EXAct:The Origins3
落着した航宙艦の残骸から、ぞろりと這い出て来る。
敵が……。
魔獣が!
『セイフティ解除。レディ』
「くっ、ノエル!」
「わ、わかってるわ!」
私はレセプターを握り締めて意識を集中すると、銀光波を機体へと送り込んだ。
極至近とも言える距離。
宇宙と同じ夜の闇の中で、赤いラインが怪しく輝く。
「α1、オープンファイア!」
ユウシロウがトリガーを引く。
弾けるようなマズルフラッシュが炸裂し、機体を照らし出した。
銀光波を添加された銀色の火線が、真っ直ぐに天使級魔獣に吸い込まれて行く。
青色のエシュリン。隣に並ぶベック少尉機も、射撃を続けていた。
猛烈な暴力の塊、76ミリ砲弾が地面を抉り取り、残骸を撃ち貫いていく。
しかし……。
「くっ」
ユウシロウが呻いた。
エシュリンがゆっくりと後退し始める。
『魔獣に損傷はありません。砲弾が本体に到達していません』
「どうして!」
私は銀光波を維持しながら、プレアに叫んでいた。
砲弾には、確かに私の銀光波が添加されている筈なのに……!
『魔獣前面に防御フィールドが形成されています。76ミリの運動エネルギーでは、突破できません』
「OrGDの火力があれば……!」
ユウシロウは吐き捨てる様に呟いて、射撃を中止した。
魔獣が備える防御フィールド。
空母級、そして現在確認されている最大種、惑星級のそれは、まさに鉄壁の壁だ。しかし、最も数の多い天使級程度のフィールドであれば、OrGDの兵装で十分貫ける。
でも、今のエシュリンの装備では力負けしているんだ……。
「ベック少尉!θ12!射撃をやめろ!ここは撤退して、オルヴァロンに状況を知らせろ!」
ユウシロウは叫ぶと、今度は両腕に高周波ブレードを展開させた。
『りょ、了解で……』
ベック少尉が応答した瞬間。
天使級が大きく羽ばたく。
巻き上げられる粉塵。
そのヴェールを突きって、天使級が突撃を仕掛けて来た。
『あああああああ!』
響き渡るベック少尉の絶叫。彼女の76ミリが、再び火を噴いた。
ユウシロウが制止するよりも早く。
その火線を遡るように、天使級はベック少尉機に襲い掛かった。
装甲板が激しく火花を上げ、土煙と共に青いエシュリンが押し倒される。
『く、来るなぁぁ!』
悲鳴。
艦体が壊滅したあの時のような……!
青いエシュリンを完全に組敷いた魔獣から、無数の触手が広がる。その全てが、個別の意思を持っている様にベック少尉機に指向した。
「くそっ。ノエル、最大出力で!」
「行けるわ!」
ユウシロウは、その天使級の横腹に、エシュリンを突撃させる。
私の銀光波をまとった高周波ブレードが、ぶんっと銀色に輝き始めた。
力が機体に吸い取られる。
でもっ!
銀色のブレードが、天使級の防御フィールドと激突する。その刀身が、中空で一瞬停止した。
力場同士の干渉が、スパークとなって弾ける。
さらに押し出される刃。
やがて銀色の刀身は、ゆっくりと魔獣のフィールドを突破し、そして触手を断ち切った。
目の代わりに赤いラインが走る天使級の頭部が、ギロリとこちらを向いた。
巨大な咢が、開かれる。
私たちに目掛けて。
口腔に収束する光。
まずい!
