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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

名のない天使と隠した悪魔

名のない天使と隠した悪魔

作者: 浅見ユメ
掲載日:2026/04/21


 退屈しのぎに天使でもからかってやろう。それでもつまらないのなら殺してしまおう。


離れたところに1人で紅茶を嗜んでいる天使が見えた。

アイツでいいか…天使らしく間抜けそうだ。


近くに歩み寄ると、天使が悪魔に気付き目が合う。天使は柔らかく微笑む。悪魔にはそれが気味が悪く感じられた。

「一緒に飲みませんか?あいにくカップが1つしか無いので、終わるまで待っていてください」

変な奴…怖がりもしない、嫌な顔もしないで…しかも誘ってきておいて待たせるだなんて!そう思った悪魔はきまりが悪そうに話しかける。

「なんだよそれ。バカにしてるのか?」

「とんでもない!割ってしまって、気付いたらもう1つしか残ってないんです」

慌てて説明する天使の足に傷が見える。割ったカップでも踏んだのだろう。

「間抜けだな…そんなんだから1人なんだろ?」

「私はここで待つのが仕事なんです…」

「なにを?」

「迷子です」

「…わかんねぇ」


天使は飲み終えたティーカップに紅茶を注いだ。

「どうぞ」

微笑みながら悪魔へ差出した。

天使の優しいライトグリーンの瞳が笑みの中で輝いた。

「貴方のお名前は?」

「…ねぇよ。あっても教えるわけないだろ、バカ」

「それもそうでしたね」

悪魔は天使の微笑みから何故か目が離せなかった。

「どうしてこちらに?何かご用でしたか?まさか迷子ではないでしょう?」

「…はっ、天使でも冗談言うんだな。暇潰しにフラフラ来ただけだ」

紅茶を口にしたが、悪魔には甘かった。思わず顔を顰めてしまう。

天使が心配そうに、胸に手を当てながら尋ねる。

「あっ、お口に合いませんでした?すみません…私しか飲まないので、ちょっと甘いです」

カップを置き、背を向ける。

悪魔の調子がどうも狂う。居づらさを感じここを出ようとした。

「次は甘さおさえますね!」

天使の澄んだ温かい声が響く。

「…来ねぇよ」

そう零し、悪魔は飛び去っていった。――



 あれから数日が経ったが、悪魔はふとした時に天使の事が頭を過ぎる。まるで自分の中に居座っているかのようだった。

モヤモヤと過ごしているうちに、またあの天使の元へ向かっていた。


天使の姿を見ると、心が晴れたように静まる。またあの声が聞きたくなってしまう。

「あ!悪魔さん!またいらして下さったんですね」

天使が嬉しそうに歓迎した。

「イスを用意してたんです。どうぞおかけ下さい」

自分からこの場所を求めて来たが、やはり居心地が良くない。この天使はなんなんだ?悪魔は天使をじろりと見た。

「…お前は悪魔が怖くないのか?」

天使はキョトンとした顔で答える。

「もちろん怖いです。でも、貴方は私に何もしてないでしょう?だから、貴方は怖くないです」

「話して油断させて襲うかもしれないだろ?」

「そうかもしれませんね。ですが、私も強いので大丈夫ですよ」

余裕のある答えが悪魔の鼻につく。


天使は空になったティーカップに紅茶を注ぎ、悪魔へ差出した。

「どうぞ、甘さを控えてみました!お口に合えば良いのですが…」

眉を下げ微笑む天使の顔をチラッとみてから、イスに座りティーカップを口に運んだ。

「…悪くない」

「良かった!」

安堵した天使は、微笑みを崩さないままポットの縁を指でなぞった。

「お前は…いつも楽しそうだな」

「そんなことは無いです。迷子なんていない方が良いに越したことはないですが、ずっと1人で待っているので楽しくないですよ」

虚ろげな目で空を仰ぐ天使の横顔を悪魔は見つめた。

天使の瞳が悪魔の方を向いた。

「でも、貴方が来てくれました。私にとって、まさに舞い降りた()使()でしたよ!」

弾けるような笑顔を悪魔は初めて目にした。

ライトグリーンの瞳が覗かないのに輝いて、声は出さずとも喜びが形を成したように溢れ出て見えた。

悪魔はなにかに飲み込まれそうになるのを抑え言葉を絞り出す。


「…天使が悪魔に向かって、何言ってんだ。殺すぞ」

「まぁ、怖い…ふふっ」

紅茶を一気に飲み干した悪魔は、前の甘みをどこか求めてしまった。

「おかわりはどうですか?」

「次はお前が飲め」

「!…はいっ!いただきますね!」

「あと……」

「なんでしょうか?」

「前の甘さでいい…」

「いいんですか?…また来てくれるんですね!」

「それは…知らん…」

