ユキポン★
セットカウント2対1で、夏田の受け持つD組がリード。
J組のエース白鳥は既に戦意喪失気味で、このままD組が押し切るものと予想された。
このセットはD組のサーブから始まる。
最初のサーバーは室井。
サーブで相手を崩せる室井に、一回でも多くサーブが回って来るようにという事で考えられたフォーメーションだ。
室井がボールを手にすると、D組の応援の生徒達から大きな声援が起きる。
「頼むぞ室井!」
「室井くーん、頑張って!」
試合が始まる前は、緊張に押し潰されたそうになったが、今はそれ程でもない。
皆の応援の声が自分を奮い立たせる。
ボールを高々と宙に上げ、2、3歩助走をつけてジャンプ。
落ちて来たボールを絶妙のタイミングで打ち抜いた。
弾けるような音が響き、勢い良く相手コートへ飛び込んだボールは、そこで急激に向きを変えつつ落下する。
相手選手は触れる事すら出来ず、ボールは地面で跳ねた。
審判の笛が鳴り、D組の皆が、わあっと歓喜の声を上げる。
「ナイス室井!」
「いいぞ、その調子だ!」
室井と味方の選手達は笑いながら手と手を叩き合う。もはや試合の流れは完全にD組の方に傾いている。
更に室井は4本続けてサービスエースを決め、これで得点は5対0でD組がリード。
それからJ組も反撃を試みるが、肝心の白鳥がシャキッとしない。
本来ならチームを牽引すべき立場なのだが、アタックはネットに掛けるし、レシーブも失敗するし、むしろチームの足を引っ張っている。
点差はじりじりと開き、気が付けば15対6の大差がついていた。
この頃になると、J組の選手達の間に諦めムードが広がり、応援の人達も試合の方は諦め、何やらワイワイと談笑している者もいる。
もはや勝負あったか、と誰もが思った時、思いもよらぬ事が起きた。
「ユキポーン、頑張ってー!」
突如聞こえた黄色い声に、皆動きを止め声の主を確かめた。
一年生の青いジャージの群れの中に、たった一人、緑色のジャージを着た女子。
髪はやや短めで、子犬のような愛くるしい顔立ち。だが背はスラリと高く、全体に快活そうな印象。
輝くような笑顔で、J組の選手達の方へ大きく手を振っている。
「末広さんだ! 女子バレー部のエースの!」
D組の生徒の一人が大きな声を上げた。
夏田はその生徒に近づき、
「なんだ、あの子知ってるのか? 随分可愛い子だな」
「末広法子さんだよ。三年生で、女子バレー部のキャプテン。この学校の、知る人ぞ知るアイドルみたいな存在だよ」
「えっ、そうなのか、知らなかった」
「特に体育会系の男子の間では人気抜群だよ」
「そ、そうか、でも誰だユキポンって」
末広はやや表情を曇らせ、
「あれ、負けてるじゃないの。しっかりしなさいよ、ユキポン!」
「ノンノン! 見てたのか!」
そう言ったのは、何と「東洋のモアイ」こと白鳥であった。
これには夏田もびっくり。いや、D組の他の生徒達も皆驚きの表情である。
「ユキポン? ノンノン? なんだぁ?」
「ユキポンは白鳥幸雄で、ノンノンは末広法子さんの事だよ、きっと」
「ユ、ユキポンて、あいつ、あんなゴツい顔してるくせに……それにしても、なんでわざわざ……」
「ノンノン! 三年の試合は終ったの?」
白鳥が戸惑ったような素振りで末広に声をかける。
「終わったわよ。だからこうしてユキポンの試合を見に来たの。でも、絶対優勝するって言ってたのに、ユキポン負けてるじゃない!」
「あ、ああ、それはちょっと調子が悪くて……」
「調子のせいにするんじゃないの! 負けたらもうデートしてあげないからね!」
「えっ! そ、そんな……!」
二人の会話に、夏田をはじめ、周りの生徒達も皆驚愕した。
「ま、まさか、あいつがあんな美人と……それも2個年上だぞ?」
バレー部の須山も首を横に振り、
「知らなかった……いや、末広さんに彼氏がいるという噂はあったが、相手がまさかあのモアイ野郎とは……信じられねえ」
佐野も驚いた顔をしてはいたが、
「まあ、世の中には色んなマニアがいるからな。ひょっとしたらあの末広さんって人はオカルトマニアかも知れねえな」
何気にひどい事を言っている。
あまりの出来事に試合は一時中断している。主審までもが、あっけに取られて二人のやり取りを見ているのだ。
末広は白鳥の側に近づき、彼の両手を優しく包み込むように持った。
「しっかりして、ユキポン。あなたは、やれば出来る子でしょ?」
白鳥は頬をほんのりと染め、
「う、うん……」
「必ず優勝して。そしたら……」
「そしたら……?」
末広は上目遣いに白鳥の顔を見つめ、悪戯っぽい微笑みを浮かべ、
「イ・イ・モ・ノ・あ・げ・る!」
「えっ、いいものって……?」
「ユキポンの一番欲しい物よ。 分かるでしょ?」
そう言ってつかんでいる白鳥の両手を、そっと自分の胸元に添えた。
白鳥の顔は、更に赤く染まっていく。心なしか前が膨らんで見えるのは気のせいだろうか。
「ノ、ノンノン、俺……俺……」
末広は白鳥の手を放し、
「じゃ、頑張ってね、ユキポン」
ウインクをして、コートから離れた。
白鳥はそのまま何秒か末広の方を、ボーっと見ていたが、いきなり表情を険しく変え、D組の方を睨み付けた。
そして両拳を強く握り、重心を落とし、
「ぐおおおおおおおおお!」
天に向かって凄まじい獣のような雄叫びを上げた。
大地を揺らさんばかりの大声に、皆驚いた顔で白鳥を見ている。
「勝つぞ! 絶対勝つぞ! さあ来やがれD組!」
鬼の形相でD組の方を見てそう叫んだ。
それを見ていた夏田は、
「ありゃりゃ、あいつ急にテンション上がっちゃったな」
「まあ、それぐらいでないと、こっちも倒しがいがないさ。さあ、皆気合い入れてくぞ!」
須山が選手達に声をかけた。
D組のサーブで試合再開。
J組の選手がレシーブし、白鳥の頭上へトスを上げる。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
白鳥は大きな叫び声と共に高くジャンプし、落下して来たボールを大きな手で叩き落とす。
ボールを打つ音、と言っても爆発音に近いような音が響き、目にも止まらぬ速さで地面に直撃し、あっという間にグラウンドの端まで転がって行く。
「おっしゃあっ!」
白鳥は普通の人の倍はありそうな大きな拳を突き上げ、ガッツポーズを決める。
見るもの皆の度肝を抜くほどの、凄まじいスパイク。
沈みがちだったJ組の選手達が、一気に活気を取り戻す。試合の流れを引き寄せる程の強烈な一撃だった。
D組の選手達はあまりの衝撃に、呆然と皆その場で立ちすくんでいる。
須山は豹変した白鳥の方を見つめ、
「なんだよあいつ……部活の時でもあんなの打った事ねえぞ」
「まるで別人になっちまったな。彼女のせいで」
佐野は真剣な顔で周りの選手達を見回し、
「こっからが本当の勝負だ! 絶対に負けねえぞ!」
D組の戦いはまさに正念場を迎えていた。
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