「ぐうっ!」
ユウシロウが機体を捻った。
至近距離を、眩い熱線の束が通過する。
同時に、衝撃が駆け抜ける。
視界の隅に表示される機体コンディションが、真っ赤に染まった。
『警告。右腕稼働率低下中。警告。機体稼働率が危険域です』
エシュリンの肩部を抉り、夜空に吸い込まれて行く破壊の光。
「ベック少尉!動けるか!ここは一度退くぞ!」
襲い来る触手群を片手だけになった高周波ブレードで捌きながら、ユウシロウが機体を後退させ始めた。
天使級が私たちに向かってくる。その隙に、ベック機が離脱し始めた。
『退路選定中。3ルート検出しました。戦域マップに表示します』
宇宙空間で戦っていた時には、ただの有象無象だと思っていた天使級が、こんなに強大な敵だったなんて……。
暗闇の中から触手と熱線を放ち続ける天使級。
その頭部が、私には笑っているように見えた。
背筋に冷たい物が走る。
「森に逃げ込む。θ12、続け!高度を上げるな!」
ユウシロウの叫び声と同時に、天使級の熱線が目の前の地面に炸裂した。
溶解した砂礫が、溶岩のように吹き上がる。
私たちはその爆炎を隠れ蓑にしながら、急速後退をかける。
反転。
地表を舐めるような低空飛行に移行する。
ユウシロウはそのまま、森の中に機体を突っ込んだ。
ベック少尉と合流出来たことや、艦隊の仲間たちの生存が確認出来たことは、素直に嬉しい。
でも、今はもう、ただ喜ぶことは出来なかった。
ユウシロウが操るエシュリンは、損傷など感じさせない機動で巨木の間を通り抜けて行く。
先の見えない暗い森の奥を睨み付けながら、私は唇を噛み締めた。
ただ1体の天使級にすら勝てない歯がゆさ。そして、あの原住民達が穏やかに暮らしていた地上に、魔獣が降り立ってしまった事への憤り。
レセプターを握り締めた私の手から、銀色の光が立ち上る。
少なくとも……。
この地に降り立ったあの魔獣は、私たちが始末しなくては……!
海が近い。
吹き寄せる風に、潮の香りが微かに混じっていた。
これが海の香りだとユウシロウが教えてくれるまで、私には変な匂いだなぁという感想しかなかったけれど、初めての本物の海が近くにあると思うと、それだけで何だか感慨深く思えてしまう。
その海岸線からほど近い場所に、灰色の艦体が半ば埋もれるように横たわっていた。周囲の大地に刻まれた惨たらしい傷跡が、壮絶な不時着を物語っている。
私たちの艦隊では、最も数が多かった高速駆逐艦。
艦名はオルヴァロン。
流れるような流線型の艦体から連装の主砲塔を突き出したその艦形は、宇宙空間では艦船というより戦闘機という程度の印象だった。しかし、こうして生身で対峙してみると、十二分に巨大で圧倒されるものがある。
緑豊かなこの惑星の地表にあっては、その巨大な姿は異質極まりない。
ベック少尉と合流し、そして天使級魔獣から逃げ出した私たちは、なんとかこのオルヴァロンと合流することが出来た。
艦の横に切り開かれた広場。
広場の隅に立てられたビーチパラソル。その下で、私はオルヴァロンクルーお手製の木の椅子に座りながら、整備中のエシュリンを見つめていた。
オルヴァロン級の艦に、OrGDやエシュリンを格納するスペースはない。仮設された天幕の下で、純白の機体が簡易整備を受けていた。
天使級魔獣と遭遇してから既に3週間が経つ。オルヴァロンと合流してからも3週間。
あの天使級は今、オルヴァロンから100キロ程離れた内陸部にいる。
私たちは定期的な偵察で、塔のような岩山の頂上に陣取る天使級の姿を確認していた。
魔獣は、今のところ特別な動きを見せていない。
かといって、私たちからも手が出せなかった。
エシュリンの火力では心許ないし、オルヴァロン級も推進系や重量制御系に損傷を抱えていて身動き出来ない状況なのだ。
何よりも、この場にいる銀色特異体が、私しかいないというのも心許ない……。
状況は、まさに膠着状態というやつだった。
「どうした、浮かない顔をして」
椅子の上に足を上げて膝を抱きながら、ぼうっと考え込んでいた私は、顔を上げた。
無精髭の中年の男性が、ぶわっとタバコの煙を吐き出しながら、ようっと手を上げた。
「ハンダー大尉」
「なんだ、ユウシロウがエシュリンにかかりっきりだからって、焼き餅か?」
ごま塩髭の顎に手をやりながら、ハンダー大尉はニヤリと笑った。
