第四話
うう、頭が痛い。
朝起きての第一声はそれだった。それくらいには朝から最悪の目覚め。
目が覚めると宿屋だった。しかし、昨日の記憶はない。
それにしても宿屋?
私、お金無いのになぁ。
不思議だと思いつつも、いつものように顔を洗い宿を出る準備をする。
宿屋は基本的に前払い。なので、出る時にはそのまま。掛かる手間と言えば、宿の主人に部屋の鍵を手渡すことくらい。だから、なおのこと不思議だった。
しかし、それは宿を出た所で直ぐに知る事となる。
◇◇◇
宿を出るとそこにはユウとフィアがいた。
あれ、なんで二人が?
昨日、飲んでそれで・・・。
とそこまで考えた所で思考が止まる。
でも、別れた時の記憶がない。それどころか、二人と合流してお酒を飲んだところまでの記憶しかない。あの後、私は何をしてたんだろう。そんなことを二人の前にも関わらず、ぼっと考え続ける。
「全く、遅い!」
怒るフィア。
「ホントにメアはいつも遅い。社会不適合者。」
失礼なユウ。相変わらず眠そうな声でつらつらと喋る。
二人はいつも通り。しかし、
「あれなんでフィアが。それにユウも」
何で二人が。今日はもう何も約束してないはず。それに仕事だってあるはず。今日は休みなのだろうか。けれど、今日は平日のはずだろうに。
私の顔を見て二人は呆れたように話す。
「だって、旅に出るんだろう」
は? 旅? どゆこと?
「あれ? 私、そんなこと言ったっけ?」
「はぁ、呆れた」
「うん。でもまぁこんな事だろうと思った。メアはバカだから」
二人は心底呆れたように。
「私、ほんとにそんなこと言ってたの? ごめん。昨日はお酒を飲んだ後からあまり記憶がない。それに、今もなんなら頭痛い」
再三聞きつつ、今の現状を正直に話す私。
「それはお前が弱いのに考えなしにバカバカ呑むからだ」
確かに私はお酒が弱い。飲み始めで顔が熱くなるし直ぐに潰れてしまう。でも、昨日のように記憶がなくなる程に飲んだのは久しぶりだった。やはりそれほどに冒険者をクビになったのが自分が思う以上に潜在的にショックだったのかもしれない。なんと思いつつ。
「はぁ、全く人の金だと思って好き放題しやがって」
と事のさら呆れるフィア。
「うん。救えない。でも、ホントにメアは言ってた。私の居場所を見つける旅に出るって」
ちなみに私はお酒は一滴も飲んでいないと何故か付け足すユウ。けれど、誰も興味がなくスルーされる。この子は会話の空気というか流れをあまり読まない。
「今更、覚えていないとか取り消すとか認めないからな。昨日の夜、いきなり旅に出ようと言い出して外に出ようとするお前を止めるのがどれだけ大変だったか」
「うん。夜は危険。街の外は魔物達がうろついている」
「それも酔っているとなるとなおさら、な」
「前代未聞」
どうやらそんな事があったらしい。
しかし、どうしよう。何も覚えていない。
「散々、暴れて疲れ果てたメアを宿屋に運ぶのは大変だった」
ああ、それで私は今、宿にいるのか。不思議だったんだ。お金だって持ってないのに。
でも、それにしたって今日はもうお昼過ぎだ。街の外に出るにしては遅くないだろうか。いや、まぁそんな時間まで寝てた私が悪いんだけどさ。
それに旅? 取り敢えず今日はお開きにした方が。
そう言おうとした私を防ぐかのようにフィアが口を開く。
「それに、私達だってそれぞれの仕事を辞めて来たんだ」
は? 今、何て言った?
