第一話
「もう、まただよぉ」
時刻はまだ午前八時を少し過ぎた頃。誰もいない閑静な街の広場。ベンチに座り泣きじゃくる少女が一人。
街の広場。街の人々の憩いの場所。広場は街の中心にある。広場内にはベンチがいくつか、そしてその真ん中には世界に平和をもたらした勇者メアリの像がある。
私は何かあって落ち込む際にはここへ寄る。
まぁ、広場のベンチに座るだけならお金は別にかからないし。だから、大抵、ここで肩を落としたり自分の中で反省会を行ったりなんてしている。
たった先程、冒険者の職を試用期間でクビになり、職を失い傷心の私にはぴったりだ。
あの後、追放を告げられた私はギルド内で、依頼が貼りだされようとする時間帯。つまりはギルド内で人が集まり始めた時間帯にも関わらず、大きな声を出して泣き崩れてしまった。それこそ、へたり込んだ下に大きな水たまりが出来そうな程にわんわんと。それはもう赤ん坊のように。
それはまぁ流石に比喩だけど。でも、目が赤く腫れあがるまでみっともなく泣いてしまった。それを見たリーダーの男は、泣き崩れる私の前で大変困り果てていた。へたり込む私の肩に優しく手を置いては、私が泣き止むまでなだめてくれた。
私に追放を告げた男、そしてその男のパーティーは決して悪い人達ではなかった。冒険者としての階級も高くベテランと呼ぶに相応しい。
だから、私がクビになったのもきっと納得のいくものなのだろう。端的に言えば、実力不足。これから先、冒険者をやっていくに相応しくないというのが理由なのだろう。
実際、私が泣き崩れた時も慰めてくれた男達のパーティー以外からの目はさも当然という感じだった。
「見て。あの子、クビだって」
私の姿を見て噂をする誰かの声。
「ああ、やっぱり。でも、試用期間で?」
「本当にいるんだ」
声は一つだけではない。その声を上げて顔を上げた私の周りにはいつの間にか人だかりが出来ていた。当然だった。早朝、ギルド内で大きな声で泣いている者がいれば誰だって気になるだろう。それも冒険者に成って一カ月でクビになった者と知ればどうなるだろう。加えて冒険者は噂好きな者が多い。だから、この先は想像に容易い。多くの野次馬達が私の事を好き勝手言うのだ。これから先、三日間くらいは私の話題が飛び交う事だろう。いや、冒険後の酒の肴、語り草にだってされるだろう。私を見て笑っているのがその証明だった。
その中心に立たされた私はと言えば、死ぬほど恥ずかしい気持ちで一杯だった。今すぐにでもこの場から立ち去りたい。いや、消え去りたい。
これから先、私の背中には一か月で冒険者を追放された者というのが付き纏うのだろう。見る度に笑われるのだろう。
ダメだ。ショックで足に力が入らない。立ち上がれない。いや、それどころか前を見たくない。皆の笑っている顔を見たくない。励ましの言葉だって耳に入ってこない。
けれど、そんな私を立ち上がらせる言葉が一つ浴びせられた。
「でも、まぁしょうがないんじゃない。だって、あの子、偽勇者だし」
その言葉を聞いて、私は体をびくりと震わせ、勢いよくギルドを飛び出した。そして、今に至る訳だが。ベンチで肩を落とす私。
◇◇◇
偽勇者。
学院時代も何度も呼ばれた私のあだ名。たまに街でもそう呼ばれる事はあった。
私はなぜか今から百年ほど前に世界に平和をもたらせた勇者に容姿が瓜二つらしい。らしいというのは周りがそう言うからで私自身は別にそう思っていないから。何故、似ているは分からない。でも気づいたら定着していた。
そう呼んでは「もしかしたらこの子も伝説の勇者のように凄い力を持っているかも」と勝手に期待する者。もっとひどいと「勇者の生まれ変わり」ともてはやす者。あとは単純に私と勇者様のギャップから単純に揶揄う者もいた。でも、どちらかというと前者のようなチヤホヤとする者が多かったような気がする。実際、勇者に似ているからという理由で学院にだって入学を認められた訳だし。
そう、これが嘘のようで本当なのだ。
この街の学院は入学するのが難しい。学科に加えて実技。そのどれもが高水準でないと入学は認められない。そして、何よりお金がかかる。
だから、学院で授業を受ける者の大半は家が裕福なつまりは金持ちの貴族ばかりだ。
私はと言えば、家柄もなくそれどころか親すらいない。私は気づいたらこの街にいた。この街の路地裏で目覚めた。それ以前の記憶は残念ながら持ち合わせていない。どこで生まれて、誰から生まれたのかも。始まりからハードモード。だから、チヤホヤされるのは不幸中の幸いと言うか、僥倖だった。
勇者に似ているから。本当にこれだけで私は学院への入学を認められた。いや、でも学科は頑張ったから学院入学水準はあるはず。多分。いや、本当に頑張ったから。
そして、学科は免除。それどころか学費まで免除を受ける待遇を勝ち取った。再三、言うが本当にこれだけの理由で。
でも、
「勇者、かぁ」
中心にある勇者の像を眺める。
勇者メアリ。そして、その前にいるただの、いや無職のメア。心なしか名前すらも似ている。いや、決して引っ張られたわけではない。それこそ私は勇者の存在を知る前からメアという名を名乗っていた訳だし。それ以前の目覚めた時からこの名前だけは知っていた訳だし。
伝説の勇者。今から百年ほど前に魔物の王。つまりは魔王を倒して、世界に平和をもたらした者。それもたった一人で。勇気ある者。そして、人々からその功績を称えられて勇者。だから、私が今こうして空を見上げながらぼけっと過ごしていられるもの他ならぬ伝説の勇者のお陰。街の人々が平和を享受できているのも何もかも。
私とは似ても似つかない、いや比べるのすら烏滸がましい。
でも、それにしても、
「そんなに似ているかなあ」
像の勇者様はキリっとした表情で剣を携えている。周りがいう程、似ていないと自分では思うが。
目元だってあんなに凛としていないと思うんだけどな。
でも、まぁ私がどうこう言ったって変わらないんだけどさ。
と、空を仰いだ所でお腹が鳴った。
そういえば、朝から何も食べていなかった。朝はあんなに勢いよく飛び出してきてしまったから。
何か食べたい。けれど、持ち合わせはない。あるのは空腹という事実と有り余る時間ばかり。当たり前だがお金がないとご飯は食べられない。けれど、そのお金を手に入れるには働かないと手に入らない。
働くにはどうすれば良いか。簡単だ。職を探して採用されれば良い。ふとポケットからスマホを取り出して求人を探す。
求人には飲食店のアルバイト、魔物退治。そして「隣町にて勇者の剣を抜ける者求む」なんてモノまである。
でもダメだ。すぐに稼げるようなものなんてない。それこそ今、食べられるものを手に入れられるようなものは何も。そんな都合の良いものは。
再び、携帯をポケットにしまう。
はぁ、寝ようかな。
寝れば全てを忘れられる。
「明日からどうしよう」
お金も目標も何もない。そんな私はどう生きていけば良いだろう。でも、良いか。明日の事は明日考えれば。今はこの場で眠ろうか。この広い青空の下で。
瞼が落ちる途端、携帯がブルリと震えた。見れば学院時代の友人からのメッセージ。「今日の夜にご飯でも行かないか」というものだった。
どうしよ。
でも行こうか。
店だったら、水くらいなら飲めるもんな。
そうして「行く」とだけ返事を返した私は眠りについた。