私は取り敢えず苦笑いを返しておく。
ユウシロウは今頃、プレアと楽しくやっている事だろう。
「大尉は何を?」
私が尋ねると、大尉は吊り下げた小銃を掲げて見せた。
「何をって、艦と整備陣地の警備さ。艦の保安要員なんて、まぁそれしか出来ないからな」
……確かに。
BDUに汗染みが出来ている。
艦長以下オルヴァロンのクルーたちは、私とユウシロウ、ブレアを温かく迎えてくれた。このハンダー大尉を筆頭に、みんな気さくな人ばかりで、艦全体がまるで大きな家族みたいな人たちだった。
少しマイナス思考になっていた私は、気分を切り替えるためにハンダー大尉と取り留めのない会話を続ける。
話題が大尉の過去の武勇伝に入りかけた時、突然ハンダー大尉はヘッドセットを押さえた。
「ブリッジ?ああ、了解だ」
「どうしたんです?」
見上げると、大尉は煙草をくわえたまま、ニヤリと唇を歪めるように笑った。
「オードリーのお嬢ちゃんが戻ったみたいだな」
そう言うと大尉は、私に背を向けてさっさと仮設格納庫に向かって歩き出した。
ベック少尉と私、ユウシロウは、交代で天使級の偵察に出るのがここしばらくのルーチンワークだった。今日はベック少尉の当番日だ。
私も立ち上がり、小走りにハンダー大尉の後を追いかける。
ちらりと腕時計を確認。
帰還予定時間だ。
正規パイロットでない私が言うのもなんだが、ベック少尉の腕は悪くないと思う。
ただ、年若いせいもあると思うのだけど、咄嗟に冷静な判断が下せないところが欠点のようだ。
パイロット叙任も最近だと言うし、魔獣との直接戦闘経験が少ないのかもしれない。
「止まれ、ノエル嬢ちゃん」
不意に、私の前にハンダー大尉の鍛えられた腕が差し出された。
思わず、その鍛えられた腕にぶつかりそうになってしまう。
大尉が銃口を上げる。ストックに頬を当て、広場脇の茂みに向かってぴたりと照準を向けた。
「大尉、何が……」
私が口を開こうとした瞬間。
ガサゴソと茂みが揺れた。
な、何……?
そして。
唐突に、茂みの中からドサッと大きな塊が姿を現した。
「止まれ!」
ハンダー大尉が鋭く警告を発する。
それでも、その影は、転がるように私たちの前にやって来た。
大尉が発砲する。
銃声に心臓が飛び跳ねる。
警告射撃だ。
小銃弾が土を跳ね上げた。
茂みから出て来た男は、それで腰が抜けたのか、へなへなとその場にへたり込んだ。
「何だ?鎧、剣か?」
小銃を構えたままのハンダー大尉が、唖然としたように声を上げた。
装飾を施された革鎧を身に纏い、豊かな髭を結わえた厳つい顔。その顔をぽかんとさせながら私たちを見上げた男は、間違いなくこの星の原住民だった。
「原始人か?」
大尉が訝しむ。
そうか。オルヴァロンのクルーたちは、原住民に会った事がないのか。
「大丈夫ですか?」
言葉は通じないとわかりつつそう声を掛けてみると、男ははっとして私の顔を凝視した。
その目が驚きに染まっていく。
「おい、ノエル。こりゃ……」
ハンダー大尉が顔をしかめて私を見た。
「えっと、私にも……」
……うーん。
大尉と顔を見合わせていると、男がまた突然動いた。
膝をつき、頭を地面に擦り付ける。そして両手を差し出して、手を合わせた。
私に向かって……。
男が何か叫んでいる。
必死な様子だった。
「おい、ノエル。近づくな」
私は大尉の警告を無視して男に歩み寄ると、その前に片膝をついた。
彼は、何かを訴えているのだ。
ただならぬ様子。
もし、私に出来る事があるのなら……。
私はそっとヘッドセットに触れた。
「プレア、聞こえる?」
『はい、ノエル。ユウシロウと談笑中でした。失礼ですが、緊急でないなら、後程……』
すぐさま返事が帰って来た。ぞんざいな感じで。
「緊急!」
もう、あの子は本当に。
「原住民の言葉、不完全でもいいわ。訳して」
『了解』
その間も彼は、何事かを叫び続けている。
私はヘッドセットのマイクをなるべく彼の方に向けた。
『現在のデータから翻訳出来るのは以下の通りです』
ものの数秒で、プレアから報告が上がって来た。
『黒い獣。襲う、怪我する、あるいは死。突然。沢山。仲間。金色の髪。巨人。神様。助け、あるいは、救う。以下、語の入れ替わりはありますが、概ねこの内容が繰り返されていると推定されます』
黒い……獣?
