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EXAct:The Origins2

 星が瞬いている。

 しんと冷え切った大気の底から、私は星空を見上げていた。

 揺らせば落ちて来そうな満点の星空。

 いつもみたいに、そっと目を瞑る。

 宇宙空間で見るクリアな星々と違って、健気に輝く星々も素敵……。

 静かに星の世界に浸っていたいけど、私たちが降り立ったこの惑星の地表は、驚くほど賑やかだった。

 風に木々がざわめいていた。

 環境プログラムで見た海の小波のように、ずっと遠くからやって来た風が梢を揺らし、ずっと遠くへ去って行く。

 高く軽やかに、そしてコロコロと転調を繰り返している音楽は、虫の声だろうか。

 髪を揺らす風には、濃い緑の匂いが混じっている。

 そして湿った土の匂い。

 この惑星は、生命で満ちていた。

 私は、膝を付いた巨大な人型の機械、OrGDコア、エシュリンの腕の上に腰掛けて、そんな世界を感じていた。

 やはり事前の調査通り、この星は私たちの新天地に相応しいと思う。

 ヘルメットを取り、パイロットスーツの胸元も開いて、私はそのことを体中で実感していた。

 みんなでこの場所に立てたなら、どんなに素晴らしいことだっただろう……。

『ノエル。未知の病原菌が存在する可能性があります。機内に戻って下さい』

 小型ヘッドセットを通じて聞こえて来るプレアの声。

「大丈夫よ」

 私はポニーテールに纏めた金髪を掻き上げ、微笑みながら短く答えた。

 軌道上の魔獣との戦いでダメージを負った私たちは、この豊かな森の中に不時着していた。

 プレアによれば北半球のかなり高緯度の地域らしいけれど、もちろんこの惑星の詳細な地図なんかない以上、私たちがどこにいるかは不明だった。

 それに、艦隊の状況だって全くわからない。

 SOSや位置情報の信号は定期的に出しているけど、今のところ反応はなかった。OrGDと違い、エシュリンには大気圏離脱能力はないので、直接確かめる事も出来ない。

 私たちは、どうなってしまうんだろう。

 みんなは、どうなってしまったんだろう。

 押し潰されそうな不安に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 私は再び夜空を見上げた。

 スッと流れ星が走る。

 同時に3つ。

 先ほどから、頻繁に流れ星が見えた。

 きっとそのどれもが、私たちみたいにこの惑星に引かれて落ちてくる、あの戦闘の残滓に違いないと思う……。

『ノエル。ユウシロウが戻って来ました』

「わかった。下ろして」

 微かな駆動音と共に、エシュリンが私の乗った腕を下げていく。

 私がパイロットスーツの胸元を閉じながら待ち構えていると、森から出て来るユウシロウの姿が見えた。

 パイロットスーツの上からサバイバルベストを身に付け、肩には小銃を担いだユウシロウは、私を見てふうっと笑みを浮かべた。

 ユウシロウは、この不時着ポイント付近の偵察に出ていたのだ。

 彼も、既にヘルメットは被ってはいなかった。

 私と同い年の筈なのに、体格は私より一回りは大きい。短い黒髪が精悍な印象を与えるが、人懐っこい笑みはまるで年下の少年みたいだった。

「お疲れ様。どうだった?」

 私の問い掛けに、ユウシロウが笑みを消して一瞬沈黙する。そして口をへの字に曲げてしまった。

「人がいた」

 間を置いて口を開いたユウシロウは、いつもの気楽な調子ではなかった。

「人って、私たちみたいな艦隊の生き残り?」

 胸がドキリと高鳴る。

 私たちだって地表にたどり着く事が出来たんだ。

 きっと他にも……。

「いや、あれは原住民だな」

 はっ……?

 ユウシロウの言葉に目が点になる。

 原住民?

 この、惑星の?