悪魔に天使が嬉しそうに微笑む…


天使は紅茶をカップへ注ぐ。

「…お前、名前は?」

一瞬、天使は動きを止めた。

「私も名前は無いんです…良ければ付けてくださいませんか?」

期待の眼差し…コイツの方が悪いんじゃないかと、悪魔が不安になった。

天使(テンシ)とかでいいだろ」

「変わらないじゃないですかー」

「いいだろ…」

「悪魔たちと同じで名前に意味あるんですよ…」

悪魔は少し黙った。

「…なんで名前ないんだよ」

「私は役割であって個ではないので、誰かに呼ばれて初めて名前を得られるんです」

天使の顔は俯いてしまった。

悪魔は目を逸らし、話題を変えた。

「お前は人間をどう思う?」

「え?彼らは…私は関わり薄いですが良くも悪も感情豊かで…間違えることが多い。それでも良い方向へ導き、味方でいたいんです」

悪魔は奇妙に思い顔を顰める。

天使は紅茶を1口飲んで尋ねた。


「貴方はどうなんですか?なぜ人間を陥れるのです?」

「俺は陥れはしないけどね。まぁ助けがいもないし、ちょっと口出すだけで簡単に悪事に手を染めるし、俺らの力に頼るのが面白い」

「…他の天使が聞いたら殴られますよ」

「俺はまだ穏やかな方なんだけどなぁ」

天使は溜息をつき、紅茶を飲んだ。甘さが恋しくなる。

「悪魔でも貴方は優しいですよね。少なくとも私を攻撃はしないですし」


「…悪魔にも色んなのがいんだよ。天使でも人間でも陥れたり、殺すのは簡単だけど……」

悪魔は少し心がざわついた。

立ち上がり、帰ろうとする。

「もう行かれますか?」

「あぁ、じゃあな」

「またお待ちしてますね!」

他のやつらになら癪に障るのに、この天使にこう言われるのは悪魔は不思議と嫌ではなかった。――



 その日悪魔はムシャクシャしていた。気を晴らしたく天使の元へと赴いてしまう。

「悪魔さん!お久しぶりですね」

いつものように微笑む天使がいた。

「あぁ、忙しくて…」


「…人間には優しくなさってください」

天使は顔を曇らせながら紅茶を口にした。

その言葉が悪魔の逆鱗に触れた。

「アイツらの自業自得だろ!俺を使うだけ使ったくせに、また繰り返す。お前には分かるわけないよな。馬鹿の一つ覚えのようにアイツらの味方だもんな!」

「確かに彼等に使われることはありません。その気持ちは分かりませんが、人間は変わることができます。見捨ててしまっては元も子も無い…」

天使の無垢な瞳が、悪魔に訴える。

「元々、元も子も無いんだよ。アイツらの大半は変わらない」


悪魔はさっきの人間を探し、天使に告げる。

「アイツ、今は隣のやつと仲良いが3日後にはまた喧嘩して次は…殺すぞ」

「止めなくては!」

「無駄だよ」

「それでも!」

「お前、迷子待ちだろ?」

「後で仲間に伝えます」

天使は胸に手を当て、その人間を見ながら紅茶を啜る。

空になったティーカップに紅茶を注ぎ、悪魔へ渡す。


「貴方は色んな人間を見てきたんですね」

悲しげな天使の顔に、心が痛む。

「まぁ悪魔に頼る人間だから元々ろくでもないんだろうよ」

「それも人間の人生ですもんね…」

イスに腰掛けて、天使を見つめた。

甘い紅茶が悪魔に考える時間をくれた。

「おかわりを入れてくれ」

天使にティーカップを差しだす。

「3秒後にお前はくしゃみをするぞ」

「へ?なんのことです?どうして…ハクション!」

テーブルの上のティーカップが揺れる。

「危ねぇ!最後の1個まで割ろうとするなよ」

「今のは予知ですか?命令です?」

「内緒」

「天使に命令は絶対ダメですよ?」

「分かってるよ、間抜けな天…ことするわけないだろ」

天使が注いでくれた紅茶を受け取り、慌てて飲む。

「何を言おうとしたんです?」

「…噛んだだけ」

「ふふっ、めずらしい悪魔さん」

胸に手を当て笑う天使をやるせない目で見つめる。


甘い紅茶にも慣れてきた。

「新しいティーカップは用意しないのか?」

「それお気に入りなんです。だから壊れるまでは、次なんて考えられなくて」

「割るの間違いだろ。てかお気に入りなら割らないように気を付けろよ」

「いやぁ、うっかりが多くていけませんね」

恥ずかしげに笑う天使を見ながら、紅茶を飲み干す。

「おかわりはいいがですか?」

「いや、もう行くよ」

「そうですか…お気を付けて」

少し寂しそうな表情の天使が、悪魔の目には幻想的に映った。閉じ込めたくなるほどキレイだった。

悪魔は名残惜しそうに飛び去った。――



 今日は例の人間が罪を犯す日だ。

悪魔は天使を慰めてやろうと天使の元へ向かった。

案の定、遠くから見ても分かるほどに天使は項垂れていた。