私は愕然として立ち上がった。
黒い……。
そこから連想されるのは、1つだ。
魔獣!
彼らは、その黒い獣に襲われている。
助けを求めて来たんだ。私たちに。
金色の髪というのは、私の事かな?
平伏し、祈りを捧げる彼の姿は、初めて出会った集落の人々と同じだった。しかしあの集落からこのオルヴァロンの不時着地点は遠すぎる。彼があの集落の住人だとは思えない。もしかしたら、エシュリンを使って航宙艦落下の衝撃から集落を守った話が、別の集落に伝わったのかもしれない。
「プレア。彼に落ち着くように言って」
『了解』
私はヘッドセットのスピーカーを、外部出力に切り替えた。
プレアの合成音声が響くと、男ははっとしたように顔を上げた。
「おい、ノエル嬢ちゃん。これはどうなっているんだ?」
既に銃口を下げていたハンダー大尉が、顔をしかめている。
「……いえ、私にも」
私は首を振った。
状況はわからないが……。
嫌な予感はする。
その時、周囲の木々がざわめいた。
森の上空から進入し、オルヴァロンに近づく青いエシュリンが見えた。
ベック少尉の操る機体は、私たちの側を通過して、仮設格納庫にアプローチする。
オルヴァロンのブリッジには、艦長以下主だった艦のクルーが集められていた。
私とユウシロウもその中に加わっている。
ちなみにあの原住民の男性は、仮設格納でプレアとハンダー大尉の部下が面倒を見ていた。
周囲をぐるりと覆うような巨大なメインモニターに向かって立体的にシートが並んだブリッジ。その艦長席の周りに集まったみんなが重苦しく沈黙する中、未だパイロットスーツ姿のベック少尉が、偵察結果について報告する声だけが響いていた。
「これが魔獣だというのか。この後に及んで新種とはな……」
ベック少尉の報告を聞き終え、ぼそりと低い声で吐き捨てたのはオルヴァロンの艦長だった。
「しかし、本当に魔獣なのか?この惑星独自の生物じゃねぇのか?こりゃどう見ても宇宙生物って言うより、動物、モンスターだな」
腕組みした航海長が、ブリッジのメインモニターに映し出されるベック機の捉えた映像を睨み付けていた。
それは、大型のネコ科動物の様だった。
ただし、その漆黒の体躯は自動車ほどもある。そして、異様に発達した前足。いや、もはや腕だ。
顔面には目が6つ。
赤い目だった。
「新型魔獣の可能性がありましたので、攻撃の許可が下りました」
ベック少尉がシートのコンソールを操作する。
……乱暴な事だ。
もしこれがただの生物なら、いくら大きいとは言え、76ミリを食らって無事な筈がない。しかし十分な設備がない私たちが魔獣かどうかの判断を下すには、確かにそれが手っ取り早い方法であるのも事実だ。
ブリッジに、エシュリンが射撃音が響いた。
映像は、盛大に吹き飛ぶ獣の姿を映し出す。
しかし。
吹き飛ぶだけだった。
黒い獣は生きている。
激しく牙を向き、滞空するエシュリンを睨み上げていた。
銀光波を持たないベック少尉機の攻撃が通じない。
つまりは、魔獣……。
「この新型魔獣は、天使級の周囲に複数確認しました。索敵に引っかかっただけで、数千体はくだらないかと」
消え入るように語尾を濁したベック少尉が、エシュリンのカメラ映像を閉じた。
ブリッジのメインモニターは、現在の艦外映像に切り替わった。緑が広がる景色が眩しい。
「いずれにせよ、我々には更なる脅威が現れた訳だ。この状況にあって、魔獣に対抗し得る手段がα1だけというのは、不味いな。機関長、甲板長?」
