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EXAct:戦姫1

 カナデさんの曇りのない笑顔が突き刺さったユウトは、しばらく固まってしまった。そして、助けを求めるように私を一瞥する。

「えーと、何だ、その……」

 考えてる、考えてる。

 私は少し離れて、ユウトたちを見守った。

 ユウトは、先ほど叫んだ本当の思いを、きちんとカナデさんに告げるべきだと思う。結果はどうなったとしても、私が入り込めるとしたらそこからの事でしかないのだから。

 カナデさんが、私をじっと見た。

 大きな緑の瞳が少し細まり、再び答えあぐねているユウトを捉える。

 考え込むように目を伏せるカナデさん。

 しばらくの沈黙の後。

 カナデさんは、唐突に理解したかのように、ぱっと顔を輝かせた。

 そしてユウトに、にこっと微笑みかけた。

「優人。ほら、シズナさんが待ってますよ。ふふ、お幸せにね」

 ……ああ、なるほど。

 私、か。

「……あ?い、いやっ、そうじゃなくてだなっ!」

 優人が慌てて弁解し始めるが、カナデさんはさっぱりしたというように、気持ちの良い微笑みを浮かべていた。

 ……ユウト。戦況は厳しいね。

 カナデさんは、ユウトが自分に好意を寄せているとは、微塵も考えていないのだろう。ユウトの話を聞く限り、カナデさんはユウトのことを家族のように考えているのかもしれない。

