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サマー☆ティーチャー  作者: 佐藤こうじ
14/29

第2セット★

挿絵(By みてみん)


 午後に入り、灰色の絵の具を溶かして撒いたような曇天模様の空はより色濃くなり、グラウンドを吹き抜ける風は徐々に強さを増して来た。


 大勢の生徒達が見守る中、一年D組と一年F組の試合は第2セットを迎えている。


 室井は大きく深く息をしながら、敵のサーブに備えた。

 いきなりミスをしてしまったが、今はそれを悔やんでいる場合ではない。

 第1セットを奪った事で、今試合の趨勢すうせいはこちら側にある。

 この流れを止める訳にはいかない。


 敵の放ったサーブは、勢いよくネットの上を通過し、味方のバックセンターを襲った。

 かろうじてレシーブし、そのボールをセッターがトスする。

 室井の上空にボールが上がる。

 

 今度はためらう事無く、室井は高く飛び上がり右手で思い切り打ち抜いた。

 するとまたもやボールは相手コートを高々と越えてしまう。


『しまった!』


 一瞬またもやミスをしたかと思ったが、さっきとは周りの反応が違う。

 主審がD組サイドに手を上げている。

「ワンタッチだ!」

「室井ナイス!」

 味方の声で、自分のスパイクが相手の手に触れた事を知った。

 自分としては決してワンタッチを狙ったつもりは無かったのだが、結果オーライだ。 


 その時室井は、今までの人生で決して自分に微笑みかけなかった勝利の女神が、心変わりしかけている様に感じた。

 僅かな幸運に恵まれ、しかも自分が練習の成果を発揮できれば、結果はついて来るだろう。


 その後、敵味方交互に得点し、室井のサーブが回って来た。

 夏田との特訓で、最も時間をさいたのがサーブの練習だ。

 結局夏田ほどの強烈なサーブを身に付けるには至らなかったが、自分なりには打てるようになった。

 このサーブは大きな得点源になる、と夏田は言っていたが、果たしてそうだろうか。


 室井は手にしたボールをじっと見つめた。

 昨日の夜、夏田の指導の元、汗だくになりながら必死でボールを打ち続けた。

 振り返るとそれは単にバレーの練習だけでなく、今までの弱い自分と決別するための修行だった様な気がする。

 夏田はバレーの練習だと言いながら、実は自分の精神を鍛えてくれたのではないか。 


 ふと視線を移すと、クラスの皆と一緒に自分達に声援を送る夏田の姿があった。

 相変らず水着一枚である。

 周りは皆ジャージを着てるのに。

 凄いんだか変態なのか優しいのか馬鹿なのかよく分からない先生だ。

 

 室井は徐々に身体の緊張がほぐれ、気分が楽になって来たように感じた。

 顎を上げ、五月の乾いた空気を胸一杯に吸い込む。


 失敗しても、成功してもいい。


 ただ、思い切りやるだけ。


 室井は白球を空高く上げ、前へ駆け出し、大きくジャンプした。

 ボールがイメージ通りの位置に落ちて来る。

 その中心を、渾身の力で打ち抜く。


 何かが破裂したかの様な音が響き、白球は凄まじい勢いで空を裂く。

 軌道が高く、皆がアウトになると思ったが、ボールは途中から急激に落下し、エンドラインぎりぎりの所で大きく跳ねた。

 相手の選手はまともに反応出来ず、ただボールを見送るだけだった。

 観衆にどよめきが起き、隣のコートの試合を見ていた人達までもが何事かと振り返る。

 微妙ではあったが、線審は『イン』のサイン。

 主審はD組の方に手を上げた。


「よっしゃあっっ!」

 室井は握った拳を突き出し、大声で叫んだ。

 そして、他の選手達と手の平をハイタッチでぶつけ合う。


 夏田やD組の生徒達は、拍手や万歳をしながら、大きな歓声を上げる。

 これで得点は4対3で1点リード。

 ただ、それはこれからの試合の流れを大きく引き寄せる1点だった。

 

「いいぞ、室井! もう一本!」

 室井は夏田の方に顔を向け、微笑みながら大きく頷く。

 本当は夏田のサーブと比べればかなり劣るのだが、それでも皆のこの驚き様。

 改めて夏田の凄さを思い知らされた。


『何で体育教師なんかやってんだよ。全日本に入ればいいのに……』

 室井はそんな事を考えながら、ボールを受け取った。

 改めて気を引き締め、室井は二本目のサーブを放った。心配していた腕の痛みも今はほとんど感じない。

 2本目3本目と続けてサーブを決め、結局7回続けて得点を奪った。

 これで10対3。


 試合の流れとは不思議なもので、チームのムードが良くなると本当はバレーが苦手な人までもが、いいプレーをし出す。

 そうすると応援する人達も大いに盛り上がり、更に選手達がノッて来る。

 自称『D組のお荷物』、体育の成績は『1』以外取った事のない小暮君までもが回転レシーブを決めたりする。

 100キロを超える巨体がゴロゴロと転がり、応援の人垣に突っ込む。

「きゃあっ!」

「あ、汗が付いた、汚い!」

 女子生徒の心無い声。

「何だよ汚いって! せっかくいいプレーしたのに!」

「うるさいわね、デブ!」

「ムキーッ!」


 そんなこんなで、結局D組は25対15で第2セットを奪った。

 これで敵は戦意喪失気味になり、続く第3セットも大差で奪い、D組は見事ストレートで圧勝。

 大きく勝利に貢献した室井は、皆から大いに祝福された。

 もちろん須山や佐野も活躍したのだが、室井の無回転サーブはあまりに衝撃的だった。

 

「よくやったな、室井」

 夏田が満面の笑みで室井に声をかける。

「有難う、先生。でもまだ、一回勝っただけだから」


「室井君、すごい!」

 高橋麻衣の愛くるしい笑顔に室井も思わず顔をほころばせる。

「麻衣ちゃん、次も勝つから見て……」

 その時、隣のコートで試合終了の笛が鳴り、室井はそっちに視線を奪われた。

 そこには、何か違う世界から抜け出して来たかの様な、異様なたたずまいの男が立っていた。

 高橋麻衣も、室井と同じ方に目を向け、あっと声を上げる。

 その男は、周りの男子生徒達よりも遥かに大きく、ジャンプしなくてもアタックが打てそうな程だ。 


 バレー部員の須山が室井に声をかける。

「あいつはバレー部員で、あだ名が『東洋のモアイ』、白鳥って奴だ」


 白鳥は、須山の姿を見つけると、のっしのっしと巨体を揺らしながら移動し、

「よう、須山。今度は俺のクラスと当たるみたいだな。まあ、軽くひねってやるぜ」

 そう言った後、大人の拳が二つは入りそうな大きな口を開き、ゲラゲラと笑い出した。

「何だと……!?」

 須山は怒りに満ちた目で白鳥を睨み付ける。

「デカいだけが取り柄の奴が、いい気になるんじゃねえ!」

 白鳥が急に笑いを止め、鬼のような顔で更に須山の方へ近づく。

「てめえ……!」


 一触即発の危険を察知し、周りにいた先生や生徒達が間に割って入る。

「コラ、お前ら暴れたら即出場停止だからな!」

 夏田に注意され、白鳥はチッと舌打ちし、その場から離れた。


 一旦休憩を挟んだ後、D組対白鳥率いるJ組の試合が始まる。


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