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EXAct:The Origins1

 無数に並ぶ本の海が、天窓から差し込む光の柱に照らされて、茜に染まる。

 しんと静まり返った王立図書館の閲覧室で、唯は1人、分厚い本に目を落としていた。

 この世界の創世記。

 教会の教義の根本を成す始まりの物語を。



 無限に広がる闇の中で、たった1人漂うのが好きだった。

 上も下もない空間に漂う感覚。

 自分の内側に響いてくる呼吸の音だけに身を預けて、無限に散りばめられた星々を眺める。

 青白い光の星。

 赤く光る巨星。

 星雲や銀河や、私なんかには到底辿り着くことなんて出来ない遠くの天体。

 もしかして、あそこにも誰かがいるのかな?

 私みたいに、星々に思いを馳せている人たちが。

 そんな詮無い思考が、ぐるぐると頭の中を回っている。

 漂う。 

 飛翔か、落下か。

 ああ、このまま微睡んでいられたら、どんなに幸せだろう。

 このまま永遠に静かな宇宙だったなら、どんなに幸せだっただろう。

 そんな私の意識を引き戻すように、音が響く。

 コツコツと私のヘルメットを叩く音だった。

「ノエル」

 ……なによ、もう。

「そろそろだぞ」

 慣れ親しんだ相棒の声に、私はシートに預けていた体を起こした。

 視界の中で明滅している人工の光を、指先でクリックする。

 網膜ディスプレイに映し出されていた機体の外部映像に加えて、緑色に光る各種インジケーターが表示される。同時に、私が座るシート、それに複座型のシートの後席に座る相棒の姿も見えるようになった。

「なんだ、ノエル。寝てたのか?」

 笑みを含んだ声は、いつも通りのお気楽具合。

 まったく、こいつがうちの艦隊のトップエースとは……。

 むう。長年相棒してる私ですら、未だに納得いかない。

「もう、邪魔しないでよね、ユウシロウ。せっかく集中してたんだから」

『心拍数が上昇しています。コンディションに不具合があるなら申告を、ノエル』

 頭の中に直接語りかけるように、柔らかな女性の声が響く。

 この声の彼女もまた、私とユウシロウの仲間だった。

 私達が搭乗するこの機体、軌道上攻撃型兵装OrGDの機体制御AIであるプレアだ。

「ごめん、大丈夫よ、プレア」

『わかりました。しかしユウシロウにご迷惑はかけないよう、お願い致します。ノエル』

 そしてプレアは、ユウシロウに甘くて私にはとことん厳しい……。

 この子は、なんでこんな風に成長してしまったんだろう。

「はは、俺は大丈夫だよ、プレア。いつも心配してくれてありがとう」

『ユウシロウさま……。私はあなたのものですから』

 ああ、そうか……。

 ユウシロウがとことん甘やかすからだ、AIを。

 まるで人間の女の子みたいに。

「ユウシロウ、あなたは……」

『そこまでよ』

 私が機体AIの教育方針についてもう何度目かの意見を口にしようとした瞬間、また別の声が響いて来た。

 視界に通信ウィンドウが立ち上がる。

 栗毛を丁寧に纏めた女性が、にこやかに微笑みながらこちらに手を振っていた。

『あなたたちの夫婦漫才は楽しいけど、オープン回線にだだ漏れよ』

「はっ!す、すみません……」

 彼女は、私たちの母艦ヒュウガの管制官を務めるエリスだ。

 いつも柔和な笑顔を浮かべている彼女が、しかしきりっと厳しい顔つきに変わった。

『時間よ。艦隊全艦配置完了。OrGD隊全機展開完了。以降、初撃を担うα分隊は、管制を旗艦クレアディスに委譲。ユウシロウ、ノエル、プレア。暫くは直接交信出来ないけど、また着艦誘導の際、会いましょう。……どうか、無事の帰艦を』

 エリスの厳しい目。

 もしかしたら、もう彼女の顔を見ることが出来ないかもしれないんだ……。

 しかし。

「大丈夫だ、エリス。またみんなで会えるから」

 私が何か言うよりも早く、後席のユウシロウがそう告げていた。

 確信に満ちた力強い声で。

 もう……。

 いつもぼうっとしているのに、こういう時だけは、その、ちょっとだけ、凛々しいというか、なんというか……。

『ノエル、心拍数さらに増加。大丈夫……』

「うるさいわよ、プレア!」

『ふふ』

 エリスが笑う。

『幸運を』

 そして通信ウィンドウは、旗艦の作戦士官に切り替わった。



『ゼロタイム。全艦作戦開始。α分隊加速。敵先行群に初撃を加えたのち、AUポイントまで誘導せよ。使用兵装自由。敵は数が多い。包囲、被弾に注意せよ』

 始まった!