 時に、近しい関係であるほど、結びつかない2人もいる。

 ままならない2人に、私は苦笑を浮かべた。

「それよりユウト。カナデさんに伝える事があるでしょ?」

 このままではユウトが落ち込むだけなので、私はそっと助け船を出した。

「……ああ、そうだ。そうだった」

 ユウトが目頭を押さえる。

「カナデ。見せたいものと、報告したいことがある。どこか落ち着ける場所はないか?」

 ユウトの真剣な声に、カナデさんも笑みを消した。

「わかりました。レドリアの町で宿を借りています。そちらに。カリスト!」

「はっ!」

 カナデさんの声が、山間にこだまする。



 レドリアの町は、山から流れ出る清流沿いに3基の風車が立ち並ぶ農業の町だった。風車以外は取り立てて特徴もない町で、麦畑が町を取り囲むように広がっていた。

 吹き抜ける秋風に、秋蒔きで芽吹いたばかりの青々とした麦が、さらさらと揺れている。

 そんな長閑で牧歌的な町中を、騎士を引き連れたカナデさんが通り抜ける。

 町の人々が、そんな凛々しいカナデさんに喝采を送っていた。

 それに、山賊討伐を感謝する声があちこちから上がる。

 その町の中央。

 他の家より一回り大きな町長の家が、カナデさんの逗留先だった。

 私とユウトは、カナデさんが使っているという部屋に通され、しばらく待たされる。

 ユウトは、落ち着きなく部屋の中をウロウロしていた。

 椅子に腰かける堅い感触に私のお尻が馴染み始めたころ、カナデさんがやって来た。

「すみません、お待たせしました」

 鎧や剣は外していたが、カナデさんは騎士服のままだ。

 ほんのりと頬が赤くなっている。そして汗でも拭っていたのか、ボタンが外された胸元からは、白い肌が眩しく覗いていた。

「優人っ、変わりなかったですか?」

 カナデさんが、てててと傍に駆け寄りユウトを見上げて微笑む。

 ユウトは視線を落とし、どきりとしたように顔を逸らした。

 明らかに動揺しているようだった。

 ……もう。ナツの言っていた通りだ。

「カナデさん。どうして山賊退治を?騎士団の仕事でしょ、そういうの」

 またまた助け船。

 カナデさんが私の方を向くと、ユウトが安堵の息を吐いた。

「ここの町長さんにお願いされまして……。どうも侯爵領と伯爵領を行き来する賊だったみたいなんです。それで、騎士団のみんなもなかなか手を出せなくて……」

 カナデさんはふうっと溜め息を吐き、髪を掻き上げる。

「こういうやり方は好きではないんですが、私の名前で山賊退治を強行したんです。伯爵領への侵入も含めて」

 カナデさんは少し困ったように笑った。

 その脇に立ったユウトが、ちらちらとカナデさんを見る。

 ……どこを見ているのかしら。

 後で、じっくり話をしなければ。

 私は目を細めてユウトを睨みつけた。

「エバンス伯爵さまには、事後報告しないと……。ところでユウト」

 カナデさんがユウトを見上げる。

 慌てて目線を逸らすユウト。

「私に見せたい物ってなんですか?」

 ユウトはわざとらしく咳払いすると、荷物から大きな背負い袋を取り出した。

 そしてその中から、犬型ゴーレムを取り出した。

 カナデさんが驚きの声を上げながら、床に置かれたそのゴーレムの脇に膝を抱えてしゃがみ込む。

 おっかなびっくり犬型ゴーレムを突っつくカナデさん。

「この子、機械ですか。どうしたんです、これ?」

「ああ、実は……」

 ユウトは手付かずの古代遺跡の発見と、その中でこの犬型ゴーレムを見つけた経緯を説明した。

「それで、カナデに見てもらいたいのは、これなんだ」

 ユウトが犬型ゴーレムに手をかざした。

 その手から広がった銀色の光が、すっと犬型ゴーレムに吸い込まれていく。

 私は席を立つと、カーテンを引いた。

 暗い方が見えやすいと思ったから。

「ガガ、ガ、ガ……」

 ゴーレムが唸りを上げる。

 カナデさんが息を呑むのがわかった。

「レ、レコード……、アネフ……」

 ゴーレムから子供のような声が、切れ切れに、雑音混じりに流れ出す。

 その言葉の意味はわからないが、私も最初は飛び上がる程驚いた。

 カナデさんはユウトを一瞥すると、鋭い視線で犬型ゴーレムを見つめた。

「プ……ププ……」

 そして、犬型ゴーレムの目が光る。

 眩しいほどの光だ。

 その光が伸び、収束すると、人の姿を映し出した。

 光で編まれた女性の姿。

 時たま輪郭がブレるが、まるでそこに本当に人がいるかの様だった。

「優人!これは!」

 カナデさんが、驚きの声を上げる。

「立体映像ってやつだと思う」

「立体って……」

 ユウトの言葉に、カナデさんは眉をひそめながらも、その女性を見つめる。

「……この人、どこかで」

『これ、本当に記録出来てるのか?』

 そして、光の女性が言葉を発した。

 私たちは、部屋の中心に映し出されたその光景をじっと見つめた。



 すらっとした長身。長い金髪。くりくりとした大きな目で興味津々にこちらをのぞき込んでいる女性。身に付けているのは、裾のふわりと広がったドレス。精緻な装飾や刺繍が施され、一目で高貴な身分の女性だとわかった。

 しかし何故か彼女は、そのドレスの上に、鈍く光るブレスプレートとガントレット、そして細身の長剣を帯びていた。

 カツカツと踵を鳴らして、女性が近付いて来る。

 そして、んんっと訝しむ顔が、突然アップになった。

「本当に記録されているのか?いや、動いているのか、これは?」

 彼女の声の後、立体映像が乱れる。

 彼女の姿が消え、がさごそと何かを触る音が大きく響き、部屋の壁、天井が順に映し出された。続いて誰かの首筋と、鎧を身に付けた胸板が大きく映し出される。


「あっ」

 カナデさんが声を上げ、ユウトを見た。

「これ、このわんこの目線で記録された映像なんですね」

「ああ、多分な」

 ユウトが目だけでカナデさんを見る。

「カナデ。ここからだ」

『いや、動いている筈なんだけどね。僕の銀気を流し込んだから』

 どうやら犬型ゴーレムを抱えているらしい人物の声が響いた。

 柔らかな男の声だった。

 その声を聞いた瞬間、カナデさんがはっと息を呑んだ。

 大きな目がさらに大きくなり、口元が手で覆われる。

「この声は……!」


 再び映像がぐるりと周り、先ほどの女性が映し出された。

 胡乱な目線の女性が、腕を組んだ。

「まったく、君は。そんな妙な物ばかり見つけてくるんだから。肝心の戦力の補充はどうなんだ?」

 はははっと笑う男性の声。

「もちろん問題ないさ。今学者たちが調べている。ゴーレム兵器は、間違いなく僕たちの役に立ってくれるだろう。それよりも、そんな仏頂面ばかりしていると、後の世、この映像を見た人は勘違いするよ」

