プロローグ
始まりの街 レスティア。
そこには、ある少女が一人。とある安宿にて、朝早く、まだ外が陽を覗かせ始めた時間からせっせと準備を進めていた。
学院を卒業して一年。
この一年、私は色々な事をして来た。どんなバイトだって、どんな努力だって惜しまず取り組んできた。そこに、嘘はなく何も恥じる事はない。今、握りしめる手が何よりもそれを物語っている。剣を振り続けた事で、豆が何度も潰れて硬くなった手。それが確かに今ここにある。私の目の前に。だから、今の私は誰がどう見ても立派な冒険者。そう、冒険者だ。決して、皆が言うような「偽勇者」でも「追放少女」でもない。
そう、
「ここにいるのは私!」
他の誰でもない。
いつか偉業を成し遂げる冒険者だ。
それを決意し、手をもう一度ギュっと握った。
◇◇◇
ほんの一カ月前。私はギルドにエントリーシートを出し、そして面接をした。エントリーシートには何一つとして嘘を書かず、面接では決して見栄を張らなかった。等身大の自分を見せて、自分の思いの丈を語った。
どうせ嘘をついた所で、いつかバレる。それならば、早い方が良い。早いとこ自分をさらけ出してそれを認めてくれる場所で働ける方が自分のためにも会社のためにもなると私は知っているから。
だからそう、私の今までのバイト遍歴ももといボロボロの職歴も隠さずに全て打ち明けた。それどころか、プラスに捉えて自己PRとして昇華した。
その結果、私は選ばれたのだ。ギルドから「冒険者」だと。つまり、採用されたのだ。
ギルドは大手だ。就活市場で言えば採用されるのは一握り。そこで、採用されるものは言うなれば選ばれし者。狭き門で就活生からすれば憧れの的。
そんなこんなでやっとの思いで就職活動を乗り越え、私は正式に冒険者となった。念願の冒険者だ。ここまで、本当に苦労した。この一年の努力が報われたなんて思った。
何が冒険者だ。
冒険者になるのに何の努力も資格もいらないだろうと思うかもしれない。冒険者は自由、自分の腕っぷし一つで、誰でもなれるだろうと疑問に思う人もいるかもしれない。
それは分かる。
確かに昔はそうだった。
昔は望めば誰しも自由に出来る職業だった。けれど、今は違う。
今から少し前、冒険者はギルドへ申し込めば誰でもすぐに成れる職種だった。
誰でも成れるという事はどんな覚悟でも、どんな技量でも成れるという事だ。例えば、「簡単にお金が稼げるから」とか「剣なんて扱ったことなくても」なんてそんな生半可な輩達ですらもという事だ。
しかし、その結果、何が起こったか。
沢山の冒険者が魔物によって血を流して亡くなった。
冒険者の死亡率は計り知れない。当然だ。冒険者は常に死と隣り合わせ。もちろん、冒険する事だけが冒険者の仕事ではない。街の人や内外の人々の困りごとを解決するという仕事もあるにはある。しかし、殆どは街の外で魔物と戦うのが冒険者の主な仕事。戦うという事は身の危険も大いに高い。
それに、戦うと言っても特別なスキルや特別な魔法があればまだしも。よく聞くような神様から特別な力なんて与えられることはないし、魔法だって一部の人間の、限られた人間しか使う事は出来ない。でも、その限られた人間と言うのは大抵、家柄が裕福だったり、それこそ教育を受けていないとダメだ。
だから、殆どの人間が信じられるのは自分の腕っぷしだけ。地道に剣を振り続けた努力だけなのだ。
話を戻そう。そうした結果、高い死亡率へ危機感を抱いたギルドは選考を設ける事にした。そうして選りすぐり選ばれた者だけが冒険者に成れる。
そして、そんな冒険者である私の朝は早い。
「よし! 行こう!」
そうして私は元気よく宿を飛び出した。
朝早くのギルドはシンと静まり返っている。
ふふん。私が今日も一番乗りだ。
受付の人もまだいない。
私はポケットから携帯を取り出し、ポチポチといじりながら柱に背を預ける。早く冒険をしたくてはやる気持ちと呼吸を整える。
あともう少し経てばきっと今日の依頼がギルドの掲示板に張り出されるだろう。携帯の電源を落としそっとポケットにしまう。
今日はどんな冒険が待っているのか。
ゴブリン退治。それとも薬草集めだろうか。
討伐もしくは採取にしろ壁の外へは行きたい。街から出て目の前に広がる広大な大地を自分の足で踏みしめる。そして、どこまでも自由に歩いて行く。
想像するだけでわくわくする。ああ、早く行きたい。
しかし、私はまだ駆け出し。ギルド的に見れば、試用期間だ。試用期間。字の通り試す期間。ギルドが「こいつは本当に出来るのか」というのを見定める期間。まだ組合にすら所属する事が出来ていない。
そして、その期間は熟練のパーティーに同行させるという制度をギルドは取っている。
ベテランが傍について、アレコレと知識や技術を教えていく。いわゆるメンター制度というものだ。
でもまぁ、試用期間は形だけだ。試用期間の内に会社をクビになるなんてそんなの都市伝説。それが色んな会社のセオリー。そうネットにも書いてあった。
そうそう。だからこんなのは定められた期間をただこなすだけ。なんて事はない。
私は肩をすくませた。
そうして待っている内にギルドの入口からいかにもという屈強な男が現れる。
来た。
彼は私が同行させていただいているパーティーのリーダーだ。立派な装備を身に着けていくつもの死線を潜り抜けて来た歴戦の冒険者。
「おはようございます」
私はすぐさま駆け寄り、元気よく挨拶をする。
「ああ、おはよう」
と挨拶はそこそこに今日の予定を知らされる・・・はずだった。
「メア、お前には今日限りでパーティーを抜けてもらう」
(え、なんで・・・)
顔が引き攣る。
ギルドのいつもの待ち合わせの場所にて唐突に告げられた。
「嘘。な、なんですか」
頭が真っ白になり、私は当然の疑問をぶつけた。
このパーティーで精一杯頑張って来たからなおさら分からなかった。もっと言えば冒険者になるよりもずっと前から。
「それは・・・。お前の実力が足りないからだ。厳しいようだけど、な」
男は言いづらそうに顔を伏せそう言った。その姿は嘘を言っているようには見えない。全て本当で、現実だという事が嫌でも分かる。しかし、なおも私は信じられない。いや、信じたくなかった。
嘘、うそ。
もしかして私の冒険終わり?
涙が溢れて前が見えない。立っていられない。
私はそれを聞いて、ギルド内にも関わらず大きな声を出して泣き崩れてしまった。