表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/35

EXAct:お姫さま2

 レモン色のワンピースのスカートを揺らして、私は辻馬車から降り立ちました。

 暖かい夏の風が、ふわっと吹き付けて来ます。

 つば広の帽子を押さえながら、私は、王都の高層建築の間に広がる蒼穹を見上げました。

 今日も良いお天気。

 でも、じりじりと照りつける日差しが少し弱くなったような気がします。もしかしたら、夏の終わりが見えて来たのかなと感じてしまいました。

「長旅から戻ったばかりなのに、すまないな。ルナ。」

 私の隣に立つのは、シリスお兄さまです。

 お兄さまは、シンプルな開襟シャツにズボン姿です。鍛え上げられた腕が、捲り上げた袖から覗いています。

 長身のお兄さまを見上げて、私は微笑みました。

「いいえ。お兄さまとお忍びでお出かけなんて、久しぶりのことですから」

 そう。

 今日の私たちは、リングドワイスであるということを隠して街に繰り出しているんです。

 晩餐会の夜、お兄さまからお願いされたのは、このお出かけに付き合ってくれないかといものだったのです。

 ふふっ、まるで、お忍びデー……。

「ルナ。こっちだ」

「は、はいっ」

 ……いけない、いけない。

 私は歩幅の広いシリスお兄さまに付いて行くために、小走り気味に歩き出しました。

 この辺りは、王都でも華やかで賑やかな地区です。

 大型の商業施設、各種ギルドの出先機関が集まっていて、色々な場所から集まる様々な風体の方々で賑わっていました。車道は都内巡回軌道がゆっくりと走り抜け、その脇を貴族さん方の専用馬車や乗合馬車が所狭しと走っています。街路樹が目に鮮やかな歩道は、お買い物を楽しんでらっしゃるマダム。小間使いの使用人風の方。商人、帯剣した冒険者、キョロキョロされている観光客の方々。様々な人たちで溢れ返っていました。

 群集は見慣れていますけれど、その群集の一員に紛れてしまうのは、なかなか新鮮な体験です。

 それに、周囲に私たちがリングドワイスであることを気付かれた様子はありません。

 顔を隠していなくても、案外気付かれないのですねと思うと、何だか余計に愉快な気分になってしまいました。

 私はシリスお兄さまの後に続き、自然と微笑んでしまいながら、興味津々に周囲を見回します。

 あっ。

 ……その人山の中に、見知った顔を見つけてしまいました。

 あれは騎士アリアス。いつもの近衛の鎧ではなく、平服に帯剣したその姿は、まるで女性冒険者のようです。

 ……見なかったことにしましょう。

 王位継承権の低い私と、臣籍降下がほぼ確定しているシリスお兄さまであっても、リングドワイスである事に違いないのです。警備を完全に撒く事など、出来ないですね。

 うん。

 詮無い事です。

 今は、シリスお兄さまとのお出かけを楽しみましょう。

「シリスお兄さま」

 私は少し走って、お兄さまの隣に並びました。

「あれをご存知ですか?このあたりでは一番大きいお店なんですよ」

 私は前方に見える一際大きな建物を指差しました。

 メイドたちの間でも良く話題になっている、グランペリエ大商廊です。

 一つの建物の中に、様々な種類の商店が出店しているそうなのです。お洋服やアクセサリー、可愛らしい小物など、女の子向けの品も多く、また国中から珍品が集まっているとか。

 ああ、一度伸び伸びと見学してみたいものです。

「ルナ」

 お兄さまの声に、私ははっとします。

 いけない、いけない。

 グランペリエ大商廊に見入っていたようです。

「良かったら、あの店を見て行くか?」

 シリスお兄さまは何やらゴソゴソとポケットの中から紙片を取り出し、一瞥されました。

「俺の目的地も近いし、時間もある。付き添いに来てもらったお礼もしたいしな」

「良いのですか!」

 シリスお兄さまがニヤリと笑って頷かれました。

 おお!

