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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
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一年D組

 入学式の翌日の朝。


 ここ油ノ宮高校一年D組の教室では、昨日の入学式の話題で持ち切りだった。


「あの先生、あれからどうなったんだろうな」


「まさかどっかのクラスの担任になったりして」


「そりゃないだろう、あんなおかしな先生が担任なんか持たせてもらえないよ」 


 話題の中心は昨日の入学式に乱入し、壇上で挨拶をした後、他の先生達に取り押さえられて体育館から引きずり出された新任教師、夏田譲司である。


「あの人、なんで水着なんか着てたんだろ」


「水泳の先生?」


「水泳だけ教える先生なんかいないよ。大体、まだプールなんか使えない時期だし」


 などと噂話をしていると、何やら外から声が聞こえた。


「おーい」


 生徒達が何だろうと、声の聞こえる窓の方に集まる。

 そこは廊下とは反対側の窓で、校舎の中庭に面している。


「おーい、一年D組の諸君!」


 そこには、まさに今話題の中心になっている人物、夏田譲司の姿があった。

 彼は昨日と同じ水着一枚の姿で、一人芝生の上に立ち、右手で一年D組の教室へ向けて手を振り、左手には十メートル近くありそうな長い棒を持っている。


「窓を開けてくれー!」


 彼はD組の方を見て、そう叫んだ。

 生徒達は皆驚きながらも、とにかく言われるままに教室の窓を開けた。


「サンキュー!」


 夏田は長い棒を両手でしっかりと握り、その先端を上げ勢いよく走り出す。

 生徒達はどよめいた。


「ま、まさか、棒高跳び!?」


「マジかよ! ここ三階だぜ!」


 棒の先を校舎の側溝辺りに強く打ち付けると、その棒は大きくしなり、夏田は大きな掛け声と共に力強く飛び上がった。


「うおおおおおおおおおおおっっっっっっ!」


 夏田の日焼けした肉体は高く舞い上がり、うららかな春の日差しに照らされ鮮やかに輝いた。 

 たちまち三階の教室の窓の高さに達したかと思うと、そこから更に伸びD組の方へと突っ込んで来る。


「危ない! 逃げろ!」


 生徒の誰かがそう叫び、皆慌てて逃げるように窓の側から離れた。

 次の瞬間、ゴチンと大きな音が響き、振り返ると夏田が窓のすぐ外を落下していた。

 本人は窓から教室に飛び込むつもりだったのだろうが、棒が長過ぎたのか、窓のすぐ上の壁に頭を打ち付けたようだ。

 この教室は三階だが、校舎の天井は高いので、普通のマンションで言えば4階分ぐらいの高さはある。

 落ちたら大怪我は免れない。


「先生!」


 生徒達は一瞬、助けねばと思ったが間に合わず、夏田の姿は窓の外から消えた。


「きゃあーっ!」


 女子生徒達の悲鳴が響く。

 数人の男子生徒が急いで詰め寄り、窓から顔を出し下を覗く。

 すると以外にもすぐ側に、額から血を流した夏田の気まずそうな顔が見えた。


「す……すまん、引き上げてくれ」


 夏田はどうにか窓枠に両手をかけ、難を逃れていた。





「えー、新任早々見苦しい所をみせてしまって申し訳ない」

 夏田は取りあえず応急処置で頭にタオルを巻き、一年D組初のHRを始めた。

 真剣な顔で生徒達を見回し、

「少し棒が長過ぎたようだ。明日はちゃんと綺麗に飛び込むからな」

「てゆーか、先生! なんで棒高跳びで教室に入らなきゃならないんだよ!」

「普通に廊下側のドアから入ればいいのに」 

 生徒達は口々に当たり前の意見を述べた。


「いや、何かインパクトのある事をした方がいいんじゃないかと思って」

「いいからやめて下さい!」

 夏田は残念そうな顔をしながら、

「そうか……皆がそう言うのなら、明日からはなるべくやらないようにしよう」

「なるべくかよ……」


「おっと、まだちゃんと自己紹介をしてなかったな」

 気を取り直し、後ろを向き黄色いチョークで黒板一杯に『夏田譲司』と書いた。

 そんなにデカデカと書いたら後で消すの大変だろう、しかも黄色いチョークは消えにくいのに、と誰もが思ったが、今更指摘しても遅いので皆自重した。


 夏田は生徒の方に顔を向け、満面の笑みで、

「なつだじょうじ、って読むんだ。どうだ、カッコいい名前だろ?」 

 誰もカッコいいとは思わなかったが、数人の生徒が取りあえず愛想笑いだけしておいた。


 気まずいような、楽しいような、何とも言えない複雑な感情の入り混じった雰囲気の中、一人の男子生徒が手を上げた。

「先生、ちょっといいですか。質問があります」

「ん、何だい?」

「何で水着一枚だけなんですか?」


 誰もが疑問に感じていた、まさにその核心を突いた質問だった。 

 教室が一瞬にして静まり返る。

 皆、夏田の顔を見つめ、彼の言葉を待った。


「暑いからだ」

 夏田は真剣な顔をしている。冗談ではないようだ。

 しかし、今は四月上旬である。普通の感覚で言えば、まだ少し肌寒いぐらいの時期だ。


「いいか、先生の体の中には常に熱き青春の血潮が燃えたぎっている。だから暑い。いつも暑い。だから先生は年中この格好で過ごしているんだ」

 生徒達は皆、あっけに取られて夏田を見ている。

 年中? それじゃあ、冬でもこの人は水着一枚で過ごしているのか、変人ではないかと生徒達は思った。


「そうだ!」

 夏田は右手をポンと叩いて微笑んだ。

「皆も今度から水着一枚で過ごすといい。水着をこのクラスの制服にしよう。その方が体が鍛えられて健康的だぞ。校長には先生が話をつけといてやる」


 生徒達は皆どよめき、教室の中が騒然とした。

「先生、何言ってんだよ! そんな事したら風邪ひくに決まってるだろ!」

「私達まで変態の世界に引き込まないで!」


 夏田は残念そうな顔で、

「ちぇっ、何だよ皆、ノリ悪いな」


 だからノリとかの問題じゃないって。

 生徒達は皆、そう思った。






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