 笑みを含んだ男性の声。

「魔獣から大陸を解放した戦姫、アネフェア王女とは、こんな人物だったのかってね」

 映像の女性、アネフェアは、さらに頬を膨らませた。

「……うるさいぞ、ヴァン・ブレイブ」

 そして不意に真剣な表情になると、横を向いた。

 彼女の顔が光に照らされる。

 もしかして、そちらに窓でもあるのかもしれない。

 すっと細まる目。

「……大陸を解放出来るかどうかは、これからなんだ」

 遠くを見つめるアネフェア。

 そして突然、勢い良くこちらを向いた。

「力を貸して欲しい。ヴァン・ブレイブ」

 きりっと引き締まった顔と、強い光が宿った目だった。

「ああ、もちろんだよ。僕の剣は、君に捧げた」

 ヴァンの力強い声が響く。

 映像は、そこで一旦途切れた。



 次に映し出されたのは、広いバルコニーの風景だった。

 高い場所にあるのか、手すりの向こうに、ひしめき合うように建ち並ぶ建物の屋根と教会の尖塔、遠く城壁が見て取れる。

 その街並みの向こうには、巨大な山が広がっていた。

 恐らくはオルヴァロンの街。

 今や遺跡となり、魔獣と王直騎士団の激しい戦いで荒廃した場所。リコットが特攻を仕掛けたあの場所だ。

 これがアネフェアとヴァンの記録ならば、この光景は、千年前のオルヴァロン島の風景ということになる。まだ人が住んでいた頃の……。

 映像がぐるりと移り変わる。街の様子から、テーブルを挟んで向かい合っている男女の姿へ。

 片方はゆったりとしたワンピースに、髪を背中に流したアネフェア。

 片方は、短い髪に浅黒い肌が印象的なヴァン・ブレイブ。

 アネフェアが身振り手振りを加えながら話をし、ヴァンが笑みを浮かべて相づちを打つ。

 柔らかな陽光に照らされたゆったりとした時間。

 不意に、ティーカップを持ったヴァンが、こちらを、つまり犬型ゴーレムの方を見た。

「ああ、この間のあれ、こんな所に置いているのか、アネフェア」

 ヴァンがカップに口を付けた。

 アネフェアがテーブル越しにこちらを覗き込んだ。

「え?ああ、わん太郎、な。最近私の後について回る……」

「ぶっ!」

 突然、ヴァンがむせ返った。

「……どうした、ヴァン。お茶を煎れてくれたアリシアに失礼だろう」

「いや……。すまない、くく、ふふ」

 ヴァンが耐えられないというように笑いながら、アネフェアを見た。

「くく、いやいや、しかし、わん太郎はないんじゃないかい?」

 その途端、今度はアネフェアが顔を真っ赤にした。

 そして、むうっとヴァンを睨みつける。

「う、うるさいな。呼びやすい名前がいい名前なんだ!」

 上目遣いに睨み付けて来るアネフェアに、ヴァンは微笑みを返した。

 柔らかな、それでいて楽しそうな微笑みだった。

「いや、気に入ってもらって、嬉しい。プレゼントした甲斐があったよ。なにせ、この街の地下の遺跡で、偶然見つかったものだからね」

 アネフェアは恥ずかしそうに頬を赤らめると、視線を外した。

「……まあ、気に入ってなくはないな。……可愛いし」

 ごにょごにょと何かを呟くアネフェアに、やはりヴァンが微笑んだ。



 映像が切り替わる。

 今度は石床の広い場所だった。

 映像が、壁や天井を忙しく映し出す。

 どうやらわん太郎が、アネフェアを探しているようだった。

 がちゃりと扉を開く音がする。

 わん太郎が振り向くと、もうもうと湯気が上がる隣の部屋から、メイドを2人引き連れたアネフェアが現れた。

 タオルを体に巻いただけの姿で、金髪はしっとりと濡れ、白く細い足には水滴が流れ落ちていた。

 どうやらお風呂上がりのようだ。

 わん太郎がアネフェアに近付く。

「これから騎士団長と軍務卿との晩餐会だったな」

 不機嫌そうなアネフェアの声。

「キャンセルなさいますか、姫さま」

「いや、行く。魔獣対策は話し合っておきたいしな。……早く手を打たねば、取り返しがつかなくなる」

 アネフェアは低い声でそう言うと、バサッと体に巻いたタオルを取り払った。

 そのタオルが、バサリとわん太郎の上に落ちる。

 立体映像は、タオルを映すだけになってしまった。

「……それより私が気に入らないのは、騎士団長も軍務卿も、会う度に見合いの話しかしない事だ!まったく、今はそんな時ではないというのに……!」

 タオルの中でもがくわん太郎。

「いえ。こんな時だからでございますよ、姫さま」