 私は笑みを押さえきれなくなって、思わずシリスお兄さまの腕に抱き付いてしまいました。

 やっぱりシリスお兄さま、大す……。

 あっ!

 ……ダメです。

 私ももう子供ではないのです。それに、この場所、お兄さまの隣は、カナデお姉さまだけの場所……。

 私はシリスお兄さまとそっと距離を取り、軽く咳払いなどしてみます。

 シリスお兄さまが、少し訝しげな顔をされていますが……。

「ところで、お兄さまのご用事はなんなのですか?」

 私はグランペリエ大商廊に歩みを向けながら、ふとした疑問をぶつけてみました。

「ん、まぁ、な」

 珍しくお兄さまの歯切れが良くありません。

「買い物だよ」

 シリスお兄さまはどこか照れたような表情で、そっぽを向かれてしまいました。



 王族と言えども、例えリングドワイスであろうとも、知らない物は沢山あります。全てを持っているわけではないのです。

 そんな綺麗なもの、可愛らしい物で溢れているグランペリエ大商廊の中は、予想に違わぬ素晴らしさでした。展示されているそのどれもが、珍しく新鮮に見えてしまいます。

 私は、あちらもこちらもと散々シリスお兄さまを連れ歩いてしまいました。

 このシリスお兄さまとのお出かけは、私がこなしてきたどんな外遊よりも、鮮烈で楽しい思い出になってくれることでしょう。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいます。

 少し歩き疲れた私たちは、グランペリエ大商廊の中庭で小休止する事にしました。

 私たちのように休憩するお客さんのために、中庭には沢山のテーブルが並び、様々な屋台が出ているのです。

 私とシリスお兄さまは隅のテーブルを占領します。

 私はふうっと息を吐くと、屋台で買ったレモンスカッシュに口を付けました。

 爽やかなレモンの風味とパチパチとした炭酸が、火照った体をすうっと冷やしてくれます。

「すみません、はしゃいでしまって。お兄さま、お疲れではありませんか?」

「いや。大丈夫だぞ」

 取り留めのない会話で談笑する私たち。

 しかし私は、唐突に周囲が騒がしくなり始めた事に気が付きました。

 何でしょうか?

 様子を探ろうと立ち上がった私に、不意に背後からどんっと人がぶつかって来ました。

 あっ、レモンスカッシュが……。

「……ごめんなさい」

 私にぶつかって来た人物は、赤いドレスが目に鮮やかな女性でした。ショールで隠していて顔は分かりませんでしたが。

 消え入るような声で謝った彼女は、そそくさと立ち去ってしまいます。

 ぽかんとしていると、その女性の後を追うように移動する人影があるのにも気が付きました。

 お客さん方を押しのけ、ぶつかりながら強引に進む彼らは、あまり身なりの良くない男たちです。

 こ、これは……。

 きっと、悪漢に追われてるんだ……!

「シリスお兄さま!」

 私はお兄さまに声を掛け、彼女たちを追い掛け始めます。

「……おい、ルナ。あまり厄介事に……」

「お兄さま。弱きものを助けるのは、リングドワイスの務めです。それに」

 私は渋々ながらもついて来てくれるお兄さまを振り返りました。

「物語の主人公なら、ここで悪漢を見逃すはずなんてありません!」

 私は微笑むと、スカートを揺らして走り始めました。

「ルナ!」

 お兄さまも私の後に続きます。

 大商廊の建物に戻った私たちは、あの女性と男たちが、狭い通路に消えて行くのを目撃しました。

 お店とお店の間、立ち入り禁止になっている区域です。

 私たちもそちらに飛び込みました。

 洞窟のように薄暗い通路が、真っ直ぐに延びています。そこは、表の華やかさなど微塵も感じられない裏路地のような場所でした。

 様々な品物や木箱などが乱雑に積み上げられ、パネルや資材が見通しを悪くしています。

 しかし、その奥に……。

「いた!お兄さま!」

 赤いドレスの女性が、複数の男に取り囲まれているのが見えました。

 あれは、マズいのです!