 戦況チャンネルの通信量が一気に増加していく。

「α1、突撃!」

 ユウシロウが叫んだ。

『α2、突撃!』

『α3、続くぜ!』

 別軌道から侵攻していたα分隊の僚機らも次々に加速を始める。

 高度な慣性制御に守られたコクピットに加速の衝撃はなく、視界の中に広がる仮想インジケーターの跳ね上がっていく数字だけが、あたしたちが猛烈な勢いで宇宙を駆け抜けている事を物語っていた。

 私は、そのインジケーターの脇に立体表示される機体コンディション表示に目を向けた。

 ひっくり返したお椀に、姿勢制御スタビライザとベクタードノズルを兼ねた脚部を2本。さらに近接戦闘用のマニュピレーターを2本はやしたOrGDの姿は、どこかユーモラスだった。

 今は、そのお椀のサイドに、さらに長大な追加武装を施した重武装状態だ。

 ……これなら、大丈夫。

『第4惑星軌道を通過』

 プレアの声が響く。

 私たちの戦いは、多分これで最後だ。

 この星系が、私たちの決戦の場所。同時に、長く続いた私たちの旅路の目的地になるんだから。

 負けない……!

 あんな奴らなんかに!

 太陽系から移住可能な星を探して宇宙をさ迷う私たちの旅。

 出発から、既に艦隊内時間で8年と3ヶ月が経過していた。

 その旅は、決して安全な航海ではなかった。

 もちろん、次元跳躍航法というまだ確立して間もない技術を駆使して何千光年と深宇宙を進むのだ。安全であるはずがない。

 でも私たちには、そんな自然の驚異以外に、明確な敵が存在していた。

 魔獣。

 誰がそう呼び始めたのか、虚ろに巣くう魔なる獣ども。

 人類が次元跳躍航法を発見するのと同時に遭遇した未知の宇宙生物群。

 奴らは、突然太陽系内に次元跳躍して来ると、問答無用で人類に襲い掛かって来たのだ。

 魔獣の恐ろしさは、その絶望的な物量や、生物的なフォルムの癖に航宙戦艦をも凌ぐ火力だけではない。

 私たちの、人類の兵器が、まったく通じなかったのだ。

 次元跳躍によって更なる宇宙進出を夢見ていた人類は、魔獣の襲来により、種としての存亡の危機にさらされた。

 私たちのような他惑星移民計画が強行されたのも、そんな人類の生き残りを賭けた苦し紛れの策だったのだ。

 しかし人類も、一方的に滅ぼされるのを待つだけではなかった。

 苦しい戦況の中でも、魔獣に抗う術を見つけ出したのだ。

『前方、魔獣群を光学補足』

 視界の一部が拡大表示される。

 星々を埋め尽くして広がる醜悪な塊。それは、まさに宇宙の闇が蠢いている様だった。

『敵前衛、天使級魔獣群。推定個体数154万24……』

「プレア、もういい」

 ユウシロウが諦めたように溜め息を吐いた。

『了解』

「凄まじい数……」

 私は思わず呟いてしまう。

 私たちの艦隊が今まで相手をしてきた魔獣群でも、最大クラスの数だろう。

 闇色の体躯に赤い目が瞬く。天使のような白い翼が、恒星の光を受けて輝いている。

 ……おぞましい化け物どもめ。

「プレア、敵密度が一番高い場所を。長距離砲で先制攻撃を仕掛ける!」

 勇ましいユウシロウの声に、私もレセプターを握りなおした。

「ノエル、準備はいいか?」

「いつでも!」

 高鳴る胸の鼓動を抑えるように叫ぶと、私は体の内側に意識を集中させる。

 私の体から、ゆらりと銀色の光が立ち上り始めた。

『ノエルの銀光波形確認。ブースト開始。照準補正完了』

 人類が見つけ出した魔獣を撃破出来る唯一の手段。

 それは、私のような銀色特異体が発する銀光波を増幅し、攻撃に添加する事だった。

 体を包み込む温かい光。

 私の体から溢れる銀色の光が、レセプターを通じて、機体に吸い取られていくのがわかった。

「α1、エンゲージ!」

『旗艦、了解。可能な限り殲滅しろ』

「了解!行くぞ!」

 ユウシロウが吠える。

 同時に、機体の側面から膨大なエネルギーの束が放たれた。

 粒子ビームの煌めきが宇宙を貫く。

 宇宙塵を蒸発させながら、魔獣群の真ん中にビームが突き刺さった。

 煌めく無数の爆光。

 それはまるで星の生まれる場所の様に、喧しく輝く。

『敵殲滅率2.7%』

あれだけ薙払って、たったそれだけ……。

くっ!

