優勝しよう!★
翌朝、室井が教室に入り自分の席に着くと、わらわらと周りに人だかりが出来た。
何事だろうと緊張する室井に、
「オッス、室井!」
「おはよう、室井君!」
にこやかに挨拶をして来たのは、体育委員の佐野と、室井の意中の女の子、高橋麻衣だった。
「お、お、おはよう」
室井は少し詰まりながらもどうにか挨拶を返す。
佐野は室井の肩に、ポンと手を置き、
「高橋から話は聞いたぜ、室井。バレーが無茶苦茶上手いんだって?」
室井は驚き、大きく眼を開いて佐野と高橋の顔を交互に見た。
一瞬何を言い出すんだと思った室井だが、すぐに状況が飲み込めた。
高橋麻衣に嘘をついてしまったのは昨日だが、まさかこんなに早く事態が悪化してしまうとは。
室井は素早く頭をめぐらせ、何とか取り繕う言葉を探したが、
「そうよね、室井君。本気になれば、バレー部の人にも負けないんだよね」
高橋麻衣が屈託のない笑顔で声を掛ける。
「あ、ああ……まあそうだけど」
悪い流れに沿った言葉を発してしまう。
室井は顔を紅潮させ、動揺した素振りを見せているのだが、佐野や高橋がそれに気づく様子もない。
「いやあ、クラスマッチのオーダー、どうするか悩んでたんだよ。実は、ハンドボール部の菊池が練習中に足をくじいちゃって、出れそうにないんだ」
「そ、そうなんだ」
「それで、バレー部の須山以外にもう一人、ダブって出場してもらわなきゃいけなくなってさ、それを室井に頼みたいんだ。いいだろ?」
「う、うん、まあいいけど……」
室井は焦点の定まらない視線を宙に泳がせながら答えた。
「じゃ、頼むぜ! えっと、須山が第一セットと第三セットに出るから、室井は第二セットと第三セットに出てくれよ。第三セットは特に大事になって来るから、上手い人二人で確実に取ってくれ」
「そ、そうだね、須山も出るんなら、第三セットは確実に取れるだろう」
室井は会話の流れに逆らえず、思いもしない事ばかり言ってしまう。
ここで、バレーが上手いと言うのはただの冗談だったと言えればいいのだが、すぐ側で自分を頼もしげな表情で見つめている高橋の手前、そんな事は言えない。
もはや、後戻りなど出来ないのだ。
「あと、第四セット以降までもつれた時も出てもらえるかな? 大変だけど、そこはフリーでオーダー組めるから、上手い人には是非出て欲しい」
室井は、どんだけ出ればいいんだよ、俺が出たら確実に負けるぞ、と言いたかったが、
「大丈夫よね、室井君!」
高橋が、室井の腕をつかみ、
「私、室井君の活躍するとこ、見てみたい!」
室井は急激にテンションが上がった。どういう訳か全身に力が漲り、何でも出来そうな気がして来る。
「ああ、任せてくれよ! 俺は本気でやる。必ず優勝しよう!」
胸を張り、力強くそう言い切った。
周りを囲む生徒達から、おおっと歓声が上がる。
高橋は、きゃあっと声を上げて両手を叩く。
大きな拍手が湧き、室井はそれに笑顔で応じる。
しかし、そんな上辺の表情とは裏腹に、心は深く暗い闇の中に堕ちていた。
その日の放課後、部活をやってない人は集まって練習しようという事になったが、室井は塾があるからと嘘をついて断った。
練習すれば、自分が下手だという事がすぐにバレてしまうと分かっているからだ。
室井はよぼよぼとした足取りで昇降口から出て、校門の方へ向かった。
今日一日中、頭がぼやけて授業はうわの空だった。
ただ、時々隣の席の高橋と目が合い、その時だけはどうにかぎこちなくも微笑んで見せた。
彼女が自分へ向ける頼もしげな視線が、キリキリと胸に突き刺さる。
自分は何と愚かな事をしてしまったのだろう。
あの時、どうして正直に嘘だったと言えなかったのだろう。
どうすりゃいいんだ。
やっぱり休むか。
いや、そんな事は出来ない。
ならどうするんだ。