「あなたたち!」

 私は声を上げます。

「やむを得ないかっ……。下がれ、ルナ」

 シリスお兄さまがさっと前に出て下さいました。

 その勇ましいお顔。

 私はどきりとしてしまいます。

「何だオメーらは!すっこんでろ!」

 男たちがこちらを睨みます。

 下品な言葉遣い。

 こちらから向かって行きながらも、正面から叩きつけられた悪意に、私は足が竦んでしまいました。

「事情はわからないが、女性1人を取り囲むなど尋常ではない。騎士を呼ばれぬうちに……」

「うるせぇ!」

 シリスお兄さまの警告も虚しく、男たちの1人が怒鳴ります。そして突然、シリスお兄さまに踊り掛かって来ました。

 シリスお兄さまはお強いのです!

 そうわかっていても、思わず私は息を呑んでしまいました。

 お兄さまに掴み掛かろうと延ばされた手。

 しかし。

 その手を掴んだシリスお兄さまは、瞬く間に男を投げ飛ばしていました。

「て、てめぇ!」

 一瞬呆気に取られていた他の男たちは、俄かに気色ばむと一斉にシリスお兄さまに襲いかかって来ました。

 振り上げられる拳。

 吹き上がる怒号。

 男たちが振り被った一撃は、しかし呆気なく空を切ります。

「ふんっ。度し難いな」

 シリスお兄さまは、まるでダンスでも踊られているかのように、滑らかな体重移動で悪漢の攻撃を躱されます。

 同時に打ち倒されて行く悪漢たち。

 1人また1人と床に打ち据えられ、苦悶のうめき声を上げます。

 やはり!

 シリスお兄さまはお強い!

 私には、お兄さまが何をどうされているのか、全くわかりません!

「お兄さま!頑張って下さい!」

「ルナ、下がっていろ」

 私を一瞥する余裕のあるお兄さま。

 そして、あっという間に、恐ろしい男たちは皆、倒れ伏してしまうのでした。

 さすがです!

 さすがお兄さまです!

「殿下!」

 通路の向こうから、騎士アリアスと他1名が駆け寄って来ました。

 決して騎士たちの到着が遅いわけではないのです。

 シリスお兄さまの立ち回りが、それほど完璧で、一瞬の事だったのです。

 ふんっと息を付き、乱れたシャツの襟を正すお兄さま。

 私はお兄さまに駆け寄ろうとして、しかし私よりも早くシリスお兄さまに抱き付く者がありました。

 あの赤いドレスの女性です。

「おい!」

 狼狽するシリスお兄さま。

 彼女は怖かったのでしょうか。

 ぎゅうっとお兄さまに抱き付いて離れません。

 む。

 良く見れば彼女。なかなかに大胆な格好です。

 赤いドレスの胸元はざっくりと開いていて、豊かな胸の谷間が覗いていました。

「殿下、申し訳ありません。ご無事ですか?」

「私は良いのです。この不埒者どもを捕らえて下さい」

 私はアリアスに指示を出してから、未だに抱き合ったままのシリスお兄さまと赤いドレスの女性に、ツカツカと歩み寄りました。

 いつまで……。

 そう口にしようとした瞬間。

「……お前!」

 あのシリスお兄さまが、驚愕に目を見開かれました。

「ふふ。シリスティエールさま。やはり私を救って下さいましたね」

 囁くような女性の声が聞こえました。

 あれ、この声……?

