第二話
夜。
陽が沈み、私の真上には月が見える。
時刻は夜の二十時前くらいだろうか。
辺りはいつの間にか、街灯が灯り、そして夜の静けさに包まれているのできっとそれくらいだろう。もうそれなりに遅い時間だ。
広場にいる人たちも昼間とは随分と異なる。子供は寝て大人達が出歩く時間。例えば、冒険を終えた冒険者や・・・。
いや、ちょっと待て。キスをしているカップルなんかもいるぞ。
隣のベンチでは公衆の面前で手を絡め、堂々とイチャコライチャコラ。まるで見せつけるかのように。私の事はきっと置物くらいにしか思っていないのだろう。
全く、羨ま・・・。いや、けしからん。
それに、あいつら、神聖なる勇者像の前で何をしてるんだ。
私の事が見えていないのかと疑問に思いつつもそれを眺める偽勇者が一人。
世界は今日も平和だ。
とまぁふざけつつ。
あれ、今日、なんか予定がなかっただろうか?
ふとそんな気がして来た。何か忘れているような。
そうして私は起き抜けのぼんやりとした頭で考える。
結局、あの後は広場のベンチでそのまま眠ってしまった。そして、起きた時にはもうこんな時間。今日は朝からショックを受けて、ただ寝ていただけ。それも外で。こんな街の往来激しい広場のベンチで。我ながら貞操観念が低すぎる、なんて思いつつ。
ん。そうだ。ご飯! 思い出した!
ご飯を食べる約束をしてたんだった。完全に忘れてた。
あれ? でも何時からだっけ?
そういえば時間を知らない。思えば、「行く」とだけ返事をしてそのまま眠ったんだった。我ながらうっかりうっかり、なんて現実逃避をしながら。
いや、こんな事している場合じゃない。早く行かなきゃ。
でもどこなんだと不思議に思った所、ポケットのスマホが揺れた。慌てて取り出す。見れば、学院時代の友人フィアからの電話だった。私は恐れながらも直ぐに出る。
「もしもし」
すると、開口一番フィアの怒ったような声が聞こえて来た。
「おい! メア。今、どこにいる。待ち合わせからもう一時間ぐらい経ってるぞ。ユウだってもう待ちくたびれてるぞ」
「ごめん。広場で寝ちゃってた」
私は平謝りする事しか出来ない。こういう時は良い訳せず素直に謝るのが一番。過去の経験がそう言っている。
「はぁ? 広場? それに、寝ちゃってたって。いや、まぁ良いや。今日、来るんだよな?」
「うん。行くよ。じゃあ、今から直ぐに向かうね」
「そうか。じゃあ待ってるからな」
フィアはどうにか納得してくれたみたいだ。そうして電話を切る。
よし。じゃあ急いで行かないと。でも、今日はユウもいるのか。二人と会うのは久しぶりだ。いや、一カ月前ぐらいに会っただろうか。そう思い返すがゆっくり、考えてもいられない。
それよりも今は早く行かないと。
そうしてショックを受けた事すらも今は忘れ、地面を蹴り私は駆け出した。
◇◇◇
「ハァハァ」と息を切らしながら、夢中で走っていたらいつの間にか店の前に来ていた。
待ち合わせは確かこの店。意外と近かった。額の汗を拭いながら。
店の前。店の入り口からは明かりが漏れ、騒がしい声が店内からは聞こえてきた。その様子に若干の尻込みを覚えつつ。
でも、ここまで来たらもう引き下がれない。
意を決して中に入る。
ユウとフィアはどこだろう。
きょろきょろと周りを見る。
店内は仕事終わりの人、お一人様、それに冒険者なんかも。どちらかと言うと冒険者が多いだろうか。一様に今日あったことなんかを語り合っている。皆、楽しそうだ。
その様子を見ていると自然と私も楽しい気分になる。とそんなのも束の間、
「見ろ。偽勇者だ」
すると、冒険者の一人が私に気づいて話し始めた。他人事で見ている場合じゃなかった。
「ああ、今日、冒険者をクビになったらしいぞ」
なんで、知っているんだ?
そうしてひそひそと噂される。楽しい気分が一転、今度は帰りたくなった。
「おーい。メア! こっちこっち」
そうしていると、私を呼ぶ声がした。元気な声だ。私はその声に導かれるかのように歩み始める。
見れば腰に剣を携え、鎧を纏うフィアの姿。肩ぐらいまでかかるショートの髪。紫色の髪が目立つ、街で見かければ何人かは、きっと振り向くであろう美少女。そんなフィアは街の騎士団に所属している。鎧に刻まれる王家の紋章がその証。学院卒業後、直ぐにスカウトされていた。
この街の騎士団は一流だ。すなわち、見合った能力がないと入れない。だから、そこにスカウトされるフィアは優秀なのだ。その証拠に、学院でも入学時から剣の腕は周りから騒がれる程だった。
まぁ、とにかく凄いのだ。
そして、その隣にはローブに身を包む眠そうな少女が一人。寝ぐせのついたボサボサの水色。ユウだ。でも、こちらは美少女というよりどちらかと言うと可愛い系だろう。見ているとなんだか頭を撫でたくなるというか、母性を擽られる。でも、そんなユウだが、ユウもユウでフィアと異なり魔法の才能に溢れている。そして、卒業後はその腕を認められ、街の魔法団に推薦。そしてそのまま好待遇で所属。
とまぁ、二人ともエリートというか公務員というか、とにかく安定した職に就いている。
きっと騎士団でも魔法団の間でも若手のホープとして認められている事だろう。
きっと将来はエースだ。
二人の実力を誰よりも知っている私が言うのだから間違いない。なにせ学院時代からも「剣のフィア」、「魔法のユウ」と話題には事欠かない程には有名だった。
そして、そんな二人と何故か仲の良い私。能力で言えば全く釣り合っていない。何故かは分からない。まぁ、思い当たるとすれば学院時代には私とフィアとユウ。寮の三人部屋で学院の三年間を一緒に過ごしたことだろうか。同じ釜の飯を食うではないが、二人は今でも能力や職業に関係なく仲良くしてくれる。良き友人。寮での生活も今はもう懐かしい、良い思い出だ。本当に楽しかった。
いや、まぁ私も有名だっただろうか。「偽勇者」として。でも、私の場合、殆どが悪評だが。
何せ学院を卒業するのもギリギリだった。二人には何度、助けられたか分からない。勉強や実習に置いて言えばとても頼りになる。普段はそんな感じは一切しないが。
とそんな事より、今は目の前の事が先だ。
「ごめん。お待たせ」
「もう遅い!」
「うん。罰金」
席について早々に騒がしい。しかし、二人の顔を見ると安心を覚えてしまうのは何故だろう。自然と頬が緩んでしまう。
しかし、罰金か。
ご飯に来た。
でも、二人に私がお金がない事をどう伝えようか。
なんてそんな事を思いながら、三人での食事が始まる。
でも、今はそんな事気にしなくても良いか。せっかく、二人と会えたんだし。
私の楽しいひと時が始まった。