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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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二人の孤児

作者: 木山花名美
掲載日:2026/09/27

※残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

 

 あるところに、よく似た名の二人の孤児がいた。

 一人の名はローゼリア。

 雪のように白い肌と、澄んだ青い瞳に薔薇色の唇。そして金色の巻き髪が愛らしい、お人形のような美少女だ。

 もう一人の名はリアローゼ。

 特に目立ったところのない平凡な容姿だが、気立てがよく明るい性格の少女である。

 いつしか、ローゼリアは『ローゼ』、リアローゼは『リア』と呼ばれるようになっていた。


 ローゼとリアは、どちらも赤子の時に捨てられ、同じ日に同じ孤児院に引き取られた。名前が似ているのは、多忙な院長が適当に名付けたためである。

 二人は実の姉妹のように仲が良く、いつも一緒にいた。

 水仕事で凍えた手は互いの息で温め、食事が少なくひもじい時は、互いの皿から好物を交換した。

 また、寂しい時には同じベッドで眠り、よくこんな話をしていた。


「私はね、いつかここを出てお姫様みたいな暮らしをするの。広いお屋敷に綺麗なドレス。可愛いお人形や美味しいごはんもたくさん! 雲みたいなクリームが載った、甘ぁいケーキも食べてみたいわ」


 飽きるほど聞いたローゼの夢に、リアは毎回優しく寄り添う。


「素敵ね。ローゼみたいに可愛い娘《こ》なら、いつかきっとお姫様になれるわよ」

「そうだといいなあ。ねえ、リアは? リアの夢は何?」


 答えを知りながらも、毎回こう尋ねるローゼに、リアはきっぱりと答える。


「私はね、お金はそんなにたくさんいらないの。自然が豊かな場所に、小さなお家を建てて、優しい旦那様と暮らしたい。そしていつかはお母さんになって、子どもに美味しいおやつを作ってあげたいわ」

「リアの大好きなスイートポテト?」

「うん。孤児院《ここ》のよりも、うんと甘くしてあげるの。ミルクやお砂糖をたっぷり入れてね」

「ふふっ、素敵ね。リアなら絶対に、優しいお母さんになれるわ」


 互いの夢を語り合った後、二人は決まって言う。


「それぞれの夢を叶えても、私たちはずっと親友でいましょうね」

「もちろんよ。親友どころか、双子みたいなものだもん。ずっとずっと仲良しよ」


 布団の中で繋いだ小さな手は、この孤児院で生き抜くための確かな灯りだった。



 二人が九歳になった年、ローゼはとある家の養女になることが決定した。

 彼女を引き取りたいと申し出たのは、子どものいない裕福な伯爵夫妻で、孤児院へ視察に訪れた際に、ローゼのことを一目で気に入ったのだという。ゆくゆくは親戚の男児をローゼの婿に迎え、伯爵家を継がせるつもりだという話も出ていた。


「よかったわね、ローゼ! これで本当のお姫様になれるわ!」


 そう喜ぶリアとは反対に、ローゼは浮かない顔をしていた。いつかは来るとわかっていたリアとの別れなのに、いざその時になると、寂しくて受け入れられなかったのだ。


「……私、あなたと離れたくないわ。あなたと一緒じゃなきゃ、どこにも行きたくない!」



 ローゼの強い希望で、伯爵夫妻はリアも引き取ることにした。

 ただし、養女ではなく、ローゼの侍女として。

 なぜ裕福であるにもかかわらず、二人とも養女にしなかったのか。その理由は、ローゼを跡継ぎにすると決めた以上、不要な相続争いを避けるためだった。──表向きは。

 本当はただ、社交界映えしない平凡な容姿のリアを、養女に迎えるメリットがなかったからである。


 それでもリアは、伯爵令嬢付きの侍女として、かなりいい待遇を受けていた。

 主従関係となっても、ローゼは変わらず彼女を大切にしたし、リアもそれに甘えることなく、『ローゼお嬢様』と一線を引き懸命に働いた。

 伯爵夫妻も伯爵家の使用人たちも、誠実で真面目なリアのことを気に入り、ゆくゆくは侍女長にしようと教育していた。


 養女になってすぐの頃、ローゼはおやつの時間のたびに、一緒に食べようとリアを誘ったが、リアは決して首を縦に振らなかった。

 お義父様の許可をもらっているから平気よと勧めるが、『お嬢様と同じテーブルには着けません』と頑なに断られてしまう。

 一人では広すぎるテーブルに並ぶのは、フルーツとクリームがたっぷり載ったケーキや、バターの香りがする甘いクッキー。どれもこれも、孤児院のおやつは何だったのだろうと思うくらいに美味しい。

