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EXAct:桜花1

 太陽の光を受けて眩く輝く薄雲を抜けると、眼下には蛇行するロストック大河が飛び込んで来る。

 輝く水面と、緑の大地。

 やがて、その河畔に広がる大きな街が見えて来る。

『見えた、インベルストだ!』

 新型飛行エンジンが奏でる心地良い振動と駆動音の中、伝声管を通して後部座席の声が響いて来た。

『久しぶりだね。みんな元気かな、リコット』

 声を弾ませるあたしの副操縦士。

「去年も会ったでしょ」

 あたしは素っ気なくラウルに返事する。

『そうだけどさ。リコットだって、みんなに会えるのを楽しみにしてたじゃない?』

「べ、別に楽しみになんかしてないっつーの!」

 ぐうっ。

 図星を突かれて、あたしは思わず叫び返した。

 ラウルの奴、最近妙にあたしの考えてる事を把握しているんだ。心が読まれているみたいで、不快だ。

 ……ったく、ラウルのくせに。

 身長だけは一人前に大きくなったけど、ラウルは所詮ラウルなんだから、一度がつんと締めてやらねば。

「着水体制に入るわよ。さっさと準備しなさいよね」

 私は伝声管に向かって叫びながら、無理に荒く操縦桿を倒した。

 真新しい機体が気持ちの良い反応で、ぐるりとロールする。

『うわっ! リ、リコット!』

 ふふっ、やっぱりラウルはラウルだ。情けない声出しちゃって。

 伝声管から伝わる悲鳴に笑いをかみ殺しながら、あたしはリコットⅨ世号の高度を下げ始めた。

 キラキラと輝く水面が近付く。それにあわせて、様々な高さの赤屋根が入り混じったインベルストの街も、ぐっと眼前に迫って来た。

 あたしは街の上空に入る前に、大きく右旋回を始めた。

 この真新しいリコット号は、今までの機体と違って2人乗りの小型機だった。

 魚みたいな細い胴体。機首に小さな一対の翼と、後部に大きな主翼を備えている。船尾には回転翼が元気良く回るエンジンが乗っけられていた。

 機体が小さすぎて垂直離着陸が出来ない点や兵員輸送力とかでは先代までの機体に劣るけど、スピードや取り回しの良さは抜群だ。それに、あたしのイメージした通りに動いてくれる機動性は今までのリコット号の中でも一番気に入っていた。

 あたしは旋回から川面に合わせて進路を取ると、ぐいぐい高度を下げていく。

 ロストック大河に浮かぶ大小の船から、こちらを指差して驚く人たちの顔が見て取れた。その中でも一際大きな船の横を、あたし達は高速で通過する。

『あれは王都との定期便だね。騎士団払い下げのシロクマ級だ』

「違う。民間用のシロクマ改級ね」

 水上航行中のシロクマ改級の甲板から、乗客がこちらに手を振っていた。

 ここ数年で、国内の陸上船交通網は急速に整備されつつあった。さすがにまだ航空船の量産化は難しいみたいだけど、陸上船の増産はゆっくりと続いている。うちのパパとママも技師として国に招聘されたし。

 陸上船普及のおかげか、王都以外の主要都市も年々目覚ましい発展を遂げていた。ここインベルストも、毎年訪れる度にどんどん大きくなっている。

 今視界に捉えている船着き場だって去年より大幅に拡張されているみたいだし。あれなら、大型の陸上船も楽に入れる。

「ラウル、着水するわ」

『了解!』

 私は視線を戻して、素早く計器をチェックする。着水作業に意識を集中した。

 エンジン出力に気を付けながら、ふわりと機体を水面に乗せる。

 水しぶきが上がる。

 まだ春先の川の水は、冷たかった。

『着水完了。お見事だね』

「当ったり前っ」

 ふうっと一息。

 やっぱり離水と着水のタイミングが一番緊張する。もっとこの機体に慣れなくちゃ。

 緩やかな流れを湛えるロストック大河に白い航跡を描いて、私は船を進める。そっと舵を切って、人と物で賑わう桟橋に進路を向けた。



 インベルストの街は、毎年訪れる度に発展著しい。上空からも見えたけど、街を守る外周壁の外側にも建物が建造されているのだ。今まさに、街が成長しているということなんだろう。

