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EXAct:北へ3

 ガタゴトと荒い石畳の上を走る馬車の中で、私はふうっと息を吐いた。

 ……えーと。

 なんでこんな事になってしまったんだろう?

 ナツとリクが調達してくれた馬車は、丁寧に整えられた内装や装飾のおかげで、一見して上等なものだとわかる。普段なら、王直騎士たる私は、こういう高級馬車に乗る人物を警護するのが仕事だ。

 でも、今は広い車内に私が1人。

 さらに。

 その私も、薔薇色の綺麗なドレスを身にまとってしまっている。

 もう違和感しか感じない。

 ……えーと。

 ……あれ?

 ……うーん。

 柔らかなドレスの生地に包まれた膝の上に手を置いて、私は固まってしまう。石畳の道を進めば進むほど増して行く緊張感が、きっと状況を冷静に分析する力を奪っているに違いないと思う。

 唐突に、コツコツと馬車の窓がノックされる音が響いた。

 窓を開ける。

 車輪に巻き上げられた砂埃混じりの風が、吹き付けて来る。

「レティシア。大丈夫ですか?」

 カナデさまがにっこり微笑んだ。馬車と併走する馬の上から。

「だ、大丈夫デス……」

「表情が固いですよ、レティシア。笑顔です、笑顔」

 微笑むカナデさまは、私と違ってパリッとした騎士服姿だった。ポニーテールにまとめた銀色の髪が、馬の振動でひょこひょこ揺れている。

 カナデさまが馬車でドレス、私が騎馬で護衛というのが、本来の構図のはずなのに……。

 カナデさまの隣に、リクが馬を寄せて来た。リクの肩に手を掛けたナツが、その後ろに乗っていた。

「カナデちゃん!」

「夏奈、すみませんね。色々と準備してもらって」

 カナデさまが手綱を引いて、ナツたちの方に馬を寄せた。

 ……私はなんだか取り残されたみたいで、少し心細くなってしまう。

「今度インベルストに戻ったら、また唯も呼んでお食事会しましょう」

「おおー!唯姉もしばらく会ってないよね。どこにいるのかな、今。それにご馳走!お食事会、いいねっ!もう野宿と保存食はウンザリだよ!」

 カナデさまが口元に手を当てて笑った。

 私の馬車を取り囲むように展開する白燐騎士からも、笑い声が起きた。

「ふん。しかしインベルストの飯というのは、よっぽど美味いらしいな」

 リクが仮面に手をあてながら、低い声で呟いた。

 ……何だかわざとらしい声音だ。

「カナデ、しばらく見ないうちに成長しすぎだ」

 カナデさまが不思議そうに首を傾げる。

「陸、カナデちゃん、別に太ってないよ?」

「えっ!」

 ナツの無邪気な一言に、カナデさまが固まってしまった。

「……わ、私、太りました?」

 肩を落とし、絶望的な声で呟くカナデさま。

 ふふっ。

 私も、思わず笑ってしまっていた。

 いつも泰然としているカナデさまもやっぱり女の子。体型を気にされているんだ。

「違う。俺が言っているのは、女として、なんて言うかな」

 リクが目線を下げて、ニヤリと笑った。

「まぁ、夏奈はもう完敗だよな。勝ち目なしだ。はははっ」

 響くリクの笑い声。

 ナツが視線を下げて、自分の胸を見つめる。そして顔を上げると、ニコッと微笑んだ。

 その笑顔と同時に、むんずとリクの首を締め始めるナツ。

 体中から、銀気が立ち上っていた。

「ぐ、ぐるじい……なづな」

「ふふふ。あたしだってまだ成長期なのよ。まだまだなんだから」

 そんな2人を見て、今度はカナデさまが微笑んだ。

 楽しそうな笑顔だった。

「なんだ、みんなで。何話しているんだ?」

 前衛を努めていたユウトさまがスピードを落とし、カナデさまたちに合流する。

(なんとユウトさまは、駆け足で私たち馬車隊に随行されているんだ!)

