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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
23/29

終戦 ★

     挿絵(By みてみん)

 決勝戦の行われているコートを囲むD組の生徒達は、皆表情を曇らせつつ試合を見守っている。


 第二セット、D組は今まで通り室井のサーブから始まる。

 白いボールを眼の前に掲げ、息を大きく吐き出してから、頭上高く上げ数歩小走りに前進し思い切りジャンプする。

 ちょうどいいタイミングで落ちて来たボールを、渾身の力で打ち抜く。


 回転のないボールは乱気流を発生させ、ネットを越えたあたりで急激に軌道を変える。

 ボールはストンと落ち、誰の手に触れる事もなく相手コートの地面を強く叩いた。

 呆然とした顔で室井の顔を見るA組の選手達。

 

 D組の応援団から、わっと歓声が沸く。

 室井は照れくさそうな笑顔で、大きな拍手と声援に応える。


「いいぞー! 室井! もっとやれ、もっとやれ!」


 弾けるような笑顔で、子供のようにはしゃぎながら声援をおくる夏田。

 その声は一際大きく、顔を向けなくても、室井には夏田の声だとすぐに分かった。

  

「ガッツだ、室井! 高橋も応援してるぞ!」


 それは言わなくていいって、と小声でグチを言いながら室井はボールを受け取る。

 続く二本目、三本目と連続してサーブを決め、3対0とリードを奪う。


 D組の応援団のみならず、A組や他のクラスの生徒達からも大きなどよめきが起きる。

 皆口々に、あれは誰だ、バレー部員じゃないのか、などと噂している。

 小柄な運動音痴は、知らず知らずのうちに、この大会の主役に躍り出ていた。

 焦ったのはA組の担任の保茂山で、


「ぐぬぬぬぬ、なんだあいつは……バレー部でもないのに、やるじゃないか。だが、私の邪魔はさせんぞ……!」


 すぐにコートの中にいる選手を呼び寄せ、耳打ちする。

 作戦の指示かと思いきや、急にその選手がうずくまった。

 保茂山は主審の方を見て手を上げ、


「おーい、具合が悪いみたいだ! 選手交代! えーと、それじゃあ私が出ようかシラ」


 そう言って勝手にコートの中に入ってしまった。

 これには主審も驚きどうしていいか分からずオロオロしていると、


「大丈夫! 後で理事長に許可を得ておくから、試合再開して頂戴」


 あまりに勝手すぎる保茂山のやり口に、D組の生徒達からブーイングが起きる。


「おい! 保茂山! 何だ後で許可を得るってのは! 好き勝手にやってんじゃねえ!」


 夏田が猛然と抗議する。

 保茂山の側まで歩み寄り、胸倉をつかみ、


「クラスマッチは生徒達のイベントだろうが! それを滅茶苦茶にルール変えやがって! ぶっ飛ばすぞコラッ!!」


 グラウンド中に響き渡る声で叫んだ。

 あまりの迫力に保茂山は動揺し、


「な、な、何よ! いいじゃないの、人数が足りなくなったんだから。文句があるなら自分も出ればいいじゃなイノ」


 その言葉を聞いた時、夏田の口角がぐっと上がった。

 

「そうかい、じゃあ俺が出ても文句はねえんだな?」


「い、いいわよ。勝手に出なさイヨ」


 夏田はつかつかと自分のコートに戻り、前衛にいた選手の肩をポンと叩き、


「悪いな、ちょっとだけ代わってくれ」


 周囲が騒然とする中、夏田は前衛のレフトの位置に立つ。

 上半身を左右にひねり、軽く準備運動をする。

 その時、朝から強く吹き付けていた風がぴったりと止み、雲の隙間から日差しが降り注ぎ始める。

 

 見る見るうちに雲が消え、日差しはじりじりと肌を焦がすほどに強さを増す。

 夏田の褐色の肉体は、真夏のような陽光に照らされて鮮やかに輝く。


 表情は厳しく引き締まり、いつもの変態的なイメージから、急に精悍な雰囲気に変貌した。


 何かが起きる。


 見守る誰もが、直感的にそう感じた。


 室井が無回転サーブを放つ。

 保茂山がそれを受け、セッターがトスを上げる。

 宙高く上がったボールを保茂山が思い切り打ち込む。


 痛烈なスパイクだったが、室井が俊敏な動きで、ギリギリで手に当てた。

 決していいボールではなかったが、セッターがどうにか身体をひねり、トスを上げる。

 夏田の頭上にフラフラっとしたボールが上がった。


 落ちて来るのを待つことなく、夏田はボールに飛びつくように高く飛び上がる。


 思い切りボールを叩くと、鼓膜を破らんばかりの大きな破裂音が起きた。


 砂埃が激しく舞い上がり、皆手で顔を覆う。

 皆しばらくそうした後、ゆっくりと目を開け始める。

 コートの中では、夏田と保茂山がそれぞれ仰向けに倒れていた。

 息絶えたかのように二人ともぐったりしている。


「な、何だ今の……どうなったんだ?」


 須山が声を上げた。

 隣にいた佐野が、


「直撃した……。顔面直撃だ」


「直撃……誰に? 保茂山に? 夏田先生に?」


「両方だ」


 かろうじて眼を開いていた佐野の話によると、夏田の打ったスパイクは、保茂山の顔面に直撃した後、跳ね返って夏田の顔にも当たったらしい。


「両者ノックダウンだ」


 佐野はそう言って夏田のそばに歩み寄り、そこでしゃがんで、ポケットからハンカチを取り出し、広げて顔にそっとかけた。


 眼を閉じ、神妙な顔で両手を合わせ拝みつつ、


「夏田先生……ありがとう。短い間だったけど楽しかったよ」


 須山も同じように両手を合わせ、


「先生、俺達先生と出逢えて良かったよ。ちょっと変わり者だったけど、いい先生だった。ありがとう!」


 D組の他の生徒達も夏田の周りを囲み、皆合掌し、


「先生、安らかに眠ってくれ! ありがとう、さようなら!」


「天国でも水着一枚でいてね!」


 生徒達は皆、口々に夏田への別れの言葉を告げた。

 グラウンドに乾いた風が緩やかに吹き抜ける。

 しばらく重い沈黙が続いた後、夏田は急にぱっと目を開いた。

 むくっと上半身を起こし、座った目で周りの生徒達を見まわす。


「こらーーーっ! てめえらっ!」


 生徒達が一斉に散らばる。


「勝手に殺してんじゃねーぞ! 待てっ! おいコラ佐野ーーーっ!!」


 奇声を上げて生徒達を追い回す夏田と、笑いながら逃げるD組の生徒達。


 保茂山はなかなか起き上がらず、救急車で運ばれて行った。


 しばらく混沌が続いた後、二時間後にようやく試合を生徒達だけで再開し、D組は見事優勝を遂げた。


 室井と高橋は結局、『仲のいいお友達』からスタートする事になった。


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