「接近する!」

『ユウシロウ、ご注意を。今の攻撃で、敵前衛の注意が当機に向いています』

「それこそ作戦通りだろう」

 ユウシロウが不適に笑った。

 宇宙全体を埋め尽くすような魔獣群から、真紅の光が煌めく。

『警告。敵砲撃きます』

 航宙戦艦の装甲板ですら貫く天使級魔獣の熱線が、私たち目掛けて殺到する。

「そんなもんっ!」

 ユウシロウの咆哮と共に、直進加速していた機体が鋭角を描いてターンする。

 機体が震える。

 機体が軋む。

 キャンセルしきれない加重に、シートに体が沈み込む。

 歯を食いしばって加速度に耐えながらも足元を見ると、何万もの熱線の束が通過するのがわかった。

「カウンター!マルチロック!フルファイア!」

 ユウシロウが吠えた。

 回避機動から反転して機首を魔獣に向けるOrGD。同時に無数の誘導弾、ビームが放たれる。

 増幅された私の銀光波をまとったそれらは、容易く魔獣群を飲み込み、光の中で消滅させる。

 なおも迫り来る砲撃を回避し、次々と攻撃を繰り返すユウシロウ。

 惚れ惚れするようなマニューバの数々。

 視界を埋め尽くさんばかりのロックオンマーカーが、次々と消えていく。

 私も、ただ見とれているだけではない。

 意識を研ぎ澄まし、体の中から溢れる銀色光をまとめ上げる。

『ユウシロウ。敵集団の25%が当機を指向して来ます』

「よし」

 機体が激しく揺さぶられる。

 接近していた魔獣が、迎撃用スプリットミサイルを浴びて至近距離で爆裂したのだ。

「α1から旗艦へ。敵集団の誘引開始」

 ぐるんと機体が回転する。

 インジケーターが目まぐるしく動いて、私たちが反転加速し始めた事を告げていた。

『旗艦了解。確認した。α2、α3確認。これより作戦はフェイズ2に移行する』

「了解!」

 私たちは、敵前衛集団を力一杯ひっぱたいて、猛然と来た道を戻り始めた。

「ノエル」

 レーダー確認。

 全天を埋め尽くすような魔獣群の影が、たった3機のOrGDに牽引されるように動き始めていた。

「ノエル」

 作戦のフェイズ1、α分隊による敵の誘引は、まずまず成功と言えるだろう。

 コツコツ。

 ヘルメットを叩かれる音に、私ははっとする。

「ユウシロウ?」

 振り向くと、後席から身を乗り出したユウシロウが私に笑い掛けていた。

「ノエル、大丈夫か?今のうちに休んでおけよ」

 戦闘中とは違うのほほんとした声に、私は思わず脱力してしまった。

「でかいのバカスカ撃ったから、疲れただろ?」

 確かに銀色光を発現させ続けると、かなりの疲労感がある。

 でも……。

「私は大丈夫よ」

 勝たなきゃ。

 この希望のない戦いの旅に、終止符を打つために。



『旗艦クレアディスよりクロートー、ラケシー、アトロポスへ。敵群接近。会敵まで300。AUフィールド形成開始』

『各艦主砲照準』

『各OrGD隊、FCS連動最終チェック』

