おちこぼれ、まわる。
古びてさび付いたトタンの集合体、いわゆるオンボロアパートの一階からダンボールを引きちぎる音と、ビニールを引き裂く音が響き渡っていた。そんな近所迷惑な音を立てているのは……もちろん俺である。
「さて、と。これが現物ですか」
俺の前に置かれているのは、オリーブ色のプラスチッキーなヘッドホンと一枚の紙切れだ。
この紙切れは説明書……のはずなんだが、そこには「頭にかぶってボタンを押してね、カードが貰えるよ!」という、どうみてもおふざけにしか聞こえない文章が印刷されているだけだったので、とりあえず安全な筒の中に眠って頂く。
丁寧な説明書を破りすて……ゲフンゲフン、丁重に納めた俺は、ぼろぼろの茶色いフローリングの上に放置されていたオリーブ色のヘッドホン「たいむましーん3」に手を伸ばす。
「どこからどうみても、一般的なヘッドホンです、本当にありがとうございました」
緑色の本体に、薄く黒いヘッドバンド、安物のスポンジと思われる耳に当たる部分に、ピンクで刻まれた「タイムマシーン3」の文字。唯一、普通のヘッドホンと違うのは、耳に付ける部分の近くに赤いボタンが備え付けられていることだろうか。
「これでカード、もらえるかなっと」
俺はそれを頭にかぶり、説明書(仮)に書かれていたとおり、赤いボタンをおしてみる。手入れされていない黒髪がヘッドバンドに押しつけられてペチャッとつぶれていた。
直後、視界にノイズのような物が混じり、キーンという耳障りな音がきこえてくる。
(なんだ、これ)
意識を投げ出してはいけない、いくら頭でそう念じても体は一切言うことを聞かずに、くの字に曲がっていく。額からは脂汗があふれ出し、先ほどまでヘッドホンが置いてあった床をしめらせた。半開きになった口からはだらだらと唾液があふれてきており、とても人様に見せられる状態ではない。
(くっそ……!)
とうとう視界が回転しはじめた、その方向は左、それが視界の回転では無く自分自身が回っているのだ、と気づいたときには俺は――
「どこよ、ここ」
俺が立っていたのは黄ばんだ壁紙と、傷だらけのフローリングのある自室などではなく、もっと、はるかに異質な場所だった。
辺りには、御神木かよと言うレベルに太い木が所狭しと広がっており、その幹に巻き付いている見たこともないツルが葉っぱを伸ばして視界を遮っている。足下には腐葉土、というより腐った落ち葉の絨毯が広がっており、ところどころには鳥の死骸や、動物の血と思われる液体がこびりついている。それがこの辺りに強烈な腐敗臭を放っているようだった。上を見上げると形様々な葉っぱが広がっているが、その隙間からほんのわずかに差し込む日光が今の時刻が昼である、ということを示していた。ここが異世界というやつなんだろうか、どっちみち、ここが日本では無いと言うことは間違いないだろう。
「さて、どうしますかねぇ」
とりあえずここを動かないとまずい。というのも先ほどから明らかにこちらに敵意を向けている視線が痛いほど俺に突き刺さっているのだ。それらの全てが暗がりのほうから向けられていることから察するに、日光を嫌う動物のたぐいなのだろう。今はまだいいが、もし夜になって日光が途絶えれば俺が殺されるのも時間の問題だ。
「とにかく、日の当たる場所を」
俺は頭上の葉っぱが薄く、日光が地面に当たっている場所を選んで移動を開始する。幸いなことに日光の道は途切れること無く一定方向に進んでいた。もちろん確証などないが、これをたどっていければ街道、とは言わずとも平原ぐらいにはでられそうな気がしていた。
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