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EXAct:仮面の剣士1

 俺はひんやりとした壁に背を預け、腕組みをしながらコツコツと指を動かしていた。

 遅い。

 どんなゲームでも、長いデモや会話イベントはさっさと飛ばしてしまう派なんだよな、俺。

 上等な装飾が施された部屋のドアを、俺はじっと睨み付けていた。

「……なぁ、優人」

「……何だよ、陸」

 ベッドに横たわって大の字になっていた優人が、億劫そうな声を上げた。

 こいつ、半分寝てるんじゃないのか?

 緊張感のない奴め。

「カナデは、本当に来るのか?」

「おお、後で俺たちの部屋に来るって言ってたな」

 優人は目を瞑ってしまう。

 俺は腕を組み直した。

「でも、遅いな」

 しんと静まり返った室内で、思わずそう呟いてしまった。

「レティシアやシリスのおっさんと何か打ち合わせがあるって言ってたし、忙しいんじゃないか?」

 寝転がりながら声を上げる優人。かなり眠たげな声だった。

 ……ちっ。聞かれていたか。

「陸、鎧とか仮面なんか脱げよ、暑苦しい。もう寝る準備しとけ」

 ふんっ。

 俺は鼻を鳴らして返事をしない。

 今夜、急遽泊まることになったこの宿は、ログノリア公爵家のゲストハウスだった。

 カナデたちと北公の会議は、明日も続くのだろうか?

 裏では対立しているはずなのに、表向きは、社交辞令として屋敷への逗留を勧めるログノリア公爵家。

 公爵家の誘いを無碍に出来ないカナデたちも、礼儀としてそれを受けて見せなければならなかった。

 どちらもお互いを警戒したまま、腹の探り合いだ。

 俺的には、あんまりここに長居するべきではないと思うんだけどな……。

 ……まったく、だから政治系のイベントは嫌いなんだ。

 男なら、仲間たちと一緒に自分の腕と剣で道を切り開く。それが燃える展開というやつだろ?

 俺はふうっと溜息を吐いた。

 そこに、唐突にノックの音が響いた。

 扉が少しだけ開く。

 淡いランプの光源でも輝いて見える銀色の頭が、ひょこっと現れた。

「優人、陸。お邪魔しますよ」

 カナデが部屋に入って来た。

 俺は改めてぐぐっと腕を組み直し、仮面の奥からそっとカナデを窺う。

「あれ、陸。優人は寝ちゃったですか?」

 きょとんとした顔をするカナデ。

「いや、さっきまで話をしていたが」

 カナデは、騎士服の上着を脱いでいて、今は白いブラウス姿だった。下は乗馬用のぴったりとしたズボンを穿いている。

 柔らかそうな体のラインが、良くわかってしまう。

 緑の瞳と銀の髪。

 小さな顔。

 奏士かと言われれば、確かに面影はある。しかしベリルの戦場でばったり出会った俺がそうだったみたいに、もとのこいつを知っていても気が付かない可能性の方が高いだろう。

 あの堅物で、唯に女の子扱いされるのを毛嫌いしていた奏士が、まさに女の子そのものになるなんてな……。

 やっぱり、こちらの世界は面白い。

 優人たちは元の世界に帰りたがっているけど、俺はまっぴらごめんだ。

 俺は、こちら側がいい。

 剣の世界。

 モンスターのいる世界。

 クソつまらない学校も、小ウルサい奴らもいない。

 俺の力。

 選ばれし銀気の力があれば、自由に生きていけるのだ。

 カナデがベッドの上の優人を覗き込む。

 ……おっ。

 屈むと、タイを外した胸元がちらり……。

「陸?」

 はっ!