『α1後方の敵群、なおも増加中』

 艦隊が布陣するポイントが近付くに連れ、タイムラグなしに聞こえてくる艦隊の無線が、一層賑やかになっていく。

 私たちは、敵群を引き離さない程度のスピードを維持しながら、所定のポイント目がけて真っ直ぐに進んでいた。

 背後には、直視したら卒倒しそうなほどの魔獣が蠢いているはず……。

『カウントダウン開始』

『各艦へ厳命。敵群がフィールドに入りきるまでは、砲撃は厳禁だ。せっかくα分隊がまとめてくれた魔獣共を散らすな』

 この声は、艦隊司令……。

「ノエル」

 ユウシロウが静かに語り掛けて来る。

 さすがのユウシロウも緊張しているのか、いつになく低い声だった。

「俺たちは、タイミングを合わせて公転面から垂直に離脱する。その後反転して攻撃に加わる。フィールドから出て来る奴を狙うから、もう一度、頼むぞ」

 私は、ヘルメットの下でニヤリと笑っていた。

「……もちろん。やってやるわ!」

 私の言葉に、ユウシロウが何か言おうと息を呑んだ瞬間。

『私も頑張ります、ユウシロウ』

 つんと澄ました声で、プレアが割って入って来た。

「ああ、ああ。もちろんだ。よろしく頼むよ、プレア」

 ユウシロウも少し驚いたみたいだった。

 やっぱりプレア、AIの癖に人間くさい。 

 戦闘中なのに、私はふふふっと笑ってしまった。

『α1、AUフィールド境界面突入』

 作戦士官の声が響いた。

 瞬間。

 網膜ディスプレイを通じて映し出される機体の外部映像が、全周囲銀色の光に塗りつぶされた。

 まるで、宇宙全体が銀色に染まってしまったかのような光景に目が眩む。

 一瞬和やかな空気に包まれていたコクピット内に、ぎりっと緊張感が戻って来た。

 人類が対魔獣用に考案した戦術は、私みたいな銀色特異体をOrGDに乗せて戦わせるだけではなかった。

 銀色特異体の数は少なく、圧倒的物量を誇る魔獣群に対するには非効率だった。

 そこで考案されたのが、航宙戦艦に乗り込んだ銀色特異体から発せられる銀光波を増幅、照射。複数艦のそれを合わせ、銀光波のフィールドを作り出すという作戦だった。

 その銀色の空間、AUフィールド内に入った魔獣は、通常兵器でも撃破する事が出来たのだ。

 こうして対魔獣戦術として、囮で引き寄せた魔獣をAUフィールドに引き込み、一気に殲滅するという作戦が確立されることになった。

 今私たちが遂行している作戦も、その基本をなぞったものだ。

『魔獣群先頭、フィールド突入!』

 私たちを追ってくる魔獣群が、クロートー、ラケシー、アトロポスの3艦が作り出す銀色のフィールドになだれ込んでくる。

『敵主力フィールド突入まで25!』

 もう少し……!

 機体が急旋回、急上昇をかける。

 ユウシロウが、敵群から放たれた火線を回避したのだ。

 もう少し……。

 もう少しで!

「くっ……」

 今……。

 入った!

