終戦 ★
決勝戦の行われているコートを囲むD組の生徒達は、皆表情を曇らせつつ試合を見守っている。
第二セット、D組は今まで通り室井のサーブから始まる。
白いボールを眼の前に掲げ、息を大きく吐き出してから、頭上高く上げ数歩小走りに前進し思い切りジャンプする。
ちょうどいいタイミングで落ちて来たボールを、渾身の力で打ち抜く。
回転のないボールは乱気流を発生させ、ネットを越えたあたりで急激に軌道を変える。
ボールはストンと落ち、誰の手に触れる事もなく相手コートの地面を強く叩いた。
呆然とした顔で室井の顔を見るA組の選手達。
D組の応援団から、わっと歓声が沸く。
室井は照れくさそうな笑顔で、大きな拍手と声援に応える。
「いいぞー! 室井! もっとやれ、もっとやれ!」
弾けるような笑顔で、子供のようにはしゃぎながら声援をおくる夏田。
その声は一際大きく、顔を向けなくても、室井には夏田の声だとすぐに分かった。
「ガッツだ、室井! 高橋も応援してるぞ!」
それは言わなくていいって、と小声でグチを言いながら室井はボールを受け取る。
続く二本目、三本目と連続してサーブを決め、3対0とリードを奪う。
D組の応援団のみならず、A組や他のクラスの生徒達からも大きなどよめきが起きる。
皆口々に、あれは誰だ、バレー部員じゃないのか、などと噂している。
小柄な運動音痴は、知らず知らずのうちに、この大会の主役に躍り出ていた。
焦ったのはA組の担任の保茂山で、
「ぐぬぬぬぬ、なんだあいつは……バレー部でもないのに、やるじゃないか。だが、私の邪魔はさせんぞ……!」
すぐにコートの中にいる選手を呼び寄せ、耳打ちする。
作戦の指示かと思いきや、急にその選手がうずくまった。
保茂山は主審の方を見て手を上げ、
「おーい、具合が悪いみたいだ! 選手交代! えーと、それじゃあ私が出ようかシラ」
そう言って勝手にコートの中に入ってしまった。
これには主審も驚きどうしていいか分からずオロオロしていると、
「大丈夫! 後で理事長に許可を得ておくから、試合再開して頂戴」
あまりに勝手すぎる保茂山のやり口に、D組の生徒達からブーイングが起きる。
「おい! 保茂山! 何だ後で許可を得るってのは! 好き勝手にやってんじゃねえ!」
夏田が猛然と抗議する。
保茂山の側まで歩み寄り、胸倉をつかみ、
「クラスマッチは生徒達のイベントだろうが! それを滅茶苦茶にルール変えやがって! ぶっ飛ばすぞコラッ!!」
グラウンド中に響き渡る声で叫んだ。
あまりの迫力に保茂山は動揺し、
「な、な、何よ! いいじゃないの、人数が足りなくなったんだから。文句があるなら自分も出ればいいじゃなイノ」
その言葉を聞いた時、夏田の口角がぐっと上がった。
「そうかい、じゃあ俺が出ても文句はねえんだな?」
「い、いいわよ。勝手に出なさイヨ」
夏田はつかつかと自分のコートに戻り、前衛にいた選手の肩をポンと叩き、
「悪いな、ちょっとだけ代わってくれ」
周囲が騒然とする中、夏田は前衛のレフトの位置に立つ。
上半身を左右にひねり、軽く準備運動をする。
その時、朝から強く吹き付けていた風がぴったりと止み、雲の隙間から日差しが降り注ぎ始める。
見る見るうちに雲が消え、日差しはじりじりと肌を焦がすほどに強さを増す。
夏田の褐色の肉体は、真夏のような陽光に照らされて鮮やかに輝く。
表情は厳しく引き締まり、いつもの変態的なイメージから、急に精悍な雰囲気に変貌した。
何かが起きる。
見守る誰もが、直感的にそう感じた。
室井が無回転サーブを放つ。
保茂山がそれを受け、セッターがトスを上げる。
宙高く上がったボールを保茂山が思い切り打ち込む。
痛烈なスパイクだったが、室井が俊敏な動きで、ギリギリで手に当てた。
決していいボールではなかったが、セッターがどうにか身体をひねり、トスを上げる。
夏田の頭上にフラフラっとしたボールが上がった。
落ちて来るのを待つことなく、夏田はボールに飛びつくように高く飛び上がる。
思い切りボールを叩くと、鼓膜を破らんばかりの大きな破裂音が起きた。
砂埃が激しく舞い上がり、皆手で顔を覆う。
皆しばらくそうした後、ゆっくりと目を開け始める。
コートの中では、夏田と保茂山がそれぞれ仰向けに倒れていた。
息絶えたかのように二人ともぐったりしている。
「な、何だ今の……どうなったんだ?」
須山が声を上げた。
隣にいた佐野が、
「直撃した……。顔面直撃だ」
「直撃……誰に? 保茂山に? 夏田先生に?」
「両方だ」
かろうじて眼を開いていた佐野の話によると、夏田の打ったスパイクは、保茂山の顔面に直撃した後、跳ね返って夏田の顔にも当たったらしい。
「両者ノックダウンだ」
佐野はそう言って夏田のそばに歩み寄り、そこでしゃがんで、ポケットからハンカチを取り出し、広げて顔にそっとかけた。
眼を閉じ、神妙な顔で両手を合わせ拝みつつ、
「夏田先生……ありがとう。短い間だったけど楽しかったよ」
須山も同じように両手を合わせ、
「先生、俺達先生と出逢えて良かったよ。ちょっと変わり者だったけど、いい先生だった。ありがとう!」
D組の他の生徒達も夏田の周りを囲み、皆合掌し、
「先生、安らかに眠ってくれ! ありがとう、さようなら!」
「天国でも水着一枚でいてね!」
生徒達は皆、口々に夏田への別れの言葉を告げた。
グラウンドに乾いた風が緩やかに吹き抜ける。
しばらく重い沈黙が続いた後、夏田は急にぱっと目を開いた。
むくっと上半身を起こし、座った目で周りの生徒達を見まわす。
「こらーーーっ! てめえらっ!」
生徒達が一斉に散らばる。
「勝手に殺してんじゃねーぞ! 待てっ! おいコラ佐野ーーーっ!!」
奇声を上げて生徒達を追い回す夏田と、笑いながら逃げるD組の生徒達。
保茂山はなかなか起き上がらず、救急車で運ばれて行った。
しばらく混沌が続いた後、二時間後にようやく試合を生徒達だけで再開し、D組は見事優勝を遂げた。
室井と高橋は結局、『仲のいいお友達』からスタートする事になった。
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