表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/35

EXAct:冒険者2

 エバンス伯爵領の中心、ポールトの街は、森林に囲まれた丘の上にある城塞都市だった。

 リムウェア領都インベルストと比べれば小さい街ではあったが、それでも街道が交差するこの辺りの中心地として、相応の賑わいを見せていた。

 丘の一番高い場所にエバンス伯の城館を望む市街の一角、目抜き通りからやや入った辺りに、冒険者ギルドのポールト支部があった。

 様々な風体の冒険者で賑わうその受付で、私はテミスの花を差し出した。

 報酬額は、仕事内容の割には高額だ。

 ユウトが遺跡を踏み抜かなければ、もっと素早く達成することが出来たのだけれど。

「ではシズナさん。報酬受領のサインをお願いします」

 ニコッと笑う受付嬢からペンと書類を受け取り、署名する。

「手続きはこれで終了です。お疲れ様でした。続いて他の依頼も確認されますか?」

 これまで幾度となく繰り返して来たお決まりの流れだ。

 しかし私は、そっと首を振った。

「今はやめておくわ。またお願いします」

「承知いたしました」

 取り敢えずは懐も暖かくなったことだし、冒険者の仕事は一時中断だ。

 ユウトが見つけた遺跡と、回収して来たあれについて、考えなければいけないのだから。

「……あの、シズナさん」

 私がユウトのもとに戻ろうとすると、先ほどまで事務的なやり取りしか交わしていなかった受付嬢が、恐る恐るといった風に声を掛けて来た。

 ポールトの冒険者ギルドは、これまで何度か利用した事があった。だから知っている顔の受付嬢ではあったけれど、話をするほどの間柄ではなかった。

 私は少し驚いて、彼女を見る。

 恥ずかしそうに一瞬目を伏せた受付嬢は、意を決したように私を見上げた。

「あの、シズナさんのお連れの方は、魔獣の王を倒された勇者さまなんですか?」

 今にもカウンターを乗り越えて来そうな勢いに、私は思わず少し、身を引いてしまう。

 上気した顔の受付嬢が、期待の眼差しを向けて来る。

 禍ツ魔獣のことだろう。

 もうこんなところまで広がっているのか……。

 私は冷静を装いながら、首を振った。

「良くわからないわ。ごめんなさい」

 過ぎたる名声は、ユウトのために良くない。

 ……それに、あまり女の子に騒がれるのも、ユウトにはきっと良くないに違いない。

 私は残念そうな受付嬢に頭を下げ、足早にロビーで待つユウトのもとに戻った。

 唖然とする。

 ユウトは、既に他の受付嬢や女性冒険者たちに取り囲まれていた。

「すごーい!」

「お強いんですね!」

「もっと話を聞かせて欲しいな」

 飛び交う黄色い声。

 ユウトが少し照れたように、「仲間たちが一緒に戦ってくれたおかげだ」なんて言うと、さらに歓声が湧き起る。

 私は、はあっと溜め息を吐き、額を覆った。

 ……ユウト。

 そして、今晩の宿を目指すべく出口に向かってスタスタと歩き出した。

 広い街でもないし、宿の名は告げてある。気が済んだら、後から来るだろう。

 ギルドの扉を開く。

「あ、シズナ。待ってくれよ」

 慌ててユウトが駆け寄って来た。

 私は、また深く溜め息を吐きながら、ユウトを待ち構えた。

 半眼で睨む私に、ユウトは照れたように笑った。

 ……もう。しょうがないな。

 私たちは、2人で並んでポールトの街に出た。



 夕方のポールトは、夜の帳が落ちる前の賑わいを見せていた。

 夕焼けの茜に染められた街並みに、元気の良い笑い声を上げて子ども達が走り抜けていく。忘れていたのか、洗濯物を慌てて取り込むおばさんの脇を、仕事終わりの男たちが笑顔を浮かべてバーに向かっている。