「……獣じゃないの?知性体?」

 これだけ豊かな森なんだ。そこそこの獣がいたとしても、何の驚きもないけど。

 でも……。

「知性体というかな……」

 ユウシロウは腕組みすると、夜空を見上げた。

 小銃がかちゃりと鳴る。

「あれは人間だぞ、多分」



 私はエシュリンの脚部にもたれ掛り、ユウシロウは土の上にどっかりと胡座をかいて座っていた。

「私たちと同じ人間型の知性体。地球と同じなんて、そんな偶然あるのかしら?」

 私は眉をひそめる。

「無いとは言えないだろう。ここは大気組成からして、ほとんど地球と同じだ。まぁ、しかしそれよりも、俺たちより先に地球の移民船が辿り付いていたって考える方が、自然かもな」

 欠伸混じりのユウシロウは、眠そうだった。

 戦闘の疲れもあるのだろう。

 でも、私たちより先に辿り着いた人々か……。

 私は顎に手をあてながら考える。

 私たちは、他星系移民計画の第2期派遣艦隊に所属している。しかし、私たちより先に出た第1期艦隊は、魔獣との交戦で壊滅したと聞いている。と言うことは……。

『次元跳躍航法による時間軸の差異が発生した結果、我々より過去に転移した艦隊がこの惑星に辿り着いた可能性があります』

「おお、そうか。次元跳躍の後、帰着した空間の時間軸がずれてるって話、あったよな。そうか。さすがだな、プレア」

『恐縮、です』

 褒めるユウシロウと満足そうなプレアのやり取りを見ながら、私は考え込んでいた。

 その可能性もあるし、もしくは、私たちの方が未来に転移していたという可能性もある。

 次元を操るということは、それだけ不確実かつ不安定な要因が絡みやすいということか。もしかしたら、この技術を突き詰めれば、タイムスリップだって可能なのかもしれない。

 しかし、どちらにせよ艦隊上層部は、人間型知性体の原住民が存在している事を把握していた筈だ。惑星地表面の調査は、数度行われているのだから。

 それを隠してまで、入植を強行しようとしていたんだ……。

 それだけ私たちに後がなかったということなんだと思う。

 私たちは、人類は、やっぱり魔獣には勝てないのかもしれない……。

「ユウシロウ。先に休んで。見張りは私がしておくから。疲れてるでしょ?」

 私は足のホルスターから拳銃を引き抜いて、ガチャッと初弾を装填した。

「……そうだな。悪いが、頼むか」

 いつもなら、大丈夫だというだろうユウシロウは、すまなそうに笑った。それだけ疲労しているのだろう。

 ……何から何まですまないと思ってるのは、こちらだというのに。

 私は精一杯微笑みながら、頷いた。

『ユウシロウ。それほど疲労されているとは。申し訳ありません。ノエルより先に気付くことが出来なくて』

「ああ、大丈夫だ、プレア。コクピットで休むから、上げてくれ」

『ユウシロウ。ヒーリングミュージックをかけましょうか?もしくは、睡眠導入剤の調合を。鎮静剤の量を勘案すれば……』

「はは、大丈夫だって」

 プレアが矢継ぎ早にユウシロウに話しかけている。

 その声が心なしか焦って聞こえるのは気のせいだろうか。

 ……私に対抗意識を燃やしてるのかな?

 まったく、本当に人間くさい……って、あ。

 プレアめ、秘匿回線に切り替えたな!

 ユウシロウが苦笑いを浮かべながら、コクピットに上がっていく。

 私はそれを見上げながら、ますます混迷して来た状況に、そっと溜め息を吐いた。

 しかしというか案の定というか。

 その翌日。

 トラブルは早速やって来たのだった。



 翌日も、ユウシロウは偵察に出た。

 近くに存在する原住民の集落を確認するためだ。

 私は、昨夜と同じくエシュリンで待機。

 しかし日が高くなるに連れて、私はじっとしている事が出来なくなって来る。

 私も、何かしなければ!

