痛いミス★
好きな女の子の思わせぶりな一言で、こんなにも男は変わってしまうものなのか。
いや、男が皆そうだという訳ではなく、やはり白鳥が特別単純なのだろう。
彼女は『いいもの』としか言っていない。
しかし白鳥は勝手に頭の中で想像を膨らませ、あらぬ妄想を抱き、そこから得られるエネルギーを今この試合にぶつけている。
たかがクラスマッチである。
そんなに大した物がもらえる訳がないのだ。
せいぜい手作りのお菓子とか、何かその程度の物ではなかろうか、と見ている誰もが思ったが、今白鳥は物凄い『いいもの』を想像しているに違いない。
それはそれで彼の勝手ではあるが。
とにかく白鳥の動きは劇的に良くなり、次々とアタックやブロックを決め、大差で第4セットをJ組が奪った。
これでセットカウント2対2のイーブンになったわけだが、両チームのムードは対象的で、盛り上がるJ組に対し、追い付かれたD組には悲壮感が漂い始めている。
戻って来た選手達に、
「ドンマイ、ドンマイ、試合はこれからだ」
夏田が声を掛けるも、反応は薄い。
須山はスポーツドリンクをひと口飲み、
「先生、やばいよ。あのモアイ野郎、急に変わっちまった」
「そうだな、まあ元々それだけの潜在能力があったって事なんだろけど」
須山は周りの選手達を見回し、
「いいか、J組が白鳥のワンマンチームである事に変わりはない。こっちとしては粘り強くボールを拾っていこう。それから」
タオルで汗を拭いている室井の方へ顔を向け、
「最後のセットは室井の活躍がカギになる。知っての通り、第5セットは15点先取だ。あっという間に終わってしまう」
皆の視線が室井に集まる。
「室井がどれだけサーブで相手を崩せるかが大事だ。2回、もしくは3回回って来る室井のサーブでどれだけ得点出来るか」
その話には皆納得した。
室井が無回転サーブで敵を崩せば、相手はまともなトスを上げられない。
そうなれば、いくら調子付く白鳥でもいいアタックは打てないだろう。
室井は急激に胸が高鳴った。
自分はとうとうこの試合の趨勢を左右するまでになったのか。
感慨深くもあり、同時に大きな責任も感じる。
危機に瀕したこのチームに自分がどれだけ貢献できるだろうか。
審判の笛が鳴り、選ばれた6人の選手達はコートへと向かった。
室井は途中で振り向き、高橋麻衣の顔を見た。
大きな瞳が真っ直ぐに自分の方を見ている。
僅かに彼女の唇が動いたように見えたが、周りの大きな声援にかき消され、室井の耳には何も届かなかった。
風はさっきまでより更に強くなって来ている。
少し大きめの室井のジャージが風に煽られ、バタバタと音を立てる。
ボールを受け取り、相手のコートを見ると、白鳥の巨体がネット越しに見えた。
他の選手達と比べると頭一つ分は大きい。
奴に満足な姿勢で打たせてはならない。
室井は大きく息を吸い込もうとしたが、風が強くて十分に吸い込めない。
微妙な息苦しさを感じたまま、高くボールを上げ、前へ駆け出す。
思い切りジャンプしたが、ボールは風の影響を受け、予想とは少しズレた位置に落ちて来る。
一瞬、まずいと思ったが、そのまま思い切り打ち抜いた。
ボールは室井のイメージよりも低い弾道で進み、相手のコートに届く事無く味方のネットに当たり、そこから地面に落ちた。
『しまった!』
いきなりのサーブミス。
飛び上がって喜ぶ相手の選手達。D組の応援の生徒達からはため息が漏れる。
この試合で初めてと言っていい明らかなミス。
「ドンマイ、室井」
佐野や須山が、ややぎこちない笑顔で室井に声をかける。
室井は居たたまれない気持ちで、
「悪い。ミスった」
上擦った声を返す。
「気にするな、室井! 切り替えて行こう!」
夏田の声が届いた。
室井は動揺しながらも、必死で自分に言い聞かせる。
『そうだ、切り替えなきゃ。引きずってはいけない。切り替えなきゃ……』
呪文のようにそう呟く室井の視界に、突如相手の放ったサーブが映る。
慌てて手を差し出すものの、ボールは斜め後ろへと大きく跳ね、周りで応援している人達をも飛び越えてしまった。
いきなりの痛い連続ミス。室井は唇を噛み短く、クソッと言った。
これでJ組が2対0でリード。
D組にとっては何とも痛いスタートとなってしまった。
「ガハハハハ! どうだD組! 俺様の実力を思い知ったか!」
白鳥が両手を腰に当て大声でそう言うと、
「何言ってんだモアイ野郎。お前まだこのセット、ボールに触れてもいねえじゃねえか」
と須山に切り返される。
「うるせえ! 須山、モアイって言うな! 二度と言うな!」
「白鳥・モアイ・幸雄」
「ミドルネームにするんじゃねえ!」
すると、側で見ていた末広法子が、
「だめよ、ユキポン。喧嘩しちゃ」
「ハーイ、ノンノン」
白鳥は甘ったるい声でそう言った後、D組の方に向き直り、
「さあ、こんな試合、さっさと終わらせるぞ。まだ、次の決勝もあるんだからな」
室井は気を引き締め直した。
自分だって高橋麻衣と、必ず優勝すると約束したのだ。
ここで負ける訳にはいかない。
敵の放ったボールが風に煽られながら向かって来る。最後まで誰が受けるのか決め切れず、またもレシーブを失敗してしまう。
なかなか悪い流れを止められない。
何とも言えない、もどかしさと苛立ち。
「おーい、室井!」
夏田の声が聞こえ室井が振り向くと、
「室井、もう後ろから打っちゃえ!」
「えっ……? う、後ろから打つって……?」
「バックアタックだよ!」
「バ……バックアタック……?」
室井は自分の耳を疑った。いきなり何を言い出すんだ、この先生は。
「バックアタックならあのデカいのもブロックに付けないだろ!」
「そ……そんな、無理無理! やった事ないよ!」
「ジャンピングサーブと一緒だ! 落ちて来たボールを、ジャンプしてバコーンて打ちゃいいんだよ!」
「そ、そんな……」
実はバレー部の須山も同じ考えだった。バックアタックならボールがどこに飛んで来るか予想し辛いので、白鳥一人では止められないだろう。
自分が後衛の時は自分がやればいい。
しかし、今は自分も佐野も前衛で、この状態でそれが出来るとすれば、室井だけだろう。
イチかバチか室井に打たせてみるのもいいかも知れない。
「室井、一発やってみるか」
「ええっ!? な、何だよ須山まで!」
J組の放ったサーブを、室井とは逆サイドの選手が受け、セッターの位置にいる須山にボールが渡る。
「いくぞ! 室井!」
「ちょ、ちょっと、待って! 待って!」
須山がトスしたボールは、宙で緩やかな弧を描き、微妙に風に揺れながら室井の方へ落ちて来る。
よろしければ下の「小説家になろう勝手にランキング」の所をクリックして下さいm(__)m




