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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
19/29

風の悪戯★

  挿絵(By みてみん) 


 気まぐれな勝利の女神は、コートの中央に張られた高さ243センチのネットを境に、行ったり来たりを繰り返している。


 室井の2本目と3本目のサーブは風の影響もあって上手く下に落ちたが、4本目は横風にあおられてサイドアウトになってしまった。

 刻々と向きを変える強風に試合は大きく影響を受けている。

 

 しかしD組は室井のサーブで8対7と逆転に成功した。

 ファイナルセットは15点先取なので、残り約半分というところまで来たわけだ。


「ようし、後少しだ。集中して行こう!」

 夏田の声が響く。

 それを受けて、佐野や須山も皆に声を掛けた。

「さあ、こっからが本当の勝負だぞ!」

 普段バレーボールの試合に慣れていない人間は、疲労と共に集中を切らしがちである。

 それを懸念した佐野は、皆に激を飛ばした。

「気合い入れて行こうぜ!」

 皆、おう、と声を上げてそれに応える。

 幸い、選手達の士気は落ちていない。これならいける、と佐野は確信した。


 J組の放ったサーブが、緩やかな軌跡を描きつつD組の方へ向かって来る。

 バックセンターの選手が、慎重にレシーブし、上手く味方のセッターにつないだ。

 ここからが問題だ。

 普通に前衛の選手に上げるか、それとも室井にバックアタックを打たせるか。

 だがセッターの佐野は違う選択肢を持っていた。

 自ら高くジャンプし、トスを上げずに、片手でひょいとボールを後ろに反らした。

 ボールはギリギリでネットを越え、敵のコートに落ちる。


 意表を突かれたJ組の白鳥や他の選手達は、反応すら出来ず、ぽかんと突っ立ったままだった。

 周りから大きな歓声が沸き、須山はブラボー、と言って拍手した。

 白鳥は驚きの表情で、女子の黄色い声援に応える佐野の顔を凝視した。


「な、何だよアイツ……! あんな事出来るのか……!」


 眼の前であんなプレーを決められたら、バレー部の白鳥としてもメンツが立たない。


「おい、そこのニヤけた兄ちゃん!」


 佐野は白鳥の顔を見て、


「何だい、俺に言ってんのかい? モアイ兄ちゃん」


「だからモアイって言うな! えーと、佐野か。お前中学の時バレー部だったのか?」


「いや、サッカー部だけど。中学の時も今も」


「…………!」


 油ノ宮高校のサッカー部と言えば全国的に名の知られた強豪である。 


「佐野はもうレギュラーなんだって」


 側にいた須山の声に、白鳥は驚愕の表情を浮かべる。


「マジかよ……一年のこの時期にもうレギュラーって……!」


 その時になって、白鳥はとんでもない人間を相手にしている事に気付いた。

 いや、本当は白鳥だってかなり凄いのだが。


 スポーツをする人には、自分が専門的にやっている競技だけが得意なタイプと、それだけに限らず、スポーツなら何でも得意だ、というタイプがいる。

 佐野は、まさに後者のタイプだった。


 これで得点は9対7でD組が2点リード。

 D組としてはこのまま突っ走りたいところだ。

 一方J組としては、もちろんこれ以上離される訳にはいかない。

 

「ユキポン、しっかり! 次は確実に取るのよ!」

 末広法子が絶妙のタイミングで声を掛ける。やはりバレー部なだけに、ここがこの試合の非常に大事な局面である事を心得ている。

 もし3点差にでもなってしまえば、J組の士気は一気に下がるであろう。


 末広の声援を受け、白鳥の両眼がメラメラと、まるで昔のスポ根アニメのキャラクターの様に燃え上がる。

 

『絶対、次は落とせない……!』


 D組のサーブが飛んで来る。

 浅めのサーブだったので、前衛にいた白鳥が少し下がって受け、


「ようし、上げろ! 俺に上げろ!」


 その時、一瞬だけ風が治まり、白鳥の望んだ位置にボールが飛んで来た。

 力強く地面を踏みしめ、思い切り高く飛び上がる。

 佐野と須山が素早く反応し、ブロックするべくジャンプした。 

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」


 白鳥は二人のブロックめがけ、渾身の力で白球を打ち抜く。

 バシンという大きな音が響き、ボールは二人のブロックの間を打ち破った。

 弾かれたボールに誰も反応出来ず、そのままD組側のコートに落ちる。

 

 審判が笛を吹き、J組側から大きな拍手と歓声が湧き上がる。

 追い詰められた白鳥は小細工をせず、力技で得点を奪ったのだ。


「よおおおおおおっっしゃあああっっっ!!」


 握り拳を力強く突き出し、大声で吠え、味方を鼓舞した。


 夏田は渋い表情で、

「やっぱりああやって強引に来られると、抑え切れんな……」

 白鳥の規格外のパワーは、ツボにはまれば、なかなか抑えるのは難しい。 

 

 これで再び9対8の1点差。

 一瞬の油断も許されない、しびれるような戦いが続く。


 J組のサーブ。

 後衛にいる室井が慎重にボールを受け、セッターに返す。

 綺麗なトスを須山の前方に上げる。

 だが、その位置に白鳥は素早く移動した。

 バレー部の須山のアタックを止められるのは、J組では彼しかいないのだ。

 

「来やがったな、モアイ野郎……!」

「モアイって言うな!」


 須山が飛び上がるのと同時に白鳥も飛び上がる。

 その時、強い風が吹き付け、グラウンドに砂埃が舞った。

 熊の様な白鳥の巨体を前に見ながら、須山は落ちて来たボールを打ち抜く。

 ボールは白鳥の、ピンと伸ばした腕に当たり、向きを大きく変えてコートの脇に抜けて行く。


「ようし、やったぜ!」


 須山はしてやったりという顔で、ガッツポーズを決めた。

 そして確認の為に審判の方に眼をやった。

 しかし審判はJ組サイドに手を上げ、笛を吹いた。J組の得点を認めているのだ。


「えっ!? お、おい、審判! ちょっと待て!」


 須山は慌てて審判の方に詰め寄り、


「ワンタッチあっただろう!」


 しかし審判は無言で首を横に振る。

 須山は審判につかみ掛からんばかりの勢いで、


「何だよお前、ちゃんと見てたのかよ!」


 トラブル発生の危険を感じて、佐野や夏田が間に割って入る。


「やめとけ須山。微妙なプレーだったから、分からなかったんだろう」


 佐野がなだめるような口調で言った。

 須山は不満そうな顔をしながら、元の位置に戻る。


 そのプレーの時、室井はコートの端にいたので、丁度須山と審判を同時に見る事が出来た。

 須山がアタックを打った瞬間、審判が砂埃が目に入ったのか、顔を覆うような仕草をしていたのに気づいていた。


 室井は今にも雨の降り出しそうな、なまり色の空を見上げた。


 勝利の女神は、まだどちらに微笑むのか決めかねているようだ。


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