 しかし、『ローゼ、これ大好きでしょ? 私のもあげる』と、リアが分けてくれたビスケットに比べれば、どこか味気なく寂しい気がしていた。

 そのうちローゼは諦め、リアを後ろに立たせたまま、一人でおやつを食べることにも慣れていった。



 ローゼが伯爵令嬢になってから三年。

 十二歳の誕生日を迎えて間もなく、伯爵夫人が妊娠した。一度流産してから、もう子は望めないと言われていた夫人に訪れた奇跡に、伯爵は涙を流して喜んだ。


 それから伯爵家は、夫人とお腹の子を中心に回るようになった。月が満ちて、無事に元気な女児が生まれると、伯爵夫妻の関心は、養女のローゼから実子のマデリンへと完全に移った。

 以前と同じく、何不自由のない生活を与えられていたローゼだったが、そこに愛情はなかった。


 三年前、リアと別れることを受け入れられなかったように、ローゼは義父母の心変わりも受け入れられなかった。

 気を引きたくて勉強で良い成績を取っても、マデリンが初めて寝返りを打った時ほど、義父母を喜ばせることはできない。

 ならば良い姉になろうとマデリンを可愛がろうとするが、危ないからと一度も触らせてもらえなかった。


 伯爵家にとって、自分はもう要らない存在なのだ。せっかくお姫様になれたのに、また孤児院に返されてしまうかもしれない。

 そんな孤独と焦燥感を、ローゼは次第にリアにぶつけるようになっていった。


「違う! それじゃない! あんた、三年も私に仕えているのに、まだ私の好みがわからないの!?」


 今日もローゼの部屋には、怒鳴り声が響く。リアは「申し訳ございません」と謝りながら、床に散らばったドレスを集めていた。

 ローゼはリアを突き飛ばし、クローゼットへ向かうと、お茶会には相応しくない冠婚葬祭用の黒いドレスを取り出した。


「これにするわ」

「いけません、お嬢様。そちらは、お茶会の席には相応しくありません」

「いいのよ、今日は黒が着たい気分なんだから」

「では、せめてこちらの紺色のドレスはいかがでしょうか? お茶会に冠婚葬祭用のドレスなどお召しになれば、お嬢様だけでなく、旦那様と奥様にまで悪い評判が……」

「うるさいわね! 黒が着たいって言っているでしょう!? 使用人のくせに主に逆らうなんて……どうやらあなたは罰を受けなければいけないようね」


 ローゼはドレスを放り、大股でリアの元へと向かう。

 胸ぐらを掴むと、唇を噛みしめるリアの頬目掛けて、手を思いきり振り下ろした。


 何度か打ってスッキリしたローゼは、リアに着替えを手伝うよう命ずる。リアはふらふらと立ち上がると、血の味がする唾をごくんと飲み込み、ローゼに黒いドレスを着させた。


 優秀な侍女であるリアに対して、ローゼの態度は目に余るものだったが、使用人は誰一人として口出しできなかった。実子が生まれ見向きもされなくなった養女を、皆、心の中で憐れんでいたからだ。