 それでも、あたしたちが上陸した旧市街の辺りは、比較的昔と変わらない光景が広がっていた。

 桟橋にリコット号をつけインベルストの街に降り立ったあたしたちは、モリソンの店を目指して歩き始めた。

 フライトジャンパーを肩に掛け、ヘルメットを担ぎながら行き交う人たちの間を縫うように歩く。

 旧市街の街並みは変わらなくても、行き交う人が増えて活気に溢れているのは、領主たるあの人が上手くやってるからなんだろう。

 あたしは、大きなトランクを抱えて後ろからついて来るラウルを一瞥した。他の人にぶつかりそうになってしきりに頭を下げている。

 きっとラウルの頭の中は、またあの人に、カナデお嬢さんに会えるって浮かれきっているに違いない。

「リコット、このトランク重いよ。何入っているの」

 なんかぶつぶつ文句言ってるけど……無視だ、無視!

 ユウトやシズナや、そしてラウルと出会うきっかけになったあの魔獣との戦いが終わって、もう7年が経つ。あの頃チビだったラウルも、今じゃすっかりとあたしの荷物持ちが務まる程大きく成長していた。

 ……相変わらず眼鏡ではあるけど。

 もちろんあたしだって、今や立派なレディに大成長だ。

 美少女にして天才操縦士。

 この前ナユタウ研究所の技師から告白されたりもしたし。

 ……もちろん、断ったけど。

 あたしはまたラウルを見た。

「何だよ、リコット。どれか持ってくれる気になった?」

「う、うるさいわよ!」

 ふんっと顔を背けると、あたしは足を早めた。

 バカラウル……。

 一緒に旅したパーティーメンバーであるモリソンが経営するお店は、あたしたち仲間が落ち合う場所になっていた。

 ユウトやシズナ、ナツナにリク。

 あの魔獣との戦いに一緒に挑んだみんな。

 今じゃみんなそれぞれの生活を送っているけど、お互いの予定が合えば、出来る限り会うようにしていた。

 最低でも、一年に一度。今のこの季節には……。

 大通りに合流すると、人の流れに行き交う馬車も加わって、辺りは一層賑やかになる。その大通りを少し進んでからまた別の通りに入ると、店前にもテーブルを並べたこぢんまりとした食堂が見えて来る。

 あたしとラウルは迷うことなくそのお店に入った。

 ランチタイムはもうとっくに終わっている筈なのに、店内はお客さんで一杯だった。

 あたしは混雑するテーブルを縫って店の奥に進むと、カウンターの中にいる女性に声を掛けた。モリソンの店の店員で、何度かこの店を訪れるうちに顔なじみになってしまった人だ。