「お礼をして差し上げます。さぁ、こちらに」

 赤いドレスの女性は、そう言うと突然、シリスお兄さまの腕を取って走り始めました。

「シリスお兄さま!」

 私も2人の後を追いかけます。その行く先には、グランペリエ大商廊の通用口が。

「ルナルワース殿下!お待ちを!」

 アリアスの声に、私は振り返りました。

「こちらは大丈夫ですから。その者どもを捕らえておいて下さい!」

 通用口から差し込む眩い光。

 私たちは、そのまま外に飛び出しました。



 細い裏路地を走り抜け、ふんっと嫌な匂いを放つ建物の間を通り抜けます。

 はぁ、はぁ、はぁ。

 は、走るのは苦手です。

「いい加減にしろ。ジュリエット」

 不意にシリスお兄さまが、赤いドレスの女性の手を払いました。

 え、今なんと……。

 私は息を弾ませながら2人に追いつきます。

「ごめんなさい、シリスティエールさま」

 女性はお兄さまを振り返り、おもむろに頭に巻いたショールを取りました。

 その下から現れたのは、ジュリエットさま。

 ドレスと同じ真っ赤なルージュを引いた唇が、にやりと笑みを浮かべます。

「ジュリエット。何があったんだ? 何故追われていた?」

 シリスお兄さまの問いに答えず、ジュリエットさまはくるりと踵を返すとまた歩き出しました。

 私もシリスお兄さまも、やむなくその後に続きます。

「お礼がしたいのです、シリスティエールさま。こちらにいらして」

 ジュリエットさまは、あまり日の差さない路地をずんずん進んで行かれます。

「おい、ジュリエット。状況を!」

 少し怒ったようなお兄さまの声に、ジュリエットさまは顔だけ振り返られました。

「だって、私が襲われれば、シリスティエールさまは助けてくれるでしょ?」

 絶句します。

 シリスお兄さまも同じです。

 今のもの言い、つまりあの悪漢たちの襲撃は、自作自演ということでしょうか……。

「ここです」

 ジュリエットさまは無邪気な笑顔で、シリスお兄さまを見上げました。

 そこは、うらぶれた小さな広場でした。

 路地と路地が交わる場所。真ん中に井戸があるだけの寂しい広場です。周囲を背の高い建物に囲まれ、どこかじめっとした空気が漂っていました。

「シリスティエール。私はあなたをお慕い申し上げております」

 わわっ!

 と、突然の告白。

 私は思わず口元を手で押さえました。

 一体、なんなんでしょうか!

「ジュリエット。俺には心に決めた者がいる。その気持ちは揺るがない。お前の想いには応えられない」

 シリスお兄さまは即答です。

 やはりカナデお姉さまとの絆はお強い様です。

 私は、昔からジュリエットさまの事も存じ上げております。

 初め。出会ったばかりの頃は、リングドワイスの者と縁を結ぶというお家の使命を強く滲ませているようなお嬢様でした。

 それが、シリスお兄さまには煙たく思えたのも分かります。

 シリスお兄さまや私の実兄たちの元には、そういう女性が沢山来られるからです。

 しかしジュリエットさまは、シリスお兄さまについて回られる内に、1人の女性としてお兄さまを慕われるようになられたのでしょう。

 ……その気持ちは、私には痛いほどわかります。

 痛いほどに……。

 だって、私だって……。

 カランカランと、どこか遠くから鐘の鳴る音が響いて来ました。

 時刻はもう夕暮れ。

 教会の大聖堂の鐘です。

「時間、ね」

 ジュリエットさまが呟きました。

 その時、狭い路地に反響するように、馬蹄の音が響いて来ました。

 今度は何でしょう。

 私が一瞬そちらを見て、またシリスお兄さまたちに目を戻した瞬間。

 ふわりと赤いドレスが舞い上がりました。

 まるで絵画のように劇的に、シリスお兄さまの胸に飛び込むジュリエットさま。

 その光景が、私には時の流れが滞ったように、ゆっくりとなって見えました。

 ジュリエットさまの赤い唇が、吸い込まれるようにシリスお兄さまの唇へ……。

「シリス!大丈夫ですか!」

 その瞬間。

 広場に、凛と鳴る鈴の音のような声が響きわたりました。

「カナデ!」

 ジュリエットさまの突然の行動に一瞬呆然としていたシリスお兄さまは、しかし我に帰ったように咄嗟にジュリエットさまを遠ざけます。

 何がどうなっているのか、ぽかんとしている私の隣を、一陣の風が吹き抜けました。

 白馬です。

 騎乗しているのは、銀の髪をなびかせたカナデお姉さま!