「うん。辞めた。でも、私は正確には自由な契約だから別に辞めた訳ではない」
「でも、長い間、空ければ流石にお前だってヤバいんだろう」
「うん。まぁそう。多分、契約は破棄」
「じゃあ辞めたも同然じゃないか」
二人が何か言っている。
でも、あまり話が入ってこない。
仕事を辞めたって言ったのか。
二人の仕事ということはそれはつまり騎士団と魔法団を辞めたという事だ。エリートコース、安定の道を捨ててまで。
「どうして、そこまで・・・。」
私はそれ以上、何も言えなかった。私のためにしてくれたのは嬉しい。それでも、ただの酔っぱらいの世迷言だ。無責任なモノ。本気にするものじゃない。それこそ自分の人生を棒に振ってまで。
私のそんな顔が顔に出てたのだろうか。
二人はため息を吐く。
「はぁ」
フィアのため息が響く。
「メアはホントにバカ。頭が足りない」
そして、粛々と話し出す二人。
「お前は酔うと本心が出る。昔からそうだった。私もユウもこれ以上ないくらい知ってる」
「うん。メアは単純」
知らなかった。
ということは今まで、追放される度に胸の内を二人に話していたのだろうか。そう思うと恥ずかしい。
「行きたいんだろ。旅に。周りを見返したいんだろ。自分が認められる居場所を見つけたいんだろ」
確かに私の本心だ。フィアに言葉にされてから改めて実感した。追放されてから、いや、追放される前から心の奥にずっとあった本音。でも、心の何処かで勝手に諦めていた。だって、街の外は危険だ。一人だと多分、直ぐに魔物にやられる。だから「自分には出来る訳ない」とやる前から既に諦めていた。
でも、私がそうだとしても、
「二人にはそこまでする義理がない。そうとでも言いそうだな」
その通りだ。これは私の問題。二人が考えたり、支えるものではない。
「どうして」
分かったの? というのは言えなかった。
「そりゃ、お前の友達だからだろ。偽勇者じゃなくてメアという一人の人間の」
「うん。一連托生。私達はどこでも一緒」
「それに、学院卒業後にそれぞれの道に歩みだしたんだがな、なんだかんだ、こうじゃないというのは感じてたんだ。まぁ、端的に言えば日々が退屈だったんだ」
退屈。でもそれだけで。そもそも仕事と言うものが、退屈だったり苦しい事の方が多いだろうに。それに耐えられない二人でもないだろう。それなりに長く過ごしてきた私だから知ってる。
二人は学院の勉強だって、剣を振るのだって、魔法の練習だってどんなに苦しい事だって乗り越えて来た。多大なる努力を重ねて、私には到底できない、考え付かないようなくらい汗を滲ませて。学院から帰って来て私が直ぐに疲れて眠ってしまった時でも、二人はそれこそ、夜遅くまで酷い時は朝まで自主的に勉強をしていた。
たまにふっと夜に目が覚めた時にはまだ枕元の電気が付いていたり、それぞれが悩んでいる声が聞こえてきたり。そんな姿を私は見てきた。
そんな二人の努力が実って掴んだエリートコース。薔薇色の人生。私だって、学院を卒業する時は二人の道を心から祝福した。だって、本当に嬉しかったから。それこそ自分の事のように嬉しかったのを今でも覚えている。
そんな二人が一体どうしたというのだろう。二人らしくない。
「そして、ある日、なんでそう感じるのかを考えてみた。その結果、導き出されたのがユウとお前の存在だった」
「うん。私も同じ。寂しかった」
しかし、導き出された答えは私には理解できなかった。
「もう察し悪いな。つまり私もユウもお前といたいって事だよ。言わせるな。恥ずかしい」
つまり二人を変えたのは私か。でも、どうしよう。私には責任をとれない。二人の覚悟を背負える程の物が私にはない。背負いきれない。それどころか失った物を返す事すら出来ない。
「つまり、私もユウもそれぐらい本気ってことだ。全く感謝してほしいくらいだ。お前の希望を叶えるためにこっちは全てを捨てて来たんだからな」
「うん。捨てた」
逆にどうして二人は笑えるんだ。自分自身ですら諦めてしまっているというのに。
「そんな顔するなよ。自分が認められるような居場所を見つけるんだろ。だったら覚悟を決めて前へ進め。いつまでもうじうじしてないで周りを見返すぐらいの事を成し遂げて見ろ」
「うん。それにメア一人じゃ街の外へ出ても、魔物に直ぐに殺される」
殺される。確かにそうだ。私は弱い。でも、それでも。二人がここまでしてくれたんだ。
前を向かないと。
私も少し位、格好つけたって良いだろう。例え見合ってなかったとしても。いつまでも立ち止まってないで前に進むべきだ。それに今は一人じゃない。二人がいる。だったらする事は一つ。
「うん。分かった。私も覚悟を決める。絶対、二人に後悔させないから。私に付いてきてよかったって思わせるから」
そう言って私は笑う。少しでも安心させてあげられるように。
「そうか。じゃあ、期待してるからな。偽勇者」
フィアはいつもの通りおちょくる。でもその顔は晴れやかだ。
「うん。でも、私はそんなに期待してない。けどメアと一緒なら少なくとも楽しいだろうから」
と後に付いてくるユウ。
「それに、魔法団はつまらなかった」
ユウは相変わらずだ。最早、安心してしまう。
しかし、偽勇者か。でも、今はそれでも良い。きっといつか勇者のように、いやそれ以上の存在になって見せる。その日まで待っていろと心に焼き付けながら。
三人は足並みを揃えて街を出る。街に背を向けて歩き出す。
晴れやかな空は、まるで私達の門出を祝うかのようだった。