 あたしとラウルの顔を見て察してくれたのか、店員さんは微笑んで頷くと、奥の厨房に声を掛けてくれた。

 直ぐに禿頭の大男がひょっこりと顔を出す。

 寡黙な元冒険者。今はこの店のオーナー、モリソンだ。

 モリソンはやはり何も言わずにニコッと笑う。あたし達も手を上げて挨拶する。

 大きく頷いてから、モリソンは上を指さした。

 このおっさんも相変わらずだ。

 あたしとラウルは、案内を断って2階のとある個室に入った。あたしたちがいつも使うお決まりの部屋だ。もう場所もわかっている。

 あたしはノックもせずに、その部屋の扉をガッと開いた。

 瞬間、小さな影が部屋の奥に逃げていく。

 頭でっかちな子供の後ろ姿。

 それが、部屋の奥でソファーに腰掛けていたお母さんのスカートにぎゅっとしがみついた。

 くりくりとした瞳が、恐る恐るといった様子であたしを見る。

 あちゃ。

 驚かせてしまったか……。

「リコット。だからいつもノックしようって言ってるだろう?」

 6時の方向上空から、溜め息混じりのラウルの声が降って来た。

「うっさい!」

 あたしは顔だけ振り返ってラウルを睨んだ。

「ふふっ。2人とも相変わらずね」

 そんなあたしたちのやり取りに、子供にしがみ付かれたお母さんが柔らかに笑う。

 長い黒髪を三つ編みにして肩にたらし、ゆったりとしたワンピースを身にまとったその姿は、とてもインベルスト冒険者ギルドの元トップ冒険者とは思えない優しさに溢れていた。

「ごめん、シズナ。久し振り」

「シズナさん。お久し振りです」

 あたしとラウルは揃って頭を下げた。

「元気そうね、2人とも」

 シズナは柔らかに微笑みながら、指輪の光る手でスカートにしがみつく男の子を抱き上げた。

「ほら、リコット」

 ラウルが小声で囁く。

「ヒビキ君にも謝って」

 むむむ。

 確かにヒビキ君をびっくりさせたのはあたしだ。

 あたしはそろそろとシズナにしがみつく男の子に近付くと腰を屈める。そして精一杯の笑顔を浮かべた。

「ごめんね、ヒビキ君。お姉ちゃんが悪かったよ」

 しかし。

 あたしの渾身の謝罪も幼児には届かず……。

 ぎゅうっとお母さんの胸に顔を埋めるヒビキ君。

「今年で4歳ですか?」

「今年の秋で5歳になるわ」

 あたしは、シズナとにこやかに話すラウルを睨み付けた。

 ……決して八つ当たりではないんだから。

 ラウルが怪訝そうにこちらを見て黙ったので、今度はあたしの方が口を開く。

「パパは、ユウトはどうしたのよ?」

「うーん、それがね……」

 あたしの質問にシズナが苦笑を浮かべる。

「マレーアさんから急な依頼が入ってね。人里の近くに出た狼型魔獣の退治に行ってるの

「魔獣って、まだいるんだ」

 ふーん。

 相変わらずみんなから頼りにされてるんだ、ユウト。

「でもユウトさん、間に合うんですか?」

 ラウルが難しい顔をする。

「大丈夫だとは思うわ。もうじき帰還する予定だから」

 愛おしそうに我が子の頭を撫でながら、シズナは微笑んだ。

「それにほら。一家4人のためにも、ユウトには頑張って働いてもらわないとね」

 そういうと、シズナはそっとお腹に手を当てた。

 それって……。

 あたしとラウルは顔を見合わせる。

 ユウトとシズナとヒビキ君と、それに……。

「おめでとうございます、シズナさん!」

 ぱっと笑顔を浮かべたラウルが、声を上げた。

「おめでとう、シズナ」

 あたしも微笑んで頷いた。

 新しい命。

 ユウトも、もう2人の子供のお父さんか……。

 純粋におめでとうと思う。

 でも。

 一緒に旅をして一緒に戦ったあの日々が急に遠くに行ってしまった気がして、いつの間に凄く遠い所まで来てしまった気がして、少しだけ胸が苦しくなった。

 こうして世界は巡る……。

 不意に、そんなことを思い浮かべてしまう。

 近況報告などを始めたラウルとシズナの話には加わらず、あたしはラウルが運んできたトランクを開いた。

 中にフライトジャンパーとヘルメットを押し込んで、代わりに愛用のとんがり帽子を引っ張り出す。

 さすがに昔被ってた物じゃない。最近リサイズした新品だ。

 あたしはそれをぎゅっと被って、気分を鎮める。

 みんなに会えて嬉しい筈なのに、ちょっと寂しくもあるこの気持ちはなんだろう?