『全艦砲撃開始!』

『各艦全力砲撃を始めろ!天使どもを宇宙の塵に変えてやれ!』

『砲撃、砲撃!』

『ってぇ!撃ちまくれ!』

 各艦長が声を上げる。

『α分隊は急速離脱』

「了解!」

 その中にあっても一層冷静な作戦士官の指示に従い、ユウシロウがOrGDを加速させた。

 私たちの機体と交錯する無数の粒子ビームの光。続いて、ミサイル群が私たちの背後の魔獣に向かって殺到していく。

 衝撃。

 私は思わず振り返った。

 猛烈な爆発光が間断なく膨れ上がり、容赦なく魔獣群を飲み込んで行く。

 巨大な咢を溶断し、白い翼を引きちぎる。

 それでも仲間の屍を盾にして押し寄せてくる魔獣群。

 泥水が染み出すように、制圧射撃の合間を抜けて前進し続ける天使級魔獣。

 動かなくなった仲間の屍の向こうから現れた一体が、目だろうか、頭部に走るラインを赤く明滅させる。

 その迫力とグロテスクさに、私は息を呑んだ。

 ユウシロウが機体を停止させて、魔獣群に正対させる。

「α2、α3いるか?」

『おう!』

『ここに!』

 聞き慣れた仲間たちの声。

「これよりα分隊は、砲撃を迂回して来る個体の殲滅に入る。クレアディス!」

『旗艦、了解。α分隊はセクター203方面をカバーしろ。λ中隊と連携して、浸透して来る個体を潰せ』

「αリーダー、了解!」

『λ1了解した。αのエース、頼りにしてるぜ』

「行くぞ、α分隊!俺に続け!」

 常時とは一転した剣幕で、ユウシロウが叫んだ。

 その猛々しさが、今は本当に心強い。

「プレア」

『何でしょう、ノエル』

「私たちも負けてられないわ」

『はい。あなたにも負けません』

 手を伸ばせば届きそうなほど接近したα2、α3と共に編隊を組んだ私たちは、破壊が満ちる混沌の宇宙を駆け抜ける。



『作戦経過報告。作戦は現在フェイズ2工程の90%を達成。索敵、補給が完了次第、フェイズ3に移行する。繰り返す……』

 作戦開始から2時間。

 随分落ち着き始めた戦況チャンネルの通信を聞きながら、私はほっと息を吐いた。

 私たちは、事前に観測した魔獣群をほぼ撃破する事に成功していた。

 多くのOrGDや艦船が失われ、ダメージを負ったが、それでも完勝と言っていいほどの戦果だと思う。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫、ユウシロウ?」

「……ああ、大丈夫だ」

 AUフィールドに入ってからは私の負担は減ったが、際どいマニューバを繰り返していたユウシロウの疲労はかなりのものだと思う。

『しかし、これでやっと俺たちも本物の土が踏めるってもんだな』

 通信ウィンドウが立ち上がり、厳つい顔に陽気な笑みを浮かべたα3が話し掛けて来た。

 α2は被弾し、先に帰艦している。

 私とユウシロウのOrGDも、決して無傷というわけではなかった。

「ああ、そうだな」

 ユウシロウは疲れた声で返事する。しかし、決して暗い声というわけではなかった。

 私はそっと銀色の向こうの宇宙に目を凝らした。

 加速すれば一瞬でたどり着きそうな場所に、青い惑星が見えた。

 私たちの新天地。

 果てしない宇宙で見つけた、新たなる寄る辺。

 魔獣を駆逐して、私たちはあの惑星へと入植を行うんだ。

『α分隊。帰投許可が出た』

 通信ウィンドウが立ち上がり、無表情な作戦士官の顔の後、見慣れたエリスの顔に切り替わった。

『はーい、ユウシロウ、ノエル。また顔が見られて嬉しいわ』

 にこりと笑うエリス。

 その笑顔に、私もつられて微笑んでしまう。

『では、お家に帰って来て。着艦は後部……なに?』

 通信ウィンドウの中で、エリスが急に振り返った。

『何が……時空震?』

 愕然とした様なエリスの声がいやに大きく響き……。

 突然、通信ウィンドウがブラックアウトした。

「ノエル!」

 ユウシロウが叫ぶ。

『警告。時空震並びに高熱源反応』

 淡々としたプレアの声。

『衝撃波です』

 その瞬間。

 機体が激しく揺さぶられた。

「ああああっ!」

 私は目をつむってその振動に耐える。

 まるでOrGDごと激しくシェイクされているみたいだった。

「ノエル!銀光波を!α3、ブレイク!」

 ユウシロウの切羽詰まったような声。

 私は事態を把握しようと周りを見回し……。

 そこには、無数の星々が瞬く宇宙の闇が広がっていた。

 あれ……。

 私たち、まだAUフィールドの中にいた筈なのに……。

 無限に広がる虚空には、あの暖かな銀光は微塵もなかった。

『な、何が!』

『クロートーとアトロポスが!大破、いや轟沈?』

『ば、馬鹿な……』

『敵、艦隊直上よりし、侵攻して来ます。わ、わぁああ!』

『空母級!空母級魔獣37!艦隊直近に次元跳躍して来ました!』

『無数の天使級が放出されています!推定個体数……』

『ベルガ、モントリオール轟沈!チンタオ、航行不能……、ヒュウガ、パラオも轟沈です!』

 錯綜する戦況チャンネル。

 いったい何が……。

 ヒュウガ?

 轟沈?

 エリスは……?

 帰投していたα2は……。

 艦長、メグ、ハロルドさん、キエラ、ウォルト、タケナカさん、カナ……。

「ノエル、集中しろ!敵が来る!」

 ヘルメットを叩かれる。

 はっとする。

『天使級魔獣57体、当機を指向しています。回避』

 ぐっ……。

 ユウシロウが火線を回避する。

 機体の直近を、光の束が通過する。

 熱衝撃波で激しく揺さぶられる機体。

 私はその衝撃に耐えながら、銀光波のレセプターを強く握り締めた。

 なんで。

 なんで……!