 俺は慌ててカナデから目を逸らした。

「……何だよ」

 ……ば、ばれたか。

「部屋の中ではその仮面、とったらどうですか?」

「これは俺のデフォルト装備なんだ」

 無理やり不機嫌さを演出しながらそう返すと、カナデはそれ以上何も言わなかった。不思議そうに少しだけ首を傾げて、再びベッドに転がる優人に目を向けた。

「優人、寝てるところすみません。ちょっといいですか」

 カナデはベッドに手をついて乗り上がると、優人を揺さぶった。

「……ん、ふああっ。何だ……って、カナデか!」

 眠目を開いた優人が勢い良く体を起こす。その衝撃で、バネの効いた高級そうなベッドが、ボンッと跳ねた。

「のわっ!」

 体重の軽いカナデは不意の衝撃にバランスを崩してしまう。

 そのまま、ベッドの上に倒れ込んでしまった。

 ……優人と折り重なるみたいに。

「す、すみません、優人」

「お、おお。おお。おお……」

「優人?」

「……大丈夫だ。お前、軽いからな。ははは……」

 カナデが体を起こす。

 優人はそれを助けてやりながら、笑っていた。

 嬉しそうに。

 この場にもし夏奈や唯がいれば、一回殺されてたな、優人。

 マジで。

「ところで、どうしたんだ」

 優人が真面目な顔でカナデを見た。

 ……かっこつけてやがる、優人の奴。

 カナデは優人の反対側のベッド、つまり俺のベッドに腰掛けて、優人を見た。

「夜遅くにすみません。実は、お願いしたい事があるんです」

 カナデはそこで言葉を切った。そして、今日の北公との会談のあらましを説明してくれた。

「そこで優人には、レティシアの護衛をお願いしたいんです」

 俺は何となしに2人の話に耳を傾けていた。

「でも、何でだ? 相手が、レティシアが交渉役という条件でカナデの提案を呑んだなら、レティシアを襲うことなんてしないんじゃないのか?」

 そうだな。

 そういう的外れな心配をするのは、カナ……奏士の昔からの悪い癖だ。

 俺はそうそうと、頷く。

 カナデが困ったように、眉をひそめた。

「残念ながら、北公側も一枚岩ではないようです。フォルステルの手紙を見たウォラフさまの反応からして、あちら側の考えにも、それなりの温度差があるみたいですね。そうなると、王統府との交渉を良く思わない強硬派もいるはず……」

 カナデは鋭い目で優人を見た。

「その場合、一番に狙われるのはレティシアです」

 そういえばあの赤毛の女騎士、今日の会談が終わった後、妙に張り切っていたな。

 しかし、なるほど。俺の考えていた通りだ。

 考えが浅いな、優人。

 俺はそうそうと、頷く。

「陸も、それとなく目を光らせておいて下さい」

 カナデが振り返った。

「わかった」

 俺は短く返事する。

 カナデは「お願いしますね」と、にこっと笑って頷いた。さらりと零れる髪を掻き上げ、耳に掛けながら。

 うっ……。

 俺は目を逸らす。

 くそ。

 あれは奏士なんだぞ?

「……女になるって、どういう気分なんだ?」

 俺は気恥ずかしさとか困惑とかを誤魔化すように、思わずそんな台詞を投げつけていた。

 カナデが少し驚いたように俺を見る。

 優人も俺を見ていた。こちらは、鋭い目だった。まるで、睨み付けるような。

「どういう、ですか」

 カナデは、少しだけ笑った。

「どういう姿になっても、今の私が私です」

 俺はまじまじと微笑むカナデを見てしまった。

 ああ、そうだ。

 こういう感じ。

 いつもピンっと胸を張ってる感じは、間違いなくコイツだ。

 くだらない事言うなよと凄む優人に、まぁまぁとなだめにかかるカナデ。

 まるで、今も家の近所で、唯や夏奈やみんなで遊んでいる時みたいな空気。

 ……無性に懐かしくなってしまう。

 ……くそっ。

 悔しいが。

 やっぱり俺は、こいつらと連んでいるのが、一番しっくり来るんだよな……。



 カナデがいなくなると、デリカシーの無い質問をするなとか、カナデが悩むような事を尋ねるなとかブーブー言い始めた優人がウザくなったので、俺は部屋を出た。屋敷の中の見回りだとか、適当に誤魔化して。