 ……それに、見慣れない豊かな自然を目の前にして、心が踊らない筈がない。そんな好奇心を抱いている場合ではないのは理解しているが、それはそれ、これはこれ。

「プレア。少し食料を探しに行ってくるわ」

 私は膝をつく巨人に手を振った。

『ノエル。水、食料とも備蓄は十分ですが』

 ヘッドセットからプレアの声が聞こえて来る。

 それは、重々承知している。

 OrGDの脱出装置であるエシュリンには、搭乗者保護のための様々な装備がある。水や保存食も、長期の宇宙漂流に備えてかなりの量が標準搭載されていた。

「でも、長期戦に備えて、水や食料は確保しておいた方がいいわ。備蓄だって、いつか尽きるんだし」

 ……それに、少し周りを見てみたいし。

 私は心の中でそっと本音を漏らしてから、エシュリンに向かってじゃっと勢い良く手を上げた。

『ノエル』

 プレアの声を聴き流した私は、髪を揺らしながら意気揚々と森の中に向かって歩き出した。

 フォボス生まれの私にとっては、整地されていない地面というのが信じられない。

 少し湿った土も、無秩序に茂る木々も、生臭いほど生気に満ちた風も、生まれて初めての体験だ。

 純粋に、心が踊る。

 この時だけは、あのおぞましい体験が忘れられそうだ。

 今も耳の奥に張り付いて離れない、艦隊が壊滅していく様子を流す戦況チャンネルの声が。

 不意に、張り出した木の根に足を取られてしまう。

 私は、どかっと土の上に膝を付いた。

 ……はは。

 ……転んじゃった。

 慣れない森の中で考えごとなんてしてるから。

 1人苦笑を浮かべながら立ち上がろうしたその瞬間。

 ヒュッと、何かが空気を切る音が聞こえた。

 え……?

 体が固まる。

 その私の目の前に、たんっと何かが突き刺さった。

 こ、これって……。

「や、や、矢ぁ!」

 すっと鳩尾が冷たくなる。

 矢に続いて、何かを叫ぶ声が響き、複数の足音が迫って来た。

 これ、ま、まずいのでは……。

 私はその物音の方から逃れるように走り出した。

 しかし、純人工空間育ちの私に、オフロードは分が悪すぎる……。

「はっ、はっ、はっ……」

 息を切らしながら森を抜ける。

 目の前には、広大な草原が。

 こ、こんな状況じゃなかったら、感動する所なんだけど……。

 叫び声が間近に聞こえた。

 野太い男の声。

 振り返る。

 今私が抜けて来た背後の森から、4つの影が現れた。

 みんな一様に馬に乗っている。

 馬、初めて見た……。

 現れた集団は、筋骨隆々の体躯に、無骨な革鎧。日に焼けた浅黒い肌に、もじゃもじゃの髭……。そして各々が弓矢や剣を手にしていた。

 蛮族、という単語を、自然と思い浮かべてしまった。

 まるで、映画の撮影現場に紛れ込んでしまったみたいだ……。

 集団の先頭にいる幾分身なりの立派な大男が、私を指差して何かを叫んだ。

 私は拳銃を引き抜く。

 男たちが近付いて来る。

 ユ、ユウシロウ……!

『搭乗者保護優先。緊急自律起動。ノエル、ただいま参ります』

 ヘッドセット越しに、プレアの声が聞こえた。

 同時に、森の奥の方でザザッと木々が揺れる音が響いた。

 続いて私と男たちの上に影が差す。

 見上げると、重力制御ユニットである背中の翼を広げた白い機体が、急降下して来るところだった。

 男たちはエシュリンを指差して叫び声を上げている。その赤ら顔が、恐怖に引きつっていた。

 震える手で剣を抜くもの、前足を振り上げた馬に振るい落とされる者もいた。

『ノエル。ご無事ですか』

 エシュリンの巨大な機体は、そのまま盛大に着地するかに思えたが、地面から数十センチの辺りでふわりと滞空する。

 機体に押し退けられた空気だけが、衝撃波となって周囲に吹き付けた。

「プレア。ごめんね」

 私は髪を押さえながら、翼を広げ、陽光を受けてキラキラと輝く純白の機体を見上げた。

『ノエル。下がってください。彼らは武器を所持しています』

 私を見下ろしていたエシュリンのセンサースリットが光る。

『ノエル。退避を。威嚇し、彼らを追い払います』

 プレアはそう言うと、エシュリンの両腕の袖口に高周波ブレードを展開させた。

 えっ!