 年かさのメイドの声が、静かに響いた。

「父王陛下が崩御された今、王族の正当後継は姫さまのみ。皆、王家の安泰を望んでいるのです」

 沈黙。

 アネフェアはそのメイドの言葉に、何も返さなかった。

 タオルの中でもがいていたわん太郎が、ようやく外に出た。

 鏡台の前に座ったアネフェアは、プリーツスカートを穿き、白いブラウスに袖を通しているところだった。

 ちらりと下着が覗く。

 そしてアネフェアが1つ目のボタンを留めようとした時、不意にわん太郎を見た。

「なんだ、お前。こんなところにいたのか?」

 先ほどとは打って変わり優しげな声で語りかけると、わん太郎に手を差し出すアネフェア。

 そこでふと、その顔が曇った。

「わん太郎。お前まさか今、記録しているんじゃないだろうな……」

 そこでわん太郎は、不意に辺りをキョロキョロし出した。

 そして走り出した。扉に向かって。

「こら、待て、わん太郎!」

「姫さま、ボタンを!髪がまだ!」

 扉が迫る。

 ぶつかると思った瞬間、タイミング良くがちゃりと扉が開いた。

「姫さま。軍務卿がお着き……きゃ」

 現れた別のメイドの足元をすり抜け、わん太郎は廊下に飛び出した。

 機械の足が石床を叩く乾いた音が響く。

 そしてわん太郎は、目の前に現れた足に勢いよく飛びついた。

「わん太郎じゃないか」

 わん太郎が抱き上げられた。

 柔らかな笑みを浮かべたヴァンの顔が映し出される。

「どうしたんだい?ああ、なるほど。いつもみたいに、銀気を入れて欲しいのか」

「ヴァン!」

 アネフェアの声が響いた。

 ヴァンが顔を上げると、腕を組んだアネフェアがこちらを睨み付けていた。

「わん太郎を渡すんだ、ヴァン」

 低い声のアネフェアに、しかしヴァンは少し驚いたように目を見開いてから、そっと視線を外した。

「いや、それは構わないんだが、アネフェア。君……」

 ヴァンが頬を掻く。

「……見えてるよ?」

 アネフェアが一瞬きょとんとした。

 そして自分のブラウスのボタンが閉じてないのに気がつく。

 一瞬息を呑んだアネフェアだったが、声を上げたり慌ててボタンを留めることもなく、つかつかとヴァンに歩み寄った。

 そしてばしっとわん太郎を奪い取ると、その頭を鷲掴みにしながら踵を返した。

「ヴァン。騒がせたな」

「え、ああ、どうも……」

 アネフェアはそのままもとの部屋に戻った。

 少し乱暴に扉を閉めると、とんっとその扉に背中を預けた。

 そして、わん太郎をぎゅっと抱き締める。

「うう、ヴァンに、ヴァンに見られた……。お前のせいだぞ、わん太郎」

 そう消え入るような声で呟き、わん太郎を覗き込むアネフェアの顔は、真っ赤だった。

「姫さま!」

 そこに、わらわらとメイド達が集まってくる。

 メイド達に誘われて再び鏡台の前にアネフェアが座ると、あの年配のメイドがアネフェアの髪を梳かし始めた。

「姫さま。はしたない真似はお止め下さい」

「……すまない、アリシア」

「それと」

 鏡の中に映るメイドの顔が険しくなった。

「声が聞こえましたが、あのヴァン・ブレイブなる者に気安くされるのは、お止め下さい。姫さまに相応しくありません」

 その言葉を聞いた途端、ばっとアネフェアが振り返り、メイドを睨み上げた。

「何を言う!ヴァンは我が民を助けてくれた恩人だ!それに私の騎士だ!軽んじる事は、私が……!」

「姫さま」

 はあっと溜め息を吐くメイド。

「あのような力ばかりの男に気を許してはいけません。あのようなどこの馬の骨ともわからない輩、王国の正当後継たる姫さまのお側には相応しくないのです」

「アリシア!それ以上は……!」

「姫さま。前を向いて下さい。早く身支度されませんと。軍務卿がお待ちです」

 まさに射抜かんばかりに鋭い視線をメイドにぶつけるアネフェア。しかし、そのまましばらくメイドを睨みつけた後、眉をひそめたまま深く息を吐くと、ゆっくりと鏡台の前に座り直した。

 そして、ぎゅっとわん太郎を抱き締める。

 その顔には、何か諦めにもにた疲れた表情が浮かんでいた。

「……ヴァン」

 その消え入るようなアネフェアの呟きを捉えたのは、彼女の胸の中にいたわん太郎だけだったのだろう。

 シズナさん続投。 

 ご一読、ありがとうございました!

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