 お姉さまは、騎士服にタイトスカートというお姿でした。サイドサドル姿で騎乗されていて、ぴしっと張ったスカートから、タイツに包まれた足が柔らかなラインを描いてスラリと伸びています。

 手綱を引かれ、停止した白馬から飛び降りるように、カナデお姉さまはシリスお兄さまとジュリエットさまの前に立たれました。

 そして、すかさずたすき掛けに吊した剣の束に手をかけられます。

「大丈夫ですか、シリス! 賊はどこですか!」

 カナデお姉さまは、大きな緑の目で周囲を警戒されます。

「カナデ。どうしてここに……」

 ジュリエットさまに抱き付かれたままのお兄さまが尋ねます。カナデお姉さまの突然の登場に驚いたのか、さすがのお兄さまもどこか呆然とした様子でした。

「どうしてって、シリスから危機が迫ってるから、指定時間にこの場所に来いって手紙が……。だから慌てて来たんですけど、えっと、シリス、何をしてるんですか」

 直接的な脅威はないと判断されたのか、剣から手を離されたカナデお姉さまは、しかし眉をひそめられます。そして、シリスお兄さまと、豊かな胸を押し付けて未だお兄さまの腕に抱き付いたままのジュリエットさまを交互に見られました。

 私には見えます。

 だんだんと凍り付いて行く空気が。

 カナデお姉さまの背中から、メラメラと立ち上る何か。

 武術を嗜まない私にもわかります。

 きっとあれが、殺気なのです。

「既成事実よ。私とシリスティエールは結ばれるの。あなたの目の前でね」

 くすりと妖艶な笑みを浮かべるジュリエットさま。

 ま、まさか、それをカナデお姉さまに見せつける為だけに、こんな事を仕組まれたのでしょうか……?

