風の悪戯★
気まぐれな勝利の女神は、コートの中央に張られた高さ243センチのネットを境に、行ったり来たりを繰り返している。
室井の2本目と3本目のサーブは風の影響もあって上手く下に落ちたが、4本目は横風に煽られてサイドアウトになってしまった。
刻々と向きを変える強風に試合は大きく影響を受けている。
しかしD組は室井のサーブで8対7と逆転に成功した。
ファイナルセットは15点先取なので、残り約半分というところまで来たわけだ。
「ようし、後少しだ。集中して行こう!」
夏田の声が響く。
それを受けて、佐野や須山も皆に声を掛けた。
「さあ、こっからが本当の勝負だぞ!」
普段バレーボールの試合に慣れていない人間は、疲労と共に集中を切らしがちである。
それを懸念した佐野は、皆に激を飛ばした。
「気合い入れて行こうぜ!」
皆、おう、と声を上げてそれに応える。
幸い、選手達の士気は落ちていない。これならいける、と佐野は確信した。
J組の放ったサーブが、緩やかな軌跡を描きつつD組の方へ向かって来る。
バックセンターの選手が、慎重にレシーブし、上手く味方のセッターに繋いだ。
ここからが問題だ。
普通に前衛の選手に上げるか、それとも室井にバックアタックを打たせるか。
だがセッターの佐野は違う選択肢を持っていた。
自ら高くジャンプし、トスを上げずに、片手でひょいとボールを後ろに反らした。
ボールはギリギリでネットを越え、敵のコートに落ちる。
意表を突かれたJ組の白鳥や他の選手達は、反応すら出来ず、ぽかんと突っ立ったままだった。
周りから大きな歓声が沸き、須山はブラボー、と言って拍手した。
白鳥は驚きの表情で、女子の黄色い声援に応える佐野の顔を凝視した。
「な、何だよアイツ……! あんな事出来るのか……!」
眼の前であんなプレーを決められたら、バレー部の白鳥としてもメンツが立たない。
「おい、そこのニヤけた兄ちゃん!」
佐野は白鳥の顔を見て、
「何だい、俺に言ってんのかい? モアイ兄ちゃん」
「だからモアイって言うな! えーと、佐野か。お前中学の時バレー部だったのか?」
「いや、サッカー部だけど。中学の時も今も」
「…………!」
油ノ宮高校のサッカー部と言えば全国的に名の知られた強豪である。
「佐野はもうレギュラーなんだって」
側にいた須山の声に、白鳥は驚愕の表情を浮かべる。
「マジかよ……一年のこの時期にもうレギュラーって……!」
その時になって、白鳥はとんでもない人間を相手にしている事に気付いた。
いや、本当は白鳥だってかなり凄いのだが。
スポーツをする人には、自分が専門的にやっている競技だけが得意なタイプと、それだけに限らず、スポーツなら何でも得意だ、というタイプがいる。
佐野は、まさに後者のタイプだった。
これで得点は9対7でD組が2点リード。
D組としてはこのまま突っ走りたいところだ。
一方J組としては、もちろんこれ以上離される訳にはいかない。
「ユキポン、しっかり! 次は確実に取るのよ!」
末広法子が絶妙のタイミングで声を掛ける。やはりバレー部なだけに、ここがこの試合の非常に大事な局面である事を心得ている。
もし3点差にでもなってしまえば、J組の士気は一気に下がるであろう。
末広の声援を受け、白鳥の両眼がメラメラと、まるで昔のスポ根アニメのキャラクターの様に燃え上がる。
『絶対、次は落とせない……!』
D組のサーブが飛んで来る。
浅めのサーブだったので、前衛にいた白鳥が少し下がって受け、
「ようし、上げろ! 俺に上げろ!」
その時、一瞬だけ風が治まり、白鳥の望んだ位置にボールが飛んで来た。
力強く地面を踏みしめ、思い切り高く飛び上がる。
佐野と須山が素早く反応し、ブロックするべくジャンプした。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
白鳥は二人のブロックめがけ、渾身の力で白球を打ち抜く。
バシンという大きな音が響き、ボールは二人のブロックの間を打ち破った。
弾かれたボールに誰も反応出来ず、そのままD組側のコートに落ちる。
審判が笛を吹き、J組側から大きな拍手と歓声が湧き上がる。
追い詰められた白鳥は小細工をせず、力技で得点を奪ったのだ。
「よおおおおおおっっしゃあああっっっ!!」
握り拳を力強く突き出し、大声で吠え、味方を鼓舞した。
夏田は渋い表情で、
「やっぱりああやって強引に来られると、抑え切れんな……」
白鳥の規格外のパワーは、ツボにはまれば、なかなか抑えるのは難しい。
これで再び9対8の1点差。
一瞬の油断も許されない、痺れるような戦いが続く。
J組のサーブ。
後衛にいる室井が慎重にボールを受け、セッターに返す。
綺麗なトスを須山の前方に上げる。
だが、その位置に白鳥は素早く移動した。
バレー部の須山のアタックを止められるのは、J組では彼しかいないのだ。
「来やがったな、モアイ野郎……!」
「モアイって言うな!」
須山が飛び上がるのと同時に白鳥も飛び上がる。
その時、強い風が吹き付け、グラウンドに砂埃が舞った。
熊の様な白鳥の巨体を前に見ながら、須山は落ちて来たボールを打ち抜く。
ボールは白鳥の、ピンと伸ばした腕に当たり、向きを大きく変えてコートの脇に抜けて行く。
「ようし、やったぜ!」
須山はしてやったりという顔で、ガッツポーズを決めた。
そして確認の為に審判の方に眼をやった。
しかし審判はJ組サイドに手を上げ、笛を吹いた。J組の得点を認めているのだ。
「えっ!? お、おい、審判! ちょっと待て!」
須山は慌てて審判の方に詰め寄り、
「ワンタッチあっただろう!」
しかし審判は無言で首を横に振る。
須山は審判につかみ掛からんばかりの勢いで、
「何だよお前、ちゃんと見てたのかよ!」
トラブル発生の危険を感じて、佐野や夏田が間に割って入る。
「やめとけ須山。微妙なプレーだったから、分からなかったんだろう」
佐野がなだめるような口調で言った。
須山は不満そうな顔をしながら、元の位置に戻る。
そのプレーの時、室井はコートの端にいたので、丁度須山と審判を同時に見る事が出来た。
須山がアタックを打った瞬間、審判が砂埃が目に入ったのか、顔を覆うような仕草をしていたのに気づいていた。
室井は今にも雨の降り出しそうな、鉛色の空を見上げた。
勝利の女神は、まだどちらに微笑むのか決めかねているようだ。
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