 もう少しだったのに!

 戦況チャンネルから聞こえてくる悲鳴と怒号。

 くっ。

 みんな、みんなもう少しで!

「ううう、ああああああ!

「ノエル!クレアディス、応答してくれ!状況を!」

 至近距離で爆光が瞬く。

 その中から現れる天使級。

 頭部の赤いラインがまがまがしい光を増し、かっと開いた口腔に光が収束する。

 私は全力で機体に銀色光を流し込む。

『シルバーソード、レディ』

「くそっ!」

 ユウシロウが機体を傾け、マニュピレーターを天使級目掛けて差し出した。

 その先端から、増幅された私の銀光波が光の剣となって伸びる。

 魔獣の熱線が放たれる。

 その光の束を、銀色の剣が切り裂いた。

 超新星爆発のような閃光。

 飛び散り、拡散する熱線の残滓。

 機体が激しく揺さぶられる。

 一瞬にして左半分の映像が消滅した。

 私の目がおかしくなったのではない。

 左舷のカメラが死んだ……。

『外郭破損。警告。武器システム稼働率56%に低下』

「くっ、旗艦!応答してくれ!」

 ユウシロウは、次々と迫り来る天使級を回避し、残った火器で応戦する。

 私は必死に銀光波を機体に送り続けた。

 なんで、なんでこんな事に!

「うう、ううううっ」

「旗艦、クレアディス、応答を……」

『旗艦、反応消失しました。指揮系統は非常事態条項により、戦艦ヤマギに移行。ヤマギ、シグナルロスト。指揮系統は……』

 戦況チャンネルから響いて来る悲鳴。

 その向こうには、地獄が広がっている筈……。

「くそ……」

 ユウシロウが短く吐き捨てる。

 私たちは、私たちは、いったいどうしたら………。

『警告!接近警報!警報!』

 プレアが悲鳴を上げた。

 少なくとも私にはそう聞こえた。

「おのれぇぇぇ!」

 ユウシロウが吠えた。

 それはまさに絶叫だった。

 刹那。

 最大級の衝撃が機体を襲う。

 ああああああ……。

 歯を食いしばりって耐える。

 その私の前に。

 ぼうっと赤い光が灯った。

 蠢く闇色。

 私たちの機体は、天使級魔獣に組み付かれていた。

 それも、3体……!

 赤く光る不気味なラインと、白い天使の羽。こちらに伸びてくる無数の触手。

 それ以外は、まるで絵本に出てくるドラゴンのような姿。

 ああ……。

 ダメ……。

 恐怖で、絶望で、頭がおかしくなる……!

「ユ、ユウシロウ!」

「ノエル、諦めるな!力を!」

『主推進機脱落。外郭破損、破損、破損。第2スプリットミサイル誘爆。拡散ビームランチャー使用不能』

 プレアの声が淡々と終わりを告げている。

 その時、私は見た。

 機体に取り付く天使級魔獣の胸。クリスタルのような部位に、人影らしきものを。

 鎧……?

 騎士?

 まるで物語に出て来るような黒い鎧の騎士が、あそこに……。

「プレア!追加装備の長距離砲はまだ撃てるか?」

 ユウシロウの力強い声に、私は後席を振り返った。

 ヘルメットの向こうから、ユウシロウがこちらを見ていた。

 鋭い眼光が私を射抜く。

 こいつは、まだ諦めていない?

『オンライン。但し銃身欠損のため、射撃は不可です』

「十分だ。長距離砲をオーバーロードさせて、その爆発で魔獣を引き離す。撃破できなくてもいい。取りあえず引き剥がせれば!」

『ユウシロウ、それでは機体に深刻な損傷の恐れがあります』

「このままでは、同じことだ」

 ユウシロウは私に頷きかけると、素早く手元のコンソールを叩き始めた。

 諦めない。

 この状況で?