艦長が頭髪の幾分後退した額を押さえた。
指名された機関長が、前に進み出た。その横に並ぶ甲板長は、小柄な機関長の倍ほどもありそうながっしりとした体つきだった。
「魔獣に対抗出来る武器としては、警備ドローンを考えています。当艦にAUドライバーはありませんが、それを構成する部材なら若干あります。これにノエル嬢の銀光波を蓄積して、武器にすれば……」
警備ドローンか。
あのロボットたち、何かフォルムが不気味で好きになれない。
機関長が甲板長を見た。
甲板長が口を開く。
「銀光波の蓄積がどれくらい持つかはわからないが、艦の警備ぐらいには使えるはずだ」
「よし……」
艦長が頷いた。
「では、当分はそれで、事態を見守りつつ……」
……ダメだ、それだけでは。
私は頭の中を整理するように、ゆっくりと思考する。
ベック少尉の報告。
天使級付近で突然確認された、新種の小型魔獣。
それに加えて、あの原住民の話。
突然現れた黒い獣、魔獣に襲われる人々。
宇宙なら目と鼻の先と言える距離にいる私たちを襲うでもなく、じっと沈黙を守る天使級の奇異な行動。
魔獣の行動原理はわからないが、あの天使級が何かを行っている可能性が高い。
その何かは、恐らくは、私たちにとって、致命的な何かになる可能性が高いと思う……。
「艦長。みなさん」
私はかつりと踵を鳴らして、前に進み出た。
「私からも、ご報告があります。先ほど仮設格納庫にやって来た原住民の件についてです。その上で、ご提案があるんです」
私はぎゅっと拳を握り締めた。
「ここで、あの天使級は討つべきだと、私は思います」
天使級の討伐作戦については、何度も議論が繰り返された。
こちらの戦力に不安があること。
現状、天使級は攻撃して来ないこと。
以上の理由から、攻撃に反対する意見も根強くあった。
しかし状況はさらに変化して行く。
天使級を中心に広がる新型魔獣群。
日に日に広がるその支配地域に、急速な大地の衰退が確認されたのだ。
草木は枯れ果てて、動物は姿を消した。
そこは最早、不気味な魔獣が跋扈する寂しい岩石砂漠が広がるだけだった。
事ここに及んで、ようやく私たちは、天使級撃滅の決定を下す事になる。
大地の衰退と魔獣の詳しい関連は分からない。しかし異変の中心は間違いなく魔獣だ。
天使級は、魔獣は、やはりこの惑星に生きるものにとって害悪でしかない。それは、この惑星で生きるしかない私たちにとっても同じ事だ。
そして、作戦準備にさらに2週間を費やし、ようやく始まる。
私たちの戦いが。
勝つんだ。
今度こそ。
この惑星を守るためにも。
「この惑星を守るための戦いこそが、宇宙で散った艦隊の仲間への手向けになるのかもしれんな」
艦長が漏らしたその言葉に、みんなが静かに頷いた。
『主機、起動中。パワーフロー良好。定格出力まで30』
暗いコクピット。
ヘルメットを被った私の耳元に、プレアの声が響いた。
『外部画像リンク。エシュリン、起動しました』
網膜ディスプレイに、さっと緑溢れる景色が広がった。
左には、巨大なオルヴァロンの艦体。右には、こちらと同様に起動シークエンス中のベック少尉機が並んでいるのが見て取れた。
足元を見る。
こちらに手を振る整備士のみんなと、ぽかんとした顔で見上げるあの原住民の男がいた。
彼はあれからずっと、オルヴァロンの近くで野宿しながら、私に助けを訴え続けていたのだ。
……ごめんなさい。遅くなって。
私は心の中でそっと彼に謝る。
でも、今度こそ、あの魔獣は私たちが滅ぼすから!