 ユウトさまがリクを助けると、ナツがブーブー抗議し始める。そのユウトさまにリクが何かを耳打ちすると、目を見開いたユウトさまがカナデさまを凝視した。

 ナツが「優人エッチ!」と叫び、リクが意地の悪い笑顔を浮かべ、ユウトさまが狼狽し、カナデさまが微笑む。

 私はそんな皆さんを見遣りながら、そっと溜息を吐いた。

 この道は、ログノリア領都リバーシアに続いている。

 私たちは今、敵地を目の前にしているのだ。

 カナデさまたちの自然体っぷりは、とても私には真似できない。

 私はそっと心の中で、リコット号を発つ前にカナデさまから告げられた計画を思い返した。

 ログノリア公爵家。

 北公との直接会談。

 こじれれば、また大きな戦いになる可能性がある。

 今度は対魔獣ではない。

 人間と人間の戦いだ。

 この会談の成否は、この国の人々みんなに大きな影響を与えてしまうかもしれないのだ。

 そんな重要な場の主役が私だと、カナデさまは単刀直入に告げられた。

 それを聞き、鎧を身につけ出陣準備を進めていた私は、呆然としてしまった。思わず片方のガントレットを取り落としてしまうほど。

 ……私?

 私に、いったい何が出来るというのだろう?

「では、リリアンナさん。よろしくお願いします」

「承知致しました」

 状況を呑み込む前に、現れた眼鏡のメイドさんによって、私はカナデさまのドレスに着替えさせられてしまった。……少し胸のところがぶかぶかのカナデさまのドレスに。

 鏡台の中の私は、手早くドレスアップされていく。赤毛が結い上げられ、軽くお化粧されてしまう。

「北公さまに対峙するのですから、主役の身なりは重要です」

 カナデさまは私に微笑み掛ける。

 このドレスはつまり、北公に対峙するための戦仕度なのだ。

 ……緊張して来た。

「レティシア。これはあなたにしか出来ない役割なんです。私たちも援護します。みんなで力を合わせれば、きっと守れます。みんなの安寧も。この国も。あなたの家も」

 会談の計画を説明してくれるカナデさま。

 ……私に、こんな大役が務まるのかな?



「この辺りは、農耕が盛んではありません。土地が痩せていてダメなんです。あと、寒冷な気候とか乾燥とか……。なので、遺跡発掘とその交易が主な産業ですね。後は、鉱物資源の発掘とか。炭鉱がなんかが沢山ありますね」