 どうみてもあの男たちは、エシュリンの威容に戦意喪失してるみたいだけど……。

 エシュリンが男たちに向き直る。

 そしてこれ見よがしに、高周波ブレードを生やした腕を広げた。

「プレア!」

 私は思わず走り出していた。

 そして、男たちとエシュリンの間に割って入ると、腕を広げた。

「プレア!もう大丈夫!止まりなさい!」

 私は、ヘッドセットがあるのにも関わらず、大声を出してそう叫んでいた。

 男たちに背を向けた私には、先ほど矢を射掛けてきた彼らへの警戒心はなかった。

 それよりも私の心の中にあったのは、後ろめたさだ。

 先住民である彼ら。

 その彼らの住む星に、入植を強行しようとしていた事への後ろめたさだ。 

 私たちが、彼らの生活の場を荒らす権利なんてない。

 ……ここでは、私たちこそが、エイリアンなんだから。

「ごめん、下がって、プレア」

 私は幾分声をひそめて、エシュリンに手のひらを差し出した。

『了解。しかし警戒を、ノエル』

 プレアは素直に機体を後退させた。

 地面の上を滑るように、エシュリンが移動する。

 さて。

 ここはささっと退散した方が良さそうだ。

 私はそっと背後を振り返った。

 そこで、愕然とする。

 男たちは全員、地面に頭をつけて平伏していた。

 思考が停止する。

 私なんかより遥かに体の大きな男たちが、わ、私に跪いて……。

 先頭の身なりの立派な男が、ぶつぶつと何か唱えながら、手を摺り合わせでいる。

 お、拝んでいるのっ……!

「あ、あの、えっと……」

 何?

 何が起こってるの?

 顔面がかあっと赤くなった。

 言いようのない羞恥心が溢れてくる。

「プ、プレア!」

 私はエシュリンのもとに走った。

「こ、この場を離脱します!」

『了解』

 そのまま私は、プレアが差し出したエシュリンの手に飛び乗った。



 偵察から戻ったユウシロウとプレアのコンビに、軽挙妄動をこっぴどくたしなめられた翌日。

 異変が起きた。

 最初の着陸地点に戻っていたエシュリンに、接近してくる人影があった。

 どうやら、昨日私が遭遇した一団だった。

 あの身なりの良い大男もいる。

 ユウシロウの話によると、彼らはこの森の外にある大規模集落の住民のようだ。彼らの文化レベルから察するに、大男は首長クラスの有力者ではないかと言うことだった。

 彼らはエシュリンが見える範囲までやってくると、そこで何か作業を始めた。

 私たちは一応警戒態勢は取っていたが、彼らを刺激しないようにじっと息をひそめる。

 やがて原住民たちは、エシュリンの前に三段からなる木製の台座を作り上げた。

「なんだあれ」

 コクピットの中でその風景を眺めていたユウシロウが呟く。

「さぁ……」

 私も首を傾げた。

 やがて、その台座に様々な物が並べられた。

 色とりどりの野菜、果物。花、何かの工芸品。

 火が炊かれ、貫頭衣姿の女性が踊り始める。

 男たちが並び、昨日のみたいに手を合わせ始めた。

「……おいおい」

 ユウシロウが驚いたように呟く。

「まさか、私たち、奉られてる!」

 私の意見にユウシロウとプレアが同意するのに、時間はいらなかった。

 エシュリンの前で展開される祭祀は終わりなく続いて行く。

「なぁ、ノエル」

「何?」

「あいつら、お前を待ってるんじゃないのか?」

「……えっ?」

 ため息混じりのユウシロウの台詞に、私は後席を振り返った。

 ユウシロウ曰く。

 彼らからすれば畏怖するのが当たり前。悪魔か神様にでも見えるだろう巨大なエシュリン。それを操り、彼らを守った(結果的に)私に、感謝を捧げているのではないかと。

 いやいや……。

 えーと……。

 はぁ?