『こちら、オルヴァロン』
視界に通信ウィンドウが立ち上がった。
すっかり顔馴染みになったオルヴァロンのオペレーターの女の子が、厳しい表情で私たちを見つめていた。
「こちらα1。起動完了」
ユウシロウが応答する。
『オルヴァロン了解。では、作戦の最終確認を行います』
今度は戦域マップが立ち上がった。
『α1、θ12は、天使級に第一波攻撃を仕掛けます。その攻撃をもって、天使級をオルヴァロン主砲の射程に誘因。主砲の砲撃で敵防御フィールドを突破。敵フィールドが再展開される前に、タイミングを合わせたα1の第2波攻撃で、天使級の動きを止めます』
私はユウシロウと目配せして頷いた。
防御フィールド自体を無効化するには、フィールドを飽和させればいいだけだ。非銀光波攻撃でも構わない。エシュリンの火力なら厳しいが、航宙艦の主砲なら……。
『なお、最終攻撃で使用する特殊ニードル弾頭は、50発分しかありません。注意して下さい』
「α1、了解」
『θ12、了解』
オペレーターの姿が消えると、私はそっとユウシロウを振り返った。
「ユウシロウ、ごめん。特殊弾頭、もっと用意出来れば良かったんだけど……」
作戦決定からずっと、私は機関長や甲板長たちと協力して、弾頭に直接銀光波を封じ込めた76ミリ弾を用意していた。
システムで銀光波を添加するのではなく、直接弾丸に力を注ぎこむ。この方が威力は増す筈。これで非力なエシュリンの攻撃力を底上げするのだ。
ユウシロウがぽんっと私のヘルメットを叩いた。
「ノエルこそ大丈夫か?毎日毎日力を使って、体調はどうだ?少し痩せたんじゃないか?」
ユウシロウの穏やかな声と、優しい眼差しが、染みてくる。
戦える。
ユウシロウと一緒なら。
私はそっと頷いた。
「まぁ、少しくらいやつれても、その、何だ。えっと……ノエルは、十分魅力的と言うか……」
「え?」
目を背けるユウシロウに、私はきょとんとしてしまった。
「この作戦が終わったら、俺たち、静かに……」
『ユウシロウは、ノエルの体が好きなのですか?』
そこに、突然プレアが口を挟んできた。
一緒固まる私たち。
「な!」
「プ、プレア!」
顔が真っ赤になる。
私とユウシロウは、同時に抗議の声を上げていた。
もう、プレアったら……!
『ユウシロウ。当機のフォルムも、なかなか流麗であると自負致しますが』
「あ、ああ。そうだな……」
いつものやり取り。
いつもの私たち。
どこか緊張が、ふわりと溶けていくような気がした。
気がつけば、私は少しだけ笑っていた。
ユウシロウも苦笑のような笑みを浮かべていた。
和やかな雰囲気がコクピットを満たす。
そこに、再び通信が入った。
『オルヴァロンから各員へ。準備完了。作戦開始。各エシュリン発進』
私は改めてシートに座り直した。
「了解。α1、ユウシロウ・オルトラン」
「ノエル・リードワイス」
「発進!」
私とユウシロウの声が重なる。
本来は3話で終わるはずだったThe Origins編ですが、長くなったので、4話構成となりました。次々話から、また元の時代のお話に戻りたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました!