 私の説明に、カナデさまが深く頷く。

 馬車隊は、ログノリア公爵家領都リバーシアの大門をくぐる。

 さすがに北公の都だけあって、人通りは激しい。

 ロバを連ねた商人。巨大な背嚢を背負った行商。旅人に警備の兵。露店。買い物客。明らかに風体の悪い一団は、傭兵をしている者だと思う。

 そんな人混みをかき分けるように、私たちの馬車が進む。

「賑やかですね」

 私の隣にちょこんと座り、馬車の窓枠に手を掛けたカナデさまが興味津々に外の光景を見つめていた。

 そんなカナデさまに気が付いたのか、馬車の外を歩く男性がこちらを向いて手を振った。

 カナデさまも笑顔で手を振り返す。

 男のくたびれた外套の下からちらりと覗くその顔は、ニヤリと笑うシリスティエール副隊長だった。

 リバーシアの街に入るのに、ユウトさまたちや副隊長、白燐騎士たちは、旅の隊商に変装していたのだった。

 北公に会う前に、見慣れぬ騎士の一団がやって来たとトラブルを起こさないためだ。

 それにともない、ご自分で騎乗されていたカナデさまは、馬車の中に押し込められてしまったのだ。

 目立つ銀髪のカナデさまは、馬車の中に隠れていろ、と。

 そんな私たちの馬車隊は、混雑する大通りを進んで行く。

 車窓から見えるのは、雑多な人の群と古びた天幕群。立ち並ぶ建物は暗い色のレンガ作りだった。

 記憶が蘇る。

 小さい頃の記憶が。

「ロクシアン商会やウェラシア貴族連盟が黒騎士と結託したのは、何故でしょうね」

 外の風景を見つめながら、カナデさまがぽつりと呟いた。

「魔獣を使役する、自らの戦力とする。それはつまり、より大きな力を求めたということでしょうか」

 大きな力。

 突出した巨大な力は、大きな争いを生むのかもしれない。まるで、力そのものが争いを求めるみたいに。

「……厳しい気候と魔獣の脅威。数少ない豊地をめぐって、北方の人々は争って来た歴史があります。そういう意味では、彼らが大きな力に惹かれるのは当然かもしれませんね」

 過去が、今を作り上げている。

 私は、自分の言葉に少し悲しくなってしまった。

 また溜息を吐いて、私はカナデさまの横顔越にそっと外を見つめた。

 魔獣の使役や暗躍する黒騎士に北公が関わっているかもしれないと分かった時、確かに衝撃は受けた。 でも同時に。

 北なら、有り得る。

 実家にいた期間が短い私にも、そう思える空気がここにはあった。

 まとわり付くような不穏な空気が……。

「歴史……。鬱積した不満が生み出す争い、ですか」

 カナデさまが振り返って私を見た。

「でも、人は変われます。後ろ向きな気持ちで、明日を脅かしてはいけないんです」

 きっと鋭いカナデさまの瞳。

 思わず気圧されてしまう。

 馬車はゆっくりとリバーシアの内門をくぐって行く。拡張された新市街を越えて旧市街に入れば、北公の居城はもうすぐ目の前だった。



 城門の前で身分を明かしたカナデさまたちは、現北公当主に会談を申し込んだ。

 突然のリムウェア侯爵ご令嬢の出現。さらにはシリスティエールさまがリングドワイスだと明かすと、守衛たちはパニックに陥ってしまった。

 狼狽した守衛は慌ててお伺いを立てに走ったが、散々待たされた後の解答は「公爵さまはご不在である」だった。

 お伺いを立てたのに、ご不在?