 どこからか、夕飯の良い匂いが漂って来た。

 私たちの今夜の宿は、そんなポールトの下町にあった。

 中の下、といったところか。

 私がポールトに滞在する時には、必ずお世話になる宿だった。

 4階建ての古いレンガ造りの建物で、1階が酒場兼食堂になっている。シンプルだけど、美味しくてボリュームのある料理を出してくれる店だった。

 その食堂の淡い明かりが照らし出す隅っこのテーブルに、私とユウトは落ち着いた。

 宿泊と食事の手配を済ませ、顔馴染みの女将さんと挨拶を交わす。

 テーブルに戻ると、荷物の中から取り出した巨大な背負い袋の中を、ユウトがごそごそと確かめていた。

 その袋には、遺跡から持ち出したものが詰まっている。

 小型の犬型ゴーレム兵器が。

「やっぱりカナデさんに報告すべきよね」

 私は、ユウトの対面に腰掛けた。

「ああ。カナデを探すか」

 ユウトが袋の口を閉じながら、テーブルの下に置いた。

 あの時、ユウトの銀気に反応して動き出した犬型ゴーレム兵器に、私たちは驚愕した。

 こんな遺跡の一部が動く事に。

 そして、そのゴーレムが引き起こした現象に。

 まさに、運命とも言える出会いだと思う。

 ユウトがこれを持ち出し、カナデさんに見せると言い出しても、私は驚かなかった。

 少なくともカナデさんには、見てもらいたい。

 私もそう思う。

「じゃあ、後で宿の女将さんとか知り合いに尋ねてみるわ。カナデさんは目を引くし、領境近くに来ているなら、何か噂が立っているでしょうしね」

「ああ、悪いな」

 ユウトが神妙に頷いた。

 その真面目な顔が少し似合わない気がして、私はそっと微笑んだ。

 そこに、注文しておいた料理が運ばれてくる。

「おおっ、何だか豪華だな」

 ユウトが顔を輝かせた。

 柔らかい白パンに、川魚の香草焼き。山盛りの山菜パスタ。ざく切り野菜のスープはもちろん湯気を立てていて、コンソメの香りがふわりと漂って来た。

 そして最後に、串焼き肉のヨーグルトソース添えの皿が、ユウトの前にコトリと置かれる。

 こっそりとユウトだけに追加注文しておいたのだ、お肉。

 食べ盛りの男の子なんだから。

「でも、シズナには世話になりっぱなしだなっ」

 パンとスープと魚を頬張りながら、ユウトが私を見た。

 何を今更……。

 私はパンを千切って口に運びながら、ユウトに微笑を返した。

「何よ、突然。おだててもダメよ」

 内心では、照れ笑いが隠せない。

「だってさ、宿屋とか食事の手配とか、俺、シズナの世話になりっぱなしだし。そういうの苦手だから、1人じゃ旅なんて出来なかったと思うよ」

 私は、そう、と素っ気なく返しながら、ユウトのグラスに水を足した。

 内心の動揺は押し隠す。

「夏奈もシズナみたいな良い人と出会えて、良かったよな」

「まぁ、ナツと出会えたのは、本当に偶然だけどね」

 私はそっとユウトを見詰める。

 夏奈と出会ったのは、今のようにモリソンがいなくて、私1人で依頼をこなしている時だった。

 畑を襲う害獣の駆除という簡単な仕事を終えた帰り道。

 ロストック大河の畔でうずくまる少女を見つけた。

 黒髪に、白いシャツ。驚くほど短いプリーツスカートという、およそ街の城壁の外に出るには似つかわしくない軽装に、私は唖然とした。そして、慌てて声を掛けた。

 人通りのある街道筋とはいえ、凶暴な獣や魔獣は出没する。それに、悪いことをする人間だっているのだ。

 私の顔を見た少女は、一瞬恐怖に顔を歪めた。

 しかし私が微笑み掛けながら事情を尋ねると、ついには堪えきれなくなったかのように涙を滲ませて、自分の事を話してくれた。

 学校からの帰宅途中、突然川の流れに巻き込まれ、見知らぬ土地に来てしまったこと。一緒にいた友人たちが見当たらないこと。行く宛もなく、どうしていいのかも分からないこと……。

 私は、彼女がブレイバーと言われる異世界人だと直感した。

 彼女の処遇を決めるため、私は顔馴染みだったインベルストの冒険者ギルド支部長、マレーアを頼った。その後は、マレーアの勧めもあって、彼女、ナツナと行動を共にするようになったのだ。