 そんなあたしを、ヒビキ君が不思議そうに見ていた。

 ラウルがヒビキ君に字を教え始める。モリソンが軽食を運んできてくれると、あたしも気を取り直してシズナとお喋りする。

 ラウルの失敗談なんかを晒して笑い合っていると、そんな湿っぽい気持ちも自然と忘れることが出来た。

 そうよ。せっかくみんなで集まるんだから、楽しまなくちゃ。

 ヒビキ君とも仲直りして遊んでいると、次なる訪問者がやって来た。

 扉が勢い良く開いて、ヒビキ君がビクッと体を震わせる。

 あ。

 あたしと同じ事を……。

「やっほー、久し振り、みんな!」

「夏奈。騒々しいぞ」

 現れたのはナツナとリク。

 ヒビキ君が駆け出して、シズナにしがみつく。

 あたしとラウルは顔を見合わせて、そしてクスッと笑ってしまった。



 陽が落ち始めたインベルストの街並みを、あたしたちはのんびりとした足取りで歩いていく。

 春先の心地よい陽気のせいだろうか。行き交う人々の誰もが、あたしたち一行みたいにのんびりと、ゆったりとした足取りだった。

 どこからか夕食の良い香りが漂ってくる。朗らかに笑い合いながら杯を掲げる人達を、街灯の柔らかな光が照らし始めていた。

 あたしたちの先頭にはユウト一家が歩いている。

 ユウトは、夕方遅くになって帰還した。

 まぁ、ユウトが狼型魔獣如きに手こずる筈がないんだけどね。

 仕事から戻ったユウトは、鎧と剣を装備したままだった。

 日に焼けた肌と鍛えられた体は、昔よりがっしりしたみたいだ。あの頃より、鎧姿が似合ってる。でもくしゃっと笑う顔は一緒に旅をしたユウトのままで、あたしは思わずドキドキしてしまった。

 ヒビキ君を真ん中にして手を繋ぐシズナとユウト。

 ヒビキ君はお父さんが大好きみたいだ。

「ユウト、ヒビキ君大きくなったね」

 ユウトに声をかけるのはナツナだ。

 髪を伸ばし始めたらしくて、黒髪はもう背中まで届く長さになっている。身長も少し伸びて、黙っていれば大人っぽい女性になったみたいだけど、元気良く大袈裟な動きをするところは変わっていない。

 うん。

 多分あたしの方がお姉さんに見えるね。

「ラウル。剣は使えるようになったか?」

「はは、僕はダメですよ」

 こっちでラウルと話し込んでいるのは、リクだ。

 ラウルも背が高くなったけど、リクも随分大きくなった感じがする。身長だけでなく、体格もだ。冒険者ギルドの中でも、見劣りしないと思う。最近では珍妙な仮面もしてないし、前よりは男らしくなったと評価してあげよう。

 2人は今でも旅の冒険者をしているみたいだ。

 リクは迷惑を掛けた人への罪滅ぼしを。ナツナはそんなリクに付き合っているらしい。

 あたしに言わせれば、もうリクもナツナも十分働いたと思うけど……。

 あたしは空を見上げる。

 茜色に染まる空。

 綺麗な夕焼け。

 こうしてみんなと歩いていると、まるであの頃みたいだ。

 魔獣との戦いのために、世界を駆け巡ったあの頃の……。

「どうしたんだい、リコット」

 みんなの少し後ろを歩くあたしの隣に、ラウルが並ぶ。

 少し感傷的になっている姿を見られたくなくて、あたしはふんっと顔を背けた。

「何でもないわよ」

 ぶっきらぼうに返事すると、ラウルが苦笑するのが聞こえた。

「みんな元気そうで良かったね」

 それでも話し掛けて来るラウルを、あたしはとんがり帽子の下から見る。

「まぁ、ユウトも間に合ったしね」

「はははっ。リコットはユウトさんが好きだよね」

 ……くっ。

 あたしは、さらに力を込めてラウルを睨み付けた。

 ……バカラウル。

「でも僕、みんなに会えて良かったよ」

 ラウルは呑気に空を見上げる。

「家が襲われておじいちゃんとさらわれて、あの時僕1人だったら、きっと心が折れていたと思うんだ。ユウトさんやカナデお嬢……侯爵さまや、みんながいてくれたから、あの辛い時期を乗り越える事が出来たんだと思う」