 ……おかしな話。

「では、何度も申し訳ありませんが、ウォラフさまにお取り次ぎ願えませんか?カナデ・リムウェアが、いつかのお約束の通り、北公さまのもとに参上いたしました、と」

 柔らかな物腰のカナデさま。その笑顔に、まるで吸い込まれてしまいそうだった。

 再び待たされた私たちは、しかし今度は城内に入る事を許された。

 街並みと同じ暗いレンガで造られた巨大な居館の端、庭園を挟むようにして立つこぢんまりとした屋敷に、私たちは案内される。

 私の小さい頃にはなかった建物だと思う。本館に比べて小さいと言っても、インベルストで見たカナデさまのお屋敷よりは大きかった。

 その車寄せに馬車を止めた私たちは、そのまま一階の応接室に通された。

 入室を許されたのは私とカナデさま、副隊長だけ。他のメンバーは別室に待機を命じられた。

 ……戦力を分散させられている。

 ここは、一応王統府に歯向かう意思を持つ敵地なのだ。

 警戒、警戒。

 いざとなったら私がカナデさまたちを守らなければ……。

 ……守られるのはこちらかもしれないけど。

 身を固くする私の隣。さすがに少し強張った顔のカナデさま。緊張されている様子がうかがえた。

 ……シリスティエールさまは、やっぱり飄々としたいつもの態度だったけど。

 やがて。

 何の前置きもなく、突然扉が開いた。

 ドキリとする。

 まるで、心臓が鷲掴みにされたみたいに……。

 ……ああ。

 この人は、何も変わっていない。

 遠い昔。私の記憶の底と。

 私と同じ赤の髪。白いものが目立つようになったけど、巌の顔は小さい頃見た時のままだった。

 私の父。

 前ログノリア公爵、北公ウォラフが、ゆっくりとした足取りで現れた。

 姿勢を正し、頭を下げるカナデさま。私も遅れてそれに倣った。

 ウォラス前公はどかりとソファーに座ると、私たちに着席を促した。

「急な訪問は、礼を失することになるぞ。カナデ・リムウェア」

 形式的な挨拶もなく、ウォラフ前公はカナデさまを睨みつけた。

「申し訳ありません、北公さま。北公さまもお変わりなく」

「ふんっ、気楽な隠居生活であるからな。ふむ。シリスティエール殿下。殿下におかれては、ご婚約お祝い申し上げます」

 ウォラフ公が頷くように微かに頭を下げると、副隊長はニヤリとして頷いた。

「ああ。しかし、耳が早いな、ウォラフ殿」

「この身は俗世を離れたもの。耳をすませておれば、色々なものが聞こえてくる」

 ウォラフ公は、再びぎろりとカナデさまを睨み付けた。私の方には、部屋に入って来た時に一瞥を向けただけだというのに……。

「リムウェアの娘。何用か。隠居は隠居なりに、ワシも忙しいのだ。よもや本当に、我が領地の見学だけとは申すまいな」

 低く響く声。

「実は私たち、こ、婚前旅行中で!」

 カナデさま……?

 私は突然突拍子もない事を言い出したカナデさまを、思わず見てしまう。

 ……カナデさま、なんか言ってやった! みたいな顔されている!

 立ったままのシリスティエールさまは、ニヤリとしているだけ。そして、さすがにウォラフ公も面食らったのか、眉をひそめて黙ってしまった。

 すかさずそこに、カナデさまが追撃を仕掛ける。

「それで、近くを通りかかったので、北公さまにお尋ねしたいことがありまして」

 カナデさまは懐から封筒を取り出すと、つっとウォラフ公に差し出した。

 私があの小さな村の宿屋で受け取ったあの封筒を……。

「ログノリア公爵家は、他領に干渉するご意志がおありなのでしょうか?」

 カナデさまの言葉に、ウォラス公の顔から表情が消える。

 カナデさまと対峙する時に浮かべるしかめ面すらない無表情。

 ウォラフ公は大きな手で封筒を手に取ると、内容に目を走らせた。

「……馬鹿者め」

 そして、吐き捨てるように呟いた。

 そのギラギラした目が私を睨み付ける。

 胸の真ん中が、すっと冷たくなった。

「レティシアなどに声をかければ、リムウェアの娘が現れる。当然の事よな」

 私は何も言えない。

「ウォラフ公。黒騎士とロクシアン商会の件について北公家に下された処分は、言わば監督不行き届きを咎めてのことだ」

 シリスティエールさまが低い声を出す。いつの間にか笑みは消えていた。

「しかし、北公家の現当主が動くとなると、それでは済まなくなるぞ。本当の意味で王直騎士団がやってくるのだ」

 騎士団の本懐。

 それは戦……。

「ウォラフさま。もちろん私たちもそのような事態は望みません。せっかく魔獣の脅威が消えたんです。誰も、争いなんて望んでいません。そうではありませんか?」

 カナデさまが、シリスティエールさまが、代わる代わるウォラフ公に語り掛ける。まるで背を合わせて肩を並べて戦う剣士のようだ。

 息のあったお2人。

 ウォラフ公が、深々と背もたれに沈み込む。

「……言葉で理想を説くは容易い。しかしそれでは、治まらぬものもある」

 そしてぼそりとそう零した。その響きが、少し疲れて聞こえたのは気のせいだろうか?

「北方の歴史は戦いの歴史だ。我らは古来より己が武を持って道を切り開いてきた。農地も領土も富も名誉もだ。我らが現状を不満に思えば、己が力で道を切り開く。それは、誰にも止められぬ」

 しかし一瞬後には、猛々しい怒りが押し込められたような渋面で、ウォラス公はカナデさまを睨み付けた。

「……そのために、黒騎士の口車に乗り、魔獣の力を得ようとしたのですか?」

 何かを思い出すように、カナデさまが目を細める。

 辛そうなお顔。

 あの魔獣との戦いに立ち向かい続けたカナデさまには、やるせないお話だろう。

 シリスティエールさまが、カナデさまの肩にそっと手を置いた。

 しばらくの沈黙。

 そしてウォラス公が、ゆっくりと口を開いた。

「あるいは、一部のものはそう思ったやもしれぬな」

 ウォラス公は顎を上げ、尊大にゆっくりと頷いて見せた。

 なっ……!

