃんと見えてるわよ!』


 返事と共に、城壁の上から小柄な人影が宙へと躍り出た。

 風にたなびく燃えるような赤髪。

 露出の多い装備から覗く、雪のように真っ白な肌。

 まるで妖精かと見まがうほどの絶世の美少女が、背に負った二メートル近い大太刀を抜刀し、落下の加速度に任せてドラゴンの頭蓋へ振り下ろした。

 見事にヒット。


『よっし! やった!?』

『バカ! まだだ!』


 浮き足立って振り返る少女。無防備すぎる。

 案の定、その背後で超巨大なシルエットが動いた。

 ドラゴンが最後の力を振り絞り、少女の小さな体へと食らい掛かる。


『わひっ!?』


 咄嗟のことに対応できず、立ちすくむ少女。

 だが、一連の動きとほぼ同時に、俺も走っていた。

 両手で大剣を構えながら少女の脇を抜け、襲い掛かってくるドラゴンと対峙する。

 食らいつかれるまさにその瞬間、タイミングを合わせて刃を振り抜いた。


 ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!


 鮮やかなカウンターが決まった。

 激しい断末魔を上げて、ドラゴンの巨体が仰け反る。

 ズシンと地響きを立て、巨体が沈んだ。


【Quest clear !】


 画面上にこちらの勝利を知らせるウインドが展開される。

 続けて、高らかなファンファーレが耳に響いた。

 その日、俺たち二人は名実ともに『最強のハンター』となった。



  ×  ×  ×  ×  ×



『あうあうあぁぁぁー。リアル人生やめたいいいぃぃぃぃ……』


 閑散とした闘技場に、腑抜けた声が響く。

 俺は大の字になって、地面に寝転がりながら叫んでいた。


『ちょっとシェイバ。せっかくクリアできたってのに、こんなときにまでリアルの愚痴はやめてくんない?』


 地面に寝転がる俺から少し離れたところで、屈み込んだ姿勢の少女が呆れたように返事をした。

 艶やかな赤毛をなびかせる美少女である。

 背に大太刀を背負う彼女は、先ほど討伐した超巨大ドラゴンにナイフを突き立て、素材の剥ぎ取り作業をしていた。


『うるせぇな。大人には色々と事情があるんだよ』

『大人って。あんた、今年で勤務歴五年の自宅警備員でしょ。全てを犠牲にしてゲームに捧げた廃人なんだから、社会のストレスとは無縁じゃない』

『ベテランの自宅警備員を舐めんなよ!? 今日も今日で実家の平和を守ってんだよ! 家族の冷たい視線と戦いながらな!』

『守ってるのか脅かしてるのか微妙な立場ね』


 ガバッと上半身を起こして抗弁する俺に、少女が肩を竦めてみせる。

 絶賛稼働中のオンラインゲーム【ゲイルギガオン】。

 プレイヤー同士でパーティーを組んで大型モンスターの狩猟を行う、いわゆる『狩りゲー』の一種だ。

 あまりに強大なモンスターの設定、そしてどんなに装備を固めても三発も喰らえばプレイヤーのHPがゼロになる鬼畜難易度から、一部では『マゾゲー』とか呼ばれている。


 俺たちが今いるのは、そんなゲーム世界の只中だった。

 しかし、近未来的な技術を応用したVRであるとか、精神をネット世界にダイブさせて実体験できるみたいな、高尚なものではない。。

 そもそも、そんなハイテクなものは今の時代に存在しない。

 あくまでただのゲーム、起こっている出来事はあくまでもパソコンの画面内。

 さっきから交わされる会話も音声チャットである。


『お前だって。リアルに未練とかあんのかよ?』


 不満げに口を尖らせる俺……ゲーム内のアバターである俺じゃなく、暗い部屋の中で目の下にクマを作り、パソコンをいじりながらポテチを咀嚼する、不健康そうなリアル俺は、素っ気ない態度の少女に訊ね返す。


『未練はないわよ。でも、シェイバほど悲観はしてないと思う』

『ほう』

『むしろシェイバはどうして引きこもりになんかなったのよ?』

『……………………イジメだよ』


 数秒の沈黙のあと、俺は渋面でそう返した。

 赤髪の少女、パーティーメンバーであるアイクシュドは、やれやれと首を振る。所詮はシステム上で決められたアクションだが、音声チャットをしていることもあってか、やけに人間味を帯びて見えた。


『この世界でデカい化け物と戦ってんだから、少しは現実でも戦いなさいよ。ねえ『最強のハンター』さん?』

『うるせえな。現実の敵はモンスターより陰湿でいやらしいんだよ』


 そう、ゲームの世界のほうが、ずっといい。

 超難関クエストを攻略し、頂点にのぼりつめた今だからこそ、余計にそう思う。

 強大な敵がいて、同じ目的を持つ仲間がいて。

 協力して敵を倒す。そういう健全で真っ直ぐな目的があるからな。


 現実はどうだ?