 私はニヤニヤするユウシロウを睨みつける。

 ……でも、ずっと2人でコクピットに籠もっているのも息が詰まるわけで。

「現地民と交流するには、良い機会かもな」

 最終的にはユウシロウのそんな言葉に背中を押されて、私たちは外に出てみる事になった。

 ……仮に、私たちがこの星で生きていく事になれば、彼らとの交流は大きな助けになるはずだし。

 そして。

 恐る恐るコックピットから私が姿を見せた瞬間。

 大歓声が巻き起こった。

「凄いな」

 後ろでユウシロウが呑気な声を上げる。

『凄いですね』

 プレアが同意する。

 ……はぁ?

 私はエシュリンの手のひらの上に立ちながら、私に向かって捧げられる無数の祈りに、ただただ圧倒的されるだけだった。



 ……きっかけはどうにせよ。

 現地民との交流の場が持てたのは良い事だった。

 あれ以来、私たちは徐々に彼らとの接触の機会を増やす事に成功していた。

 プレアには、彼らの言語をサンプリングしてもらい、何とか通訳出来ないか試みてもらっている。

 彼らは、やはり原始人と言えるほどの文化レベルではあったけど、純朴で快活で心地良い人たちだった。

 最初私に弓を向けたのも、獣と勘違いしてのようだ。

 あの首長が謝罪のニュアンスを現していると、プレアが教えてくれた。

 ……あと、私に平伏し、いやに畏まる態度を改めてくれるなら、なにも文句はなかったんだけど。

 しかし、こうして彼らと接しているとやっぱり胸が締め付けられる。

 彼らの土地に強制入植しようとしていた事。

 彼らの近くに魔獣という脅威を呼び込んでしまった事。

 そんな後ろめたさが膨れ上がって行く。

 そんな詮無い事をぼんやりと考えながら、私はコクピットに座り、今日も篝火を灯しに来てくれた巫女さんを網膜ディスプレイ越しに眺めていた。

 時刻は夕刻。

 今日も1日が終わる。

『警告』

 プレアの報告が入ったのは、私がうとうとし始めた時だった。

『レーダーコンタクト。こちらに落下してくる構造物群を確認』

 私は慌てて体を起こした。

「艦隊の残骸?落下予想地点は?」

 私はレーダー表示を確認しながら、ユウシロウをコールする。

『落着予想出ました。ここより南南西約59キロ地点より南方向』

 落下してくるものの数が多い。

 それに。

「大きいものもあるわね……」

 大気圏突入の熱でも燃え尽きなかった塊だ。このまま落着すれば、地表への激突の衝撃で、広範囲に被害を及ぼしてしまう。あの原住民たちの集落も、衝撃波に巻き込まれてしまうかもしれない。

「どうした、ノエル」

 ユウシロウがコクピットに入って来た。

「艦隊の残骸みたい。近くに落ちるわ」

 私はレーダーが捉えた物体を外部映像上にマークしていく。

 群青の空を赤いマーカーが埋め尽くしていく。

「防御フィールドで集落を守るわ。残骸を破砕する時間もなさそうだし」

「わかった。プレア、スリープ解除。主機出力を上げろ。エシュリン、Cモードで起動」

『了解。防御フィールド展開準備。ユウシロウ、ノエル。当該落下物の一部からジェネレーターパルスが確認出来ました。一部機能が生きているものがある様です』

「凄い、プレア!」

 私はコンソールを叩く手を止めて声を上げた。

「やるな、プレア!」

 ヘルメットを被りながら、ユウシロウが笑う。

『恐縮です、ユウシロウ』

 照れているみたいなプレアさん。

 ……あれ。私は?

「それで、落ちてくるのはなんだ?」

 ユウシロウがエシュリンを離陸させる。

 コクピットハッチが閉鎖され、木々を映し出していた周囲の映像がぐっと上昇し始めた。

 眼下に、巫女さんが腰を抜かしてこちらを見上げているのが見えた。

『コード確認。当該物体は、クレアディス。その一部と思われます』

「旗艦!」

 私はユウシロウと顔を見合わせた。

 もしかして誰か生存者がいるかもしれない!