 そしてリアも、ローゼの怒りを黙って受け止め、痛みに耐え続けていた。


 一方、養女が荒れていることを知っても、伯爵夫妻は向き合おうとしなかった。

 いよいよ面倒になれば、縁を切って孤児院に送り返すか、政略結婚をさせるなりして、片付ければいいのだからと。

 そのため、ローゼが何か問題を起こしても、責任を問われるのは、ローゼではなく侍女のリアだった。


 リアが義父母に叱られるたび、ローゼは束の間の幸福を得ることができた。

 私とリアは一心同体。

 私が不幸な時は、リアも不幸でなくてはならないのだと。


 罰として食事を抜かれたリアの前に、ローゼは自分のおやつの中からさつまいものタルトを放り投げた。

 リアの大好物だった孤児院のスイートポテトより、ずっと甘くて美味しいタルトだ。


「リアにあげる。私の代わりに罰を受けてくれたお礼よ」


 床に転がったタルトを、じっと見つめたまま微動だにしないリアに、ローゼはカッとなる。

 足でタルトを粉々に踏みつぶし、全て食べるよう命じた。



 歪み続ける養女のローゼとは反対に、実子のマデリンはすくすくと成長し、三歳になった。

 好奇心旺盛で、ローゼがどんなに距離を置いても、マデリンの方から「お姉たま」と近付いてくるため、ローゼは内心苛々していた。


 そんなある日のことだった。

 マデリンの侍女が目を離した隙に、マデリンは勝手にローゼの部屋に入り、宝箱を漁っていた。

 外出先から部屋に戻ったローゼは、義妹が手にしている物を見て頭に血が上る。それは、伯爵家の養女になった祝いに、義父母からもらった大切なネックレスだったからだ。


「触らないでよ!」


 リアが止める間もなく、ローゼは声を張り上げ、小さな手から無理やりネックレスを奪う。その拍子に、マデリンはバランスを崩し、宝箱の角《かど》に額をぶつけてしまった。


 屋敷中に泣き声が響き渡る。

 マデリンの侍女と、伯爵夫人、そして数人の使用人が飛んできた。

 床の上には、糸が切れて散らばったネックレスの石と、マデリンの額から溢れた血が広がっている。伯爵夫人はきゃあと叫び、狂ったように泣く我が子を抱き上げた。



 医師の診断によると、マデリンの額の怪我は出血の割には浅く、大事に至らなかった。

 だが、もしかしたら痕が残る可能性もあると告げられ、夫人はショックのあまり気を失う。


 連絡を受け慌てて帰って来た伯爵は、額に包帯を巻かれた痛々しい我が子と、ベッドに横たわる妻を見た後で、すぐにローゼの部屋へ乗り込んだ。


「お前が怪我をさせたのか!!」


 義父の怒号と、自分を憎々しげに見る目に、ローゼは震える。


 ──もう終わりだ。

 お義父様にとっては、マデリンが怪我をした時の状況など関係ない。養女が実の娘に怪我を負わせたというだけで赦せないのだろう。


 覚悟を決めたローゼが口を開くより少し早く、リアがすっと伯爵の前に歩み出た。


「いいえ、私です。マデリンお嬢様が勝手にローゼお嬢様のお部屋に入り、ローゼお嬢様の大切なネックレスを引きちぎろうとしていたので、私が取り上げました。その際にバランスを崩して、お怪我をさせてしまいました」