 みんなと久し振りに再開して、感傷的になっているのはどうやらあたしだけじゃないみたいだ。

「決して楽しい旅でも楽な旅でもなかったけど、みんなと旅が出来て良かったよ」

 恥ずかしい事をニヤリと笑って言い放つラウル。

 あたしは気恥ずかしくなって、つっと目を逸らした。

 ……みんなと出会えて良かったのは、あたしだって同じだ。

 魔獣研究の為に各地を転々としていたパパとママ。それについて回っていたあたし。そんな生活だからそれまで友達もいなかったし、人の多い街に住んだ事もなかった。

 でもひょんな事からユウトたちに出会って、その旅に同行する事になって、あたしは家族以外の世界に出会った。

 いろんな人と出会っていろんな体験をして……。

 ユウトたちがいなかったらきっと得られなかったものばかりだ。

 空を飛ぶ船も、あたしの傍で笑っていてくれるラウルも……。

 不意に、がばっとラウルと肩を組むリク。

「そういえばラウル。リコットには告ったのか?」

「「なっ!」」

 あたしとラウルの声が重なる。

 な、な、何を言い出すんだ、突然!

「え、そうなの、リコットッ」

 夏奈が乗って来た。

 あたしはぶんぶんと頭を振る。

 ラウルが死にそうな魚みたいに口をパクパクさせていた。

「そんな事あるわけないじゃない!」

「そ、そうだよ。僕の事なんてリコットは何とも……」

 イラッ。

 瞬間的に、あたしは右ストレートを繰り出していた。

 ラウルに。

「ぐぼっ」

 身を折って屈むラウル。

「バカラウル!あんたがそんなんだからっ」

 さっきまでのしんみりした気持ちとは対照的に、湧き上がる得体の知れぬ怒りに胸を焦がしながら、あたしはラウルを罵倒する。

 シズナとユウトが声を上げて笑っていた。

 影薄くみんなと歩いていたあのモリソンですら、声を漏らして笑う。

 ふんっ。

 み、みんなしてあたしたちを玩具にして……!

 赤面しながら、顔をしかめるあたし。

 でも、不思議だ。

 この騒々しさが不快じゃない。

 むしろ。

 この時この場所が、ホントに、たまらなく、居心地が良かった。



「ところで、なんであたしたち、侯爵のお屋敷に向かってるわけ?」

 リクとナツナにいじられているラウルは放っておいて、あたしはシズナに並んだ。

 本番は明日だから、今日の所はみんなしてユウトとシズナの家に泊まるものだと思っていた。

 ユウトたち家族の家は、リムウェア侯爵家のお屋敷の向こう側。新興住宅地の方だ。なんでもあのお嬢さんがユウトの結婚記念に送ったらしい一軒家だ。

 そちらに向かうなら大聖堂下の通りを曲がらなければいけない筈だけど、あたしたちはいつの間にかリムウェア城塞の城門までやって来てしまっていた。

「うん、それはね。みんな揃ったら一緒に食事しようってカナデさんに言われてて」

 シズナはあたしを見てからモリソンと視線を交わした。

「モリソンが使いを出しておいてくれたみたいだから、待っててくれる筈よ」

 ……さすがシズナ。

 喋らないモリソンの意志を正確に把握できるのはシズナの特技なのだ、昔から。

 明日になればみんなでお屋敷に集まるのに、あの銀色お嬢さんはよっぽどあたしたちに会いたいらしい。

 あんなカッコイイ旦那さんだっているのに、寂しいのかな。

 ……もしかして、上手く行ってないのかしら?