 びくっとカナデお姉さまの肩が震えました。銀髪の小さな頭が、そわそわと揺れ始めます。

 反論したいのに、言葉を発するのを躊躇っていらっしゃる様子。「わ、私はっ!」とか、「シリスはわ、私の!」などだけが、かろうじて聞き取れました。

 あれ……。

 公的な立場では、今やカナデお姉さまが圧倒的に有利な筈。なのに、まるでジュリエットさまが押してらっしゃるみたい……。

 しかし。

 俯き加減に沈黙されたカナデお姉さまの頭に、ぽんっとシリスお兄さまが手を置きました。

「俺が愛しているのはお前だ」

 そして、やんわりとジュリエットさまを振り解きます。

「ジュリエット。俺が愛しているのはカナデだ。先ほども言った通り、お前の気持ちには応えられない」

 カナデお姉さまがまじまじとシリスお兄さまを見上げます。

 先ほどの不穏な空気は、一瞬にして、嘘のように消えていました。

「シリス、ティエール……」

 ジュリエットさまは小さく呟くと、どこか脱力したように、スカートを広げてしゃがみ込んでしまわれます。

 ……ふうっ。

 今にも状況説明のために飛び出そうとしていた私は、安堵の息を吐きました。

 さぁ、抱きしめてやろうと手を差し出すシリスお兄さまを、ドンと突き飛ばし顔を背けるカナデお姉さま。そのお顔は、しかし真っ赤になっていました。

 ふふふ。

 やはりこのお2人にはかないません。

 お2人の間に入れるものなど、きっとありはしないのでしょう。

 その絆は、物語の姫と王子のように永遠に……。

 私はそっとジュリエットさまのもとに向かいます。

 失恋した者どうし、ここは慰め合わないといけませんね。



 騎士アリアスたちが追い付いて来ると、私はジュリエットさまをお屋敷まで送り届けてくれるようお願いしました。

 去り際。ジュリエットさまは教えてくれました。

 今更シリスお兄さまの愛を得られない事はわかっていた、と。

 ただ、カナデお姉さまとシリスお兄さまの間柄を揺るがしたかったのだと。

 ジュリエットはそう言うと、一瞬だけシリスお兄さまを見つめて、広場を去られました。

 私は、カナデお姉さまにも聞いてみたい事がありました。

 あの状況で、シリスお兄さまの言葉を簡単に信じられたのでしょうか、と。

 カナデお姉さまは、「はい」と即答されました。

「シリスは、不遜な輩です。嘘で取り繕うなんてしないんです。その、う、浮気するなら、ちゃんと浮気だって言うと思うんです」

 そう言って曇りない笑顔を浮かべるカナデお姉さま。

 私は、少し意地悪がしたくなりました。それは、あるいは今回の事を企んだジュリエットさまと同じ心境だったのかもしれません。

「では、宣言されての浮気だったらどうしますか?」

 私の問いに、みるみるカナデお姉さまが動揺されて行くのがわかりました。

 形の良い眉がきゅっと寄り、大きな瞳がくるくると揺れ動きます。桜色の唇は、ぷるぷる震え出しました。

「だ、大丈夫、です、きっと。だ、大丈夫、そんな……」

 ふふ。

 やっぱり可愛いお方です。

 私の言葉もあってか、カナデお姉さまは執拗にみんなで一緒に王城に戻ろうと主張されました。

 しかしシリスお兄さまは頑なに断られます。

 まだ当初の用事が済んでいないとの事なのです。

 最後には肩を落とし、1人、パカパカと馬蹄を鳴らして立ち去るカナデお姉さま。

 その背をじっと見送ったシリスお兄さまは、歩き出しました。私も続きます。

 シリスお兄さまの目的地は、グランペリエ大商廊の裏手にある小さな商店街でした。

 綺麗に整えられた石畳に、こぢんまりとした可愛らしいお店が立ち並んでいます。大商廊の品物のように高級感や派手さはありませんが、品の良いデザインとハンドメイドの温かさが感じられる商品が並んでいました。

 シリスお兄さまが入られたのは、小さなショーウィンドウに銀細工の小物が並んでいるお店でした。

 カランと鐘をならして店内に入ると、様々な細工のアクセサリーが並んでいます。

 女の子としては、なかなかに興味をそそられますね。

 店の奥から出て来たぶっきらぼうな店主に、シリスお兄さまが名乗ります。

 店主は顎が外れんばかりに口を開いて驚くと、慌てて店の奥に消えて行きました。

「シリスお兄さま。もしかして今日私に同行を頼まれたのは……」

 私は悪戯っぽく笑いながらお兄さまを見上げました。

 シリスお兄さまは、聞こえないふりをして顔を背けました。

 やっぱり。

 1人でこんな女の子向けのお店に入るのは、恥ずかしかったのですね。

 そういえば、初めてカナデお姉さまに会いに行く時だって、シリスお兄さまは私に同行を依頼されたのです。1人で見知らぬお嬢さまに会うのが気恥ずかしかったのでしょう。

 こう見えてシリスお兄さま、恥ずかしがり屋の所もあるのです。

 先ほど意地悪をしてしまったお詫びに、このお話、カナデお姉さまにして差し上げましょう。

「お待たせいたしました!いや、まさかまさか、リングドワイス閣下さまにご注文いただくとは、誠に恐縮至極で……」

 畏まりながら店主が戻って来ます。

「こちらです。あのイヤリングを差し上げたお嬢さんに相応しいように、精一杯作成させていただきましたよ」

 店主が、シリスお兄さまの前に箱を差し出します。

「ありがとう」

 シリスお兄さまはその箱を受け取ると、ゆっくりと蓋を開きました。

「わぁ……」

 私は思わず息を呑みます。

 なんて素敵なんでしょう!

 これは、シリスお兄さまとカナデお姉さまの……!

 箱の中。

 そこには、一対の指輪が収まっています。

 外から差し込む夕日を受けて、銀色の指輪がきらりと眩く輝いていたのでした。

 読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