西山葵
ここ油ノ宮高校一年D組の教室では、朝のHRが行われていた。
昨日が入学式で、これが新入生達にとっては初めてのHRである。
教壇に立ち、出席を取る男。
その名は夏田譲司、二十六歳。
一年D組の担任でこの物語の主人公だ。
短髪に太い眉、目は大きくて鼻筋が真っ直ぐに通り、なかなかのイケメンである。
ただ残念なのは、紺色のビキニパンツ一枚しか身に付けていない事だ。
海やプールでならともかく、教室の中では相当な違和感があり、かなりの変わり者である事は一目瞭然である。
だが彼にとってはこれが普通なのだ。
彼は水着一枚で学校へと徒歩で通勤し、水着一枚で授業をし、水着一枚で帰り、途中でスーパーに寄って夕飯の食材などを買ったりもする。
雪が降ろうが嵐が来ようがとにかくいつも水着だ。水着を脱ぐのは風呂に入る時とトイレで用を足す時ぐらい。
たまに通報される事もあるが、ちゃんと下は隠してるのだから、警察にちょっと注意はされても逮捕される事はない。
では何故、彼は服を着ないのか。
本人いわく、「いつも体の中で熱き青春の血潮が燃えたぎっているから寒くない」のだそうだ。
えっ、そんな理由? と思ってしまうが、とにかく本人はそう言っている。
「ようし、ラスト、渡辺さん!」
「はい!」
「オーケー、いい返事だ! ユーアー、ナイスガイ!」
「先生、女子にナイスガイは変ですよ!」
生徒達に突っ込まれながら、ようやく出席を取り終えた。
弾けるような笑顔で生徒達を見回し、
「よしよし、全員出席しているな。先生、グラッド!」
「先生は何の教科を教えるんですか?」
生徒の一人が聞いた。
「あ、そうそう。それを言ってなかったな。担当は体育だ」
生徒達の中から、やっぱりとの声が上がる。
「ちなみに独身、恋人募集中だ」
聞いてないって、との声があちこちから上がったが、夏田には聞こえてなかった。
教室の後ろの方の席で、数人の女子生徒達がひそひそ話をしている。
「なーに、あの先生。私やだ。」
「きっと露出狂よ。女に自分の裸見せるのが楽しいのよ」
「ね、葵はどう思う?」
西山葵の眼は、教壇に立つ夏田譲司に釘付けになっている。
「ねえ、葵、どうしたの?」
隣の席の女子が怪訝そうな顔で声を掛ける。
葵は愛らしい笑顔で、
「私ね……割と好きかも」
「ええっ!?」
周りの女子生徒達は皆驚いた。
葵は、入学二日目にして早くもクラス中の男子から眼を付けられている、ナンバーワンの美少女である。
黒く長い髪に、白く透き通るような肌。瞳はぱっちりと大きく、赤い艶やかな唇が何とも愛らしい。
スタイルも抜群で胸は大きく張り出し、ウエストは本当に内臓が入ってるんだろうかと思う程に細くくびれ、チェックのミニスカートから伸びる白い太腿は男達の欲情を激しく掻き立てる。
可愛らしさの中にも大人の女の色気も兼ね備えた美少女である。
そんな彼女が、よりにもよって夏田が好きだと言うのだから、驚くのも当然だ。
「葵、それマジ!?」
「葵ってマニアなんだね……」
「マニアじゃないわよ。よく見たら結構イケメンだし、スタイルもいいし、スポーツマンだし、私の好きなタイプだわ」
周りの女子達は顔を見合わせ、
「でも水着一枚だよ。一年中……」
葵は腕組みをし、真剣な顔で夏田を見つめながら、
「確かに、デートの時にあの格好で来られたら嫌だけどね」
その日の二時限目は、体育の授業だった。夏田の、この学校での初授業である。
体育の授業はC組と合同で行われる。高校の体育なので当然ながら男女別々で、夏田は男子、女子の方は別の女性教師が受け持つ。
グラウンドにジャージ姿の生徒達がぞろぞろと集まる。
夏田は物欲しそうな顔で女子の方を見ている。
「先生、何女子の方ばっかり見てんだよ」
男子生徒が笑いながら声を掛けると、夏田ははっとして、
「いや、いいんだ、先生は男子の方を受け持つから、別に女子の方を受け持ちたかったなんて思ってないぞ。ちっとも思ってないぞ、うん」
ぽっと顔を赤らめ、両手を大げさに前でひらひらさせながら言った。
「えーと、それじゃ最初に体操をしよう。ラジオ体操、皆出来るよな」
生徒達は一旦整列してから、腕を伸ばしてもぶつからないぐらいの距離まで広がった。
「それじゃあ、始めるぞ、ラジオ体操第一っ! 初めっ! チャン、チャカ、チャン、チャン」
「先生! 掛け声は1、2、3、4、でいいよ!」
「そ、そうか、よし! それで行こう!」
そう言って夏田は生徒達と共にラジオ体操をやった。相変らず身に付けているのは水着一枚である。
生徒らは皆緑色のジャージを着ているので、夏田の姿は際立って異様に見える。
一方女子のグループはグラウンドの端の方に集まっている。
本当はそこまで端っこでなくてもいいのだが、夏田にあまり近付きたくないという気持ちと、ある種の女性特有の防衛本能のような物が作用して、知らず知らずのうちに隅の方に寄ってしまった。
D組の女子だけでなく、C組の女子までもが騒然としている。
「やだ、何あれ、キモい。マジキモい」
「あれが隣のクラスの担任だなんて、嫌よねえ」
それを言うなら、その担任を持つ自分達の立場はどうなるんだとD組の女子は言ってやりたかった。
担任が悪口を言われているのを聞くと、自分達に非はないとは言え、情けないような遣る瀬無いような、悲しい気分になる。
「冬でもあの格好だって」
「あんな変態が学校の先生なんかやってていいのかしら」
「変態じゃないわよ!」
裂帛の声に皆が振り向いた。
声の主は西山葵だった。
葵は夏田の悪口を言っていた女子に詰め寄り、
「どうして水着着てたら変態なのよ! 気持ち悪いんだったら見なきゃいいじゃないの!」
葵が相手に掴み掛りそうだったので、慌てて周りの生徒達が遮った。
女の先生が、こら、と怒っても葵は相手を睨み続けた。