などと頭を巡らせながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声が届いた。
「おーい、室井ーっ!」
振り向くと、向こうから水着一枚だけを身に付けた男が駆けて来る。
側を歩いていた女子生徒達が、きゃあっと言って逃げ出す。
決して変質者ではない。いや、やっぱり変質者なのかも知れない。
油ノ宮高校一年D組、室井のクラスの担任、夏田譲司である。
「室井、今からクラスマッチの練習するらしいぞ。参加しないのか?」
夏田は、脇にバレーボールを抱えている。
「……うん、今日はちょっと用事があるから……」
「そうか、ならしょうがないな。でも室井、皆から聞いたんだけどバレーがすごく上手いんだって?」 「…………」
「いや、この前、自信が無いような事を言ってたから、あれ、そうだったのかな、と思って」
「…………」
室井は、黙ったまま夏田の顔を見上げた。
こうして側に立ってみると、夏田の背は割と高い。180センチぐらいはあるだろう。
鍛え上げられた肉体に、日焼けした肌。
いかにもスポーツが得意そうで、性格が明るくて、顔も良く見たらイケメンである。
この人は、自分とは対照的な人だと室井は思った。
自分にないも物を、全部持っているような気がする。
「どうしたんだ、室井。何か心配事でもあるのか?」
「……先生……」
室井は胸の奥から何かが込み上げて来るのを感じた。
「どうしたんだ室井! 先生何でも相談に乗るぞ!」
夕日に照らされ、鮮やかに輝く夏田の顔は、とても頼もしく見えた。
「…………先生……!」
室井の眼から涙が溢れ、頬を伝い地面へとポロポロと流れ落ちた。
学校の近くの公園。
少子化や携帯ゲーム機の影響か、外で遊ぶ子供をあまり見かけなくなった。
ここも、やはり閑散としている。
夏田は相変らず水着一枚、室井はジャージに着替えた。
「大体事情は分かった。なあに、心配するな。下手なら練習すりゃいいんだ」
「でも、先生、俺本当にど下手だよ」
室井はこれまでの経緯を夏田に説明した。夏田の出した答えは至って単純。
練習すればいい、だった。
「ようし、じゃあまず、軽くランニングをしよう。スポーツは何をやるにも基礎体力が大事だからな」
夏田は、公園の中を勢い良く駆け出し、室井が後を追う。
50メートル四方程のこの公園に人があまり居ないのは幸いだった。
夏田の姿を見た一般市民が通報してしまうかも知れないからだ。
「どうだ室井、こうやって走るのもなかなか気持ちいい……あれ?」
夏田が走りながら振り返ると、そこには誰もいない。
どうした事かと辺りを見回すと、遠くで室井がうずくまっている。脚でも挫いたのかと思い、夏田が慌てて駆け寄る。
「どうした!? 大丈夫か室井!」
室井は苦しげな顔で、ぜいぜいと息を弾ませている。
「せ……先生、ペース早過ぎ……!」
「ええっ、そ、そうか? 結構ゆっくり走ったんだけどな……」
人一倍体力のある夏田と、人一倍体力のない室井が並走しようとすると、こうなってしまう。
「うん、まあランニングはもういいや。じゃあトスの練習をしよう」
夏田と室井は五メートル程の距離を取り、
「いくぞ、室井」
「OK」
夏田が室井に向けてトスを出す。
それを室井が両手で受けトスを返す……筈が、何故か両手の間を抜け、頭で受けてしまった。
ボールは室井の後方へ、テンテンと悲しい音を響かせながら転がって行く。
室井はボールを取りに行き、夏田の方へぎこちなくもトスを出す。
フラフラッと上がったボールを夏田が受け、室井に返す。
するとまたもやボールは室井の両手の間をすり抜け、二人をあざ笑う様に後方へと転がって行く。
「練習のし甲斐がありそうだ……」
クラスマッチまで後二日。
これはよほど頑張らねば、と夏田は思った。
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