今のセカイ
「誰かっ!!助けてーー!!!」
「こわいよぉ、おかあさん...!」
市街地から離れた場所にて。助けを求める声が二つ。
それと、
「ギッ、ギガァァッ、ギガァッッ!!」
今にも二人に遅いかからんとする異形の生物。通称イーロック。
何処か人に似ているその生き物には個体差があり、このイーロックの場合は手が鎌の形状となっている。
そんな、人のような、カマキリのような生物が鎌を振り上げた、その瞬間。
「Edge of the vampire」
振り切った爪の衝撃波が鎌を腕ごと切り落とす。そして、痛みに悶える暇すら与えず、
「Cross Edge」
十字に引き裂き、任務完了。イーロックを倒した時に落ちる紅い物体、フラグメントを回収しながら目線は二人へ。
「...もう大丈夫だよ」
その言葉に気が緩んだのか、お母さんの方は泣きはじめる。一方泣いていた女の子は、俺を見て問う。
「...お兄ちゃんはだーれ?」
「俺は綴行人。ただの...」
ただのイービルブラッドだ。
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現在から9年前のこと。
平和だった世界は、突如現れた謎の生物、通称イーロックの圧倒的な力を前にして瞬く間に滅亡へと追い込まれた。
どこから湧いてきたのかわからず、何を目的に人を襲うのかもわからず、考えていることもわからず。
何も、わからず。ただ人を殺めては次を探す。見つけてまた殺めては次を探す。
そんな謎の生物が世界を支配するのかと。人が滅亡するのかと。
絶望しかなかった9年前に差し込んだ光が、イービルブラッド。
悪の血を宿す者。敵の血を宿す者。イーロックの血を体内に取り込んだ者。
誰が初めに自分の体内に奴らの血を入れるという行為をしたのかは知らないが、そいつの行動によって希望の光、イービルブラッドが誕生したのだから何も言えない。
イーロックの血を宿した者には明らかな変化が起こる。
体の何処かにダイヤのマーク。髪色の変化。身体能力の向上。自己再生能力の高速化。オリジナルの武器。そして、個別スキルの会得。
主にこれらの、人間離れした力が手に入る。
が、しかし。イーロックの血を体内に取り込めば誰でも簡単に力を得られると言うわけではない。
開示されているデータでは、この9年で血に適合できたのは約3割ほどしか存在しない。
近年は、適合者をある程度探せる検査法が確立されてきているが、昔は酷かったようだ。10人挑戦し、1人だけ適合する、といった具合に。
そして、ここで厄介なのが、適合できなかった人間だ。
その人達は、体がイーロックの血に支配され、イーロックになる。その、元人間だった者のことをエラーと呼んでいる。
そのエラー達は、責任をもってイービルブラッドが片を付ける。エラーになってしまう前に殺して。
兎にも角にも、9年前に平和は崩れ、現代まで絶望は続いている。
世界人口は10億人にまで減った。日本に関して言えば1000万人にまで。
この1000万人を守る為に、俺たちイービルブラッドは存在しているんだ。
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「お兄ちゃんはどこから助けに来てくれたの?」
2人を助けて、近くのイーロック対策地区、ロイス中部支部に送り届ける最中。
この世界の現状を考えていた俺に、後ろから少女の声が飛んで来た。
「ロイス近畿地区に向かう途中だったんだ。ロイス四国地方に用があってその帰り」
「そーなんだー!何しに行ってたの?」
「人を送ってたんだ。護衛任務ってやつ」
「かっこいー!よくわかんないけど!」
「わかんないか!」
雰囲気で言ったんだな...。
「それにしても、なんでこんな危ないとこにいたんですか?」
この質問は、少女のお母さんに対して。
気になっていたのだ。2人が襲われていたのはイーロックがよく出現する、禁止地区。そんなところで何をしていたのか。
「...実は、他にもいたんです」
「何がです?」
重々しい話口調から察するに、いい話ではないだろう。
「あそこへは、イービルハーブと言う薬の元となる薬草を取りに行っていたんです。...10人で」
「え...?」
10人?それだけきて、生き残っていたのがこの2人だったと...?
「他のみなさんは、さっきのイーロックに...」
「そうだったんですか」
それはそうだ。こんなところに2人で来るわけがないし、これるはずもない。となると、
「イービルブラッドもいました?その中に」
所属している支部は違えど、同じロイスというグループの、イービルブラッドであるということに変わりはない。
「...はい、2人」
その2人が、最後まで守ってくれたのだと、そう母親は言った。
***
「あとはお願いします」
「了解。ご協力ありがとうございます」
話の後は、雑談をしながら数十分歩いてようやくロイス中部支部へ辿り着いた。
親子を送り届けるという緊急ミッションが追加されてしまったが、ロイスに所属する身として、当然のことができた。
俺はこれから更に、自らの所属する近畿支部へ向かわなければならない。時間もないし急いで帰らないとヤバイ。マジでヤバイ。
2人を中部支部の人に任せ、すぐに出発しようとして後ろに引っ張られる。振り向けば助けた少女。
「なんだ、どした?」
「...お兄ちゃん、かっこよかったよ」
俺の服の裾を持ちながら、俯いて呟く。
「そっか、サンキュ。...俺もう行くな、急いでるんだ」
「行人お兄ちゃん!」
大声で叫ばれた。子どもの声は高くて耳に響く。
しかしトーンダウンし、最後の言葉。
「私、行人お兄ちゃんみたいに強くなりたい。ううん、なる!」
決意の言葉を響かせた。
その言葉に、ニヤリと悪い顔で捨て言う。
「やめとけ可愛いんだし」
元気に安全に暮らしてくれ。
イービルブラッドが守るから。