 その程度なのか!

 あの戦いでどれほどの犠牲が出て、カナデさまやシリスティエールさまがどれだけ奔走されたか!

「お父さま!」

 何故だろう。

 私は思わずそう叫んでいた。

 私の中で、何かが弾けた気がした。

 こんな人がお父さまだなんて……。

 ウォラス公が再びぎろりと私を見る。

 額にじんわりと、汗が滲む。

「レティシア。お前は、王直騎士になるように命じた筈だ。なんだ、その形は。鎧はどうした」

 寒々とした低音。

 心が折れそうになる。

 でも……。

 私の家。

 私の血。

 そんなものが、これ以上大好きなカナデさまやシリスティエール副隊長を蔑ろにするんは、嫌だ!

「もう争いとか陰謀とか、止めて下さい!みんなで魔獣を倒したんです!みんなで安心して暮らしたいって思われませんか!」

 私はいつの間にか立ち上がっていた。

 しかしウォラス公は、しどろもどろになりながら意見を述べた私から、あっさりと視線を外してしまった。

「シリスティエール殿下。リムウェア嬢。この者を連れてきたのは、我が娘の道化を笑うためか?」

 私はぎゅっと拳を握り締める。

 ギリギリと歯を噛み締める。

 私は……!

 ふと。

 握り締めた私の手に、柔らかな感触が伝わった。

 隣を見ると、カナデさまが私の固めた拳にそっと触れていた。

 緑の瞳が私を見上げる。

 カナデさまは、そっと首を振った。

「ウォラフさま」

 カナデさまは真っ直ぐ北公を見つめる。

「今のお話でもわかる通り、私たちには理解が足りません。お互いの、です」

「認めよう」

「その溝が更なる軋轢を生み、不満になる。だから私は、その溝を無くすべきだと思います」

 ウォラフ公は何も言わず、探るようにカナデさまを見ていた。

「王統府は、北公家、ウェラシア貴族連盟と話し合う用意があります。北部の現状を改善するための話し合いです。その席に、参加していただけませんか?」

「もちろん兄上、陛下の諾も得てある」

 すかさずシリスティエールさまが、カナデさまの援護に入った。

「そして、この交渉の王統府側責任者。私は……」

 カナデさまがにっこり微笑んだ。

 そして私を見上げた。

「私は、このレティシアをその役に推挙いたします」

 この言葉には、さすがにウォラフ公も驚いたようだった。

 深く刻まれた眉間の皺がさらに深くなる。

 しかし。

 その困惑もやがて、理解に変わり始めた。

「……それがそちら側の譲歩と言うわけか。交渉役にこちらの身内を出す事が。なるほどな。今頷けば、こちらに不利益はないと言うわけか」

 ふんっと鼻を鳴らして、ウォラス公は微かに笑った。

「大審院の場で震えておった小娘が、なるほど、見れるようになったではないか」

 カナデさまはそっと頭を下げる。

「……よかろう。この提案、家中に謀る」

 ウォラス公はざっと立ち上がった。

 目が合う。

 父と。

 私は逃げ出したい気持ちを何とか抑えて、あの人を見返した。

 目が合う。 

 ……出来た。

 逃げずに見返す事が!

 その時、ふと分かった。

 私とログノリア公爵家、このウォラフ公も同じなのだと。

 私は血や家という過去に恐れを抱いている。

 公爵家は、土地の歴史やしがらみ、蓄積してきた因縁に縛られている。そんなどうしようもないものに今を縛られて、明日まで不安に陥れようとしている。

 でも、それは変えることが出来るのだ。

 過去が今を縛ってはいけない。

 私がカナデさまの助けを借りて、ウォラフ公、お父さまを見つめ返す事が出来たみたいに。

 変えていかなきゃならないんだと思う。

 少しずつでも。

 そこに、私なんかに出来る事があるのなら。

 ……よし。

 頑張ってみようかな。

 そう思う事が、やっと少しだけ出来たのだった。

 ご一読、ありがとうございました!

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