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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
17/29

痛いミス★

      挿絵(By みてみん)


 好きな女の子の思わせぶりな一言で、こんなにも男は変わってしまうものなのか。

 いや、男が皆そうだという訳ではなく、やはり白鳥が特別単純なのだろう。

 彼女は『いいもの』としか言っていない。

  

 しかし白鳥は勝手に頭の中で想像を膨らませ、あらぬ妄想を抱き、そこから得られるエネルギーを今この試合にぶつけている。

 たかがクラスマッチである。

 そんなに大した物がもらえる訳がないのだ。

 せいぜい手作りのお菓子とか、何かその程度の物ではなかろうか、と見ている誰もが思ったが、今白鳥は物凄い『いいもの』を想像しているに違いない。

 それはそれで彼の勝手ではあるが。

 

 とにかく白鳥の動きは劇的に良くなり、次々とアタックやブロックを決め、大差で第4セットをJ組が奪った。

 これでセットカウント2対2のイーブンになったわけだが、両チームのムードは対象的で、盛り上がるJ組に対し、追い付かれたD組には悲壮感が漂い始めている。


 戻って来た選手達に、

「ドンマイ、ドンマイ、試合はこれからだ」

 夏田が声を掛けるも、反応は薄い。

 須山はスポーツドリンクをひと口飲み、

「先生、やばいよ。あのモアイ野郎、急に変わっちまった」

「そうだな、まあ元々それだけの潜在能力があったって事なんだろけど」

 須山は周りの選手達を見回し、

「いいか、J組が白鳥のワンマンチームである事に変わりはない。こっちとしては粘り強くボールを拾っていこう。それから」

 タオルで汗を拭いている室井の方へ顔を向け、

「最後のセットは室井の活躍がカギになる。知っての通り、第5セットは15点先取だ。あっという間に終わってしまう」

 皆の視線が室井に集まる。

「室井がどれだけサーブで相手を崩せるかが大事だ。2回、もしくは3回回って来る室井のサーブでどれだけ得点出来るか」


 その話には皆納得した。

 室井が無回転サーブで敵を崩せば、相手はまともなトスを上げられない。

 そうなれば、いくら調子付く白鳥でもいいアタックは打てないだろう。

 室井は急激に胸が高鳴った。

 自分はとうとうこの試合の趨勢すうせいを左右するまでになったのか。

 感慨深くもあり、同時に大きな責任も感じる。

 危機に瀕したこのチームに自分がどれだけ貢献できるだろうか。 


 審判の笛が鳴り、選ばれた6人の選手達はコートへと向かった。

 室井は途中で振り向き、高橋麻衣の顔を見た。

 大きな瞳が真っ直ぐに自分の方を見ている。

 僅かに彼女の唇が動いたように見えたが、周りの大きな声援にかき消され、室井の耳には何も届かなかった。


 風はさっきまでより更に強くなって来ている。

 少し大きめの室井のジャージが風に煽られ、バタバタと音を立てる。

 

 ボールを受け取り、相手のコートを見ると、白鳥の巨体がネット越しに見えた。

 他の選手達と比べると頭一つ分は大きい。

 奴に満足な姿勢で打たせてはならない。


 室井は大きく息を吸い込もうとしたが、風が強くて十分に吸い込めない。

 微妙な息苦しさを感じたまま、高くボールを上げ、前へ駆け出す。

 思い切りジャンプしたが、ボールは風の影響を受け、予想とは少しズレた位置に落ちて来る。


 一瞬、まずいと思ったが、そのまま思い切り打ち抜いた。

 ボールは室井のイメージよりも低い弾道で進み、相手のコートに届く事無く味方のネットに当たり、そこから地面に落ちた。


『しまった!』

 いきなりのサーブミス。

 飛び上がって喜ぶ相手の選手達。D組の応援の生徒達からはため息が漏れる。

 この試合で初めてと言っていい明らかなミス。


「ドンマイ、室井」

 佐野や須山が、ややぎこちない笑顔で室井に声をかける。

 室井は居たたまれない気持ちで、

「悪い。ミスった」

 上擦った声を返す。  


「気にするな、室井! 切り替えて行こう!」

 夏田の声が届いた。

 室井は動揺しながらも、必死で自分に言い聞かせる。

『そうだ、切り替えなきゃ。引きずってはいけない。切り替えなきゃ……』

 呪文のようにそう呟く室井の視界に、突如相手の放ったサーブが映る。

 慌てて手を差し出すものの、ボールは斜め後ろへと大きく跳ね、周りで応援している人達をも飛び越えてしまった。

 いきなりの痛い連続ミス。室井は唇を噛み短く、クソッと言った。 


 これでJ組が2対0でリード。

 D組にとっては何とも痛いスタートとなってしまった。

「ガハハハハ! どうだD組! 俺様の実力を思い知ったか!」

 白鳥が両手を腰に当て大声でそう言うと、

「何言ってんだモアイ野郎。お前まだこのセット、ボールに触れてもいねえじゃねえか」

 と須山に切り返される。

「うるせえ! 須山、モアイって言うな! 二度と言うな!」

「白鳥・モアイ・幸雄」

「ミドルネームにするんじゃねえ!」

 すると、側で見ていた末広法子が、

「だめよ、ユキポン。喧嘩しちゃ」

「ハーイ、ノンノン」

 白鳥は甘ったるい声でそう言った後、D組の方に向き直り、

「さあ、こんな試合、さっさと終わらせるぞ。まだ、次の決勝もあるんだからな」

 

 室井は気を引き締め直した。

 自分だって高橋麻衣と、必ず優勝すると約束したのだ。

 ここで負ける訳にはいかない。

 敵の放ったボールが風に煽られながら向かって来る。最後まで誰が受けるのか決め切れず、またもレシーブを失敗してしまう。

 なかなか悪い流れを止められない。

 何とも言えない、もどかしさと苛立ち。 

 

「おーい、室井!」

 夏田の声が聞こえ室井が振り向くと、

「室井、もう後ろから打っちゃえ!」

「えっ……? う、後ろから打つって……?」

「バックアタックだよ!」

「バ……バックアタック……?」

 室井は自分の耳を疑った。いきなり何を言い出すんだ、この先生は。

「バックアタックならあのデカいのもブロックに付けないだろ!」 

「そ……そんな、無理無理! やった事ないよ!」 

「ジャンピングサーブと一緒だ! 落ちて来たボールを、ジャンプしてバコーンて打ちゃいいんだよ!」

「そ、そんな……」


 実はバレー部の須山も同じ考えだった。バックアタックならボールがどこに飛んで来るか予想し辛いので、白鳥一人では止められないだろう。 

 自分が後衛の時は自分がやればいい。

 しかし、今は自分も佐野も前衛で、この状態でそれが出来るとすれば、室井だけだろう。

 イチかバチか室井に打たせてみるのもいいかも知れない。


「室井、一発やってみるか」

「ええっ!? な、何だよ須山まで!」


 J組の放ったサーブを、室井とは逆サイドの選手が受け、セッターの位置にいる須山にボールが渡る。

「いくぞ! 室井!」

「ちょ、ちょっと、待って! 待って!」

 

 須山がトスしたボールは、宙で緩やかな弧を描き、微妙に風に揺れながら室井の方へ落ちて来る。



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