 でも……。

 あたしは……。

「プレア!」

 私は勢い良くシートに座り直すと、銀色光を全力で放っていた。

「シルバーソードを両腕で!有効打にならなくても、とにかく腕を振り回して!」

『ノエル。シルバーソードのダブルドライブは、ノエルの身に負荷が』

「このままでは、同じことよ!」

『了解、しました』

 残った視界に、マニュピレーターの振り上げる銀の剣が映った。

 同時に、足元から崩れ落ちそうな脱力感に襲われる。

 落ちそうになる意識を引き止め、荒くなる息で必死に呼吸しながら、私はレセプターを握り続けた。

「いくぞ!」

 ユウシロウが叫んだ。

 身構える。

 そして。

 猛烈な振動に、私は一瞬にして意識を失った。



 コンコンとヘルメットを叩かれる。

 今日何度目だろう。

 生きている?

 ああ……。

 この覚醒が、狭苦しくも快適なヒュウガの自室のベッドの上でなら、どんなに素敵だろう。

 ……ヒュウガ。

 ……みんな。

 あ……。

 私はガバッと身を起こした。

 しかし、目を開けても、そこは完全な闇だった。

「ノエル、起きたか」

 後ろからユウシロウの声がする。

 そうか、モニターが完全に死んだのか……。

「ユウシロウ!状況は?」

「プレア?」

 ユウシロウはプレアに語りかけ、そっとため息をついた。

『ユウシロウのお陰で、当機は魔獣の排除に成功。しかし、爆発の余波で軌道が変わり、現在は近傍の惑星の重力に捕まっています』

 はっと息を呑む。

 近傍の惑星と言えば、私たちが入植予定だったあの青い星……。

『現在のままでは、17分後に大気圏に突入します』

「ちなみに推進系は完全に死んでる。離脱は難しい」

 暗闇の中でも、声の調子でユウシロウが肩をすくめたのがわかった。

「……みんなは」

 先ほどとは打って変わって、しんと冷たくクリアになっていく頭を抑えて、私はそれだけを聞いた。

『α3はロスト。艦隊は応答ありません。爆発光が観測出来る事から、魔獣群との戦闘は継続中かと思われます』

 どうしよう。

 艦隊からの救助は、望めない、だろう……。

 そもそも、助けてくれる艦が残っているのかどうか……。

 沈黙がコクピット内を支配する。

 ヘルメットの中に、私の呼吸音が響いていた。

「……降りるしかないだろ、あの星に」

 戦闘時のテンションではなく、いつもののほほんとした口調でユウシロウが口を開いた。

「プレア、外装を排除する」

『了解。航宙装備排除。システム再起動。OrGDコア、typeエシュリン起動準備』

 降りる……。

 私とユウシロウとプレアだけで?

 まだ戦っている仲間を見捨てて?

 そんなことっ!

 ……。

 出来ないなんて言っても、今の私たちに出来ることはない。

 他に手段は、ないんだ。

 戦う?

 艦隊にすら戻れないのに?

 生き残るには、ユウシロウの判断がベストだ。

 なのに私は……。

 どうしようもない私。

 いつもユウシロウに頼ってばかりで……。

「外装パージ!」

 ユウシロウの声と共に、機械音が響き渡る。

 同時に、沈黙していた網膜ディスプレイが再起動し、機体コンディションを表示した。

 お椀をひっくり返したような外宇宙用装甲、兵装部位が排除され、中からスマートな人型のシルエットが現れる。

 女性を思わせる曲線主体のラインに、背部に接続されたウィングバインダー。

 OrGDの非常用コアユニット。

 魔獣なんかよりよっぽど、天使みたいだ。

『エシュリン起動。主機を防御フィールドジェネレータへ。外部カメラセンサー、リスタート』

 不格好な装甲板から解放されたエシュリン。そのカメラアイが捉えた映像が、私の視界一般に広がった。

 言葉を失った。

 目の前に広がる青い星。

 それは、今まで見て来たどんな宇宙の景色より美しくて、神秘的で……。

『大気圏突入準備』

 なんて、綺麗なんだろう。

「みんなにも、見せてやりたかったな」

 ユウシロウがぽつりと呟いた。

 頷こうとして、返事をしようとして、でもその前に、涙が零れてしまった。

 一度溢れ出した暖かな液体は、そのまま止めどなく溢れ続ける。

 こうしてユウシロウとプレアと私は、その星に、その世界に降り立つ事となったんだ。

 いつもと違う雰囲気に、ついつい長文になってしまいました。

 それでも、読んでいただいた方に感謝を……。

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