 同じ人間同士で足を引っ張り合い、その中でも特に弱い者を見つけて、集団で寄ってたかって除け者にする。

 悪者扱いされるのはいつだって、弱い側だ。


『だからさ。俺はこの世界で、お前と一緒に戦ってるほうが性に合ってる。どんなに敵が強くて理不尽でも、お前がいれば乗り切れる気がするからな。お前さえ隣にいれば、俺はそれでいいよ』

『な、なによ。突然こっぱずかしいこといわないでくれるっ?』


 思ったことを口にしただけなのだが、音声チャットから聞こえるアイクシュドの声が明らかに慌てた。

 まさか、ガラにもなく恥ずかしがっているのだろうか?

 普段は滅茶苦茶ドライな性格してるくせに。

 妙なところでピュアな部分のある奴だ。


『と、とにかく剥ぎ取り作業は終わった! 帰るわよ!』

『はいはい』


 アイクシュドに返事をしたところで、画面内に二度目のファンファーレが鳴る。

 このフィールドで動ける時間の終了を知らせるファンファーレだ。

 あと二十秒もすれば、強制的に拠点へと戻るだろう。

 

 拠点に戻ったら、きっと注目の的だろうな。

 俺たち二人がこのクエストをクリアしたと聞き、多くのプレイヤーがコンタクトを図ってくるに違いない。

 素直に賞賛してくれる者もいれば、嫉妬心丸出しで突っかかってくる者もいるだろう。

 なんというか、正直面倒くさい。そういう見下し見下されの人間関係がイヤで、ゲームの世界に没頭してたのに。


 俺がため息を吐きつつ、そんなことを考えていると。

 不意に、アイクシュドが足早にこちらへ近づいてきた。


『ねえ、シェイバ?』

『ん。どうした?』

『さっきの話だけど。本当に、人生やめたい?』

『……は?』


 唐突な質問に、俺は呆けた返事をした。

 見ると、相棒がいつになく真剣な顔でこちらを見つめている。


『い、いきなりなんだよ』

『いいから。答えて』


 有無を言わせぬ気迫に、画面外にいるリアル俺も思わずたじろいだ。

 こいつとは三年くらいの付き合いになるが、こんなに強く言い寄られたのは初めてだ。 

 ちょっと焦りつつも、俺は言われるとおりに考えてみた。

 自分のリアル人生に、まだ未練や希望があるか?

 答えは探すまでもなかった。

 ない。これっぽっちも。


『まあ。やめたい、けど。現実にはもうウンザリだし。このゲームの世界がリアルだったらいいなー、とか思ったり思わなかったり』

『たとえそれが。どんなに困難で、厳しい世界だとしても?』

『あー。まあどんなところでも現実よりはマシだろ』


 俺は冗談交じりにそう返した。

 現実を捨てて、ゲームの世界で生きたい。

 実際に思ってはいるが、それが叶うとは思っていない。

 年齢的には俺もいい大人だからな。

 だが、アイクシュドはそんな俺に、真剣な顔のまま頷いてみせた。


『そう。なら、やめちゃえば?』


 瞬間、アイクシュドの手が動いた。

 彼女は腰元のベルトから剥ぎ取り用のナイフを抜くと、


 ドスッ。


「えっ……?」


 画面外にいるリアル俺は、思わず呆けた声を上げた。

 画面の中にいる自分のアバター。

 その胸に、アイクシュドが剥ぎ取りナイフを深々と突き刺している。


【ゲイルギガオン】では味方の攻撃に当たり判定があるが、こういったプレイヤーがプレイヤーを刺し貫くような演出は、システム上なかったはずだ。

 しかも、それだけじゃない。

 リアルのほうでも胸元に激しい違和感を覚えた。

 恐る恐ると指で触れると、ヌルリと湿った感触がした。

 パソコンしか光源のない暗い自室。

 手にベッタリとこびりついた深紅が、まざまざと輝いて見える。


「ごほっ……!?」


 何かを言おうとして。

 言葉にならず、俺は口から血の塊を吐いた。

 激痛と眩暈。キーボードにバチャッと鮮やかな朱がぶちまけられ、机に倒れかかる。

 なにが起きたのかわからない。

 画面内のアイクシュドは無表情にこちらを見ていた。

 アバターの俺ではなく、血に塗れて倒れ伏すリアル俺を、カメラ目線で真っ直ぐに。


『ようこそ、真の【ゲイルギガオン】へ』





 その日。

 一人の青年の死が、自室にて確認された。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 なるべく毎日更新を目指しますので、よろしくお願いします。

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