 あたしは遠くを見ながら顎に手当てて、そんな事を思い浮かべてしまう。

 太陽は遥か山の向こうに沈み、世界が夜闇に沈んで行く。小高い丘になっているリムウェア城塞からは、そんな世界が良く見える。

 篝火が灯され始めた厳めしい城塞をくぐり、あたしたちはインベルスト行政府にたどり着いた。

 行政府の建物には明かりが灯っていたけど、警備の兵士以外に人影はなかった。

 植え込みから、夜の虫の声が微かに高く響いていた。

 あたしたちは談笑しながら、そのままぞろぞろとお屋敷に向かおうとする。

 そこに。

「優人、みんな!」

 横手から声がかけられた。

 そこは、行政府前のちょっとした庭園スペースだった。木立に囲まれた芝生に、何個か作り付けのベンチが並んでいる。

 その1つに、2人の人影があった。

 こちらに手を振っているのは、夜と同じ色の僧衣を纏った女性。

 ユイだ。

 そしてその隣に腰掛けてタイトスカートから伸びたスラリとした足を組みながらそっと手を振っているのは、このリムウェア領の主。

 カナデ・リムウェア侯爵だった。

「カナデ。唯姉。待たせたな」

 ユウトが声を掛けると、2人がこちらにやって来た。

「ううん。優人ちゃん、久し振りね」

 ユイが柔らかに微笑んでからヒビキ君の前にしゃがんだ。

「ヒビキ君。大きくなったわね。唯おばちゃんよ。覚えてる?」

「ユイ、おばちゃん」

 まるで自分の子供のようにヒビキ君の頭を撫でるユイ。

 おばちゃんって年じゃないのにね。

 まぁ、ユイはユウトのお姉さんみたいなものだからそうなるのか。

「ラウル君。リコット。久し振りですね」

 ユイの方に注目していたあたしに、不意に声が掛けられる。

 振り向くと、目の前にカナデお嬢さんが立っていた。

 ふわりと舞い降りる柔らかな微笑。

 アップにまとめた髪にキチッとしたスーツ姿なのは、仕事終わりだからだろうか。

 タイトスカートからスラリと伸びた綺麗な足に目が行く。相変わらずスタイルの良い事だ。

 昔は小さくて可愛いだけのお嬢さんだと思っていたけど、最近はそれに加えて、落ち着いた大人な女性の雰囲気も漂わせている。

 これが人妻の余裕なのかな。

「カ、カナデさま。ご、ご無沙汰してます!」

 案の定、ラウルがふわふわし始めた。

 ホントにこいつはっ!

 あたしはその背中をどすっと殴り付けた。

 パーティーメンバーにユイとカナデお嬢さんを加えたあたしたちは、行政府を通り過ぎてお屋敷へと向かった。

 人数も増えて、笑い声がさらに大きくなる。

 すぐに、街灯に照らし出された庭園の向こうにお屋敷の明かりが見え始めた。

 そしてそのお屋敷の前には……。

 その美しさに、すっと自然にみんなの会話が静まって行く。

 みんな、見とれているのだ。

 立ち止まってしまったみんなから数歩前に出てしまったカナデお嬢さんが、呆然としているあたし達に気が付いた。そしてくるりとこちらに振り返る。

「ふふっ。今年もみんなで集まれて良かったです」

 にこりと微笑むカナデさま。

 銀色の髪が、薄闇に輝いて見えた。

「今年もお花見の季節ですね!」

 手を広げ、微笑むカナデさまの背後。

 お屋敷の前には、見事に咲き誇ったアリアの木の花が、いえ、ユウトたち曰わくサクラの木の花が咲き乱れていた。

 幾本もの木々に、白い花が満開に咲き誇っている。

 1本だとそう珍しくもない木だけど、こう集まると壮観だった。

 夜の闇の中に、ぼうっと浮かび上がる様に、白い花が輝く。

 ユウトやリクたちが集めたサクラの木。

 あたしたちは、毎年この季節、カナデお嬢さんの招きに応じてお花見をする事になっていた。

 季節は巡る。

 幾年も。

 そして、今年もサクラの季節がやって来た。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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