 伯爵はローゼとリアを交互に見て尋ねる。


「……その言葉に偽りはないか」

「はい。いかようにもご処分を」


 伯爵は何も言わぬローゼを見て、ふうとため息をつく。暖炉に近寄り、火かき棒を炎に突っ込むと、熱せられたそれを手に、再びリアの前へ立った。


「マデリンには一生傷が残るかもしれん。おまえも同じ痛みを受けろ」


 火かき棒がリアの額に当てられようとしたその時──

 ローゼは咄嗟にリアの前に滑り込んだ。

 火かき棒はリアの額ではなく、ローゼの真っ白な頬へ当たり、一生消えない火傷痕を残した。



 あの事件から一年後、十六歳になったローゼは、伯爵の命《めい》で、五十も歳上の辺境伯の元へ後妻として嫁ぐことになった。

 いくら伯爵家の養女といえども、素行が悪いと噂の元孤児。おまけに顔に傷を負った女の嫁ぎ先など限られていた。


 リアはローゼとともに、嫁ぎ先へ向かった。

 誰に命じられたわけでもなく、自分の意思で。


 ローゼの結婚生活は不幸だった。

 ただ若い女で欲を満たしたいだけの年老いた辺境伯と、ローゼへの当たりが強い前妻の子どもたち。

 子どもと言っても皆ローゼの親ほどの年齢で、ことあるごとに、卑しい孤児だの、遺産目的の性処理係だのと罵られていた。


 ある夜中、薄い夜着のまま、ぼんやりとガゼボに佇むローゼの元に、リアは背後から近付く。

 折れてしまいそうなほど細い肩にガウンを掛け、そっと話し掛けた。


「奥様、どうぞ私を殴ってください。こんなに痩せた身体に、重いガウンを掛けるなど、何を考えているのだと」


 返事はない。

 リアはそのまま話し続けた。


「こんなに不幸なのは、お前が私を傷物にしたせいだと。そう言って殴ってください。殴っても気が晴れないなら、奥様と同じように、私の顔にも傷を付けてください」


 それでも返事はない。

 リアはローゼの前に立ち、予め手にしていたある物を、ガゼボの床目掛けて思いきり叩きつけた。


 粉々に割れたそれは、クッキーだった。

 貴族なら誰もが当たり前に食べられる、砂糖とバターがたっぷり入ったクッキー。

 孤児院で食べていた、固くて味気ないビスケットとは全然違うご馳走だ。


「……ローゼにあげる。私を庇って、馬鹿なことをしてくれたお礼よ」


 リアの言葉に、ローゼはクッキーのかけらを見下ろす。

 昔、幼い友と語り合った綺麗な夢は、こうなってしまえばなんと醜く滑稽なのだろう。


 ローゼはふらふらと座り込み、夢のひとかけらを指でつまむ。震える口にそれを運び、牙でガリガリと噛み砕いて飲み込んだ。

 毒みたいな甘さに何度も嘔吐《えづ》きながらも、一つ残らず、全てのかけらを胃に収めた。


 食べ終わっても呆然と座り続けるローゼの前に、リアもしゃがんで目線を合わせる。

 やっと焦点が合ったローゼに向かい、リアはきっぱりと言った。


「待ってなさい。もうじき、本当の夢が叶うから」



 それからひと月後、辺境伯は亡くなった。

 元々持病があったのと、若い妻を娶って興奮しすぎたためだとされ、あっさり葬儀が執り行われた。

 ローゼは遺産を放棄し、無一文で辺境伯邸を去った。今後一切、辺境伯一家とは関わらないことを条件に。


 行く当てのないローゼは、リアに連れられ、伯爵邸からも、辺境伯邸からも遠く離れた森にやって来た。

 自然豊かなその森の奥には、小さな家が一軒建っていた。小さいと言っても、リビング以外に三部屋もあり、浴室も付いている。家具や必要な物も全て揃っているし、今すぐにでも暮らせそうだ。


「リア、ここは?」

「私とあなたの家よ。この家は半分、ローゼの財産で建てたようなものだから。……ほら、伯爵があなたに無関心になって、あなたも自暴自棄になってからね、私はあなたが強請《ねだ》ってはすぐに飽きた宝石やドレスを、せっせと現金に換えて投資していたの。私自身も、あなたのお世話係として、結構いいお給金をもらっていたし。そのおかげで、今ではちょっとした小金持ち。家だけじゃなくて、森ごと買い取れたくらいにね」


 淡々と話すリアに、ローゼは目を瞠《みは》る。

 大人しく耐えているだけだと思っていたリアが、まさかこうして誰にも侵されない楽園を築いていたなんてと。

 だが、そうして過去を振り返ると同時に、かつてリアの頬を打った手は震え、頬の火傷痕もズキズキと疼き出した。


「ごめんなさい……。私には、ここに住む資格はないわ。私があなたにしてきたことを思えば当然のことよ。全然足りないかもしれないけれど、宝石やドレスを売ったお金は、慰謝料として受け取ってください」


 するとリアは、ポケットから一枚のビスケットを取り出し、ローゼに見せた。


「ねえローゼ、これ大好きでしょ? 半分こしよ」


 固いビスケットをパキッと割り、半分をローゼの掌に置いた。

 ローゼはしばらくそれを見つめた後、そっと口に入れる。大して甘くもないのに、優しくて、温かくて。貴族になってから食べたどの菓子よりも、心を満たしてくれた。


 ボロボロと涙を流すローゼに、リアも泣きながら言う。


「私、あなたと離れたくないわ。あなたと一緒じゃなきゃ、どこにも行きたくない」


 ローゼはくすりと笑いながら、火傷痕に伝う涙を拭った。


「あの時と逆ね」

「ええ。少し夢は変わってしまったけれど、ずっと続いているのよ。ローゼなら絶対に優しいお母さんになれるし、私はローゼの子に、ミルクとお砂糖たっぷりのスイートポテトを作ってあげるわ」


 誰にも言っていなかった命に気付き、祝福してくれる友に、ローゼはわっと泣き崩れる。



『──私たちはずっと親友でいましょうね』

『ずっとずっと仲良しよ』


 遠い昔の灯りは未だに消えることなく、二人の行く手を灯し続けていた。


ありがとうございました。

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