「言っただろう?変わんねぇって、お前が落ち込むことじゃねぇよ」


天使の飲みかけのティーカップを奪い飲んだ。

「導こうとしたけれど無理だったと聞きました。彼女は今、深い後悔と罪悪感に苛まれているとも…」

「罪に向き合い始めてるわけか、いいじゃねーか」

天使の顔は暗いまま、泣きそうな顔で悪魔を見た。

「人は変われます…でも、それが罪を犯したあとだなんて。知らなきゃ良かった…」


飲み干したティーカップに悪魔が紅茶を注ぎ、天使へ差し出す。

「そういうもんだよ。人間ってヤツは。それにお前はそれでも人間を信じるんだろ?」

「もちろんです。後悔をしているのであれば尚更、見放すことはできません」


天使は紅茶を飲み、少し微笑む。

「貴方から紅茶を貰うのは初めてですね」

「…悪かったな、いつも入れてもらって」

「いえ、ありがとうございます」

悪魔は手で口元を隠し顔を背ける。

「別に…茶入れただけだろ」

「ふふっ…いいえ、こうやって私を心配して来てくださったじゃないですか。そして紅茶も入れてくれた。それが嬉しいんです」

「…考えすぎだ」

天使は微笑みを緩め、少し目を伏せ胸に手を置いた。

「仲間たちに怒られてしまいました。悪魔とお茶なんかして、騙されてると」


「…そうかもな」

「それでも構いません」

「貴方とこうやってお話する時間が私は好きですから」

酷く優しい瞳で悪魔に微笑む天使に、悪魔は何も答えなかった。


空いたティーカップに紅茶を注ぎ、悪魔へ差し出す。

「私はいつでも待ってますよ。迷子も悪魔さんのことも」

「そりゃどーも」

紅茶の甘さが体にしみるように感じた。

悪魔は天使を見た。

ライトグリーンの瞳と亜麻色の癖っ毛が夕陽に照らされて輝き、その微笑みがふわふわと柔らかく眩しかった。

その光に耐えられず、席を立つ。

「もう帰られるのですか?」

「あぁ…」

「いつか悪魔さんのお名前教えて下さいね!もちろん悪用は致しませんから」


天使に嘘は通用しなかった、と軽く自嘲し、悪魔は飛び立った。――



 天使に会いに行くが、いつもと違う違和感を覚えた。

「今日も来てくれたんですね!嬉しい…」


胸に手を当て駆け寄った天使の言葉の違和感と共に、悪魔の体に痛みが走る。


槍で体を貫かれている…持っているのは、天使だった。

「そんなに会いに来てたら、こうなるの分かってただろう…」

そう言い、糸が切れたように不自然に頭を垂らした天使。

「大丈夫か?」

自身を貫いた相手を思わず心配してしまった。


天使が悪魔の足元に倒れた。羽根が無い。

羽根どころか、背中を抉られ心臓を抜かれていた。


悪魔は刺さった槍を気にせずに跪き、天使を抱きかかえる。初めて触れることが出来た。

「そんな…あぁ…」

悪魔は天使の寝顔をただ震えて見ることしか出来なかった。


 天使の側にグシャッと音を立て何かが落ちてきた。

心臓だ…悪魔は震えて見上げた。


「愚か者。天使たちに舐められるようなことしやがって」

血塗れの手で天使のティーカップを持ち、悪魔を見下ろしている。


「お前もこの未来は見えてただろ?…それにしてもとんだ間抜けな天使だったなぁコイツ」

ネビロスが嘲笑いながら、紅茶を啜る。


「一緒に飲みませんか?だとよ。ふざけやがって!」

ティーカップを叩きつけ、破片が散らばった。


悪魔は2人の思い出のティーカップの欠片を悲しく見つめる。


「もっとふざけてるのはお前だ。こんな天使なんかと仲良く茶飲んで…こんなのがアイツらに知られて恥だろうが!」

「グッ…ゥ…」

ネビロスは悪魔の体から槍を抜き取り、天使の心臓を刺して、自身の羽根を広げた。


「もうこんな所に来るな…罰はこんなもんでいいでしょう。仲の良かった天使に刺されるなんてお可哀想に」

「アナタが…殺して、操ってたんでしょう?!」

「お前が殺させたんだよ」

笑いながらネビロスは飛び去った。



 悪魔は知っていた。天使に会えば会うほど、この未来が見えていた。見ない振りをし、それでも天使といたかった。自分も殺されればいいと思っていたのに、罰だけ与えられ生かされた。


悪魔は傷口を押えながら、天使の亡骸に話しかける。

「すまなかった…」

流した涙が天使の頬を伝う。



「…グシオン、俺の名だ。1度でいいから…呼んで欲しかった……」

もう天使が目を開けることも、声を出すこともない。

そっと、天使の額を指で触れる…



ティーカップの欠片を手に取り、グシオンは飛び立つ。



「お前は、素敵な()使()だよ…」

お読み頂きありがとうございました!


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