 私たちの近くに落下した残骸は、比較的小さかったようだ。それでも、原住民の集落にとっては脅威となる。私たちは集落の前に立ちはだかり、防御フィールドで衝撃波を防いだ。その後、ここより南南西約135キロ先に落着したと思われる旗艦の残骸を確認するために飛び立つことにした。

 呆然とこちらを見上げる集落の住民たちに、プレアが解読した言葉で別れを伝える。

 ……通じたかはわからないが。

「感謝してたな、彼ら」

 低空で機体を滑らせながら、ユウシロウが呟いた。

「……そうね」

 原住民の彼らも、エシュリンが何事かの災害から自分たちを守ってくれたのはわかっていたようだった。

 しかしだからこそ一層、後ろめたい。

 コクピットが沈黙に包まれる。

 地平線に沈み行く太陽が、最後の光で山の端を輝かせる。

 どこまでも広がる原野に夜が降り注ぐ。

 普段なら、素直にその美しさに目を奪われていたと思う。

 しかし今は、旗艦の生存者がいるのではないかという淡い期待と、私たちが現地民たちに迷惑をかけたという罪悪感で胸が一杯だった。

 視線を落とす。

 足元を流れていく草原。

 その風景が、だんだんと荒れ果てた荒野のように変わり始めていた。

「……ひどい」

 思わず口に出してしまった。

「……ああ。まるで爆撃を受けたみたいだな」

 ユウシロウも低い声で呟いた。

 目的地が近付くにつれて、大地には無数のクレーターが穿たれていた。

 草木が萌える大地は吹き飛ばされて、醜く土がむき出しになっている。残骸落着の熱で、火災が起こってる箇所もあった。

 ……やはり、相当広範囲に渡って残骸が落下したようだった。

『目標補足』

 外部映像の一部が拡大された。

 息を呑む。

 そこには、奇妙なオブジェが起立していた。

 一際大きなクレーター。

 その真ん中に立っているのは、まるで巨大なスコップの先端だった。

 艦隊旗艦を勤めていた航宙戦艦クレアディス。

 あれは、その艦首。

 1000メートル以上あった艦体のその先端部分だけが、垂直に地面に突き刺さっていた。

 赤茶けたクレーターにそびえ立つ異物。その脇に、すっとエシュリンが降り立った。

「プレア。艦内状況は?」

 私は旗艦の残骸を見上げる。

『確認中。サブジェネレーターは生きているようですが、生態反応はありません』

「侵入出来るポイントがないか探してみよう」

 そう言うと、ユウシロウがエシュリンを前進させ始めた。

 旗艦はユウシロウとプレアに任せて、私は周囲を確認する。

 旗艦の艦首部以外にも、原型は留めていなかったが、エシュリンの機体よりも巨大な残骸がゴロゴロ転がっている。あんな状態の内部に人がいたとしても、到底無事だとは思えなかった。

 ん?

 レーダーに反応?

『レーダーコンタクト。9時の方角より接近する機影あり』

 ドキリとする。

 機影?

 レーダー表示を確認する。

 速い。

『IFF照合。確認。θ隊所属機。typeエシュリン』

「ユウシロウ!」

 私は思わず後席を振り返っていた。

 ユウシロウが頷く。

「接近中のエシュリンへ。こちら空母ヒュウガ所属α分隊ユウシロウ・オルトラン中尉だ。聞こえるか」

 私はじっと無線に耳を済ませた。

 ざざっとノイズが走る。

『……こ……らは、θ12。オードリー・ベック少尉です』

 聞こえて来る女性の声。

 私は目を見開く。

 勝手に溢れて来る涙に、じわりと視界が滲んだ。

 生きていた。

 私たち以外にも、生存者が!

 ああ……。

 良かった……!

 本当に、良かった!