 ……ったく、優人の奴。

 アイツのどこをどう叩けば、デリカシーなんて言葉が出て来るのやら。

 まるで娘を溺愛する馬鹿な父親みたいだ。

 俺は、愛用の双剣を鳴らしながら暗い廊下を歩く。

 客人に貸すためだけの屋敷にしては、馬鹿でかい。

 さすが貴族さまだ。

 廊下に俺の足音が響く。

 時々すれ違うカナデの部下の騎士たちが、俺をじろりと睨む。

 この世界に来てしばらくは、そんな騎士の視線なんて比にならないくらい邪険に扱われたもんだ。

 でも、まあ、そんなのは気にならない。所詮あいつらはNPCみたいなもんだ。村人A、村人B、騎士A、騎士Bだ。

 それよりも俺は、己の力だけで生きることが出来るこの世界が気に入っているんだ。

 どこかの部屋から、夏奈の笑い声が聞こえてきた。

 ……しかし、ソロプレイにも飽きてきた頃合だったし。

 パーティーを組んで冒険するのも、悪くはないよな。

 あいつらと一緒に冒険する。

 それも、なかなか、まあ、なんだ、楽しいっつーか、な……。

「よう」

 グダグダと考え事をしながら歩いていた俺の背後から、不意に声が響いた。

 低い、どこか人を小馬鹿にするような声が。

 ……まさか。

 俺はとっさに剣の柄に手をかける。そして、ばっと振り返った。

「久しぶりだな、リク君?」

 ランプとランプの間。

 闇が凝ったような柱の陰から、そろりと男が現れた。

 細いシルエット。引き締まった体躯に無駄は一つもない。そしてその体を覆うような漆黒の革鎧。茶色い蓬髪に、無精髭。

 ニヤニヤと笑みを浮かべているが、その目は刃のように鋭い光を放っていた。

「ガルム……」

 俺の呟きに、ガルムのニヤニヤ笑いがさらに大きくなった。

 なんでこいつが、こんな所に……!

 俺はぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、腰を落とす。

「まったく、つれないな。俺たちは、君に期待していたんだぜ?」

 ガルムはボリボリと頭を掻いた。

「あの時、さらなる戦いを楽しもうぜって出撃した君は帰って来ねえし。死んじまったのかな〜って思ってたら、そのリク君が北公のところに来ているって聞いたものでな。これはもう挨拶しなくちゃって馳せ参じたのさ」

 ガルムは嗤った。嘲笑うように。

 俺がこの男と出会ったのは、この世界に来てしばらく後。1人で冒険者をしていた頃だ。

「その力、存分に振るえる戦場を用意するぜ。リク君?」

 突然やって来たこいつは、ニヤニヤ笑いながら仕事を手伝わないかと誘って来たのだった。

 当時、銀気の使い方にも慣れて来ていて、冒険者の仕事や野良魔獣程度では物足りなくなっていた俺は、躊躇いなくこいつの誘いを受けたのだ。

 こいつらは、北部の様々な勢力から汚れ仕事を専門に請け負う組織。

 俺は、その組織の幹部クラスであるこのガルムから依頼を受けて、ベリルの戦場に乱入し、女王型魔獣の核を奪取したんだ。

「ガルム。あんたらは、王直騎士団に捕まったんじゃないのか?」

 俺は低い声で問う。

 こいつは強い。

 俺がこいつらと関わっていた短い間だけでも、それは分かる。

 この男は、単独でほぼ全ての作戦をこなしていたのだ。

 どこかの街から要人を拉致する仕事では、警備隊を含めてターゲットの一族を皆殺しにしたらしい。

 ……単独で、だ。

「ははぁん、何言ってるんだ、リク君?そんなものは蜥蜴の尻尾切りだ。騎士の方々には、要らない人員の処分に協力していただいたんだぜ?」

 ガルムはふんっと鼻で笑うと、肩をすくめて見せた。

 隙だらけだ。

 しかし今斬り掛かっても、倒せるかどうか……。

「リク君も知ってるだろ?俺たちのお仕事は、引く手あまたなんだよ。暗殺、盗み、拉致。需要過多だ」

 ガルムは首を傾げる。

「しかしまぁ、ウーベンスルトの支部を潰された件もあるからな。リク君へのご挨拶のついでに、あの銀色のお姫さまにはお礼しておこうか」

 ニヤリと奴の口元が弧を描く。

 かっとなる。

 視界が狭くなる。

 気が付けば、俺は踏み込んでいた。

 踏み切った床にミシリとヒビが入る。

 背中から同時に2刀を抜き放つ。

 剣の軌道が銀の光を引いてクロスした。

 その向こうでガルムが笑っている。

 馬鹿な!

 俺の神速の斬撃。

 紙一重で間合いを外されたのか?

 続け様に右の剣を突き込む。

 回避したら、左で追撃を……。

 しかし逆に、ぐいっとガルムがこちらの懐に飛び込んで来た。

 まったく自然な動きで。

 ぐうっ!

 急制動。

「だからさ、前にも言った筈だ、リク君。君のスピード、パワーは俺たちの比じゃない。最強だ!でもな、思考が遅すぎんだよ」

 ガルムの蓬髪が微かに揺れた。

 ぐっ!