 私も、私と一緒にいたいという女の子を無下には出来なかった。

 私やモリソンと打ち解け、お腹が満たされると、ナツは持ち前の明るさを取り戻していった。

 ナツのあんな悲壮な顔を見たのは、今思えば、あの出会いの時と、彼女の弟リクが私たちやカナデさんと敵対していると分かった時だけだったと思う。

 ……目の前でもぐもぐご飯を食べているユウトも、やはりこの世界に来た時はあんな顔をしていたのだろうか。

 ……いや。

 ユウトの場合は、カナデさんが一緒いたと聞いた。

 ユウトとカナデさんは、ずっと一緒にいたのだ……。

「ん」

 ユウトが串焼き肉を切り分けると、無造作に私に差し出して来た。

 私は一瞬きょとんとする。

 それは、ユウトの……。

「シズナも。美味かったぞ」

 ニコッと笑うユウト。

 胸の奥が温かくなる。

 優しいユウトの笑顔につられて、私も笑顔になってしまう。

 ああ。

 だから、私は……。

「ありがとう」

 お皿を受け取りながら、ナツにそっと感謝する。

 あの時ナツに出会わなかったら、私はきっとこの人にも出会えなかったのだから。



 踝まで埋まりそうな落ち葉の中を、私とユウトは一心に街道を目指していた。

 見上げると、赤に黄に色付いた木々の向こうに青い空。

 穏やかな秋の午後。

 紅葉の美しい山深いこの場所で、私たちは、完全に道に迷っていた。

「どわっぷっ!」

 腐葉土に足を取られたユウトが転ぶ。

 私ははあっと溜め息を吐いた。

 カナデさんが、どうもリムウェア領内の町村を回っているらしく、今はレドリアの町に滞在しているという情報を得た私たちは、ポールトからリムウェア領境の町レドリアを目指した。

 事の起こりは、ユウトが先を急ごうと私を急かし始めたことだった。

 確かに、街道伝いでエバンス伯領からリムウェア領へ入るには、大きく山々を迂回して行くことになる。もしその間にカナデさんが次の町に移動してしまったら、また行方を探さなくてはいけない。

「この山を突っ切れば早いんだけどね」

 私が秋色の山を見上げて、そう呟いたのが間違いだった。

「よし。じゃあ、そのルートで行こう」

 ユウトは頷くと、突然、山に向かって跳躍した。

「あっ、待ちなさい、ユウト!」

 私も慌ててユウトに追随する。

 ユウト程ではないが、私にも銀気は操れる。文字通り駆けまわるユウトに、なんとか付いて行くことができた。

 そうして深い山に分け入った結果。

 街道や人家など全く見えない山中で、私たちは道に迷った。

「まったく、地図も方向も確認せずに飛び出すから」

 私は転んだユウトを助け起こす。

 制止し切れなかった私も悪いのだが……。

「……悪い」

 苦笑いを浮かべながら、ユウトが軽く頭を下げた。

 ……最悪、私たちの足なら、平野を目指して進めば直ぐにどこかしらには抜けるだろう。

 レドリアに向かうには、とんだタイムロスだけど……。

「……まったく、そんなに早くカナデさんに会いたいのかしら」

 方角を確認しながら、私は思わずそう呟いてしまっていた。

「……はは」

 ユウトが笑う。

「まぁ、な」

 ……否定しないんだ。

 私はまた溜め息を吐いて、照れたように笑うユウトに尋ねてしまった。

「ユウトは、カナデさんの事が好きなんでしょう」

 ユウトが固まる。

 一瞬驚愕に顔を歪めた後、恥ずかしそうにしたり、困ったようにしながら、くるくると表情を変える。

 そして私に背を向けると、とぼとぼと歩き出した。

 私もその背に続く。

「好き、か」

 ユウトがポツリと呟いた。

 吹き抜ける冷たい風が、ざわざわと木々を揺らす。

「あいつとは、小さい頃からずっと一緒だったんだ。家が近かったし、年も同じだ。朝から晩まで、家族よりもずっと一緒にいて、遊び回ってた。あと、唯と」

 落ち葉をガサガサと踏みしめる。なだらかな斜面が続く。

「ちっさい頃のあいつは、俺より唯よりも小さくて白くて、まるで本物のおん……」

 ごほんと咳払いするユウト。

「まあなんだ。俺が、面倒見てやらなきゃなと思ってたんだ。爺さんの影響か、あいつ、チビのくせに、妙に厳格で融通の利かないところがあったから」

 ああ。

 それは、今のカナデさんから何となく想像できる。

「それで、俺たち、こんな事になっただろ?……カナデも、ああなってしまって。初めは、ホントの事言うと、面白れーって思った。あいつ、なんか全然違和感ないし、変わらないし……。むしろお似合いだってな。でも、な。俺はまだしも、夏奈や唯や陸も大変だったのはわかるが、本当は、あいつが一番大変だったんだ」

 ああなった?