「θ12。合流しよう」

『了解。α1。ご無事で何よりです』

「ああ、そちらも」

 ユウシロウも、私とそしてθ12のパイロットの彼女も、思いは同じ。

 仲間に会えた安堵が胸を満たしていく。

 狭いコクピットが、静かな歓喜に包まれる。

 程なくして旗艦の残骸の側に立つ私たちの隣に、ふわりとエシュリンが着地した。

 機体外観は、私たちのエシュリンとほとんど違わない。しかしあちらは一般機のようだ。複座であるコクピット周り、銀光波を攻撃に転じるAUドライバが搭載された背部が、私たちの機体とは若干違った。

 さらに、純白である私たちの機体とは違うブルーのカラーリングのおかげで、随分印象が違って見えた。

 そのオレンジに輝く頭部センサーが、こちらを捉えた。

 視界に通信ウィンドウが立ち上がった。

 現れたのは、褐色の肌に大きな目が特徴的な女性だった。

「改めて、合流出来た事を嬉しく思う」

 ユウシロウが話し掛けると、ベック少尉は微笑んで頷いた。

『私も生存者を発見できて良かったです。それも、あのα分隊のエースとは』

 おお。

 有名だね、ユウシロウ。

「君も旗艦の生存者確認か?」

『はい』

「では、まずお互いの状況確認からだな。データリンクを。プレア?」

『了解しました』

 プレアが向こうの機体と交信を始めると、θ隊や彼女の機体の状況経過が表示され始めた。

 大規模魔獣群の強襲により隊も母艦もバラバラになり、そのままこの惑星に落下か。

 状況は、私たちとあまり変わらないかもしれない。

『この残骸の調査が終わりましたら、艦にご案内しますよ。きっとみんな喜びます』

 艦体の状況に唇を噛みしめていた私は、はっと顔を上げた。

「艦が、降りているの?」

『あ、はい。駆逐艦が一隻。私の母艦じゃないんですけど、この星に落ちる時に、たまたま一緒になって。位置データ送ります』

 なっ、なんと!

 ベック少尉に会えただけでも奇跡的なのに、さらに仲間が生きてるなんて!

 データが表示される。

 高速駆逐艦オルヴァロン。

 この艦なら搭乗員は150名程。

 生きてるんだ……!

 コツコツとヘルメットが叩かれる。

 振り返ると、ユウシロウがふっと笑っていた。

「良かったな」

 私も微笑み返した。

「ええ、本当に!」

 震える声を抑えて、喜びを噛み締める。

 そこに突然。

 警報が鳴り響いた。

 凍り付く。

 温かいもので満たされていた胸が、瞬時に冷たくなる。

 何故なら、この警報は……。

「接敵警報!θ12!」

 ユウシロウが即座に反応しながら、操縦桿を握り締める。

『え、ああ、か、確認しましたっ。でも、こ、これって……。まさか!』

 インジケーターに武装表示が出る。

 76ミリ速射砲。残弾は、予備カートリッジも含めて8800発。

 これと高周波ブレードだけが、現在の私たちの武器だった。

『後方5時方向。熱源確認』

 エシュリンが振り返る。

 隣のベック少尉機も、こちらと同じように76ミリを構えていた。

 私たちの銃口の先にあるのは、やはり落下した艦の残骸。

 時間が凍り付いたかのような沈黙。

 そして、ぐらりと、その残骸が揺れた。

『くっ、ああああ!』

 ベック少尉機が発砲する。

 夜の帳を、放たれた無数の銃弾が引き裂く。

「ベック少尉、落ち着け!」

 ユウシロウの叫びとは裏腹に、みるみる蜂の巣になる残骸。

 76ミリ砲弾に引き裂かれ、瓦礫が崩れる。

 その中から、ふわりと、純白の羽が広がった。

 まるでそれは巨大な天使のようで……。

「……残骸に紛れて落ちて来やがったのか」

 ユウシロウが呆然と呟いた。

「……天使級、魔獣」

 私もその光景を凝視しながら、そう零すことしか出来なかった。

 夜の闇の中に、赤い目が怪しく輝く。

 また少々長くなってしまいましたが、読んでいただいてありがとうございました!

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