 俺は全力で後ろに飛んだ。

 体中の骨が、筋肉が、ミシミシと悲鳴を上げる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 間合いを取る。

 先ほどまで俺が居た場所には、闇色のダガーが静止していた。

 相変わらず笑みを浮かべたまま、ガルムは右手に握ったそのダガーを、ゆっくりと引き戻した。

 やはり、強い。

 銀気でブーストしている俺や優人に比べれば、スピードは大したことない。動きも見えている。

 しかし、こちらの攻撃は当たらず、向こうの刃は正確に俺の急所を狙って来る。

 くそっ……。

 なんでだ!

「リク君。腕、鈍ったんじゃないか?この世界はゲームなんだ、俺は主人公なんだってはしゃいでた頃の方が、剣に迷いがなかったぞ?」

 ……くそ。

「……それで、何の用なんだ、ガルム。カナデに復讐に来たのか?」

 どうする……。

 どうやったら、こいつを倒せる?

「ははっ、まさか。君への挨拶も、銀色の姫君へのお礼もついでだ。あくまでも、仕事。俺が仕事熱心なのは、知ってるだろ?」

 こいつの仕事が、真っ当なものであるはずがない。

「リク君。良かったら、また一緒にお仕事しないか?歓迎するぞ?」

 大仰に手を広げて見せるガルム。

 このゲストハウスに滞在するメンツがターゲットか?

 優人、夏奈、カナデ……。

 あいつらに手を出すようなら、俺は、俺は……!

「お断りだ」

 俺は半身を開き、左の長剣をガルムに突き付けた。

「俺の仲間に手を出すなら、殺すぞ」

 ガルムを睨みつける。

「……おやおや。変わったな、リク君」

 ガルムはつまらなさそうに呟くと、ふんっと鼻を鳴らした。

 そこに。

「どうした!」

「何かあったのか?」

 ガチャガチャと響く鎧の音が近付いて来た。

 先程の戦闘の音を聞きつけたのか、警備の騎士たちが集まって来た。

 ガルムの視線が、すっと俺の背後に流れる。

 ……ちっ!

 とっさに、俺は左にステップし、掬い上げるように剣を振り上げた。

 ノーモーションで俺の脇をすり抜けに掛かったガルムが、ひょいと回避し、後退する。

 読みが当たった!

「ゴミ掃除だ。邪魔するな、リク君」

 無感情で平板な声を残して、再び加速するガルム。

 迎撃する俺の剣は空を切る。

 逆に視界の端に、迫る漆黒の刃が見えた。

 最短の経路で。

 一切の無駄な力もなく。

 すうっと刃が迫ってくる。

 俺の喉元へ……!

 俺は歯を食いしばって仰け反る。

 黒の刃が、ががっと仮面の表面を削ぐ音が響いた。

 冷や汗が吹き出す。

「はは、さすがに厄介だな、リク君」

 騎士たちが迫る。

「お前ら、カナデと優人に伝えろ!賊だ!」

 間合いを外したガルムを睨みつけながら俺は叫んだ。

「……りょ、了解!」

 背後で直ぐさま足音が反転する。

 反応が早い。

「おお、いい判断だな、あの騎士ども」

 ガルムが感心したように笑った。

「カナデの選りすぐりだからな」

 俺も笑い返してやる。

 やってやるさ。

 俺なら、こんな暗殺者、1人で倒してやる!

 ガルムが突撃して来る。

 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け。

 見極めるんだ。

 迎撃、そこぉぉ!

 右の剣が空を薙ぐ。

 左でダガーを弾く。

 そして剣を引き戻すより早く。

 俺は銀の光を纏わせた蹴りを放っていた。

 初めて敵を捉える感触。

 しかし。

 俺の蹴りに合わせて後ろに飛んでいたガルムが、ニヤリと笑った。

「場所を変えよう、リク君」

 そしてその勢いを利用して、ガルムはそのまま背後に飛んだ。

 その先は窓。

 ガラスを突き破る甲高い音が、廊下に響き渡った。

「くそっ」

 俺は短く吐き捨てると、両手に剣を携えたまま窓の外に消えたガルムを追撃する。

 ……奴は俺が倒す。

 はっきり言って、この世界がどうとか、この世界の住人がどうとかは、どーでもいい。

 今も、この世界なんて、所詮ファンタジーゲームみたいなもんだと思っているから。

 でも、あいつらが、夏奈やカナデがその一部となるんだったら、俺も……。

 俺は、割れた窓から目の前に広がる夜闇の中に躍り出る。

 少し冷たい空気が、仮面の隙間から俺の頬を撫でた。

 久々バトル!

 読んでいただき、ありがとうございました!

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