特訓
クラスマッチを翌日に控え、室井の特訓は少しずつ成果を上げつつあった。
と言っても元々が酷過ぎたので、ようやくまともにトスが出来る様になった程度だ。
「ようし、トスは大体いいだろう、次はレシーブの練習だ」
室井が壁際に立ち、夏田が少し強めの低いボールを打つ。
「ひゃあっっっ!」
甲高い声を上げ、ボールを受けるどころか、逆方向に避けてしまう。
「……室井、避けちゃあダメだろ。ちゃんと受けなきゃ!」
「だ、だってあんなに強いボール当たったら怪我しちゃうよ!」
夏田はふうっとため息を付き、
「室井、今のボールぐらいじゃ怪我なんかしないって。試合になったら、もっと強いのがビュンビュン飛んで来るぞ!」
「そ……そんな、死んじゃうよぉ!」
「死なない! 行くぞ!」
夏田はボールを上げ、構えている室井の丁度受けやすい辺りにボールを打つ。
「うわああああああああっっっ!」
奇声を上げつつ、室井は素早く横へダイブした。
ボールは室井の足首をかすめ、壁に当たる。
「だから、避けちゃ駄目だって!」
「だ、だって怖いんだよおっ!」
「あのなあ、室井。クラスマッチは女子生徒達が見てるんだぞ。高橋麻衣だって当然見てる。彼女の前でそんな事やってたら、嫌われちまうぞ!」
「う……、それはダメだよぉっ!」
「だったら、怖がるんじゃない! 勇気を出して受けてみろ!」
夏田は室井に向けて強いボールを打つ。
しかし室井は、またもや素早くダイブしてボールを避ける。
それを見て、夏田は思った。よくこの距離でボールを避けれるな、と。
今度は、まだ地面に這いつくばっている室井に向けてボールを打った。
すると、室井はその態勢から機敏に身体を起こし横へと飛び、またもや至近距離からのボールを避けた。
「室井……!」
「何だよ先生! まだ構えてもいないのに、打たないでよ!」
夏田は室井の顔を見つめ、
「室井、お前ホントは自分で思っているほど、運動神経が鈍いわけじゃないかも知れないぞ」
「えっ……? そうかなあ……」
「いいか、お前は少し勇気が足りないだけだ」
「…………」
「高橋麻衣は、スポーツの出来る人が好きだって言ってたんだろ?」
「……そうだけど」
「じゃあ、頑張ってクラスマッチで活躍すれば、彼女が室井と付き合ってくれるかも知れないぞ」
「まさか……彼女が僕と……? あり得ないよ」
「いや、あり得るぞ。十分あり得る」
室井にしてみれば高橋麻衣はいわば高嶺の花のような存在で、まるで現実味のない話だった。
「いやあ、いくらなんでもそれはないよ、先生」
夏田は室井の側に近付き、
「あのなあ、室井。この練習でも、今の高橋の話にしてもそうだけど、お前は自分が駄目な奴だと勝手に決めつけているだけなんじゃないかと思うんだ」
「……そう……かなあ……」
「でも先生、俺本当に運動神経ないんだよ。体育の授業でバレーやった事あるけど、サーブなんかまともに入った事ないし」
「えっ、一回も?」
「一回も。小学校の時も中学の時も」
「そうか……そりゃ練習しといた方がいいな。今はラリーポイント制だから、サーブ失敗しただけで相手に点取られちまうもんな」
夏田は室井と少し広めに距離を取り、
「室井、こっちへ向けて思い切りサーブを打ってみろ。先生がどこがおかしいのか見つけてやるから」
「お、思いっ切り?」
「そうだ。思いっ切り打って来い!」
室井は頷き、左手でボールを上げた。
そして右腕を大きく後ろに反らし、ふわりと宙に浮いたボールが落ちて来たところを、思い切り打ち抜く。
バチバチンッ!
擬音を使えばそんな感じの音が公園に響く。
室井は強烈なアッパーカットを喰らったボクサーの様に、身体を反らし後方に倒れ込む。
ボールは夏田の元へは届かず、室井の側でポンポンと跳ねている。
一瞬の出来事ではあったが、夏田は室井の打ったボールが打った本人の足元で跳ね、彼の顎を捕えたのをハッキリと確認した。
夏田の胸に衝撃が走る。
いくら運動神経が鈍いと言っても、まさか。
自分で打ったボールで自分をノックアウトしてしまうとは。
「おいっ、大丈夫か室井!」
夏田は慌てて室井に駆け寄り、彼の状態を起こす。室井は眼を閉じたままだ。
「室井、しっかりしろ!」
夏田が室井の上体をゆさゆさと揺すると、閉じた瞼をゆっくりと開き始める。
「先生……」
掠れた声で、
「見ただろ、先生。 俺にはスポーツなんか無理なんだよ……」
「いや、そんな事ないぞ室井。今のは強烈なサーブだった。ただ、向きが悪過ぎただけだ」
室井はゆっくりと自力で立ち上がった。体に付いた砂をポンポンと払い、
「そんなに強烈だったかな……よく分からないけど」
「そうさ。お前は能力自体はあるんだよ。ただ、それを上手く使いこなせてないだけさ」
「……本当?」
「本当さ。じゃあ、先生が今からとっておきの必殺技を見せてやる」
「必殺技……?]
[ああ、よく見てろよ」
夏田は大きく深呼吸し、ボールを持ったボールを眼の高さまで上げた。
その手を一旦下げ、そこから大きく振り上げる。
ボールは左手から離れ、高々と宙に上がった。
夏田は前へと数歩駆け出し、思いっ切りジャンプする。
そして落ちて来たボールを、右手で思いっ切り打ち抜く。
何かが破裂したかのような、激しい衝撃音が響き、夏田の打ったボールは轟音と共に公園のフェンスめがけて突き進む。
周りの木々に止まっていた小鳥達が一斉に羽ばたく。
ボールはフェンスに激突するかと思いきや、急激に落下しフェンスの手前の地面へとぶつかった。
室井はあっけに取られてそれを見ている。
夏田は室井の顔を見てニッコリと微笑み、
「どうだ、これが先生の必殺技、スーパー・エキストラバージン・ジャンピング・無回転サーブ・EXだ」
「長いよ!」
「そ、そうだな。まあいわゆる無回転サーブってやつだ」
「先生ってバレー部だったの?」
「いや、陸上部だ。でも先生はスポーツは何だって得意だぞ」
いくら得意と言っても今のは凄過ぎだろう。見た目もそうだが本当に得体の知れない先生だな、と室井は思った。
「でも、先生だから今みたいなサーブが打てるんだよ。俺には到底無理」
「そんな事ないって。このぐらい30分も練習すれば出来る様になるぞ」
「それは先生が超人だからだよ!」
「さ、練習練習。これをマスターして、明日のクラスマッチはヒーローになってくれよ!」
「えーっっっ!?」
サーブの猛特訓が始まった。
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