 公に出来る事ではないが、ブレイバーのカナデさんが、リムウェア侯爵家に迎えられたという事だろうか。

「大変なのに、俺たちの為に貴族の娘なんかになるって。その後も、銀気使えないのに戦ってしまうし、勉強に習い事に慣れないことやらされて、テンパってるし……。でも、諦めないんだよな」

 ユウトが振り返って笑う。

 その笑みに、私はドキリとしてしまった。

「……だから、昔と同じように、俺は俺なりに、あいつを支えてやりたい。力になって、守ってやりたいとは思った。……まぁ、俺には、その方法が良く分かってないんだが……」

「……カナデさんのことが、好きなのね」

 今度は意識して、私はそう呟く。

 しかしユウトは、腕を組み、少し困ったように笑った。

「……好き?好き、か。そうだな。俺は、確かに言ってしまった。好きな人がいるって。でも、それはどうなんだろう。俺、好きになっていいのかな?だってあいつは……。いや、でも今は……」

 少し傾斜が険しい斜面を登りきる。

 そこには、少し開けた平らな土地が細長く左右に続いていた。

 街道だろうか。

 しかし整備などはされておらず、人が行き来している形跡もない。

 山の中の古道という感じだった。

 私は左右を見渡す。

 行き先は……。

「そうだな」

 突然ユウトは声を上げると、ばっと私を見た。

「まあ、あれだ。カナデは俺にとって大切な人だ!」

 優人の大声が、山間にこだまする。

 ……それ、好きって言ってるのと同じ。

 私はふうっと脱力しながら、笑い返す。

 ユウトがその気持ちを認めるのに、何に抵抗を感じているのかは分からないが、まあ、その結論は、わかっていたことだから。

 その時。

 がさりと木々の向こうの茂みが揺れた。

 私たちは視線を交わすと、顔を引き締め、身構えた。

 再び激しく揺れる茂み。

 唐突に、その向こうから勢い良く人影が踊り出して来た。

 2人。

 汚れて割れた粗末な鎧。刃こぼれの激しい剣と斧。ぼさぼさの頭と垢のこびり付いた顔には凶相が浮かぶ。

 どう考えても、野盗の類だ。

「こっちにもいやがった!」

 男たちは濁声を張り上げると、武器を振り上げ私たちに襲いかかって来た。

 ユウトが問答無用で1人を殴り飛ばした。

 私は体を捌いて粗悪な斧を躱すと、がら空きの首筋に鞘を付けたままの剣を落とす。

 潰れたカエルのような声で、男たちは昏倒した。

 再び揺れる茂み。

 ……仲間かな。

 そう思った途端、藪を突っ切って優美な白馬が現れた。

「優人!」

 馬上の人物が鈴音のような声を上げた。

 急な制止に、白馬が前足を振り上げ、いななく。

 美しく輝く銀髪がふわりと揺れる。

 大きな馬の背で手綱を握る小柄な姿。凛とした空気。上品な仕立ての騎士服にブレスプレートだけを身につけ、片手に剣を携えた少女。

「カナデさん。お久しぶりね」

「あ、シズナさん。ども、お久しぶりです」

 リムウェア侯爵家ご令嬢のカナデさんが、私に律儀に頭を下げてくれた。

「カナデ、お前何を!」

「えっと、山賊討伐です。優人はなんで……」

 狼狽えるユウト。

「カナデさま!ねぐらは制圧しました!」

 遠くから声が響いて来た。

 多分カナデさんの配下だろう。

「カリスト!こちらに2人います。誰か寄越して下さい!」

「了解致しました!」

 カナデさんが、馬を回しながら叫び返した。

「山賊討伐って、お前……」

 ユウトが顔をしかめる。

「優人、久しぶりですね!こんな所で会えるなんて!」

 それに対して、カナデさんは本当に嬉しそうににこっと微笑んだ。

 そんな彼女から目を背け、頬を掻くユウト。

 先ほどまで彼女の話をしていたから、余計恥ずかしいのだろう。

「ところで優人」

「何だ?」

 カナデさんがこくりと首を傾げた。

 はらりと揺れる銀の髪。

「大切な人ってなんですか?」


 読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